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23.魅惑のファンサービス

 わたしは複雑な心境だった。


 グラウンドでの競技練習中、女子の視線はバトンを繋ぐ男子――ではなく、イチャつく梅村くんと柳くんに注がれている。近寄って話しかける女子もいれば、遠巻きに眺める女子もいる。他人設定のわたしはもちろん後者だ。


「……親友って、強いんだね」


 梅村くんと柳くんは仲直りしてからというもの、行動を共にすることが増えた。

 クラスが違うため四六時中というわけではないのだが、競技練習で二年生が集合した時などは柳くんが梅村くんにじゃれつきに行っている。人目も(はばか)らず、尻尾を振る犬のごとく。


 インパクトが強いおかげで、柳くんとわたしが付き合っているというデマは消えた。

 だが同時に、女子が気付きつつあるのだ。


「文句を言いながらも柳の相手をしてあげる梅村、実はめちゃくちゃ優しい説」


 りっちゃんが告げた説が真実だと知っているわたしは、「そうだねぇ」とふんわり返す。


「琴葉はいいの? 好きな人が女子に囲まれてるわけだけど」

「……やっぱり好きな人、バレてたか」

「そりゃあ琴葉の話を聞いた上で急に柳と仲良くなる人間が現れたら、喧嘩してた相手だってことくらい誰でもわかる」

「りっちゃん。わたしの好きな人はあくまでも『柳くんと喧嘩してた人』だからね」

「はいはい。誰に聞かれるかわからないので、ヤツの名前はもう出しませーん。で、囲まれてる件についてのコメントは?」

「うーん、心配だよね。梅……彼が女子を避けてきたのは厄介ごとに巻き込まれたくないからなのに、あれだけ人気になっちゃうと」


 これまで女子との関わりを避けてきた梅村くんの努力が、無駄になってしまうのではないだろうか。


「仲直りに協力したの間違いだったかな……。柳くんとの間では中学の頃みたいな悲劇は起こらないと思うけど」


 藤田くんや他の友達と問題が起きないとは言い切れない。


「でもこの一年半で工業科の人は彼の人柄を理解してるわけだから、今更女子に囲まれたところで誤解はされないか?」

「琴葉……本当に好きなんだよね?」

「うん。どうして?」

「どうして? はこっちの台詞。どうやったらその答えが出てくるわけ?」


 りっちゃんは信じられないとでも言うようにこめかみを押さえた。


「普通好きな人が女子に囲まれてたら、焦ったり嫉妬したりしない? あの女子たちを見て。あんなの柳と話すついでに見せかけて梅む……ヤツとの距離を詰めようとしてるに決まってるじゃん」


 ああ、そういう意味の質問だったのか。


「それはね、意外となんともない」

「なんで?」

「彼がですね、自分から好かれようとしていないと言うか、まだ女子と深く関わろうとしてなさそうに見えるから。壁発動してるし」


 梅村くんはどの女子に対しても、素の可愛い笑顔を向けていないのだ。まだ壁を撤去するつもりはないのだろう。だからこそわたしも他人設定を継続している。


「確かに女子に対しては素っ気ないままだけど、柳がいる分、前より怖さ減ってない?」

「壁を撤去して笑ったら、怖さなんて消滅するから。今の五億倍は可愛い。すごいの。心臓握り潰されるよ」

「兵器じゃん。想像つかない」

「あの笑顔を向けられたらね、多分みんな好きになっちゃう」


 だから笑顔を向けるのは男子だけにしてほしいな、なんて。そんなこと、たかが同志のわたしが願ったところでどうにもならないんだけど。


「でも柳に対しても笑わないよね?」

「それなんだよね。誤算だよ。仲直りしたらもっと笑ってくれると思ったのに」

「琴葉の前ではどんな感じで笑うの?」

「腹を抱えて笑う。ゆるゆる微笑む。堪えきれず吹き出す。などなど」

「マジ?」

「信じられないでしょ? 女子には見せたくないんだけどりっちゃんには見てほしい。柳くん面白いことやって笑わせてくれないかな」


 怪しい念を送ってみたのだが、柳くんの行動により笑顔が弾けるのは周囲の可愛い女子たちだけだった。梅村くんは我関せずを貫いている。


「柳くん頑張れ……!」

「ねえねえ。私は琴葉とアレがどのくらい仲良いのか知らないから、ただの憶測なんだけどさ」


 梅村くんの呼び方がアレになってしまった。


「アレが笑うのって、琴葉にだけなんじゃない?」

「そんな器用なことできる?」


 少なくともわたしにはできない。


「前に『俺だって笑うよ』って言ってたし、面白かったら普通に笑うと思うよ」

「えー、でも……。他に何か言われたことない? 笑うことに関して」


 何かあっただろうか。記憶の箱をひっくり返してみる。

 梅村くんが初めて笑った時、あまりの珍しさに驚いた。でも梅村くんは『これから珍しくなくなる』と言い、わたしは理由を聞いたのだ。そして。


 ――多分西さん、俺のツボだから。


 参ったなぁ。うっかりとんでもない記憶を呼び覚ましてしまった。


「その顔は何か思い出したな?」

「……そんなことないザマス」

「茹でタコ系マダムがなんか言ってる」

「ブシュー」

「墨吐くな」


 タコの口のまま後退していると、玉入れの召集がかかった。神様はわたしの味方だったようだ。


「行くぞりっちゃん! 我らの力を見せつけるのだ!」

「誤魔化すなー」


 追いかけてくるりっちゃんから逃げつつ、わたしは心の中でもタコの口をした。

 わたしにだけ笑うなんて、そんな都合のいい話、あるわけないじゃん。







 競技練習が終わり、ブロックごとの応援練習が始まった。緑ブロックの応援は男子のパートから始まるらしく、応援係が立ち位置の確認をしている。


 一般生徒は緑ブロックの応援席にまとまり、応援係の準備が整うのを待つ。衣装係と看板係は一般生徒より前の列に集まるよう言われているため、クラスメイトと別れて移動することにした。


