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12.知らないふり、はじめました

 夏休みが明けたとは言え、まだ太陽に焦がされそうな九月。


 わたしが通う高校では、毎年この時期になると体育祭の準備が始まる。

 一年生から三年生までの合計二十四クラスが、赤、青、黄、緑の四ブロックに割り振られ、優勝を目指して競い合う。


「うちらのクラスは緑ブロックになりました。今後の流れ説明するね〜」


 実行委員から配られたプリントには、各ブロックのクラス分けと体育祭までのスケジュールが記載されていた。

 えーっと、二年生の緑ブロックは八組と……わあ。

 

【ブロック分け見た?】


 梅村くんに連絡すると、すぐに返事がきた。


【見た。同じだね】


 わたしと梅村くんは、本来学校で話すような関係ではない。選択授業も被っていないし、校舎内ですれ違ったことだってほとんどないだろう。

 それなのに他人のふりをしようとした時に限って顔を合わせる機会が増えそうなのだから、人の縁って不思議だ。


 翌日開かれた全校集会で先生から体育祭についての説明を受け、その後ブロックごとに集まった。団長の立川たちかわ先輩が前に立ち、挨拶を始める。

 見るからに明るく、ムードメーカー的な人物だ。


「――学年の壁なく、仲良く楽しめたらいいなと思っています。最後にみなさん、全力で俺に優勝旗を持たせてください! 緑ブロック、がんばろー!」


 他の三年生から「しっかりやれよ〜」とか「団長、優勝したら一発芸な」なんて言葉が飛ぶ。三年生にはこれまでの積み重ねがあるからなのか、商業科と工業科の交流が盛んなようだ。

 比べて一年生と二年生は、クラスごとに目に見えない壁がある。


 わたし達生活デザイン科は全学年合わせてもブロック内に一クラスしかいないため、余計に孤立気味だ。そういえば梅村くんも「生デの人は他の学科と雰囲気が違う」みたいなことを言っていた気がする。お弁当のサイズ以外もそんなに違うのかなぁ。


 昨年のわたしはクラスメイトとはしゃぐのが楽しくて、他クラスとほとんど交流をしなかった。今年は体育祭を通して親交を深めたいものだ。


 決起会後に教室に戻ったわたし達は、係と出場種目を決めることにした。 

 黒板の前に立つ実行委員がチョークを置き、手を払う。


「じゃあまず係から決めていくね」


 黒板には応援係、看板係、衣装係の枠が設けられている。体育祭の係になるのはクラスで十人程度で、今回ならなかった人は文化祭の時に働くことになる。


「琴葉〜、衣装係頼んでもいい? 出場種目の融通効かせるから」


 最初にお呼びがかかるとは。少し驚いてしまった。周りを見ると、他のクラスメイトはうんうんと頷いている。

 希望者が多ければ立候補はしなかっただろうけど、衣装係なら大歓迎だ。


「いいよ〜。係でバタバタするかもしれないから、出場種目は練習少なくてもできるやつがいいなぁ」

「おっけ! ありがと!」


 黒板に自分の名前が書かれたことで、すぐに観客の気分になる。その後は係の枠が埋まっていくのをゆったりとした気持ちで見守っていた。





 体育祭関係の授業が多かったため、今日はいつもより時間が早く経ったように感じる。

 わたしは放課後の廊下をりっちゃんと共に歩いていた。目的地は三年生の教室だ。体育祭の係になったメンバーが集合し、自己紹介や決め事をするらしい。


「りっちゃん衣装係でよかったの?」

「パターンがちんぷんかんぷんなだけで縫うのはまあまあ好きだから。それに琴葉と一緒の方が楽しいし」

「わたしもりっちゃんと一緒だとがんばれる〜」

「パターンは任せるからね」

「もちろんですとも。……あ、梅――」


 指定された三年生の教室に到着すると、意外なことに応援係の集団の中に梅村くんの姿があった。てっきり係はパスだと思っていた。


 こちらを見た梅村くんから目を逸らす。危ない、声かけちゃうところだった。梅村くんは他人設定。梅村くんとわたしは知り合いではない。


「う、うめー具合に簡単に縫えるパターンを引かせていたただきます」

「期待しております」


 普段から適当な会話をするからなのか、りっちゃんはわたしの梅発言を聞き流してくれた。ホッと胸を撫で下ろし、衣装係の集団に混ざる。

 まだ全員揃っていないため待っていると、スマホにメッセージが届いた。同じ教室内にいる梅村くんからである。


【俺も作る系の係やりたかった】


 どうやら応援係は不本意のようだ。でしょうね、という感想である。彼は模型を作れるのだから、きっと看板係の方が向いていると思う。おそらくビジュアルの問題で応援係から逃げられなかったのだ。不憫。


【梅村くんが大きい声で応援合戦するところ想像つかない】

【声出るか心配。コソ練しないと】

【どこで?】

【バイト先で地味に声出す】

【キッチンなのに?】

【徐々にボリューム上げれば気付かれなさそう】

【元気になりすぎたらホールに連れて行かれるよ】

【それは拒否する。西さんは天職だね】


 衣装係の主な仕事は、応援係が着る衣装の調達と製作、そして管理だ。代々男子は学ラン、女子はチアの衣装と決まっている。男子の衣装は調達とお直しで完結するため、実際に作るのは女子の衣装だけだ。


 梅村くんと連絡を取っているうちにメンバーが揃い、団長の立川先輩の進行で自己紹介が始まった。


 順番がきて立ち上がったわたしは、当たり障りのない挨拶をして再び腰を下ろす。黒板前に立っている副団長と目が合った。美人さんににこっと笑顔を向けられ、なんだか嬉しいような恥ずかしいような。

