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狭間の世界  作者: aoo
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第七章〜エレナの丘

第七章〜エレナの丘


記憶の回廊で僕はリィナの力の存在を知った。

僕の胸は、締め付けられるような痛みに満ちていた。

(リィナにこんなことをさせていいのか…)

目の前では、エレナが涙ぐみながらリィナをそっと抱きしめている。

その姿は母としての愛情そのものだった。

「エレナ…ごめん…」

リィナの声はかれ、今にも消え入りそうだ。

それでもエレナは、彼女を強く抱き寄せ、優しい微笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ、青。私の娘は強いんだから。」

「今はただ、疲れて寝ているだけだから…心配しないで。」

エレナのその言葉に、僕は小さく頷くしかなかった。

だが、胸の奥には割り切れない思いが渦巻いている。

たとえ過去の真実がどれだけ重く僕にのしかかろうとも、守るべきものがある限り、立ち止まることは許されない。


オディゴスの低い声が静寂を破る。


「さあ、我があるじ。話の続きをいたしましょう。」


狭間の世界の番人は、いつも冷静だ。

その視線に射すくめられながらも、僕は深く息を吸い込んだ。

そして眠るリィナの顔を見つめ、隣のエレナの決意を胸に感じながら、静かに立ち上がった。


「ああ…頼むよ、オディゴス。」


「全てを明らかにしてくれ。」


僕の言葉に、エレナは微笑みを浮かべ、リィナの髪をそっと撫でる。

彼女のその仕草が、奇妙なほどに僕の胸を温めた。

オディゴスは満足げに頷くと、翼を広げ、静かに宙を舞う。


「それでは、次なる回廊へ…参りましょう。」


その瞬間、オディゴスの翼が輝きを放ち、周囲の草原の風景がゆっくりと変化し始める。

木々は消え、広がる空は青さを失い、灰色の霧が足元を包む。


「ここが…我が主の記憶のもっとも深い所でございます。」


どこか懐かしい、、、しかし、どこか不気味な景色が広がる。

果たしてこの旅の終わりには、何が待っているのだろうか?それを思うと、全身が緊張に包まれる。


「オディゴス。すまない。続きを頼む。」


「はい。我が主。」


オディゴスは静かに頷き、再び翼を広げた。

その翼からは、柔らかい光が溢れ出し、世界を再び包み込む。その光の中で、エレナが微笑み、リィナが眠る姿が、僕の胸に深く刻まれた。


ーーー青の記憶の回廊ーーー


「………誓約か。」


「はい。その通りでございます。」

「主が私を『召喚』させた時に結んだ誓約でございます。」

「この狭間の世界は、主がお創りになられたもの。」

「そして、この世界の番人にするために、わたくしを召喚されたのです。」


【【何人たりとも狭間の世界に干渉させてはならない】】


オディゴスの冷静な声が、静かにその誓約の重さを響かせる。


「わたくしは、その誓約に基づき、主に仕えるため盟約を結びました。」

「この盟約は…絶対なのです。」


「それはわかった!!じゃ何故……」

「なぜ!!リィナに力を使わせたんだ!!!」


怒りに震える声が、僕の口からほとばしる。

冷静でいられるわけがなかった。

リィナの姿を思えば思うほど、感情が抑えきれない。


「主!!!私がただ見ていたとでもお思いですか?」


その瞬間、オディゴスが初めて感情を露わにした。

硬い表情が、悲しみと痛みでわずかに歪む。


「リィナは…どうしても主…おじいさまを救いたい……」

「その一心で力を使われたのです。」

「もちろん、私は全力で止めました。」

「その先に待つ代償を、リィナも知っておられたからです。」

「…ですが、それでも彼女は……」


オディゴスの言葉が詰まる。

僕はその視線の先に、眠るリィナの小さな体を見つめた。


「自分の命よりも、あなた様を救うことを…選ばれたのです。」

