14.面倒くさい男
どうしてこうなったんだろう。
数十分前には想像もしていなかった状況に、わたしは困り果てていた。
ファミレスの店内は賑わっており、わたしたちのような高校生もそれなりにいる。
けれども目の前の柳くんのように、机におでこを擦り付ける人はいない。
「あのぉ、……そろそろ顔を上げてもらえると」
「西さんが協力するって言ってくれるまで上げない」
「でも他の人に見られたらさ」
「嫌だ! 絶対上げない!」
面倒くさ。
柳くんもだし、彼を放置できない自分も面倒くさい。最初は敬語を使っていたわたしだが、すでに彼を敬う気持ちはなくなっている。
「梅村くんとの仲を取り持ってほしいって言われても、わたしだってそこまで親しいのかわからないし」
「はぁっ!? 何言ってんの?」
ガバッと顔を上げた柳くんが目ん玉を剥き出しにして抗議してくる。いや、顔上げるんかい。あと声大きいな。
これが梅村くんと喧嘩別れした元親友とは。同じ高校の人だったのは予想外である。
柳くんに中学時代の話を聞いたところ、夏祭りの日に梅村くんから教えてもらった話と大方一致していた。おそらく嘘ではない。
そして柳くんは夏祭りの日、帰りの電車でお面を持ったわたしと梅村くんを目撃したらしい。
「蒼士は! 相当心を許してないと二人で出かけたりしないんだよ!」
「わかった。わかったから落ち着いて」
これでも飲みな、と柳くんにドリンクを勧める。何味なのかは興味がなくて見ていなかった。相手が梅村くんだったら見ちゃうのにな。
柳くんは喉元を激しく上下させてドリンクを飲み干す。空のコップを机に置いた頃、やっと落ち着きを取り戻した。
「とにかく、俺は蒼士と仲直りしたいの」
「うん、そうだね。謝れば?」
「え」
彼は中学時代に梅村くんと疎遠になったことを後悔しており、友達に戻りたいらしい。だったら――
「謝ればいいと思う」
というかこれしか言えない。
「柳くんが悪かったんでしょ?」
「うん。好きだった子を蒼士に取られたと勘違いして八つ当たりしたあげく、誤解を解きたいって連絡くれてた蒼士を無視した」
「サーイテー」
「傷口抉ってくるじゃん」
「わたしは梅村くんの味方なので。柳くんはどうして今になって仲直りしたくなったの?」
「言えなかっただけで高校入学前からずっとしたかったよ。その頃には女を見る目がないことに気付いてたし」
どういう意味だろう。わたしが怪訝そうな表情を浮かべると、柳くんは目を泳がせて頬をかいた。
「いやー……。俺が好きだった相手さ、蒼士と俺の仲が拗れた直後に俺のところに来たんだ」
「うん」
「それで蒼士の愚痴を散々言った挙句『本当は柳の方が格好いいから好きなんだよね』って」
「あ、もういいです」
百年の恋どころか千年の恋も冷める仕打ちである。
「女子の猫被りが俺には見破れないんだよ。多分あいつの本性? みたいなの、蒼士は知ってたんだよな」
「そうだね」
「ん? もしかして西さん、この話も蒼士から聞いてるの?」
「ざっくりとなら」
「マジか。……蒼士はなんて言ってた?」
そうか。柳くんは知らないのか。梅村くんが女子から容姿を貶されたことや、柳くんの恋を本気で応援していたことを。
「本人から聞いた方がいいよ。わたしから言うのは、なんか違う」
ただ一つだけ。彼に教えてあげられるのは。
「梅村くんは柳くんを嫌ってるわけじゃ、ないと思うよ」
「……本当に?」
「うん」
だって梅村くん、わたしが柳くんのことをおバカだって言った時、『あいつが後悔してるなら、ちょっとスッキリするかな』って笑ってたもん。
それって、梅村くんも後悔してるからでしょう?
そうじゃなかったら、今頃女子の友達たくさんつくってるよ。梅村くんの中で柳くんを失った後悔が大きいから、怖くて前に進めないんだよ。
「しょうがない。お手伝いさせていただきますか」
柳くんのためではなく、梅村くんのために。
「とにかく、柳くんから謝らないと始まらないよ」
「謝るって、どうやって?」
「直接言うのが一番だと思うけど。学校は?」
「他の人に見られるの無理」
「だったら地元に戻ってからの方がいいか。家も知ってるし最寄駅も同じなんでしょ? どっちかで待ってたら会えるよ」
「そんな度胸ない」
「わたしを待ち伏せする度胸はあるのに?」
「西さんは怒らなさそうなんだもん。怒られても怖くないし」
「失礼な」
わたしだって怒り方を指導してもらえればそれなりにやれるはずだ。見た目で判断してくれちゃって。
「まあ梅村くんを怒らせたら怖いのはわかるけど」
「西さん怒らせたことあるの?」
「わたしじゃなくて、他校の人に怒ってる場面を偶然見たの」
「やばかった?」
「やばかった。わたし関係ないのに冷凍庫に入ってる気分だったもん」
「だよなぁ。あいつ普段は怒ったりしないんだけど……って、その蒼士を怒らせた俺ぇ……」
「柳くんの場合は怒らせたんじゃなくて、自分が勝手に怒ったんでしょ?」
「西さんがいじめる」
事実を言っただけなのに、柳くんがスライムみたいに項垂れた。なんだか可哀想になってきた。
「会うのが難しいなら、メッセージ送るしかないんじゃない? 連絡先は変わってないみたいだし」
「なんて送ればいいの?」
「人任せにしないの。柳くんの言葉じゃないと意味ないでしょ」
「じゃあ宿題にさせて。次いつ会える?」
「また集まるつもりなの? 今日送れば済むのに」
「冷たいこと言うなよ。西さんと蒼士が仲良いことは黙っといてあげるから」
急に脅しにかかるとは。
「はい、連絡先交換」と言われると従うしかない。メッセージアプリを開いたスマホを柳くんに差し出す。
彼がQRコードを読み取ってくれている間に、わたしは小さな疑問をこぼした。
「柳くんはもう、ちひろさんと連絡とってないんだよね?」
「は?」
「とってるの? 千年の恋も冷めて目も覚めたのに?」
「いや、連絡がどうとかじゃなくて。なんで急に名前出したのかなって」
「梅村くんが夏祭りの時に見かけたみたいなの。梅村くんが名前を呼び捨てにするのって聞いたことなかったから、……苦手な相手とはいえ、印象深い人だったのかなぁ……なんて」
ん? これってわたし、探り入れてる?
言いながら恥ずかしくなってしまい、意味もなく店内を見回す。
「西さん、追加できたか見て」
柳くんがわたしのスマホを指さした。話を逸らしたということは、ちひろさんについては話したくないのかな。それもそうか。柳くんにとってもいい思い出ばかりではないのだから。
視線を落とし、画面を確認する。連絡先の追加ができたようだ。柳くんの名前が表示されて……あれ?
「千紘って、俺の名前」
ええ、画面にもそのように表示されております。
「どうも、印象深い俺です」
「ま、まぎらわしい……」
「えー、何ぃ? 蒼士が呼び捨てにしたから気になってたの? どんな女子だろうって?」
図星である。
図星なのだが、言葉にされるといたたまれない。ニヤけ顔で言われると、なおさら。
「俺の話ばっかりしちゃったし、西さんの話も聞きたいんだけど。蒼士のこととか蒼士のこととか。ドリンクバーもう一回行っとく?」
「もう! 柳くんうるしゃいっ!」
わたしはこの日、慣れていない人間が怒ろうとすると噛むことを知った。