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4.おれのモテの方向性

「……じゃあ、また来週」

「おー。またな」

 堤はおれより先に降りていった。左腕が急に寒くなったように感じて、右手で擦った。

 何度かぶつかってから結局腕はくっついたままになっていたので、まだそこに堤の体温が残っている気がする。

(あーー。まじでびっっっくりしたーー……)

 終点も近いので、もうバスの中はだいぶ人が少ない。まさか今日この車内で告白してる人がいたと信じる人なんていないだろう。後ろに座っていたお姉さんが降りていくとき、やけににっこりしてたけど……聞こえてないよね?

 なんか申し訳なかったな。おれが訊いたせいで気持ちを言わせちゃって、しかもあっさり振っちゃって。

 堤も申し訳なさそうな顔をしていた。別に告白自体は変なことだと思わないし、謝らなくてよかったのに。なんだかなー。

 恋ってもっと、キラキラしててわくわくするものだと思っていた。けど堤はちょっと、苦しそう……だったように感じる。叶わないと分かってた、みたいな。

 おれの恋愛遍歴は保育園の中村先生にはじまり、小学校では何度か同じクラスになったみゆちゃんが好きだった。結構仲も良かったと思う。けどみゆちゃんは背が高くて足の早いまさきくんが好きで。

 休み時間や放課後の運動場で走る練習とかしてみたけど、おれは平均以上にはなれなかった。振られるのが怖くて想いも伝えずじまいだ。みゆちゃんは高学年になるとまさきくん以外の男の子と付き合っていた。

 中学生になると弱そうな見た目で苛めのターゲットにされた。それも学年が上がるにつれて下火になり、最終学年のときはわりかし平和だったと思う。しかし一度ついた心の傷はなかなか癒えず、恋なんてする余裕はなかったのだ。

 つまり、小学生で止まっているおれの恋愛レベルはかなり低い。当時は複雑な思考なんて持ち合わせていなかったし、相手の気持ちなんて考えたこともなかった。

 今日初めて告白される側の気持ちを知って、嬉しかったもののそれだけじゃない感情がたくさん溢れてきた。

 堤がどんなことを考えているのか、なんでおれなのか、いつからおれのことを好きで、それはいつまでなのか……あれこれ知りたくなってしまった。

 しかしそれを知る権利は、両想いの恋人同士がもつ特権だ。気持ちに応えるつもりがないのにあれこれ訊くほどおれは野暮じゃない。ていうか訊いても、自分の心が痛くなると思う。

「あ! 降りまーす!」

 悶々と考えていたらいつものバス停を通り過ぎるところだった。降車ドアが閉まりかけ慌てて運転手に向かって声を上げる。すみませんと謝ってバスを降り、おれはバス停から道路を挟んで反対側にあるコンビニへと足を向けた。

 明日は休みだし、今夜は試験勉強をがんばらないと。それには勉強のお供が必要だ。結局のところバスでは教科書を開いたり閉じたりしただけで、全く内容が頭に入ってこなかったのである。

 一応大学まで進学するつもりなので普段から少しは勉強するようにしているが、今のところテストではめぼしい結果を出せていない。

「なんかしょっぱいもの……、お! 新作だ!」

 実をいうと自宅最寄りのコンビニにはかなりの頻度で来ているので、スイーツチェックは習慣でもある。スムージーで甘いもの欲は満たされたはずなのに、スイーツコーナーを見ると新作のいちごスイーツがずらりと並べられていて、おれはミツバチのように吸い寄せられた。

 お小遣いの金額からして、コンビニスイーツを買えるのは数日に一度。なんならカフェでも支出はあったのだが、テスト期間中は特例だ。おれは相当自分に甘い。

 うーーーん……としばらく悩んで、ガトーショコラのカップケーキにちょこんといちごが乗っているものを選ぶ。これを食べればおれ、夜中まで机に向かっちゃうかも!

 にこにこしながらレジに行くと、そこにいるのはいつものお兄さんだった。大学生のアルバイトで、ちょくちょく会話している。

「こんばんは! わー岳基(たけもと)さん髪色変えたんですね。めっちゃ似合います!」

「ありがとう望田くん。これ、選びそうだと思ってた。――ねぇ、僕このあと休憩なんだけど、ちょっと話したいことがあるんだ。待っててもらってもいい?」

「? おけです!」

 岳基さんは面白い漫画を貸してくれたりする気のいい人だ。休憩のときよくコンビニ前で煙草を吸っているのを知っているから、おれはなんだろ? と疑問に感じながらも灰皿の置かれたあたりで待つことにした。

 喫煙も大人って感じがしてかっこいいな〜と思うものの、煙草の匂いは苦手だ。今も直前まで誰かが吸っていたのか独特の香りが漂っていて、おれは灰皿から三歩くらい遠ざかった。

