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17.不器用な彼の印象と妄想

 ついに緑ブロックは、衣装の本生地縫製に入った。わたしとりっちゃんで見本と工程表を作成したため、それを見ながらみんなで作業を行なっている。


 放課後に被服製作室で縫い進めていたところ、史織ちゃんが少し遅れてやってきた。


「部活遅れるって言ってきました〜」


 吹奏楽部も体育祭で部活対抗リレーに出場するようだが、パフォーマンス部門なので練習はほぼないらしい。史織ちゃんはマーチングドラムとやらで挑むと言っていた。カスタネットとかではないあたり、走る気のなさがうかがえる。


 彼女は窓際に行くと、棚に並べてあるミシンを持とうとした。


「あ、応援係はグラウンド練習なんですね」


 窓から外の様子が見えたようだ。

 被服製作室は四階にあるためグラウンドから離れているが、意外と知り合いは見つけられたりする。


「立川先輩は動きが賑やかだから、遠くにいてもすぐにわかりますね」


 なんとなく想像がつく。わたしが同意すると、史織ちゃんはわたしの隣の席に向かってきた。作業台の上によっこいしょとミシンを置く。


「あの先輩も目立つのですぐわかります。えっと……梅村先輩」

「……そっかぁ」


 動揺を悟られまいとするあまり、会話を広げる返しができなかった。だが史織ちゃんは自ら会話を展開させる。ミシンのカバーを外しつつ、わたしの向かい側でトップスの肩を縫っている藤田くんに問いかけた。


「藤田先輩って、梅村先輩と同じクラスですよね?」

「ん? うん」

「梅村先輩って女子嫌いなんですか? 工業科にも少しは女子いますよね?」

「嫌い……ではないと、思う。でも同じクラスの人でも必要最低限しか話さないかな」


 藤田くん、答えながらわたしの方を見ないで。切り替えラインがガタガタに縫い上がっちゃうから。

 梅村くんとの関係を知られているせいで妙に緊張する。わたしのことはお気になさらず。


 右足でフットコントローラーを踏むわたしの横で、史織ちゃんはミシンに糸をかけ始めた。


「二、三年生はそれを知ってるから梅村先輩に群がらないんですね。前に一年の派手目な女子たちが話しかけに行ってたんですけど」

「あー、多分俺も近くにいた」

「見ました? 美しい真顔で『悪いけど興味ないから話しかけないで』って。私が言われたわけじゃないのに震えましたよ」


 壁発動時はそんな感じなんだ、梅村くん。『昔辛いことがあったから女子とは関わらないようにしてるんだ。ごめんね』の意味だと史織ちゃんに教えてあげたくなる。他人設定であることが歯痒い。


 そんなわたしの心を史織ちゃんが知るはずもなく。彼女は今までの話題を忘れたようにヘルプを出してきた。


「琴葉先輩。試し縫いしたらミシンの針目がブヨブヨなんですけど、どうしたら綺麗になおせますか?」

「縫ったの見せてくれる?…… 上糸の糸調子が弱いね。こういう時は下糸の糸調子を見てみて――」


 下糸が入っているボビンケースをミシンの釜から取り出し、糸調子を確認する。こちらは問題ないようだ。釜の中にボビンケースを入れなおす。


「次に上糸の強さを変更するために、糸調子ダイヤルを回すの。今回は上糸を強くしたいから時計回りに」


 わたしが言った通りに史織ちゃんがダイヤルを回す。もう一度試し縫いをしてもらったところ、針目は綺麗に整っていた。


「ありがとうございます!」


 試し布を持って喜ぶ史織ちゃんに「どういたしまして」と返す。


「そういえば学ランの丈確認をした時は大丈夫でしたか? 梅村先輩の順番がきた時、私いなかったんですけど」


 不意打ちを食らった。まだ梅村くんの話は終わっていなかったらしい。


「冷たくされませんでした?」


 心配そうに首を傾げる史織ちゃん。脳内にあの日の拗村くんがよみがえり、悶絶する。


「ぐぅっ……!」

「やっぱり怖かったんですか? 私もいたらよかったですね」

「違うの。冷たくなかったし、怖くもなかった。ね、藤田くん」

「俺はちょっと怖かったよ」


 何を言ってくれているんだ藤田くん。


「えっ!? 慣れてる藤田先輩でも怖いって何されたんですか?」


 ほら誤解しちゃった。


「藤田くんと梅村くんが仲良くじゃれあってただけだよ。わたしは何もされてない。ね、藤田くん」

「……そうそう」

「藤田くん前に言ってたもんね。梅村くんは女子を遠ざけてるけど実は優しいって」


 ね? と架空の会話をでっちあげる。

 お願い藤田くん、話を合わせて。梅村くんは気にしないんだろうけど、わたしは梅村くんが史織ちゃんに怖がられるのは嫌なの。


 願いが伝わったのか、藤田くんは穏やかに口角を上げた。マイナスイオンを感じる。


「梅は優しいよ」

「そうなんですか?」

「うん。普段女子と関わらないのは、梅なりに考えてのことだと思うよ。変に相手に期待させるのもよくないしね」

「あ〜。誰にでも優しいと、女子の中で面倒ないざこざが起こりそうですもんね……。なんかちょっと印象変わりました」


 史織ちゃんは納得したようで、真剣な顔つきで脇を縫っていく。


 最初はフットコントローラーの操作に怯えていた彼女だが、短期間でスピードのコントロールまでできるようになった。藤田くんといい史織ちゃんといい、飲み込みが早くて羨ましい。