「西ちゃん西ちゃん、隣で声出ししよ〜!」


 最前列から石丸先輩が呼んでいる。


「先輩副団長なのに応援席にいていいんですか?」

「本番はダメだけど今はオッケー。ほら吉野さんも! 最前おいで〜」


 先輩に言われるがまま、わたしとりっちゃんは最前列に移動した。普段なら絶対に来ない。


 緑ブロックの応援席から見えるのは、位置の関係で応援係の横顔だ。それでも特等席のように感じる。なにせ応援合戦中は生徒の後頭部しか見えないだろうなと思っていたのだ。

 左からりっちゃん、わたし、石丸先輩の順で並び、しゃがんで待機する。


「声出しって何するんですか?」


 尋ねると、石丸先輩は一人の応援係を指さした。三年生の男子だったはずだ。手に大きなスケッチブックを持っている。


「スケッチブックに応援係の名前が書いてあるから、開かれたページに書いてある名前をみんなで呼ぶの。立川だったら秋晴(しゅうせい)〜って」

「先輩でも呼び捨てですか」

「喜ぶよ、絶対」


「確かに喜びそう」とりっちゃんが頷いた。立川先輩の反応が楽しみである。


 三人で話していると男子のパートが始まった。

 わたしはとんでもない事実に胸を締めつけられる。位置確認の時点で、もしやと思っていたのだが。


「わたしたち、神席にいる?」


 りっちゃんに寄りかかってこっそり聞いてみる。


「茹でタコ系マダムにとっては神席なんじゃない?」


 この娘、根に持っている。

 どう考えたって神席だって。やや距離があるとは言え梅村くんの横顔をバッチリ拝めるんだよ? 寿命が延びそう。はい延びた。呼んでくれた石丸先輩に感謝しなくては。


 開始早々テンションが上がってしまったのだが、ここでスケッチブックを高く掲げた先輩が視界に入った。先輩は応援席の前に立ち、ページをめくる。

 係の合図で、応援席の生徒たちが叫んだ。


「秋晴ー!」


 呼ばれた立川先輩は五人分くらいありそうな声で返事をした。そうかと思うと、応援席前まで走ってきて勢いよくバク宙を披露してくれた。大変素晴らしい動きなのだが、人柄の問題で爆笑が巻き起こる。


「立川は運動神経が服着て歩いてるからねぇ」


 果たして石丸先輩は褒めているのか貶しているのか。わたしは拍手していた手をそっと下ろした。


「本番でも今のやるんですか?」

「ううん。今日は名前呼ぶ練習がメインだから他は割愛してるの。立川が適当にやったから、他のみんなも自由に流すと思うよ」


 石丸先輩の言った通り、その後は立川先輩みたいに場を沸かす人もいれば、丁寧にお辞儀をする人、軽く手を上げる人など様々だった。――そしてついに、梅村くんの番がきた。


 なぜかわたしが緊張してしまう。

 今この場所では、他人設定は関係ないのだ。わたしは応援練習をしているだけ。張り切って声を出しても許される。


 タイミングを合わせ、大きな声で好きな人の名前を呼んだ。


「蒼士ー!」


 こ、これ楽しい! 梅村くんの名前を呼ぶ練習だけあと十回したい。

 両手で口元を隠し、むふふっと余韻に浸る。

 梅村くんはサービスで会釈くらいしてくれるのだろうか。些細な動きも見逃さないぞ、と彼を凝視する。


「おおっ……!」


 梅村くんは呼びかけに反応してくれた。顔だけ横に向け、緑ブロックの応援席を見つめる。それだけで女子は大騒ぎだ。

 わたしは危うく、コンサートでよく聞くファンの一言を口走りそうになった。


 ――絶対、わたしのこと見てる。


 事実と異なっていたとしても、そう思いたい気持ちが強いために錯覚してしまうのだろう。


「やっぱり、かっこいいなぁ……」


 周囲のざわめきにかき消されるよう、空気を含んだ声で呟いた。はずなのだが。


 一瞬ピタリと動きを止めた梅村くんが、正面を向きながら微笑んだ。タイミングが最高……いや最悪だったため流し目になり、同じ歳とは思えない色気を醸し出す。


 一拍おいて、女子のボルテージが最高潮に達した。


 梅村くんにわたしの声が聞こえたわけじゃないよね。後ろで誰か面白いことでもしてるの? もしくは意外にもファンサービス? どんな理由でも今笑うなんて酷い。やめてよ、みんな好きになっちゃうじゃん。困るのは梅村くんだよ。表情管理しっかりして。でもありがとうございます、好きです。


 頭を抱えて唸るわたしの左隣で、りっちゃんが両腕を組んでふんぞり返った。


「やっぱりな」


 何が? どうしてそんなに得意げなの?

 梅村くんの魅惑の微笑みを見て正気を保ったままのりっちゃんに、わたしはひれ伏しそうになる。


 だがひれ伏す前に反対側から肩を叩かれた。振り向くと石丸先輩の整った顔が目の前に迫っていた。


「見た? 今の」

「は、はい」


 わたしがほぼ反射で返事をすると、先輩は興奮を抑えるように胸元に手を置いた。


「……いいじゃん、梅村くん」


 先輩の口角が上がる。わたしはそれを、首を傾げて見ていた。

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