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2.もうちょっと喋ったら?

望田(もちだ)柚生(ゆう)〜。また見学か?」

「先生、おれは脚に爆弾を抱えているんです……」

「帰宅部がよく言うよ」

 体育の時間は苦手だ。あいつらはおれの鈍くささをことごとく引き出し、白日のもとにさらす。

 今日は外の運動場でサッカーという、二番目に苦手といっても過言ではないスポーツだった。手で扱うのも難しいボールを足で扱うなんて無理。

 それに全速力で走ろうとすると、おれは高確率で転ぶのだ。何もないところで転ぶのも得意なので、日頃から歩幅は狭く保って慎重に歩いている。

 「ちょこまかしてて可愛い」とハムスターのような評価を受けたこともあるが、ズッコケてダサいと思われるよりはマシだった。

 ちなみに一番苦手なのはドッジボール。ボールを人にぶつけて遊ぶなんて、野蛮な人間のすることだろう。

 サッカー部所属の佐々木はさっそく、「みんな、オレについて来い!」とサッカーボールを抱えて走っていく。元気でなにより。おれはここで女の子とお喋りしながら見学してます。

 そう。実は隣のクラスの木下さん(ユキコ)が今日は見学組のなかにいるのを見つけたのだ。おれは佐々木の何気ないひと言で単純にも木下さんを意識してしまい、虎視眈々と話しかけるチャンスを狙っていた。

 仲良くなれば、告白される可能性も自ずと高まるだろう。あと、自分を意識している(かもしれない)女子がどんな風に話すのか純粋に興味があった。

 木下さんは部活中じゃないので髪を下ろしている。まっすぐな髪は、なにもアレンジしていなくてもきちんとまとまって見えるのがすごい。おれは自分の髪のセットに悪戦苦闘してから、いつも髪を綺麗にしている女子を尊敬しているのだ。

「木下さん、いつも髪綺麗だよね」

「……望田くん、ありがと。体育出ないんだね」

 おれがさり気なく隣に並んでから話しかけると、木下さんは少し俯きがちに答える。ふむふむ。照れてるんだなきっと!

 によによしながら運動場の方を見ると、敵チームを出し抜いた佐々木が華麗なシュートを決めていた。かっこいいなオイ。

「見学組もガチで無理なやつ以外は、二人一組で授業のあいだストレッチと筋トレしてろ〜。メニューはそこに貼ってあるからな〜」

 先生の発した言葉を聞いて、おれは目を輝かせた。

(木下さんとストレッチ! そ、そんな大胆なことしていいのか!?  いや、体育教師の指示だからな。やらねばなるまい)

「あ、木下は保健室行っていいぞ。鈴木、連れてってあげて〜」

 ちょうど隣にいた木下さんを誘おうとしたとき、先生のひと言に固まる。仲のいいらしい鈴木さんが大丈夫? と声を掛けながら木下さんを校内に連れて行くのを、ぽかんとしたまま見送った。

 おれは途端に罪悪感に苛まれた。体調が、悪かったのか……。何も気づかず浮かれて話しかけていた自分が情けない。こんなので好きになってもらおうなんて滑稽で、申し訳なくてズンと落ち込んだ。

「はよペア組めや〜。望田は、(つつみ)とな」

「……っは!?」

 突っ立っているうちに、周りはとっくにストレッチを開始している。というか見学組で残っているのはおれも含めて四人しかいないので、二人の女子は迷いもせずにペアを組んでいた。ていうか、普通に考えて男女は分かれるよね。うん、分かってた……。

 おれが木下さんに気を取られているあいだ、堤は無言で待っていたらしい。振り返るとでかい図体が真後ろにあってビクゥッと驚いてしまった。なんか喋れよ!

「あ、じゃあ、よろしく……」

「…………」

 なんか喋れよぉぉぉ! 女子に告白されたときにちゃんと喋ってたの、見たんだからな? てかなんで見学なんだ。なんでも卒なくこなすくせに〜!?

 おれは気まずい気持ちを抱えながらも、堤の方へと両手を差し出す。互いの手を掴んだまま横並びになると、脇腹から腰を伸ばせるペアストレッチらしい。女子ペアは「ハート型だね〜」とキャッキャしながら実行している。

「…………」

 堤はおれの両手を見つめたまま、動かない。凝視と言っていいほどの視線で、そこになんか付いてるのか? と訊きたくなった。潔癖症かな……と気になって、おれは体操着でゴシゴシ手を拭ってみる。

 本当に潔癖症だったら意味のない行動だと思うが、おれがもう一度「ん!」と手を差し出せば、そろそろと手が重なってきた。

「っ堤、手でかいなぁ」

「望田のは小さい」

「…………」

 帰ってきた言葉にちょっとムッとしたけど、初めて会話が成立したのでなにも言わないでおく。授業をサボっている罪悪感もあり、指示されたことくらいはちゃんとやっておきたい。

 さっそく手を掴んだまま横並びになった。おれの左足と堤の右足がちょん、とぶつかる。

「おーっ、これは。気持ちいい……!」

「…………」

 てん・てん・てんが多すぎやしないですか、つつみくんや。おれはもう気にしないことにして、伸ばされる筋肉の心地よさを享受する。


 女子ペアが次の動きに移ったので、おれたちも真似する。次は背中合わせに立って上に伸ばした手首を掴み、前に倒れて相手を背中に乗せるやつだ。用具庫に貼られた紙によると、脇腹と腹筋を伸ばせるストレッチらしい。

