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5.急にめちゃめちゃ喋った

 週明けの昼休み、佐々木は重大な秘密を打ち明けるかのように顔を寄せてきた。だが顔はにやにやと緩んでいる。

「オレさぁ、金曜アカリと……キス、しちゃった……!」

「おわ〜〜〜っまじか! ど、どうだった……?」

 高校二年生の割にかわいい話題だが、おれたちは真剣そのものである。佐々木は彼女と付き合い始めてもう一年だ。手を繋ぐだけで満足できると思っているおれでさえ、恋人同士の行為に興味があることは否定できない。

 佐々木の仔細な報告に頬を紅潮させたおれは、先週のことをどうしても聞いてほしくてちょいちょいと佐々木の顔を再び呼び寄せた。

「おれ、いつも行くコンビニの店員さんと仲いいって話したことあるだろ?」

「うん。家の近くのとこだろ? 大学生のバイトの人だったよな」

「その人に……告白されちゃった」

「えーーーっ!!!」

 急に佐々木が大声を出すから「声でけぇ!」と両手で口元を抑える。しかしその手はすぐに外され、興味津々に顔を輝かせて佐々木は訊いてきた。

「モッチーがついに……! あれ? でも、その人男じゃなかった?」

「男なんだよ。ゲイだって言ってた」

「あーね! そっちか! でもオレ、望田がそっちに転がっても全然いいと思うぜ」

 佐々木はつかの間目を見開いたものの、ウンウンと頷いて理解のある眼差しをおれに向けてくる。

「転がるってなんだ転がるって」

「え、付き合ったんじゃないの?」

「付き合ってねーし! ちゃんと断っ……断らせてもらえなかったんだよなぁ」

 おれが事の顛末を教えると、「望田押せば行けそうな感じあるもんな……」なんてとっても失礼なことを言われた。とはいえ見知らぬところでおれを見ていたという岳基さんの行動は、佐々木にとっても気持ち悪いものだったらしい。

 今朝バス停にいたとき、首筋がぞわぞわしたもん。絶対に目を合わせたくなくて岳基さんを探すこともしなかったが、どこかから見られていたんじゃないかと思う。もっとバス時間ぎりぎりに家を出るべきか……? でもバス来る時間、まちまちだもんなぁ。

「ちゃんと断りな。なんかその人ストーカーちっくだし。あなたとは付き合えませんって、バシッと言ったれよ」

「そうする!」

「望田。ちょっと話あるんだけど。……いい?」

「ふぇ……!?!?」

 佐々木の言葉に元気よく返事をしたとき、背後から肩に手を置かれてビクゥッとおれは肩を揺らした。すぐ斜め後ろに堤が立っている。

 今の聞いてた? ねぇ、堤いつからそこにいたの??

 堤について行くと、人けのない廊下まで来てしまった。話とはなんだろうか。なんだか背中が怒ってるような気がしたので、堤が立ち止まったタイミングでおれは先手を打つことにした。

「いまの話聞こえてた……? あの、堤の話はしてないから」

 相手が親友だとしても、さすがに教室の中で堤の話をするつもりはない。面白おかしく噂されることが苦痛なのは、おれもよく知っているし。

 振り返った堤は「わかってる」と言った上でぐい、と身体を寄せてきた。シャンプーの香りなのか香水なのか、爽やかなシトラスが鼻先をくすぐる。イケメンは匂いまでいいらしい。

「さっきの話、望田に告白してきたやつ……断らせてもらえないって、大丈夫なのか?」

「う、うん。次会ったらちゃんと断ろうと思ってる。あ、うちの近くのコンビニ店員なんだけど。話してわからない人ではない……と思うし」

 めっちゃ聞こえてたやつだこれ。

 それにしても、振られた相手の心配までするって堤善人すぎない? 「もう望田くんなんて知らない!」となっていてもおかしくないのに。気まずいのは嫌だし、普通に話してくれるのは嬉しいけどさ。やっぱ……まだおれのこと好きってことだよなぁ。

「望田は隙が多すぎると思う……。だから、気をつけて」

「隙ぃ? おれ、そんなの意識したことないよ」

 隙ってなんだ隙って。おれが怪訝な表情で堤を見やると、さらにぐいっと身体が近づけられトン……と背中が壁についた。堤の両腕が壁に伸ばされ、その中に閉じ込められている。

 背が高いから至近距離だとかなり見上げる形になった。座ってるときはそんな変わらない感じがしたのは堤の座高が低いからか。おのれ、スタイルもいいなんてずるい。

 ていうか、この体勢は?

