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03.デスクトップ上の文通

 USBメモリを届けた二日後。CAD(キャド)の授業を受けるため、りっちゃんと並んで第三パソコン室にやってきた。


「今日は(えり)の展開だよね。予習のために昨日手書きで製図してみたんだ〜」

「何回も同じもの引くのって、つまらなくない?」

「全然。だって襟幅とかで表情変わるし」

「私にも琴葉の意欲をわけてほしい」

「りっちゃんは調理実習得意なんだからいいじゃん」

「だからってこの授業で爆睡キメるわけにはいかないじゃん……」


 眠たくなる要素なんてないのにな。むしろ興奮で覚醒するくらいだ。


 そう思うものの、自分の感性が少数派だということは一年時に散々クラスメイトから教え込まれたため、他の人に押し付けるつもりはない。


 いつもの席に着き、パソコンを立ち上げる。――あれ?

 デスクトップに、この前までなかったフォルダを見つけた。


【USBの人へ】


 もしかしてわたしのこと? 興味本位で開いてみると、中には一つのファイルがあった。カチカチっとマウスを押す。表示されたのは短い文章だった。


【USB受け取りました。届けてくれてありがとう。図面見るの好きなの?】


「わあっ……!」

「どーしたー?」


 授業が始まる前からすでに目が閉じそうなりっちゃんに「なんでもございません!」と返し、画面を凝視する。


 よかった、ちゃんと持ち主に届いたらしい。わざわざお礼を書いてくれるなんて、……えーっと大仏イメージの……藤田くん。そう藤田くんだ。藤田くんは律儀な人だ。

 質問してくれたんだから返事した方がいいよね。


【持ち主の所に届いて安心しました。図面は見るのも書くのも好き。わたしが書くのはパターンっていう服の型紙だけど、工業科の授業も楽しそうだなって思った】


 図面が好きな女子なんて、きっとまた珍獣扱いされるのだろう。でも姿が見えない相手だし、どう思われてもいいか、と、気楽に考えることにした。


 返事は特に期待していなかったのだが、次の授業の時にもフォルダは消えていなかった。それどころか内容が更新されている。


【俺以外で製図好きっていう人初めて見つけたかも。服のパターン? も見てみたい。データある?】


 驚きのあまり、わたしは藤田くんからの返事を十回ほど読み直した。

 製図が好き?……恐ろしく貴重な人材だ。心臓がばくばくする。彼からすればただの社交辞令なのかもしれないが、服の型紙にも興味を示してくれるとは。


 藤田くんのイメージが『男子の制服を着た大仏』から『制服を着て定規を持った大仏』に進化した。誰が何と言おうと進化である。


 この日の返信をきっかけに、わたしと藤田くんはデスクトップ上での文通を始めた。


【趣味で作ってる甥っ子のベストとテーパードパンツ。データ貼っておくね。このパソコンなら開けるよ〜】

【服って分解したらこんな形なんだ。面白いね。この服を実際に縫うってこと?】

【うん。昨日仮縫いが終わったところ】


 服を作るには、いくつかの工程を踏む必要がある。

 いきなり本番用の生地を使って型紙にミスがあってはいけないため、生成(きなり)色のシーチングと呼ばれる生地で試しに組み立てた。


 まだ細部の修正が必要だが、子供サイズのベストとテーパードパンツは本番の生地でなくとも可愛い。昨日撮影した写真を眺め、添付する。


【すご。平面で想像したものが立体になるのが一番テンション上がる】

【わかる! 工業科だとどんなものを作るの? この前見たデータは機械みたいだったけど】

【学科内で細かく分かれてて、俺は建築選んでるから50分の1サイズの模型とか作るかな】

【どうしよう。とてつもなく楽しそう】

【言うと思った。あとは工業科だと――】


 わたしたちの文通は、スローペースだが途絶えることがなかった。お互いの時間割が上手い具合に組み立てられているようで、二日に一回あるパソコン室での授業時には必ずファイルが更新されていた。


 やり取りを続けているうちに藤田くんについてわかったのは、建築が好きで工業科に入ったことと、将来は建築士になりたいこと。だから製図の勉強も楽しいらしい。

 高校卒業後に行きたい大学も、ある程度決めているみたいだ。


「……すごいなぁ」


 お風呂を済ませて自分のベッドに寝転んでいたわたしは、藤田くんの話を思い出してのそっと立ち上がった。


 机の引き出しを開くと、最近配られたばかりの進路希望調査が申し訳なさそうにこちらを見ている。第一希望から第三希望まで、すべて家から近めの大学で適当に埋めた。学部の希望はまだ書けていない。


「琴葉ー、ちょっと降りてきて〜」


 お母さんの声だ。そっと引き出しを閉め、一階に降りる。


「なにー?」

(しょう)ちゃんから電話。かわってって」

「なんだろ?……もしもしお兄ちゃん?」


 翔真(しょうま)お兄ちゃんはわたしと歳が離れていて、数年前に結婚して家を出ている。甥っ子の奏多(かなた)はお兄ちゃんの息子だ。


「久しぶり。元気か?」

「あははっ、お兄ちゃん毎回久しぶりって言うけど割と会ってるよね」

「一週間会わなかったら俺の中では久しぶりなの。再来週の日曜日って家にいるか?」

「うん。お兄ちゃん帰ってくるんでしょ? 奏多のセットアップ製作中だからその日に渡す。サイズは90でいいんだよね?」

「ばっちり。ああ、また俺の写真フォルダが充実する」

「超可愛いから容量空けておいてね」

「琴葉の写真も撮る」


「それはいらないでしょ」とつっこんでも、大真面目な声で「いる」とだけ返ってくる。何歳になっても兄バカだ。


「何歳になっても俺の妹は可愛い」

「はいはい。次会う時まで体に気を付けて。お義姉(ねえ)さんにもよろしく。お母さんに変わるね」

「あ、ちょっと待った」

「何?」

「そろそろ進路希望聞かれる頃だろ?」

「……うん」

「しっかり考えて選べよ」

「わかってる」

「ならよし」


 お兄ちゃんの満足そうな声を聞いて、お母さんに受話器を渡した。

 進路、かぁ。

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