13.新たな縁
体育祭準備のため教室に集まった衣装係のメンバーに、わたしとりっちゃんはラッピングしたアイスボックスクッキーを配っていく。
「これ、もらっていいの?」
藤田くんをはじめ、みんな目を丸くしてクッキーとこちらを交互に見る。
「うん。生デのみんなで作ったの。手作りとか甘いものが大丈夫だったらぜひ食べて」
名付けて差し入れ大作戦。他クラスとの壁を破壊するため、生活デザイン科の特技を活用したのだ。これなら無理に話題を捻り出す必要がなく、わたしにもできる。
「ありがとう。作業始める前にちょっと食べてもいい?」
「いいよ。放課後ってお腹空くよね」
ラッピングを開けた藤田くんがクッキーを摘み上げ、かじりつく。サクッ。サクサクサクサク。
「美味い。……生デ、すげぇ」
目を輝かせてもぐもぐしてる藤田くんの癒し力の方が凄いよ。そこら辺の女子では敵わないよ。やっぱり万物を癒す力持ってるって。そんなことを考えながら藤田くんを見守る。
「作業終わりに食べるアイスバーも用意してるから、お腹に余裕があったらそっちも食べてね」
「絶対食べる。俺らこういうのもらえる機会ないからさぁ。……残りは後で食べよっと」
丁寧にラッピングをし直す藤田くんを見ているだけで和む。手先も器用そうだし、衣装の直線縫いなら任せても重荷にならないかも。
「結構人数いるけど、全員分作ってくれたの?」
「うん。係ごとに作ったの。多分もうみんなに渡ってると思う」
そう言って廊下の方に視線を向けると、体操着姿の梅村くんを発見した。応援係は廊下で練習するようだ。相変わらずやや気だるげに見えるが、性格を知った今となっては微笑ましく思えてくる。
差し入れ食べたかな。バイト中に声出しのコソ練やったのかな。
「西ちゃん!」
な、なに? 突然聞こえた大きな声に驚き、挙動不審になる。声の方を見ると、団長の立川先輩が教室に飛び込んできた。
直接話すのは初めてなのに、いきなり西ちゃん呼びとは。どうやら彼は根っから明るいタイプらしい。
「西ちゃん、差し入れありがとう」
「え? あの、作ったのはみんなで、ですよ? 調理指導は主に、こちらの吉野さんが」
観光名所の説明をするバスガイドさんのように手をあげ、隣のりっちゃんを紹介する。
「あー、大丈夫。みんなで作ってくれたことはちゃんとわかってるよ。発案者が西ちゃんだって生デの子から聞いたんだ。他のクラスとの親睦を深めるために考えてくれたって」
「ウソ。下心まで密告されてる」
「いいじゃん。男子も女子もみんなめっちゃ喜んでるよ」
「そう、ですか」
賄賂みたいなものだから恥ずかしいのだが、喜んでもらえたならよかった。ホッとしていると立川先輩がきょとん顔でこちらを見る。
「西ちゃんの髪って……それ地毛?」
「はい。地毛登録もしてます」
「へぇ〜、明るいね」
伸びてきた先輩の手がわたしの髪を一束すくう。するとその手をりっちゃんがやんわりチョップで叩き落とした。
「琴葉は男子の群れが得意じゃないのでもう少し離れてください」
「今は俺一人なんだけど」
「先輩は単独で群れ扱いです。なんか圧が強いので」
「ひでぇ」
そんなことを言いつつ愉快そうに笑う先輩。これが三年生の余裕か。感心していると我がクラスの応援係が廊下側の窓から顔を出した。
「先輩、琴葉の推しポイントは髪色だけじゃないですよ」
「琴葉は製図の申し子なんです」
「図面を愛し」
「定規を愛し」
「美しい線を愛し」
「最近では目の中に目盛りが搭載されてるって話も」
「そろそろやめときなって。泣くよ? わたしが」
先輩の前でもいつものノリを披露するとは。
キーッと友達を威嚇していると、立川先輩の笑い声がいっそう大きくなった。
「西ちゃんほわほわしてそうなのにいじられキャラなのウケる」
「先輩は笑ってないで今の注意してください。いじりとイジメは紙一重ですからね?」
「ウケる」
くそぅ。もう何を言ってもウケるしか返ってこない気がする。会話は諦めよう。
それにしても、ほわほわって製図で表すとどんな感じになるんだろう。カーブ定規を使った方が書きやすいかな。あ、こういうところがダメなのか。
「二年の生デ面白いな。話すの楽しいわ。作業で困ったことあったらいつでも言えよ」
さらっと面倒見のよさを見せつけた立川先輩は、笑顔のまま廊下に出ていった。
「陽気な人だなぁ」
感想を呟き、先輩の背中を視線で追う。しかしいつの間にか先輩ではなく、廊下で練習中の梅村くんを見つめてしまっていた。誰にもバレないようにこっそりと念を送る。
お互い、頑張ろうね。
*
その日の作業を終えたわたしは、地元の駅まで上機嫌で帰ってきた。差し入れは好評だったし、藤田くんや先輩とも話せるようになった。話し合いの末にチアの衣装デザインも決まった。順調な滑り出しである。
これから準備が楽しくなりそうだな、と弾んだ気持ちで改札を抜けた。
「すみません」
呼び声と共に軽く肩を叩かれたため、反射的に顔を向ける。そこには我が校の制服を着た男子生徒がいた。制服の着崩し方がこなれている。
「八組の西さんだよね?」
「は、はい。そうですが」
「俺、二年五組の柳っていうんだけどさ……」
柳? わたしは眉をひそめた。
どこかで聞いた名前だ。五組は商業科だから普段関わりはないのだが。
いつ聞いたんだろう。頭を働かせること十秒ほど。思い出した。サッカー部の爽やかイケメンだ。ボウリングに行った時、モテそうな男子枠で友達が名前をあげていた。
その人がわたしに、何の用事?
「梅村蒼士って知ってる?」
ビクッと肩が揺れたのが、自分でもわかった。
「……名前だけなら」
「へえ。西さんって名前しか知らないヤツと祭りに行くんだ」
「……」
この人、知ってるのか。わたしと梅村くんのこと。それなのに『知ってる?』って聞いてくるなんて、性格悪いなぁ。特に高いわけでもなかった好感度が急降下する。
「ちょっと一緒に来てくれない?」
お断りしますと即答ようとして、思いとどまった。
柳くんは明らかに梅村くんに興味を示している。どんな関係かは知らないが、今わたしが逃げたら、学校でわたしと梅村くんが友達だと言いふらされるかもしれない。そんなこと、女子を避けている梅村くんは望まない。きっと不快な気持ちになるだろう。
それは、嫌だ。
「わかりました」
相手のクラスも名前も知っているし、いざとなったら大声を出して逃げよう。拳を握りしめたわたしは、柳くんの後ろをついて駅から出た。