「そして私も…リィナにすがるしか…なかった。」

「私とて主を失いたくなかったのです…」


オディゴスの声が震えた。

その瞬間、僕の中でせきを切ったように涙が溢れた。


「オディゴス………すまない……」


「リィナ…ごめんよ…こんな苦しい思いをさせて…。」

「僕がこの世界を創ったばっかりに…」

「リィナにこんな代償を背負わせてしまった…。」


僕は崩れるようにしてリィナの元へ這い寄り、その手を握りしめる。


「おじ…い…ちゃん…。」


リィナの小さくてか弱い声が、僕の耳に届いた。


「そんなに………泣か……ないで…。」

「私は…だい…じょう…ぶ…だから。」

「私だ…って………みんなの……役に…立ちたい…。」


その言葉を最後に、リィナは再び眠りについた。

その顔は青ざめ、息遣いは荒く、体温はどんどん下がっていく。


「リィナ!!!!リィナ!!!!」

「オディゴス!!!どうしたらいい!?」

「どうしたらリィナを救えるんだ!!!」


僕の声は叫びにも似ていた。

目の前の命を救うためなら、どんな犠牲も厭わない。

僕はすがるようにオディゴスに問いかけた。


「主…盟約は絶対でございます。」


「わかってる!わかってるそれでも…何か方法はないのか!?」

「たのむ。力を……知恵をかしてくれ」


懇願するように彼に詰め寄った。

支離滅裂な自覚はあった。

それでも今は、この小さな命を守ること以外、何も考えられなかった。


「我が主…一つだけ可能性はございます。」


「頼む!教えてくれ、オディゴス!この命を差し出してもいい!だから…リィナを救ってくれ!」


オディゴスは一瞬、目を閉じた。

そして深い息をついてから、静かに口を開く。


「御意。」

「ただし…これは皆さまを不幸にしてしまう可能性がございます。」

「その覚悟は…おありですか?」


「確実にリィナの命を救えるのなら…覚悟はできている!」


その言葉に、オディゴスの表情が険しくなる。

そして一度、空を旋回すると僕の肩に静かに降り立った。


「我が主。…リィナ様を狭間の世界に幽閉してください。」

「4年間、ここで私と共に過ごしていただきます。」

「その間に…リィナ様には多くを学んでいただきます。しかし……」


「しかし?」


「その代償として、我が主のすべての記憶と能力をいただきます。」


その言葉が持つ意味が、胸を打った。


「能力と記憶を…奪う?」


「そのままの意味でございます。」

「今までの記憶、家族、友人、そして未来人であるという事実…すべて抹消されます。」

「ご安心ください。」

「その間、私はこの命を賭してリィナをお守りいたします。」


唾を飲み込む音が耳に鮮明に響いた。

それしか道がないのなら…僕には選ぶ余地はなかった。


「わかった……」

「ただ、オディゴス。…一つだけ約束してくれ。」


「はい。我が主。」


「このことをエレナにだけは伝えてくれ。」

「僕のことはどうでもいい。」

「リィナの居場所だけ、エレナに伝えてくれないか。」


僕は深く頭を下げ、オディゴスに頼んだ。

彼は一瞬困惑した表情を見せたが、やがて静かに頷いた。


「かしこまりました。我が主の最後のご命令、しかと受け取りました。」

「そしてもう一つ。これにて、主との誓約も破棄されます。」


「ありがとう……。

「よろしく頼むオディゴス。」


僕はリィナの冷たい手を握りしめ、そっと抱き寄せた。

冷えたその身体は今にも途切れてしまいそうだ。


「リィナ。…必ず迎えに来るからな。」

「今度、あの丘で…ピクニックしよう。」


「それでは番人の能力『記憶の回廊の抹消』を開始します。」


オディゴスが光を放ち始める。

それに呼応するように、僕の視界が次第に白く染まっていく。

今までの記憶が走馬灯のようにフラッシュバックし、やがて消えていく。


「プツッ………」


そして、、、、、、すべてが静かに終わりを告げた。



ーーー狭間の世界 現在ーーー


「以上が我が主の記憶の回廊でございます。」


「………。」

「………。」