「壁ドン……?」

「ほら、こうしたら逃げられないでしょ」

 全女子が憧れる壁ドン(ただしイケメンに限る)を現在進行形で体験しているおれは、自然と心臓が高鳴るのを止められなかった。近い。顔が良い。近い!

「いやいや、近い近い近い! これは、堤だから油断して……」

「自分のこと好きな男に油断したらだめでしょ」

「あ。確かに?」

 だって堤は同級生だし優しいし……なんて考えは堤のひと言で一蹴された。非難するような目を向けられて、そろそろと腕の下をくぐって逃げようとするも、気づけば脚の間にも堤の長い脚が挟まれ動けなくなっている。

 なんかどんどん顔が近づいてくるし、なんでなんで? と混乱する。

「相手が下心持ってるかもって、考えたほうがいい」

「し、下心って……ひぇぇぇ」

 あまりにも顔が近くて、なんかいい匂いもして、耐えきれなくなったおれは目をぎゅっと閉じた。数秒経つと、つむじの辺りになにかがコツンと当たった感じがする。それが堤の顎なのか、他の部分なのかは判断がつかなかった。

 でもそこまでされておれもようやく気づく。抱きしめたりキスしたり、それ以上のことも相手が求めているかもしれないってことだ。さっき佐々木と彼女とのあれこれについて話してたじゃないか。片想いでも、そういう欲求はあるものだろう。

 世の中には性犯罪とか、望まれていないのに相手に欲求をぶつけてしまう人がいる。自分が欲求の矛先になりうると考えたことがなかったから、目から鱗の情報だった。

 堤の顔が離れていったように感じ、おれは涙目で正面を見上げた。今つむじにされたのって、まさか……

「いま、ちゅう、した……?」

「ッ……ぐぅ」

 変な声を出した堤は顔を背けて二、三歩よろけた。耳たぶがピンク色に染まっている気がしたけど、廊下が薄暗くてよくわからない。

 とにかくおれの方は顔が熱くて真っ赤になっていることを自覚しながら、「隙、気をつけるから!!!」と言い残してその場から走って去った。日本語合ってた?

 ひえー。堤がわざわざ実践で危険を教えてくれたのはいいものの、刺激が強すぎる。岳基さんがそこまでの行動に出るとは思わない。とはいえ二人きりになったりしないように気をつけようと思った。おれ、自慢じゃないけど非力だし。

 それにしても、堤って口数が少ないわりにちゃんと話すんだな。慣れてきたのか、なにかきっかけがあったのか。ともあれ小中から一緒だったはずなのに謎の存在だった堤の輪郭が、ここ最近急速に掴めてきた感じがする。

 優しくて心配性で、おれのことが本気で好きらしい。雑草だらけだと思っていた庭で四つ葉のクローバーを見つけたような、嬉しい発見だと思った。


 テスト期間が終わった。結果は聞くまでもないだろう。学校の中はある種の開放感に包まれていて、おれも例に漏れずへらへらしていた。

 しかしそんな平穏な時間は長く続かなかった。

 佐々木が珍しく風邪で休んだ日のことだ。休み時間になると、同じクラスだけどあまり喋ったことのない男子の多山(たやま)がおれのところへやってきた。

 おれと佐々木が馬鹿話で騒いでいると、苛々を表に出しわざと大きな音を立てて教室中をシーンとさせるような奴。おれもちょっと苦手だし、たぶん嫌われてるんだろう。合わない人というのはいるものだ。

 突然そいつがスマホをおれに向け、とある写真を見せてきた。

「これ、望田だろ?」

「ん? あ……う、うん」

 それは中学一年のときの、体育祭の写真だった。おれは何気ない風を装って、「だからなに?」という表情を作る。一番嫌な思い出の詰まっている写真に、指先から凍りつくような心地がした。

「北高にダチいるんだけどさ、望田のこと知ってるって」

「へー……」

「鈍くさくて苛められてて、ボッチだったんだって? いまの望田のこと話したらさ、びっくりしてた」

「…………」

 見せられているのはSNSのトーク画面だ。写真に続く会話には、みんなにわざと(おだ)てられておれがリレーの選手になったこと。体育祭の本番で転んで、笑われて立ち上がれなくなり恥をさらしたこと。そのせいでクラスの順位が最下位になった思い出が面白おかしくつづられている。

