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05.禁断の話題

【進路のこと話せたよ。お母さんたちも専門学校の方が合ってるって考えてくれてたみたい。お騒がせしてごめんね】

【お疲れ様。頑張ったね。これからも同志継続だ】


 藤田くんからの返事を読んで、わたしは緩む口元を両手で隠した。ああ、仲間がいるって素晴らしい。心強い。

 家族と話ができた今、製作意欲がさらにパワーアップした気がする。


 お兄ちゃんにも電話で報告したところ、「じゃあ今から姪っ子の服も予約しとくかー。報酬は前払いの『ちょっといいミシン』でどうよ」と提案された。


 思わぬタイミングでお義姉(ねえ)さんの第二子懐妊を発表をされ、愛しの奏多がお兄ちゃんになる事実に悶えた。それからはベビー服を検索する日々を送っている。

 

「まーた琴葉が図面見て笑ってる」


 りっちゃんが勘違いしてくれたため、わたしはだらしない表情を隠さずにキーボードを打った。


【背中を押してくれて、ありがとう】







 進路の一件があってから、わたしと藤田くんのやり取りは些細な会話が増えた。

 近頃暑すぎるとか、期末試験がもうすぐだとか、そんな話だ。それだけ打ち解けたとも言える。


【俺の方は夏休みの課題レポートが多いんだけど、そっちは?】

【栄養を考えた献立を一週間分立てて実際に作るとか、絵本の読み聞かせの練習とか、襟付きワンピースの製作とかかな】

【一つずつが濃いね。洋服のお直しのバイトもしてるんだっけ?】

【うん。そんなに入ってないけどね。そっちはバイトしてるの?】

【ファミレスのキッチンやってる。愛想よくできないからホールは向いてない】

【愛想よくないんだ。意外。文面だとそんな感じしないのに】

【よくなかったら、嫌だ?】


 お兄さん、変なところを心配するのね、と読みながら笑ってしまう。

 そもそもわたしの中の藤田くんは、現在進行形で大仏の姿なのだ。愛想とかの次元ではない。

 実際に会うわけではないのだから、そんなこと心配しなくてもいいのに。


【ううん。話しやすいってわかってるから気にしない】


 これが本心だった。

 夏休みに入ると文通ができなくなってしまう。途絶えるのは残念だが、二学期が始まれば再開できる気がしている。きっと夏休みにあったこととか報告し合うんだろうな。ネタを集めておかなくちゃ。


 期末試験前の現実逃避を楽しみながら、この日もデスクトップのフォルダを開いた。


【そっか】


 藤田くんからの返事はとても短かった。ただ、返事の下にサイトのURLと画像が貼られていた。なんだろう。


 画面をスクロールして画像を見てみると、建築関係の展覧会の案内だった。夏休みに大学で行うようだ。

 面白そう……! こんなイベントがあるなんて知らなかった。


 案内によると、大学生が引いた図面や企業とのコラボ作品などが展示されるらしく、昨年の様子が写真で載っていた。おそらくURLのサイトに飛べば詳しい情報が手に入るのだろう。


 ふーん。藤田くんは夏休みに随分と楽しそうな場所に行く予定なんだね。


「いいなぁ……」


 周りに聞こえないように呟く。絶対休み明けに根掘り葉掘り聞いてやる。

 最後のページまで読み終わり、さらに画面をスクロールすると、画像の下に文章が打ち込まれていることに気付いた。


「――っ」


 マウスを握る手に力が入る。画面から目が離せない。

 どうして? 藤田くん。


【一緒に行きたい。クラスと名前、教えてほしい】


 それはお互いに触れてこなかった、禁断の話題だった。







「――で、琴葉は何が引っかかるわけ?」


 休み時間に教室の机で突っ伏すわたしに、りっちゃんが呆れたように聞いてくる。


「だってわたし……こんなのだよ?」


 泣きそうになりながら顔を上げると、りっちゃんは目を丸くする。


「私、琴葉のこと可愛いと思ってるけど。あと面白い」

「ありがとう心の友よ。言わせたみたいになってごめん。でも違うの。上手く表現できないんだけど」

「今どきSNSで知り合った人と会うとか普通じゃない?」

「りっちゃんはバンド好きの集まりに参加してるもんね……」


 りっちゃんには藤田くんのことを『SNSで知り合った人』と濁して伝えた。

 藤田くんの名前はわたしが一方的に知っているだけだから、他の人に話すのはなんとなく不公平だと思ったのだ。


「初めて会う時、怖くなかった?」

「うーん。その前に長いことメッセージ送り合ってたから平気だったかな。普通に学校とかバイトで出会ったって、気持ち悪い人は気持ち悪いし」

「ごもっともです」

「琴葉はその人のことどう思ってるの?」

「……ものすごく、信用してる」


 だから怖いのだ。幻滅されるのが。


「せっかく仲良くなれたのに、実際に会って今の関係が壊れるのが嫌だ。終わりたくない」

「相手のことを信用してるのに、壊れるかもって思うの?」

「だって生理的に受け付けないって思われたら一発アウトだよ? 綺麗な黒髪じゃないと嫌かもしれないし、落ち着いている雰囲気が好きかもしれない。ブラックコーヒーを飲めない人は人間じゃないと思われるかも……」


 くうぅ、自分の想像力が豊かすぎて辛い。

 唸りながら頭を抱えているとりっちゃんが吹き出した。笑うところあった?


「琴葉のいいところだけどさ、自分が相手を嫌いになる立場だとは考えないんだね」


 どういうこと? わたしが藤田くんを嫌いになる?


「ないない、それはない」

「なんでよ。生理的に無理かもしれないでしょ? もし相手が茶髪だったら?」

「お揃いだなって思う」

「元気ハツラツで賑やかだったら?」

「文面と違って面白い」

「ブラックコーヒー飲めなかったら?」

「ふふっ、可愛い」

「どうしてそう思うの?」


 そんなこと、聞かなくてもわかってるくせに。


「優しい人だって知ってるもん」


 即答するとりっちゃんに頬っぺたをつつかれた。


「はい、それが答えです」

「え?」

「お相手もきっと同じ考えです」


 ……本当に?


「わたし変だけど、大丈夫かな?」

「大丈夫大丈夫。誰でも多少変なところはあるから。みんな違ってみんないい」

「面倒くさくなってきたんでしょ」

「違うよ。相手が自分のことをどう思うかなんて、結局自分ではコントロールできないじゃん。私の刈り上げだって嫌いな人は嫌いなの。でも琴葉は違うでしょ?」

「むしろ好き」

「そういうこと。進んでみなきゃわからないよ」


 なんだかりっちゃんが大人に見える。同い年だよね? 詐称してない?


「会って……みようかな」

「気分が乗ってるうちにね。お相手は絶対ダメージ食らってるから、早く返事してあげなよ」

「ダメージって?」

「会いたいって伝えるのは結構勇気が必要だったと思うんだよね。なのに琴葉は、現段階で返事を保留にしている」

「……そうだった」


 サーッと血の気が引いていく。わたしは藤田くんからのメッセージに返事をしていないのだ。文通を初めて二ヶ月半。今まで一度もこんなことはなかったのに。


「早く、返事しなきゃ」

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