エレナはその場に泣き崩れた。


僕もただ涙を流しながら立ち尽くすしかなかった。

言葉が見つからない。胸の奥に渦巻く感情が、重すぎて声にならない。

そのとき、リィナが目を覚ました。


「ふぁ〜あ…よく寝た〜。」

「あれ?ママ?なんで泣いてるの??」

「それに、おじいちゃんまで泣いてるの??」


リィナの無邪気な声が、その場の空気を少しだけ緩めた。

そして、ハッとした表情を浮かべた彼女が、小さな手を口に当てた。


「はっ!!!まだ内緒だった!!!!!!」


「フッ………」

その一言に、僕は不意に笑ってしまった。

記憶はいまだ戻らない。それでも、今の僕にははっきりと分かることがある。

エレナが娘で、リィナが孫であること。

僕は涙を拭い、そっとリィナの横に座った。


「リィナ……全部見たよ。辛い思いをさせてごめんな。」

「本当に…いっぱい頑張ったな。」


するとリィナは胸を張り、いつもの明るい笑顔で答えた。


「当たり前じゃん!だってリィナは………」


リィナは言葉をため僕の目をまっすぐ見つめながら呪文のように唱えた。


「おじいちゃんの孫だぞ!」「僕の孫だぞ!」


僕も笑いながら、その言葉を繰り返した。

二人で顔を見合わせ、大笑いした。

笑い声が広がる中、さっきまで号泣していたエレナが突然声を上げて走り寄ってきた。


「ずるーい!もぉ!私も入れてよ〜!」


その顔は、まるで霧が晴れたような満面の笑顔だった。

エレナは手を広げ、号令をかける。


「せーのー!」


「私はおじいちゃんの孫だぞ!」

「私はパパの娘だぞ!」

「エレナは僕の娘!リィナは僕の孫だぞ!」


三人の声はバラバラだったけれど、心は一つに重なっていた。

ふと上を見上げると虹が空にかかっていた。すがすがしい空気が胸いっぱいに広がる。

そんな僕たちの元に、オディゴスがゆっくりと飛んできた。


「さて皆様。…これからの話をいたしましょう。」


オディゴスの冷静な一声で、ふと現実に引き戻される。

しかし、僕にはどうしても先に言わなければならないことがあった。


「オディゴス。…その前に…伝えたいことがあるんだ。」


「はい。我が主。」


僕は、エレナに向き直り、真剣な目で彼女を見つめた。

エレナは不思議そうに僕を見つめ返す。


「エレナ。」

「…今までありがとう。辛かっただろう。」

「苦しかっただろう。」

「よく耐えてくれたね。…本当にありがとう。」

「まだ記憶は戻らないけれど…これからは、共に戦おう。」


エレナの目から再び涙が溢れたが、今度は笑顔と共に流れる涙だった。


「うん、パパ!」

「一緒に戦おう!!」


僕は次にオディゴスに向き直り、深く頭を下げた。


「それと、オディゴス。」

「…僕のわがままを聞いてくれてありがとう。」

「今日までリィナと一緒にいてくれて、本当に感謝している。」

「君がいなければ、今の僕たちはここにいない。」

「…心から感謝している。」


オディゴスは少し照れたように首をすくめながら、静かに答えた。


「お褒めに預かり至極光栄でございます。」

「それも、我が主を信じていたからこそ。…よくぞ戻られました。」


その言葉に、僕は小さく笑みを浮かべた。

おそらく、オディゴスは最初からこの未来を見据えていたのだろう。

すべてを知り、すべてを織り込んで、この時を待っていたに違いない。

そして僕たちは、新たな未来に向けて歩み出すのだった。


「さて、これからですが……。」

オディゴスが静かに語り始める。


「わたくしの能力『番人の絆』により、絆を結んだ者の位置は、私の目で確認できます。」

「現在、ヴォルケンと闘ったリーダーが傷つき倒れております。」

「まずは彼を保護し、一度こちらに連れてきてください。」


「そうだ!マスターはヴォルケンと闘っていたんだ!」

「生きているってことは、勝ったのか?」


「いえ、そこまでは見えていません。」

「しかし、まだ息をしておられるので、こちらで治療を施すべきです。」


オディゴスは一拍置き、さらに続ける。


