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6.好きの始まりと終わり

(さすがに、そろそろ岳基さんと話さないとなー……)

 おれは悩んでいた。というかテスト期間とか色々あって問題を先延ばしにしていたので、そろそろ解決しないといけない。避けるために自宅最寄りのコンビニが使えないというのは、かなり不便だし。

 気が進まないから佐々木と堤に「今日行ってくる!」と宣言すると、反応はさまざまだった。

「モッチー、お菓子くれるって言われてもついて行くなよ?」

「おれをなんだと思ってるんだ。小学生か」

「望田、俺もついてく?」

「保護者同伴もちょっと……」

 堤は家も近いからわりと本気っぽかったけど、丁重にお断りした。振った男を連れて別の男を振りに行くの意味わかんなくない?

 やめて! 私を取り合わないで! 的な状況になっても困るし……ならないか。

 なんだかんだ二人に心配されて、「大丈夫!」と答えていると本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

(よし! やるぞぉぉぉ!)

 闘志に燃えたまま放課後となり、最近新たに割り当てられた掃除当番の場所へと向かう。東校舎側の階段担当は三人いる。佐々木とは別になり、今度は堤と一緒のグループだ。

 掃除のときに流れる軽快な音楽を口ずさみながら箒で階段を掃いていると、ひとつ下の階を掃除していた堤が誰かに話しかけられている声が耳に届いた。

叶人(かのと)くん、――、――……」

 女子の声で一部分だけ聞こえたのは、誰かの名前。かのと?? と一瞬考えたけど、そういえば堤の下の名前だ。また告白かなと思い、興味本位で上から覗き込んでしまう。

 堤は最近クラスの女子からも人気があるのだ。図らずも多山とのあれこれで、堤の評価が爆上がりしてしまったのである。別に、嫌とかそんなんじゃないけど!

「えー、笑ってる、じゃん……」

 女子の横顔に見覚えはなく、スリッパの色から一年だとわかった。きゃらきゃら笑い、堤の腕をポンポンと叩く。堤の表情は基本あまり動かないけれどフッと口元が笑ったのが見えて、おれはなぜか動揺した。

 掃除の音楽に邪魔をされて、何を話しているのかまでは聞こえない。でも、とても親密そうに見えた。

 いやいやあいつはおれのことが好きだし? ……あれ、もう好きなの終わったのかな。ゲイとは言ってなかったってことは、女の子も好きになれるってこと? あれ、あれれ、なんかおれショック受けてない?

 別に堤はおれのものじゃないのに。おれ以外の人間に下の名前で呼ばれたり、ボディタッチされたり、笑いかけたり……当然堤はその権利を持っていて、なのにそれがすごく嫌だ。

 おれ、馬鹿すぎない? そもそも振った相手とここまで普通に友人関係を築けていること自体が奇跡みたいなものだ。今の関係は全て、堤の器のでかさと優しさの上に成り立っていることを気づいていなかった。

(……最低だ)

 自分の身勝手さが恐ろしくて、箒を持った指先が震えた。おれのことを『いいやつ』だと堤は言ったけど、全然そんなことない。人の優しさに甘えて、いつしかそれが当たり前だと思ってしまっていた。

 俯いて愕然としていたおれは、とっくに掃除の音楽が鳴り止んだことにも気づいていなかった。堤が塵取りを持って来てくれる。

「望田、どうしたの」

「……なんでもない」

 さっきの女子は誰? 言葉が喉元まで出かかった。おれは何様なんだろう。さっさとゴミを片付けて、逃げるように学校を出た。

 外が薄暗いな〜と思っていたら、バスに乗っているうちに雨が降り始めてしまった。憂鬱な気分にお似合いの天気だ。雨粒が大きく、家まで五分ほどとはいえかなり濡れてしまいそうだったが、今日のミッションをこなさない理由にはならない。

 バスを降りて道路を渡るために信号を待っていると、トラックが目の前を横切った。その際タイヤが大きな水たまりを踏んでいく。

「ぅぎゃぁっ!」

 水が飛んでくる。弱い悪役みたいな声が出てしまったけど、驚いて閉じていた目を開けば想像以上の惨状だ。水たまりの水を頭から被った状態に、ちょっと泣きたくなる。なんか今日、ついてなくね……?

