02.ときめきのUSBメモリ
どこかの誰かがアニメやスポーツに熱狂するように。
また別の誰かがアイドルの配信を見てときめくように。
わたしの胸を高鳴らせるのは、白い世界に浮かぶ図と、布を縫い合わせる時間だった。
ただ、それだけだ。
***
高校生活も二年目となると、放課後に空き教室を借りることも慣れっこだ。アルバイトなどの予定がない日、わたしは大体被服製作室で服を作っている。しかし、今日は別の部屋に用事があった。
「あれ? 西さん今日は型紙引かないの?」
職員室を訪ねると、担任のまりちゃん先生が首を傾げた。手にはわたしに貸し出す予定だったであろう被服製作室の鍵が握られている。
「引きますとも。でもわたし、今浮気中なもので」
いひひ、と気持ち悪い声が漏れた。事情を説明して目的の部屋の鍵を手に入れると、礼儀正しく職員室から退出する。スキップしたいところを抑えて、早歩きで廊下を進む。
向かっているのはCADという製図用ソフトを使える第三パソコン室だ。
手でパターンを引くのも好きだが、授業でCADを習って以来、パソコンでの製図にどっぷりハマってしまった。
鍵があったってことは、誰もパソコン室使ってないってことだよね。ラッキー。
パソコン室の電気をつけ、普段授業で使っている席に着く。よし、やるぞ。
気合い充分でパソコンを立ち上げ、データが入ったUSBメモリを挿そうとする。
「……あれ?」
すでに他のUSBメモリが挿さっていた。忘れ物かな。本体に直接名前を書いているようだが、消えかけていてほぼ見えない。
ストラップが青色だから、二年生のものだろう。こういう時、学年カラーは役に立つ。
けれどもここから先のヒントがない。人のデータを勝手に見るのはなぁ。放っておいても持ち主が取りに来るかもしれないし。……でも授業の時に困っちゃうかもなぁ。
少し気が引けるが、データを確認してみよう。
一番上のファイルを開くと、使ったことがないソフトが起動した。
「っ!?……すごい」
画面の中が輝いて見える。どうしよう、何これ。
服の型紙とは違う、もっと線が多くて複雑な図面が出てきた。機械の設計図だろうか。だとしたら、USBメモリの持ち主は工業科のはずだ。商業科なら小難しい表とかが出てきそうだし。
偏見丸出しの予想を立て、食い入るように画面を見る。操作方法がよくわからないが、上書き保存しなければ大丈夫、なはずだ。
この設計図で何ができるのだろう。あれやこれやと想像を膨らませていると、図面の左上に人の名前を発見した。
「二年一組の、藤田幸多郎、くん」
うーん、知らない。というか生活デザイン科以外で知っている人がほぼいない。そして男子が九割を占める工業科に乗り込む勇気もない。USBメモリは担任の先生に渡して届けてもらおう。
最後にじーっと画面を見つめ、名残惜しさを感じながらファイルを閉じる。そのままUSBメモリを取り外そうとして、思いとどまった。新たなファイルを作り、文章を打ち込む。
【誰の物か確認するために、勝手に中身を見てしまいました。ごめんなさい】
これだけだとちょっとそっけないかな。藤田くんとしてもデータを見られた挙句感想もなしでは微妙な気持ちになるかもしれない。着替えをのぞかれたのに真顔で立ち去られるようなものだ。わたしの場合、そんな場面には一生出くわさないと思うけど。……ここはもう一筆。
【設計図、とても面白かったです】
完璧。軽快にエンターキーを叩き、ファイルを保存した。
本当はもう少し見ていたいけど、のぞき見はここまで。今度こそ藤田くんのUSBメモリを引き抜き、自分の作業に入った。
しばらく製図に熱中した後、片付けを済ませて職員室を訪れた。
パソコン室の鍵を返却し、二年一組の担任を探す。先生たちの机を見回してみたが、残念ながら不在のようだ。竹なんちゃら先生、部活の顧問なのかな。
いないものは仕方がない。鞄からスケジュール帳を取り出し、後ろの方のフリーページをちぎる。
『藤田くんの忘れ物です』と書いたメモにUSBメモリを乗せ、先生の机に置いておいた。任務完了。
電車に揺られる帰り道、度々図面を思い出していた。神様仏様藤田様、本日はいいものを見せていただきました。
頭の中にぼんやりと浮かんだ『男子の制服を着た大仏』に手を合わせる。藤田くん、忘れていってくれてありがとう。
*
「ただいま〜」
家に着くなり二階に上がろうとすると、リビングからお母さんが顔を出した。
「おかえり〜。ご飯もう少しかかるかも」
「はーい」
「あとこれ、大学の資料届いてた」
「あー……。ありがとう」
自分の部屋に入り、受け取った資料を袋に入ったまま本棚に立てる。制服から部屋着に着替え、机の前に腰掛けた。
晩ご飯まで時間があるし、課題でもやろうかな。鞄を漁っていると、内側の小さいポケットからUSBメモリが顔を出した。
全然気にしていなかったけど、わたしの名前も消えかけている。名前の有無の重要性を感じたばかりだったこともあり、薄くなった文字を油性マジックで丁寧になぞった。【二年八組、西琴葉】
これでしばらくの間は落としても大丈夫。青色のストラップをつまみ、プラプラと揺らした。
――藤田くんのところに、ちゃんと届くといいな。