「ただし、リィナの力の使用限度はおそらく残り2回。」

「主の力がいまだ戻られていない以上、扉を一度開き、閉じずに維持する必要があります。

「ですが、これは非常にリスクを伴います。」


「扉を閉じない……。」


僕の胸が一気に緊張で強張る。

それはつまり、組織の人間も狭間の世界に侵入できる可能性があるということだ。

その時、エレナがふと顔を上げて言った。


「それなら、BARの地下室に扉を開けばいいんじゃない?」


「なるほど!それは妙案ですねエレナ様。」


オディゴスの声にわずかに感嘆が混じる。

BAR『hazama』の地下室にはエレナとマスターしか知らないという、訓練場と仮眠室がある。

組織の人間には知られていない安全な場所だ。


「では、そこを拠点としてリーダーを救出してください。」


さらにオディゴスはもう一つ提案を加えた。


「それと、もう一つ。現代にもエレナの丘は存在します。」

「エレナ様、リィナ、主の三人でそこに向かってください。」

「丘の頂上には、わたくしの瞳と同じ色をした首飾りがあるはずでございます。」

「今後の戦いにそれは必ず役立つことでしょう。」


僕とエレナは顔を見合わせた。

リィナに再び力を使わせることへの不安が、言葉にせずとも伝わる。

その時、リィナが勢いよく口を開いた。


「大丈夫だよ!ワタシだって頑張ってるんだから!!」

「扉を開いて、ワタシも一緒に行く!」

「三人であの丘に行きたかったんだから!」


エレナが心配そうに口を開きかけるのを、僕は手で制し、リィナに微笑みかける。


「さすがリィナ!」

「ママにて強い子だ!」

「三人で一緒に頑張ろう!」

「エレナ、大丈夫だ。リィナは君の自慢の娘だろう!」


リィナは胸をはり腰に手を当てて誇らしげに笑う。

大丈夫だという根拠はない。

でも、不思議といける気がしていた。

ここでリィナを置いていけば、逆に彼女の心を傷つけてしまう気がした。


「わかったわよ……しょうがないな。」

「全く、一度言ったら曲げないんだから!」

「誰に似たのかしらね、本当に。」


エレナがため息をつきながら微笑む。

その横でリィナがクスクスと笑っている。


「では、『番人の絆』でリーダーの位置を映します。」


オディゴスが翼を広げ、僕たちの頭の中に映像が浮かび上がる。

そこには、暗い空の下、荒れ果てた土地が広がっていた。


「どこだ?ここは……暗いな…」


エレナがハッと息を飲む。


「あっ!」

「ココ、BARの近くの空き地よ!」


彼女の言葉に迷いはなかった。


「よし!まずはマスターを迎えに行くぞ!」

「リィナ、頼んだ!」

「扉を開いてくれ」


「オッケー」

「まっかせてー!!!!!」


リィナは目を閉じ、両手を高く掲げる。

空間が揺れ始め、やがて人が一人通れるほどの穴がぽっかりと現れる。

僕たちは言葉も交わさず、その空間に飛び込んだ。

疑うものなどもう何もない。

ただ信じ合う心だけが、僕たちを動かしている。

その先には、また新たな試練が待ち受けているのだろう。

けれど、今はただ、一歩ずつ進むしかない。



その空間の先はBARの地下二階だった。


「リィナ!大丈夫か!?」

「うん。大丈夫だよ!おじいちゃん!」


狭間の扉は開いたまま。

リィナの表情には疲労の色が見えたが、彼女は無理にでも元気を装っているようだった。

僕はリィナを気遣いつつ、状況を確認する。


「よし。今からマスターを迎えに行く!」

「エレナとリィナはここで待機していてくれ。」


「待って!パパはまだ戦えないでしょ?私も行く!」


エレナの強い声に一瞬迷ったが、僕は首を振った。


「いや、万が一、ここを組織に知られたらまずい。」

「エレナ、君がこの扉とリィナを守るんだ!」

「…大丈夫。もう一人にはしない。」


「うん…………わかった。信じてる。」


エレナの目に宿る信頼を受け止め、僕はそっとBARを後にした。

戦いから時間が経過しているせいか、周囲には組織の人間らしき気配はない。

それでも警戒を怠らず、慎重に空き地へと足を進める。


