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16.薄々勘付いてはいたのですが

 型紙を引いた日以降も、緑ブロックの衣装製作は着実に進んでいた。


 試しの布を使った仮縫いが完成し、本番用生地と付属品の購入も滞りなく終わった。先生からの許可が下りたため、今日は先輩たちとりっちゃんに頼んで本番用生地の裁断をしてもらっている。


 わたしは藤田くんと後輩の加藤史織(かとうしおり)ちゃんと共に、応援係が使っている教室に顔を出した。ちょうど休憩中のようだ。


「西ちゃん! チアの仮縫いめっちゃいい感じだったね!」


 副団長の石丸(いしまる)先輩がわたしに気付き、抱きついてきた。フレンドリーで優しく、目鼻立ちがはっきりしている美人さん。先輩のポニーテールが揺れ、いい匂いがする。わたしの口から勝手にえへへ、と明るい声が出た。


「今日から裁断に入ってもらってます。本番用の生地では仮縫いしないので、次にお見せするのは完成品になるかと」

「楽しみ〜!」

「わたしも先輩に着てもらうの楽しみです!」

「一緒に写真撮ろうね」

「いいんですか?」

「当たり前じゃーん」


 二人でキャッキャと盛り上がっていると、応援係の男子が学ランに着替えて登場した。

 教室の時計を見た石丸先輩が全体に声をかける。


「じゃあ廊下に移動しよっか。呼ばれた男子は教室に入って学ランのサイズ感確認してもらってね」


 応援係が動き出したのを合図に、わたしたち衣装係も準備を始めた。適当に借りた机に裁縫セットを置き、そこから安全ピンやメジャーを出していく。


 すると史織ちゃんが隣にやってきた。ショートカットの髪から露出した小麦色の細い首が、夏休みの満喫度を表しているようだ。同じ焼け具合の手には、寸法記録表を挟んだバインダーを持っている。


「琴葉先輩。ここの欄に股下寸法を書けばいいんですよね?」

「そうそう。丈を変更する時は右隣の欄に書いてもらえると嬉しい」

「わかりました、任せてください!」


 確認を終えたところで、藤田くんが廊下に立川先輩を呼びにいった。先輩が一番手のようだ。わたしは学ラン姿の先輩を上から下までじーっと観察する。


「俺去年もこれ着てやったし、身長も変わってないからこのままでいいよ」


 先輩はそう言うが、わたしは首を横に振った。先輩の足元にしゃがみ込み、スラックスの裾に触れる。


 顔を傾けると横の髪が垂れてきた。邪魔である。ヘアゴムを持ってくればよかったな。なんてことはさておき……うーん、先輩のくるぶしがこの位置だから。


「1.5センチ、伸ばした方が……」

「1.5? そんだけなら直さなくていいよ」

「先輩、1.5センチをナメたらいけませんよ。見え方がかなり変わりますからね」


 たかが1.5センチ。されど1.5センチなのだ。


「西ちゃんの職人スイッチを押しちゃった気がする」

「自分、やる気みなぎってます」

「でも丈いじるとなると衣装係の仕事増えるだろ。大変じゃん」

「大変なのは応援係の人たちも同じじゃないですか。練習頑張ってるんですから、一番自信を持てる姿で本番に臨んでほしいんです」


 服にはそれができる力がある。

 実際に見てもらった方が早いだろう。わたしは裁縫セットから小さめの黒い布を取り出した。立川先輩の右裾に長さを足すように安全ピンで取り付ける。


「藤田くん、先輩の写真撮ってもらってもいい?」

「おっけー」


 藤田くんは立川先輩をスマホで撮影すると、感嘆の声を漏らした。立川先輩とわたし、史織ちゃんの三人は藤田くんを取り囲み、画面をのぞき込む。

 