 堤と背中を合わせて、おれが先にやってやる! と宣言した。

「あれ……あれっ? 堤ぃ、手首、どこー?」

「…………」

 後ろを向いているから手探りだ。背伸びして堤の腕を持つも、肘っぽいところしか掴めなかった。ウンウンと何度か背伸びしていると、そろそろと手首が下りてきた。

 よし、準備は整った。おれは深く考えずに「いくよー!」と声を掛け、ぐぐっと前に身体を倒す。う、重い。

「伸びてるー?」

「……うん」

「気持ちいいー?」

「…………うん」

 がんばってがんばって、地面と並行になるくらい身体を倒してやった。おれは重い体を支えるのに必死だったので、堤の足が地面から離れているかどうかは確認できていない。

 なんとか三十秒ほど数えて、交代だ。よかった? と振り返るとなぜか堤の顔が赤い。どうしたんだろ?

「どうした? 暑い?」

「うん」

「ね、熱とかないんだよな……?」

「うん」

 ちょっと首を傾げて考えてみたけど、まぁ暑いだけならいいかと仕切り直す。次はおれだー! と背中を向け、ウキウキと天に向かって両腕を伸ばした。

 背中が合わさって、体操着越しに熱を感じる。熱い手に手首を掴まれて、ぐっと引っ張られた。背中が反ってのびる、のびる。

「あ゙ー……」

 気持ちよくてオッサンみたいな声が出る。ゆっくりとだが確実に身体が浮いていき、おれの身体は完全に堤の背中に乗ってしまった。

「えっ。わっ、たんま! 高いっ。こわいって〜!」

 その心もとない浮遊感に慣れず、若干パニックに陥った。なんか思ったよりも高くない!? おれは足をばたつかせ、命綱の手を自ら振り払うように腕も動かしてしまう。

 堤が慌てて背中を起こすが、おれの身体は地面にドシン! と落ちた。無駄に動かしていたせいで足に踏ん張りが効かず、そのまま腰が抜けて尻もちまでついてしまう。

「いって〜〜〜〜〜……」

「も、もち……っ! ごめ……!」

「いや、おれの方こそ、ごめん……」

 堤があまりにも悲壮な顔をするから、逆に申し訳なくなった。堤とおれの身長差はたぶん、二十センチ弱ある。さらには腕の長さも違うから、ペアストレッチには向いていなかったのだ。

 自分より遥かに大きな身体に持ち上げられて、びっくりして落ちるとか恥ずかしすぎ〜〜〜!

 それにしても堤の表情筋がここまで動くのも珍しい。眉尻を下げて、目は潤んでいる気さえする。おれはわたわたと立ち上がった。

「あ。いてっ……」

「だ、大丈夫? どっか痛い?」

 尻は無事だったが、足首に体重をかけると痛い。体勢を崩しそうになると、堤が二の腕あたりをさっと持って身体を支えてくれた。

 その親密ともいえる動作に、ドキッと心臓が跳ねる。いやいや、女の子じゃないんだから。モテ男は反射神経もすごいね?

 ……そんなことより、足首のくるぶしあたりがめっちゃ痛い。

「うー、まじか。捻挫したみたい」

「え……」

「あ、大丈夫。大丈夫だから! こんなのすぐ治るし。とりあえず……保健室行ってくる」

 また絶望的な顔になった堤に、慌てて大丈夫だと言い聞かせる。自分のドジなのに、大げさにされるのも恥ずかしいのだ。

 堤が先生に報告に行ってくれて、「お前、ストレッチで……馬鹿なの?」という声が聞こえてきそうな目で見られつつ。おれがよろよろと保健室に向かって歩きだすと、走る足音が追いかけてきた。

「もっ望田! 連れてくから……歩かないで」

「え……。えっ」

 堤が俺の肩に手をおいて歩くのを止めてから、目の前に屈む。広い背中を向けられて、いわゆる“おんぶ”をするつもりらしいと分かった。

 おれは「ぐ」と息を呑む。高校生がおんぶされることへの恥じらいと、主張の強い足のズキズキと。

 五秒くらい悩んで、周囲を見渡して。誰もこちらに注目していないことを確認してから、堤の背中に乗った。

「お、お邪魔しまーす……」

「ど……どうぞ?」

 謎の声掛けをしてから体重を預けると、堤がゆーっくりと立ち上がった。ついさっきプチパニックを起こしたおれに配慮してるんだろう。

 体幹がしっかりしているのか、男一人を抱えているのにぶれることもない。優しさと男らしさに、胸の中がほわりと温かくなった。

 前から身体を預けると、背中合わせのときと比べても怖いとは感じない。大丈夫、という気持ちを込めてぎゅっと肩から回した腕に力を込めると、びく! と堤が肩を揺らす。え……大丈夫?

 一瞬心配が頭をよぎったものの、堤は無言で玄関に向かって歩き出した。まずは靴を変えないといけない。

「お。おぉー……堤の見えてる世界はこっちか」

「?」

 背が高いから、自分のいつも見ている景色と違う感じがする。素直に感心して、おれはつかの間の高身長目線を楽しんだ。

 なお、あとから佐々木に散々イジられたのは言うまでもない。結局みんなに見られていたというわけ。

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