そこには、血だらけのマスターが横たわっていた。


「マスター!!!」


「あら…青じゃない…迎えに来てくれたのね……。」


その声はかすれ、ボロボロの姿がヴォルケンとの死闘を物語っていた。


「愛弟子にさんざんやられちゃったわ…ほんと情けない。」


「マスター…生きてて良かった。」


僕はマスターを抱きかかえ、重い足を引きずるようにしてBARに向かった。

道中でこれまでの出来事を簡潔に説明すると、マスターは苦しそうに微笑んだ。


「そう…すべて知ったのね……。…良かったわ。…エレナもリィナちゃんも……。」


その言葉を最後に、マスターは気を失った。

彼の体は硬く引き締まっていて、どれほどの訓練を積み重ねてきたかが伺えた。

やっとの思いで、BARにたどり着いた。


「マスター!!!」「おじさん!!!」


エレナとリィナが駆け寄り、その顔には心配が浮かんでいる。


「エレナ…水をくれ……。」


僕は水を一気に飲み干すと、もう一度マスターを抱きかかえ、狭間の扉へと連れて行った。


「オディゴス、マスターを頼む。」


「御意。」


オディゴスにマスターを託し、僕は次の使命へと意識を切り替える。

エレナの丘に向かい、首飾りを手に入れることだ。

だが扉に向かおうとしたその時、オディゴスが僕を呼び止めた。


「我が主よ。」


「どうしたんだい、オディゴス?」


「これが最後の休息になるやもしれませぬ。」

「次はいつこんな時間が訪れるか見当もつきません」

「なので………」


そう言うと、オディゴスはどこからかサンドイッチの詰まったバスケットを取り出し、僕に手渡した。


「エレナ様とリィナと三人で、丘でピクニックでもなさってください。」


「いいのかい………?」

「オディゴス…ありがとう。」


僕はバスケットを受け取り、少し懐かしいような気持ちで扉を抜けた。

これから向かうエレナの丘で何が待っているのか…わからない。

だが、エレナとリィナと共に進む未来への希望が、胸の奥で強く光っていた。


ここからエレナの丘までは車で2時間。

エレナがその場所をよく知っていたため、カーナビに目的地をセットし、僕は休むことなく車を走らせた。

最初、はしゃいでいたリィナも、いつの間にか静かに夢の中。

やはり疲れていたのだろう。

エレナも最初は僕に気を遣って話していたが、いつしか小さな寝息を立てていた。

僕はそんな二人の寝顔を見ながら、胸にこみ上げる幸福を感じていた。

(この二人が僕の家族だなんて……。)

(しかし本当に記憶は戻るのだろうか?)

(僕はこの二人を守り切れるのだろうか?)

不安と幸福の間を行き来しながら車を走らせる。

その時、エレナが目を覚ました。


「ごめん…寝ちゃってた。パパもずっと寝てないのに。」


「大丈夫だよ。少しくらいパパらしいことをさせてくれ。」


確かに、あの夜以来、一睡もしていない。

いや、眠る余裕などなかったのだ。


「着いたよ。」


車を降りると、そこには何とも言えない草原が広がっていた。

どこかで見たような風景だ。

エレナが微笑みながら僕に説明する。


「ここ、狭間の世界に似てる気がしない?」


確かに。どことなく似ている。

限りなく広がる草原。

現実でありながら、どこか異世界のような空気が漂っている。


「きっとパパはここをイメージして狭間の世界を作ったんだね!」


エレナの声にリィナが寝ぼけた顔で目を覚ます。


「あーーよく寝たー」

「わぁ着いたー!!!」

「やったーピクニックだー!!!!」


白いワンピースを着たかわいらしい姿で元気よく草原へと走り出した。

その姿を見て、僕も思わず笑みがこぼれる。

荷物を持ちながら、後ろから二人の姿を眺める。


「お腹すいたー!」

「オディちゃんのお弁当食べよー!」

「おじいちゃん!はやくー」


「そうだな。この辺で食べようか。」


僕たちは見晴らしのいい場所にシートを敷き、オディゴスが用意してくれたランチを楽しんだ。

こんなに楽しい食事はいつぶりだろうか?