「うわっ、俺の右足がすげえ長く見える」

「でしょう?」

「わあっ! 丈伸ばした方の先輩、スタイル抜群じゃないですか。これはモテます!」

「よっしゃ採用」


 ナイスだ史織ちゃん。褒め上手な後輩を持つと非常にやりやすい。

 立川先輩の意思が変わる前に股下丈を計測し、史織ちゃんに記入を頼んだ。


「俺がパリコレ団長になるために丈直し頼むわ」

「頑張ります」


 立川先輩が練習に戻り、藤田くんが次の生徒を呼ぶ。わたしたちはせっせと同じ作業を繰り返した。

 ほとんどの人が中学時代に着ていた学ランを持ってきてくれたため、使い古された感はあるものの直しは少なくて済みそうだった。


「――半分くらい終わったし、預かった制服を一旦片付けに行ってくるね」


 学ランの山を抱えようとするわたしに向かって、史織ちゃんが挙手した。


「私が行ってきます。琴葉先輩と藤田先輩がいれば作業止まりませんし」

「結構重いけど大丈夫?」

「大丈夫です! 私パーカスで力持ちなので」


 はて。パーカスとは打楽器のことだっただろうか。中学時代に吹奏楽部の友達が言っていたような、言っていなかったような。

 記憶は曖昧だが、史織ちゃんが自信満々なため任せることにした。


 教室から出ていく史織ちゃんを見送り、藤田くんが廊下に顔を出す。


「次の人……(うめ)ー。丈合わせー」

「んー」


 藤田くんに呼ばれた梅村くんが練習を抜けて教室に入ってきた。藤田くんからは梅って呼ばれているのか。新たな発見。「梅くん」と揶揄いたくなる気持ちを堪える。


 梅村くんは他人。梅村くんは他人設定。

 他の人と同じように接しよう。多少冷たくされても気にしないもんね。演技みたいなものだし。それにしても学ラン姿の梅村くんは新鮮だ。ドラマに出てきそう。


「梅村くんの中学校も学ランだったんだね。先輩たちのより綺麗かも」

「身長伸びて途中で買い替えたから」

「なるほど。そういうこと」


 それでも袖と裾が短い。男子の成長期って恐ろしい。

 他人設定でも意外と普通に話してくれる梅村くんに、わたしは尋ねる。


「丈変えても大丈夫?」

「うん」

「じゃあスラックスは……3センチ伸ばすね。袖丈も伸ばしたいなぁ。ちょっと見せてね」


 わたしは梅村くんの左手を拝借し、袖口を折り返した。よし、理解している構造だ。


「袖も伸ばせるの?」

「このタイプならできるよ」


 表地と裏地が縫い合わさっている部分を軽く引っ張り、梅村くんに見せる。


「表地と裏地の境目に黄色い糸があるでしょ? この糸を(ほど)いて袖口のボタンを外せば袖の長さを調節できるの」


 アルバイト先でも直したことがあるし、問題なさそうだ。わたしが梅村くんの手を離すと、その手が流れるような動きでわたしの髪に触れた。何事。途端に全神経が髪に集中する。


「……う、梅村くん?」


 上擦った声で名前を呼ぶ。

 彼の手がわたしの髪を三度すき、耳にかけた。


「髪落ちてきてたから、邪魔かと思って」

「そ……そっか。ありがとう」


 親切心。それにこんなにもドギマギしてしまうのはなぜだろう。

 そういえば梅村くん、先ほどから女子への壁を上手く作れていないような。もしかして作っていても根の人柄のよさは隠せないとか? だとしたら普段からこれ? そうか、それなら仕方がない。罪深いけど。


 わたしは自分を納得させて作業に戻ろうとした。しかしできなかった。視界の端に、あんぐりと口を開けた藤田くんを捉えたからだ。


 ……違いますね。これ違いますね。


 梅村くんの行動が異常だったと察したわたしは、首をギギギッと動かし梅村くんを見上げる。

 他人設定、どこに行ったの?

 目で訴えてみると、彼は悪びれもせずに言った。


「藤田しか見てないから」


 そういう問題?


「藤田くんってわたしたちの関係知らないよね?」

「言いふらしたりしないヤツだから、後で説明しとく」


 藤田くんへの信頼度はマックスらしい。だが――


「予備知識なくこの状況に巻き込まれたら可哀想だよ」

「だって……ずるいじゃん。藤田」

「どのあたりが?」

「今日は西さんと二人で作業してるし」

「今の今までもう一人いたよ。史織ちゃん見えてたでしょ?」

「西さんがチアのパターン引いてた時、藤田も参加してるし」

「電話で説明した通りだよ。男子の意見も必要だったんだって」

「西さんからクッキーもらってるし」

「クッキーって差し入れのこと?」

「そう」

「あ、あれは違うじゃん。これから一緒に係を頑張ろうって意味の」

「俺だって同志なのに」

「それはそうだけどさぁ」


 え、わたしが間違えてるの? 違う係のわたしが梅村くんにクッキーをあげたら変だよね?


 梅村くんは応援練習中も女子からチラチラと見られているし、大人数で物を運ぶ時は大体駆り出されている。身長が高いからというのもあるだろうが、あれは梅村くんと話したいからだ。


 要するに、彼はいつでもどこでも狙われている。


「わたしは同志として、梅村くんを守ろうと思ったから渡さなかったんだけど」


 梅村くんがわたしからのクッキーを受け取るくらい気さくな人だと知れ渡ったら、速攻で女子に群がられるに決まっている。困るのは彼の方だ。わたしは正しい行いをした。


 そう思うものの、梅村くんの膨れっ面を見ていると強く出られない。彼の立場になって考えてみよう。


 梅村くんが工業科で大量のおにぎりを握ったとする。わたしは梅村くんが他の女子に渡している場面を遠くから眺めるのだ。彼はこちらに近寄ってこず、視線すら絡まない。


 ……ちょっと、複雑かも。


 考えを改めたわたしは瞬時に和解案をひねり出す。


「今度からお菓子作ったら靴箱にでも入れておくよ。それか外出する時に持っていく」

「本当? 絶対?」

「製図の神様に誓います」


 だからね――


(すね)村くんは、もうおしまい」

「拗ねてない」


 そう言いつつほんの少し口を尖らせる梅村くん。

 わたしは奥歯を噛み締めた。薄々勘付いてはいたのだが。


 ――どうしよう。梅村くんって、とても可愛い。

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