「先入観で人の印象を決めつけるのはよくないですよね。実は私、最初の方は生デの先輩も近寄りがたいなって思ってたんですけど」

「え、そうなの? わたしたち怖かった?」


 史織ちゃんのカミングアウトに緊張が走る。日頃から後輩を怯えさせるようなことはしていないはずなのだが。


「いえ、怖いのではなく。琴葉先輩と律花先輩は大学生の彼氏がいそうだなって」

「新鮮な意見だね」


 史織ちゃんの奇抜な妄想に吹き出してしまった。わたしには大学生どころか彼氏もいないというのに。


 作業台の端に重ねて置いてあるトップスの生地を取り、また切り替えラインを縫う。


「そう見えるんですって。藤田先輩も思いませんか?」

「それ俺に聞く?」

「律花先輩は学校まで彼氏さんが大きいバイクで迎えにきて、二人乗りで下校してそうじゃないですか?」

「まあ……ちょっとわかるかも」


 わかるんだ。離れた作業台でスカートの印付けをしているりっちゃんを、ニヤついた目で見る。


 りっちゃんの彼氏は他校の生徒だ。写真でしか見たことがないが、寡黙な感じの誠実そうな同級生である。途中まで一緒に通学しているらしいから、おそらく移動手段は自転車だ。


「で、琴葉先輩はとにかく溺愛されてそうなんですよね」

「わたしはバイクじゃないの?」

「先輩は車です」


 係が一緒になっただけの先輩相手にここまで妄想を膨らませているとは。


「想像してみてください。先輩のことが可愛くて仕方がない彼氏さんが、先輩の不意をついて写真を撮ってくるんですよ」


 彼氏じゃないけど、写真なら梅村くんに撮られたな。絶対微妙な顔してたよね、あれ。


「先輩が夢中で作業したり食べたりしてる時に、髪の毛を弄ってきたり」


 それもやられたな。梅村くんのは親切だったけど。


「車に駆け寄る先輩に、運転席から笑顔で手を振ってくれたり」

「それはないなぁ」


 まだ車には乗れないしね。梅村くんと電車に乗るのも好きだけど、卒業したら免許とるのかな。今度聞いてみよう。


 史織ちゃんは他にも妄想しているのだろうか、と隣を見ると、唖然とした顔をわたしに向けていた。


「く、車以外の二つは、経験あるんですか?」

「え? あ、いや」


 なんでわたし、梅村くんを当てはめて考えてるの?


「お、おお兄ちゃんが! そんな感じなんだよね」

「先輩お兄さんいるんですか?」

「歳離れてるから、わたしのこと大好きで」

「いいなぁ〜! うちなんて可愛くないクソ弟しかいませんよ。この前なんて――」


 史織ちゃんが妄想話から家族話に切り替えてくれたため、わたしは胸を撫で下ろす。お兄ちゃんの存在をこんなにありがたいと思ったのは初めてかもしれない。

 お兄ちゃんへの感謝と同時に、変な妄想に梅村くんを使ってしまったことを心の中で謝罪する。もうしません。


 その後も史織ちゃんと話をしながら作業を進めていると、終了時刻が迫ってきた。


「これ片付けてきます」


 立ち上がった史織ちゃんがアイロンを持って席を離れた。ミシンから糸を外していた藤田くんが小声でわたしの名前を呼ぶ。


「さっき梅のこと庇おうとしてたけど、梅が女子に怖がられるの嫌なの?」

「本当は優しいし面白いのにって思っちゃうんだよね。同志が悪く言われるのは、あまり聞きたくないし」

「俺も同じこと思って、前に梅に言ったことあるんだ。『素でいたら大半の人間から好かれるのに、なんでわざわざ嫌われにいくの。みんなに好かれた方が嬉しくない?』って。そうしたらさ、『俺が大事にできる人なんてそんなに多くないのに、無駄な労力使わせたくない』って答えたんだ」


 なんとなく、梅村くんだな、と思った。


「梅はさ、性別とか関係なく、一度気持ちを受け入れたら、同じかそれ以上に相手を大事にしようとする」


 だから好意を受け取る相手を選ばなくてはならない。自分が大切にできる人だけを。


「……梅村くんって、変なところで不器用だよね」

「だね。誤解されやすい性格してるよ。自分が攻撃されても気にしないのに、友達のことになると怒るし」


 多分藤田くんは、ボウリング場での出来事について言っている。


「でもそんな性格だから、工業科からは好かれてるんだよね。むさ苦しい愛にまみれてるよ」

「ふふっ。工業科の人が梅村くんの良さをわかってるなら、女子に怖がられちゃっても大丈夫か」

「俺らだけじゃないよ」


 ――今は西さんもいるでしょ?


 にこっと笑った藤田くんを見て、嬉しくなった。

 梅村くんの周りには、梅村くんを正しく理解している人がちゃんといるのだ。

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