僕の記憶の中では、初めてのようにも思える。


「パパ……ここはね……。」


エレナがふいに口を開いた。


「未来にもあるんだよ。この丘、この時から何も変わってないの。」

「昔ね、パパとママと私でよくこの丘に来てたんだ。」

「ママが言ってた。」

「私の名前はこの丘から取ったんだって。」

「パパがこの景色が大好きだからって。」


その言葉を聞いた途端、僕は突然失意に襲われた。


どうして記憶が戻らないんだ。

どうして…思い出せないんだ。

胸の奥が苦しくなり、その場に崩れ落ちてしまった。

「パパ……。」

エレナの声が、僕の耳に優しく響いた。

それでも涙が止まらない。

「おじいちゃん……。」

リィナもそっと僕の肩に触れる。

二人は僕を慰めるようにそっとだきしめた。

二人温もりが、今は心に突き刺さるようだった。


「パパ。いいんだよ。無理しなくて。」

「パパはリィナと私を守るためにそうしたんだから。」

「ゆっくりでいいの。時間をかけて、記憶を取り戻そう。」


「おじいちゃん。大丈夫だよ。」

「リィナ、オディちゃんといっぱい勉強したんだから!」

「今度はリィナがおじいちゃんを助けるからね!」


「パパ。大好きだよ。」「おじいちゃん。大好きだよ。」


二人の言葉が、僕の頭の中に響き渡る。

二人の温もりが、僕の心を揺さぶる。

二人の愛が、、、、ぬくもりが、、、、、ついに僕を覚醒させた!


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「パパ!」

「おじいちゃん!」


白い光が目の前を埋め尽くし、感覚が遠のいていく。

頭が割れそうだ

意識がなくなる。

その瞬間、、、僕はその場に倒れこんだ。


………


………


………


「パパーーーーー!」「パパーーーーー!」

エレナの泣き声が響く。


その声は幼い頃の彼女の姿を僕の記憶の奥から引き出してくる。

“泣き虫エレナ”…いつも泣いて僕の後ろに隠れていたっけ。

訓練中もリカに叱られるたびに涙を浮かべていたけど、最後には歯を食いしばって頑張っていた。


「パパーーーーーーーーーーー!」


そんな泣き虫だったエレナも、いつの間にか強くなった。

母として、そして娘として、たくさんの苦しみを乗り越えてここにいる。

赤ん坊のリィナの姿も見える。

本当によく笑う赤ちゃんだったな……

一緒にお風呂に入ったのが懐かしい。


ふと遠くを見ると、懐かしい顔が浮かぶ。

マスターもいるな。…ジョシュも一緒か。

いつも僕と競い合っていたジョシュ。

その悔しそうな顔しか思い出せないが、たまに見せる笑顔が好きだった。

あの頃のように、また三人でマッカランを飲み交わしたいなぁ。


「パパ!!!!!!!」


その瞬間。

エレナの叫び声で、思考が現実に引き戻された。

周りを見渡すと、一面の草原が広がっている。

その広がりの中で、泣きじゃくるリィナと、不安に震えながらも僕を見つめるエレナの姿がある。

エレナは涙を拭いながら、僕に問いかける。


「パパ、大丈夫?急に倒れるから心配したんだから!」


僕は少し照れくさそうに笑みを浮かべた。


「そんな年になってもエレナは…泣き虫エレナのままだな。」

「そんなんじゃリィナに笑われるぞ」


その言葉に、エレナがハッと真顔になる。

けれど、その目には涙の光が宿っていた。


「おじいちゃん!!!」


リィナが勢いよく僕に飛びつく。


「もしかして…おもいだしたの!?」

「話し方が昔の話し方に戻ってる!!」


「ああ、リィナ。よくわかったな」

「リィナ…よく狭間を守ってくれたな。」


その言葉に、リィナはせきを切ったように涙を流し始める。


「おじぃちゃん!リィナ頑張ったよ!」

「おじぃちゃんが戻ってくるまで、ずっと待ってた!」


「よく頑張ったな、リィナ。さすが僕の自慢の孫だ。」


そして僕は、エレナの方を見つめる。


「エレナ。…ありがとう。」


エレナはもう声にならなかった。

込み上げる感情が胸に詰まり、ただ涙を流すことしかできない。

やっと、本当に父親が帰ってきたのだから。


「やっと……帰ってきたんだね…」

「パパ………本当に………本当に…おかえりなさい。」


エレナはそう言うと、僕の胸に飛び込み、そっと泣いた。

その肩を抱きしめながら、僕もまた涙を流した。

エレナとリィナをしっかりと抱きかかえ、僕は静かに、けれど力強く誓った。


「全てを終わらせるぞ。」

「戦いのときだ!!」


遠くで風が強く吹き抜け、草原の先に虹がかかる。

その先に待つのは希望か、それとも…。

最終決戦の幕が、いよいよ上がる。


第七章〜完〜


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