22.現行犯
放課後にファミレスを訪れたわたしは、事前に送ってもらっていた柳くんの謝罪文に目を通すことにした。
少し遅れてやってきた柳くんと合流し、率直な意見を伝える。
「長くない?」
何度画面をスクロールしたか覚えていない。わたしの集中力が足りないのかもしれないが、気を抜くと読んでいた箇所を見失うのだ。
「これでも削った方なんだよ」
「そうなの? じゃあここで改行入れよう。その方が見やすいから」
素直に改行を入れた柳くんが、真剣な眼差しでわたしの様子をうかがってくる。
「表現は? キモいところ指摘してほしい」
「そんなところなかったけど」
「『蒼士のことを格好いいと思ってるから被害妄想してしまい』とか書いてるんだよ? 直接的でキモいでしょ」
「梅村くんが格好いいのは事実だからどこもおかしくない。柳くんが言ってるのは見た目だけのことじゃないでしょ?」
「当たり前じゃん。あいつ見た目褒められても喜ばないもん」
「わかってるならよし。梅村くんだってサラッと可愛いとか言うし、格好いいって言葉自体に嫌悪感は抱かないと思うよ」
「蒼士が可愛いって? 言うわけないじゃん」
「言うって」
昨日揶揄われたばかりのわたしが言うのだから間違いない。
「……蒼士?」
「そりゃあ男子の柳くんには言わないかもしれないけどさ。ってこんな話はいいから、覚悟決めて送りなよ」
そう言ってみたのだが、柳くんは呆気に取られたようにどこか遠くを見つめている。
「柳くん、大丈夫?」
わたしの声は虚しく空振り、彼は返事をしない。それどころかスマホを机に置き、メニュー表で顔を隠してしまった。
明らかに様子がおかしい。心配になったわたしは柳くんに手を伸ばした。が、見覚えのある大きな手に遮られ、届かなかった。
「隠れんな」
聞き慣れた声に怒りが混じっているとわかり、頭の中で警戒音が鳴る。
おそるおそる声の主を見上げると、そこにはわたしたちを見下ろす梅村くんの姿があった。実は昨日の夜くらいから会いたいと願っていたのだが、絶対今じゃない。そしてご機嫌な顔が見たかった。
「どうして……梅村くんが」
「ごめん西さん。学校で不愉快な話を聞いたから、跡つけた。それとここ、俺のバイト先。さっきまで裏で見てた」
梅村くんの発言に連続で衝撃を受ける。柳くんの噂が気になるのは理解できるが、まさか現行犯を狙ってくるとは。一瞬で喉が渇いてしまった。
糸くずと化したわたしが梅村くんにポイッと捨てられる、虚しい絵面が思い浮かぶ。
「梅村くん。柳くんとわたしがどうこうっていうのは、嘘情報でして」
「わかってる。製図のせの字も引けないこいつに、西さんが興味を持つわけがない」
その通りなのだが、断言された理由が嬉しいような、悲しいような。
「でもこいつが西さんに近づいたのは事実でしょ。……なあ、お前何やってんの」
柳くんからメニュー表を取り上げた梅村くんは、静かな声で問いかける。店内は相変わらず賑わっているのに、梅村くんの冷え切った声だけが耳に入ってくるようだ。
梅村くんの迫力に気圧されて青ざめた柳くんは、上手く言葉を発せていない。
「西さん巻き込んで、中学の頃の仕返しのつもりか?」
「ちがっ、俺はお前に」
「やっぱり俺絡みじゃん。俺のことが嫌いなら直接俺に言えばいいのに、なんで西さんを利用しようとするわけ」
「それ、は」
どうしても、仲直りしたかったからだよね。
「迷惑だから二度とするな。西さんにも近づくな。俺はお前なんてどうでもいいし、正直もう関わりたく――」
気付けばわたしは、梅村くんの口を手で塞いでいた。
「それ言って一番傷つくの、梅村くんじゃない?」
彼の瞳が、わずかに揺れる。多分わたしの瞳も、ちょっとばかり揺れている。
「嫌だよわたし、梅村くんが傷つくの」
中学生の頃の梅村くんは、柳くんに話を聞いてほしいって思ってたよね。聞いてもらえなくて悲しかったよね。苦しい思いをしたんだよね。だったら同じことをしたらダメだよ。もう梅村くんに、後悔してほしくないもん。
わたしは柳くんのスマホを手に取り、メッセージの送信ボタンを押した。
「梅村くん、スマホ見て。今すぐ」
「スマホ?…………何これ、長」
「柳くんの気持ち。ここに座って読んで」
梅村くんの袖を引っ張り、自分の隣に座らせた。彼は自分のスマホを見つめ、無言で謝罪文を読む。謝罪文が長いせいで、沈黙も当然長い。柳くんはここで初めて、長文を打ったことを後悔しているようだった。
しばらくして、梅村くんがスマホの画面を閉じた。
「……西さん、ずっとこれ打つのに付き合ってたの?」
「そうなの。柳くんが意気地なしで大変だったんだから。でもわたしは応援してただけで、考えたのは全部柳くんだよ。気持ち伝わった?」