 ブレザーが濡れると悲惨なので鞄の中に仕舞ってあったからまだよかった。顔に引っ付く髪を目元からかき上げ、肌に張り付くシャツを見下ろしてため息をつく。顔だけはハンカチで一度拭きたくて、コンビニの中に一旦非難しようと信号を渡った。

「あれっ、望田くんじゃん。どうしたの!?」

 ちょうどと言うべきか、自動ドアの手前で声を掛けてきたのは岳基さんだった。

 傘を差して、まだ私服だ。これから出勤らしい。岳基さんはおれのびしょ濡れの姿を見てギョッとし、傘を差し掛けてくる。

「うちに来なよ。タオルとシャワーと着替え貸してあげる!」

「いや、あの、結構です。ちょっと顔を拭いたら帰るんで。コンビニのトイレ借りてもいいですか?」

「店内びしょびしょにする気? いくら望田くんでもそれは……」

「あっ、そうですよね。ごめんなさい……帰ります。その前に、こんなタイミングですけどおれ、岳基さんに話しておきたいことがあって」

「だからうち来て話せば一石二鳥じゃん! 望田くんが身体拭いている間に話聞くから」

「えーっと……」

 岳基さんの提案には一理ある。どしゃ降りの中彼に立ち話をさせるのは申し訳ないし、コンビニにはおれが入れない。わざわざおれまで傘に入れてくれる岳基さんの親切さに、疑いすぎるのは失礼なんじゃないかと思えてくる。

 なにより岳基さんが「ほら、行くよ。こっち!」と歩きだしてしまったので、おれは迷いながらもついて行くことにした。


 岳基さんが住んでいるのは年季の入ったアパートだった。本当にすぐ近くだ。階段を上り、岳基さんが部屋のドアの前で立ち止まる。通路になっているそこから、毎朝利用しているバス停はよく見えた。

(……やっぱりついてきたのはアウトだったかも? てか岳基さん今からバイトじゃなかったの?)

 そう考えていると、ビニール傘を差した男子学生の姿が視界に映る。ていうか、あれ……

「堤!」

 パッと顔を上げたのは、やっぱり堤だった。なんでここに? 目を見開いてなにか喋ろうとしたように見えたものの、「お待たせ」と背後から声を掛けられておれは振り向く。

「やっぱりおれ、ここで……」

「なんで? おいでよ」

 ぐっと腕を掴まれ、有無を言わさず玄関に引き込まれる。体勢を崩し岳基さんに倒れかかってしまいそうになったが踏みとどまった。

 しかし次の瞬間、玄関のライトが煌々と照らす室内を見て、おれは息を呑んだ。

「は? これ、おれ……?」

 狭い廊下の壁には所狭しと写真が貼られている。それはどう見ても……全部、おれの写真だった。

 ほとんどがここから撮ったようなバス停での写真だが、文化祭などの学校行事での写真まである。笑ってる顔、あくびしている顔、後ろ姿、なぜか尻をクローズアップしたもの。

 おれが呆然としていると、パシッとフラッシュが焚かれた。岳基さんは一眼レフのカメラをこちらに向けている。

「今日の格好は刺激的だね……シャツが透けてていろいろと想像しちゃう。どうしよ、興奮してきた……」

「ヒッ……たた、岳基さんっ。おれやっぱり帰ります!」

 レンズ越しにおれを見つめながら近づいてくる岳基さんは、正気に見えない。怖い。強すぎる。おれは狭い玄関を後ずさり、ドアに背中がつく。

 ガチャガチャと後ろ手にドアノブを探しながら、これだけは言っておかなければと思い出す。

「待って、もっと、撮らせて……!」

「岳基さん! おれ、あなたとは付き合えませんから!」

「なんでだよぉ好きなんだよぉぉ!!」

 ようやくドアノブを掴み、ひねった瞬間。岳基さんがカメラを投げ捨てて飛びかかってきた。おれの身体はドアの外の通路に倒れ込み、柵に頭を打ち付ける。衝撃で目の前に星が飛んだ。

「い゙っっ……!」

「望田!!」

 定まらない視界の中、堤の声がすぐそばで聞こえる。おれから岳基さんを引き剥がそうとしているみたいだが、岳基さんは両手両足を使っておれにしがみついていた。

 それどころか執拗に腰を動かしている。おれはそこで腹に擦り付けられているものの存在に気づき、血の気が引いた。

「いや……つつみぃ、助けて……!」

「望田くんっ。僕と、一緒に、いっ……アガぁッ!?」

 本気を出した堤は容赦しなかった。教科書の入った重〜い鞄で、岳基さんの頭を横から殴りつける。気絶して、手足から力が抜けたところを即座に引き剥がしてくれた。

 助かった途端におれはひっしと堤にしがみついた。雨でびしょ濡れだったけど、それは堤も同じだ。さっき声を掛けたときから、傘を放りだして助けにきてくれたんだろう。

 助かった。怖かった。堤が、助けてくれた……。安堵によって、雨以上の水が目から流れ落ちてくる。

 アパートの手すりになっている柵は古かったらしく、一部がぶらんと宙に浮いている形になっている。それが注目を集めているのかおれがぶつかったときの音がすごかったのか、いつの間にか通行人の注目を浴びていた。

 カンカンと階段を上ってくる複数の足音が聞こえて、遠くからサイレンの音が近づいてくる。

 まぁまぁ大きな、事件になった。

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