「望田くん、お待たせ! ごめんね〜急に」

「ううん! 今日はどうしたんですか? おれ、返してない本なかったですよね……?」

 コンビニのシャツの上に薄いパーカーを羽織った岳基さんが出てきた。ポケットに入っている煙草の箱を出して、一本出そうとしてやめて、蓋を閉める。

 いつも明るくてハキハキしているのに、指先に緊張が宿っているようにも見えて不思議に思う。

 こて、と首を傾げていると突然大きな声で名前を呼ばれた。

「望田くん!」

「っ、はい!」

「いま付き合ってる人とか、いたりする……?」

「え。いませんけど」

 おれはびっくりして目を見開いた。なにげに、人からそう尋ねられるのは初めてかもしれない。

 付き合っている人、と言われてなぜか堤が頭に浮かんできたけど、違う違う。なんかタイムリーだっただけだ。

 しかし岳基さんに投げかけられた続く言葉は、さらにタイムリーだった。

「じゃあ、僕と付き合ってくれない? あの……僕ゲイで。ずっと望田くんのこと、可愛いなって思ってたんだ……」

「え……えええええ!?」

 生まれてこの方モテたためしのないおれが、一日に二人から告白されるなんて。――そんなこと……あるぅぅうう!?!?

「ごめん。意味分かんないよな。でも冗談とかじゃないから。僕の家ここからすぐなんだけど、毎朝望田くんがバス停にいるのを見るのがモーニングルーティーンっていうか。眠そうにあくびしてたりするのも可愛いしスマホで漫画読んでるのかひとりで笑ってるのも可愛いし、よくコンビニ来てくれていつも真剣にスイーツ選んでるのとかにっこにこでレジに持ってくる姿とかもう連れて帰りてぇくらい可愛いし、指に絆創膏巻いてたりちょっと髪切っただけで気づいてくれるしこの子天使だったのかな〜〜〜っ!?っていうか」

「あ……うん」

「まだ高校生なのも分かってるけどそこも含めて穢したくなる純真さが可愛くてめちゃくちゃにしたくて、どうしようもなく好きなんだ。あっごめんキモイよね本心なんだけど」

「…………」

 すみません。めちゃくちゃ早口で、ちょっとキモいって思っちゃいました。……ていうか見過ぎだよね!?

 おれのあずかり知らないところですごく見られていたというのはぶっちゃけ怖い。想像しただけでぞわぞわと服の下で鳥肌が立つ。熱い語りに岳基さんの頬は赤く上気し、目はどこか遠くを見つめていた。

「……それで、どうかな。あっもちろんすぐに答えなくてもいいから! びっくりさせちゃったよな。ゆっくり考えてみてほしい」

「あのー。……ごめんなさい。おれ、岳基さんのことは良い人だって思ってるけど、それ以上には思えな……」

「ゆっくり考えてみてほしい!」

「いや、でも……」

「お願い! 僕、男と付き合って良かったって思わせる自信あるよ! ね、望田くん。考えてみて!」

「あ。は、ハイ……」

 トボトボと家に向かいながらおれの頭はいまだ混乱のさなかにある。

 岳基さんの猛攻に負け、一旦持ち帰って告白の返事を考えることになってしまった。答えは決まったようなものだったけど、言われてみればよく考えもせずに脳直でお断りするのは失礼だったかもしれない。

 いや、どうなんだ? 普通その場で答えるもんなんじゃないの? なんかおれの気が弱いせいで洗脳されかかってる気がする。

『ごめん。俺、好きな人いるから』

 ポン、と脳裏に浮かんできて思い出したのは堤が女子を振ったときの言葉だった。別に好きな人がいれば、もっと迷いなく断れただろう。

(てか、あのときの『好きな人』っておれじゃ〜〜ん!?)

 途端に顔がカッカしてくる。堤は可愛い女の子に告白されてもあっさり断るほど、おれを好きだということだ。モテ期とは唐突に、思いも寄らない形でやってくるらしい。

 いやまじで。おれのモテはそっち方向に行っちゃったわけ……?

 多様性の時代に生まれたからか、男に告白されたとて驚きはすれど「なんで男が?」とはならない。「なんでおれ?」とはなるけど!

 なんか岳基さんやけに『可愛い』って言ってたな。確かにおれは可愛いとよく言われる。そうか、おれ、男を惑わすほど可愛かったのか……

 どうしたもんかな。真剣に答えを考えるのは、本当なら岳基さんより堤の方な気がする。岳基さんは嫌いじゃないけど、正直完全にノーだ。でも堤は……

(あ、いや、断ったんだけどね!?)

 もうとっくに家の前についていて、玄関前でひとりブツブツ喋りながらノリツッコミをしていたおれは、直後に帰宅したらしい姉に見つかり「柚生(ゆう)……めっちゃきもいんだけど」と言われて我に返ったのだった。

 その夜は当然なかなか勉強に集中できなかった。食べたガトーショコラは胃にもたれそうなほど甘ったるく、いちごは酸っぱすぎた。

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