「まあ、……うん」
居心地が悪そうな梅村くんが可愛い。先ほどまで怒っていたことが恥ずかしいようだ。
わたしは柳くんに向かって「よかったね」と口パクをする。彼はホッとしたのか、顔色が少し元に戻っていた。
「じゃあわたしは帰るね。あとは二人で話を――」
立ち上がろうとしたところ、梅村くんに引き留められる。
「いきなり二人は無理」
「え。でも話を聞くわけにはいかないし」
「柳くんも二人で話したいよね?」と振ってみたのだが、彼は高速で首を横に振っている。数ヶ月前にお兄ちゃんが悩んでいた、幼児のイヤイヤ期みたいだ。
わだかまりを残さぬように、今決着をつけるべきだと思うのだが。……そうだ。
閃いたわたしはカバンからイヤホンを取り出し、耳に装着した。
「今から爆音で音楽聴くから、話が終わったら肩叩いてくれる?」
これなら近くにいても話し声は聞こえない。
梅村くんが頷いたのを確認して、スマホで邦楽ロックを流す。音量を上げて目を瞑ると、ファミレスにいることを忘れてしまいそうだった。
二人の話に決着がつくまで、何時間でも付き合うとしよう。そう決意したのだが――
とんとん。
一曲流し終わる前に、肩を叩かれた。何かの間違いだろうか。薄目を開けて状況を確認しようとする。梅村くんの方に向くと、心なしか晴れやかな表情の彼と目が合った。
「もう終わったの?」
早くない? 今度は柳くんに視線を移す。
「ん? ちゃんと話できたよ」
「そうみたい、だね」
笑顔全開の柳くんを見れば疑いようがない。
この二、三分で一体何を話したのやら。疑問ではあるが、本人たちからすれば一件落着、といったところなのだろう。
「……男子って……謎」
*
そこまで暗くはないのに「家まで送る」と言って聞かない梅村くんと、梅村くんから離れたくなさそうな柳くん。彼らと共にファミレスからの帰り道を歩く。
わたしを間に挟んでいるところから察するに、まだ若干の気恥ずかしさがあるのだろう。
けれども柳くんはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
「西さん、今度何かお礼すんね」
「お前は二度と西さんと二人で会うな」
「それなら蒼士と三人で。奢るからさ」
「西さんには俺が奢る」
「聞いた西さん!? 蒼士が俺とも遊んでくれるって!」
「柳くんはハイパーポジティブだねぇ」
元気になったようでお姉さん嬉しいよ。
「梅村くんも、もう大丈夫? 柳くんのこと許せた?」
「大丈夫っていうか……なんか、ネチネチ考えてるのがアホらしくなった。俺も悪いところあったしね」
どうやら完全に吹っ切れているようだ。安心したわたしは「それなら」と提案を持ちかける。
「そろそろ柳くんのこと名前で呼んであげなよ。今日『お前』とか『こいつ』としか呼んでないよ。柳くんなんてわたしの前で蒼士蒼士蒼士蒼士うるさいんだから」
「えー……。なんかもう、こいつでよくない? もしくは柳」
「壁作ったら可哀想だよ。花火大会の時には梅村くんも呼んでたでしょ? 千紘って」
しっかり聞いていましたからね。
意地悪く言ってみたところ、梅村くんは「ダメだよ」と注意してきた。
「……西さんは、呼んじゃダメ」
まさか千紘呼びは俺以外NGとか、そういうこと?
梅村くんの『ダメ』は、わたしに効果抜群だ。絶対言うこと聞いちゃう。夢に出てきてほしい。
それにしても柳くんはずるいな。急に親友感出しちゃって。元から千紘って呼ぶ気はないから構わないけども。
ごちゃついた思考のまま足を進めていると、家の前に到着した。
「送ってくれてありがとう。二人とも気をつけて仲良く帰ってね」
「はーい、仲良く帰りまーす! な、蒼士!」
「約束したくない」
正反対な返事をしつつも、二人は並んで帰っていく。梅村くんと柳くんなら、空白の時間をあっという間に取り戻せるだろう。
もう少しで二人の背中が見えなくなる。わたしが家に入ろうとした時だった。梅村くんが振り返り、こちらに向かって走り出した。
「どうしたんだろう……?」
不思議に思い、わたしも小走りで梅村くんの元に向かう。ほんのちょっと走っただけで、わたしは肩で息をする。目の前まできた梅村くんは、軽く息を整えてから声を出した。
「大事なこと言い忘れてた。……西さん、ありがとう」
メッセージで済ませてもよかったはずだし、明日以降でも伝えられた。でもそんな選択肢を放り出して、走ってきてくれた。
やや乱れた梅村くんの前髪を見て、わたしは頬が緩むのを抑えられなかった。
「ふふふっ。どういたしまして」
やっぱりわたし、梅村くんが好きだ。