 ――『元陰キャのくせにww』『高校デビューとかダッサwww』

 恐れていた事態が起きてしまった。多山はあえて大きな声で喋り、教室の中はいつの間にか静けさに包まれている。見ている人のひそひそと囁き合う声だけがやけに大きく聞こえる。

 なにか言い返したいのに言葉が出てこない。おれははくはくと口を開け、水揚げされて死にゆく魚のようになっている。頭から血の気が引き、ぐらぐらと足元が揺らぐ。

 おれの築き上げてきた、平和で大好きな場所が……崩れていく。

「底辺のくせに、調子に乗るなよ」

「ご……ごめん」

 言われたとおり、おれは新しい環境で調子に乗っていた。だから謝ることしかできない。

 顔は真っ青になっていることだろう。見た目だけ変えたって人の本質は変わらない。鈍くさくて、気が弱いのがおれという人間だ。

 泣きたい。この場から消えてしまいたい。また今日から、おれは苛められるのだろうか。

 真っ黒な絶望感に苛まれていたとき――おれたちの間を切り裂くような鋭い声が聞こえてきた。

「多山、お前なんでそんな偉そうなの。苛めなんてダサいこと、肯定するお前が死ぬほどダセェってわかってる?」

 口を挟んできたのは堤だ。肩にポンと手が置かれ、「俺は味方だ」と言われた気がした。

 暗闇に一筋の光が差す。顔を上げるとおれの斜め前に堤が立った。怒りに燃える大きな背中に、今は守られていると感じる。

「はぁぁ? 堤、いつもだんまりのくせに、今日はなに」

「底辺ってなに? 人の優劣お前が決めんなよ。望田がいいやつだってことは、もうこのクラス中が知ってんだよ。悪いことしたわけじゃねぇのに、人のこと貶めんな」

「あの、堤、もういいから」

「よくない。多山、望田に謝れ」

「はっ、誰が謝るかよ」

 多山にここまで嫌われていたことにも驚いたけど……それより堤って、こんな攻撃的だったっけ? びっくりして、ショックで凍りついている場合じゃなくなってしまった。

 手を出してるわけじゃないのに、突き刺すような声音と言葉はぐさぐさと多山にダメージを与えている。堤の言葉に「そうだそうだ!」とクラス内から応援する声まで混じってきて、状況は完全にこちらが優勢だった。

 どちらかというと多山のほうが手を出してきそうで、案の定ガツン! と傍にあった椅子を蹴り飛ばす。その音におれと、何人かの女子生徒がビクリと飛び上がった。

 おれは別に謝ってほしいわけじゃない。とにかく悪い意味で注目を浴びているこの状況をどうにかしたくて、堤の腕をぐいぐい引っ張った。

「ね。堤、もういいって。おれのためにありがとう。多山もごめん、苛々させて。みんなもごめん」

 こちらに注目していたクラスメイトに頭を下げて謝ると、我に返ったようにわっとみんながおれの方へ集まってきた。

「柚生ちゃ〜ん! 何も悪くないんだから謝らないで! よしよし、可愛いからひがまれてたんだね」

「多山、お前なぁ。ろくでもない友だちとは縁切れよ? 北高って一番荒れてるとこじゃん」

「望田。つらい経験してたんだな……俺たち、友だちだかんな!」

「堤くん、そんなキャラだったの? 格好よくて惚れそうだった〜!」

 一瞬でおれはもみくちゃになり、なぜか女子たちには代わる代わるよしよしと頭を撫でられる。その勢いが怖くて、おれは堤の腕にひっしとしがみつき「ヒ〜!」と情けない声を上げていた。

 もうめちゃくちゃだ。一触即発の雰囲気はみんなのおかげで霧散し、多山もぶすっと不貞腐れたまま自席に座った。堤は俺がしがみついたことで「も、もち、もちだ……」とさっきまでの勢いを無くしている。

 ああ、どうしよう。なんか幸せだ。中学一年のときとは違って、クラスメイトがおれの味方になってくれたことが信じられなかった。そのきっかけは間違いなく、堤が作ってくれたものだ。

 結局多山は謝ってこなかったけど、それ以上おれに突っかかってくることもなかった。よくわからないがこれまで以上にクラスメイトには可愛がられ、風邪が治って登校してきた佐々木は「なに? なにがあったの?」と目を白黒させていた。

 堤とはまた少し仲良くなれたように思う。いや、おれが勝手に近づいてるのかな? 自分の絶対的味方という存在は心強くて嬉しくて、ついつい話しかけてしまう。

 もっと堤のことを知りたいし、おれのことも知ってほしい。この感情につける名前は、なんだろう?

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