 会釈をしたわたしは、斜め前の席に座る藤田くんの背中に視線を移す。彼も衣装係のようだ。


 工業科と商業科の生徒は服を作った経験が少ないだろう。やりやすい仕事を回せるように考えておかねば。

 当日の競技や応援合戦だけでなく、衣装や看板にも得点が付くため手は抜けない。これから準備が忙しくなりそうだ。







 さて、体育祭の準備が始まったとはいえ、通常授業もそれなりにある。

 二階の調理室でクラスメイトが献立作成に頭を悩ませる中、わたしとりっちゃんは意気揚々とカップケーキを作っていた。


「あとは焼くだけ……行ってこい」


 エプロン姿のりっちゃんがオーブンの扉を閉める。わたしは使用済みの調理器具を洗い始めた。

 シンクのそばの席に座る友達が、シャープペンシルを片手にこちらを見た。随分と恨めしそうである。


「なんで二人は楽しくお菓子作りしてるわけ?」

「もう献立の課題をクリアしてるからだね」

「マジ? 早すぎ」

「悪いね。りっちゃんと組んだ時点でわたしの勝ちは決まってた」

「一年の最初の方に適当に組んだペアなのに、琴葉とりっちゃんは洋裁と調理のバランスがよすぎる。解散しなさい」

「それはできない相談だね。卒業までりっちゃんは譲らない」

「ずるぅ」

「まあまあ。この課題が終わった人から好きなもの作っていいんだから」


 頑張りなさいな、となだめているとチャイムが鳴った。次の時間も同じ授業のため、みんな調理室でだらけモードに入る。

 暇になったわたしはオーブンをのぞいてみた。けれどもまだカップケーキは膨らんでいない。


「早く焼けろ〜」


 叶いもしない願いを唱えてみたが、当然状況は変わらず。引き続き暇なため、なんとなく窓から中庭を見下ろした。――あ、工業科っぽい集団だ。


 作業着姿の生徒が大勢で歩いている。教室移動だろうか。作業着の生地は薄めなのだと思うが、この季節だと暑そうに見える。


「珍しい。琴葉が他のクラス見てるの」

「え、そう?」


 いつの間にか隣に立っていたりっちゃんに言われてドキリとする。

 確かに今までなら、知らない人と目が合うのが怖くて自分から見たりはしなかったかも。


「作業着が気になって」

「あー、なるほど。工業科に友達がいたら型取らせてもらえたのにね」

「そ、そうだね」


 実はいるんだけど。とも言えず、もう一度外に視線を移す。何人かはこちらに気付いているようで、たまに顔を上げている。

 彼らは何組なのだろう。一組だとしたら梅村くんが……いた。おー、作業着も似合う。スタイルがいいとお得だなぁ。


 そんなことを考えていると、ふいに梅村くんが顔を上げ、すぐに下を向いた。彼の手がポケットに伸びたのを見て、わたしは窓から離れる。スマホを確認すると勘が当たり、連絡がきた。


【作業着の型取りたいって思ってるでしょ】

【どうしてわかったの?】

【ニヤけてたから】

【お恥ずかしい】

【使ってるのでよければ今度貸すよ】

【神がおられる】

【その代わり次の展覧会も付き合ってね】

【お安いご用だ】

【やった。今そっちも実技? 頑張れ】

【ありがとう。梅村くんもね】


 返信を終えたわたしは、両手で頬を揉む。遠くから見てもわかるくらいニヤけていたのか。作業着のことだけで顔が緩んだわけではないけれど、作業着のせいにしておこう。


 甘い香りが漂ってきたため、わたしは再びオーブンをのぞいた。


「りっちゃん見て〜。少し膨らんできたよ」

「本当? お、いい感じ。……なんかこのカップケーキが工業科に見える」

「どこが?」


 独特な感性である。甘い香りがするスイーツ男子がいるのだろうか。


「太陽に焼かれながら歩いてる感じが」

「あははっ! そういうこと? 外は暑そうだったもんね」

「体育祭準備の時も暑かったら嫌なんだけど」

「わたしたちは基本室内作業だから涼しいんじゃない? 応援係は動くから大変だろうけど」

「衣装係でよかった。メンバーも仕事しそうな人が多かったし」

「わたしね、藤田くんっていう人と一回だけ話したことあるんだ」

「琴葉の口から男子の名前が……あの癒し系の人だよね。もしかして前言ってたSNSの人?」

「あーれーはー、違う」


 とは言い切れないものの、結果的に違う。根掘り葉掘り聞かれるとボロが出そうなため、笑って誤魔化した。


「前に相談した人とは今も連絡取ってるよ。藤田くんは関係ないけど、穏やかでいい人だった」

「へぇ。琴葉がそう言うならそうなんだろうね。仕事回しやすそうで助かる」

「全然知らない人に仕事をお願いするのは気まずいもんね」

「それよ」


 生活デザイン科は衣装製作において、あてにされる宿命である。おそらくわたし達が中心になって動くことになる。


「早めに相談しやすい空気にしときたいから、積極的に藤田くんに話しかけたいと思います」


 梅村くんと違って何を話せばいいのかわからないのが問題だけど。工業科だからって設計図の話をしても盛り上がらないよね。ミシンを組み立てられるか聞いてみようかな。


 あれやこれやと話題を考えているうちに授業が始まってしまった。カップケーキが焼き上がるまで時間があるし、次に作るものを決めよう。そう思った時、閃いた。


「りっちゃん! あのさぁ――」

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