第五章〜希望への扉〜
第五章~希望への扉~
無事に裏口から脱出した「青」「エレナ」「リカ」の3人は、早朝の薄暗い渋谷の街を疾走していた。
目的地は、巨大な製薬会社「ミッシェル製薬」の本社ビル。
表向きは大手製薬企業だが、その実態は人の記憶や感情を操作する闇の組織だった。
走りながら、青はリカに問いかける。
「リカさん」
「リカでいいわよ。それと敬語はやめて。なんか気味が悪いから。で、何?」
「僕の記憶を書き換えたの、リカなの?」
リカは走るペースを崩さず、ちらりと青を見た。
「そうよ。でも心配しないで、組織のラボに行けば全てがわかるわ」
そう言いながら、リカが指さした先に立つのは、朝焼けに染まる高層ビル。
『ミッシェル製薬』のロゴが太陽に照らされて光っていた。
「ここよ。」
リカはまるで散歩でもするような余裕を見せながら、正面玄関へと向かう。
青とエレナは、その堂々とした姿に一瞬立ち止まったが、すぐに追いかけた。
「あなたたちは新しい研究員のフリをしてついてきて。」
リカが告げたその一言に含まれる自信と冷静さに、青は思わずゴクリと唾を飲み込む。
ビルの正面ゲートで、リカは軽やかに警備員に挨拶を投げかけた。
「おはよう。今日もご苦労様。」
警備員はピシッと背筋を伸ばして応える。
「おはようございます、リカ様。お早いですね。」
リカ様?横にいた新人警備員が疑問の目を向ける。
「そちらの方々は?」
リカは一瞬も躊躇せず、冷静に微笑んで答えた。
「私の新しい助手よ。研究所を案内するからゲストカードをお願い。」
新人警備員は一瞬たじろぎながらもカウンター内に戻り、端末を操作し始めた。しかし、動きが遅い。
「まだ?」
リカが言葉を切り出す。その声は先ほどまでの穏やかな調子とは違い、低く、鋭かった。
「リカ様、念のため確認をさせていただきますので少々お待ちください。」
その一言に青は思わず身を強張らせた。確認されれば、僕が「青」であることがすぐにバレてしまう――。
だが、リカの反応は予想外だった。
「あなた、私が誰かわかっていて待たせるつもりかしら?」
冷たい声がビルの広々としたロビーに響き渡る。
視線は鋭く、警備員を貫いていた。その目には一切の感情がない。
警備員はすぐさま萎縮し、慌てて上司らしき男性を呼び寄せた。
「リカ様、大変申し訳ございません!こちらの新人が不手際を――どうぞ、こちらのカードをお使いください!」
上司は慌ててカードを手渡す。リカは再び笑顔を浮かべ、優雅にカードを受け取ると、青たちにそれを渡した。
「ありがとう」
リカの背中を追いかけながら、青はさっきの出来事を考えていた。
リカの目――あれは何だったのか。人間らしさの欠片もない、まるで機械のような冷たい目だった。
後ろでひそひそと声が聞こえた。カウンターの警備員たちが会話を交わしている。
「おい、あの方はリカ様だろ?普段は穏やかな顔してるけど、あの裏の顔を見たら終わりだって噂だぞ。」
「知ってるか?あの人、自分の家族の記憶を吸い取って、それを元にBOSSに取り入ったんだと。それで今の地位に上り詰めたんだよ。」
「冷酷のサイエンティストって呼ばれてるらしいぞ」
「お前目をつけられたら「ミス・アイス」に頭いじられちゃうぞ」
その言葉を聞いた青の胸に、冷たいものが広がる。
リカの背中を見上げると、彼女はまるで何事もなかったように歩き続けていた。
その姿は、どこか得体の知れない恐怖を秘めているように見えた――。
長い廊下の先に現れたのは、銀色に輝くエレベーターだった。
リカは迷いなくそのエレベーターに乗り込み、無言で違う電子キーを取り出してかざす。機械的な声が響いた。
「オカエリナサイ、リカ」
「ただいまジーク」
「ドチラニイキマスカ」
「ラボに向かってちょうだい」
「カシコマリマシタ」
機械的な声が響いた。
エレベーター内の明かりが赤く変わり、瞬間的に重力が身体を押しつけるような感覚が青とエレナを襲った。
エレベーターはものすごい速度で地下へと下降していく。
「オマタセシマシタ。ラボに到着シマシタ。」
ドアが開くと、広大な空間が目の前に広がっていた。
冷たい空気と、低い機械音が耳を包む。
数百人のスタッフが白い防護服を着て忙しなく作業している中、巨大なタンクが並んでいる。
その中には緑色の液体に浮かぶ人型の何かが見えた。
青は息を飲む。この光景が製薬会社の研究だとは到底思えなかった。
「こっちよ。」
リカはその場の緊張感をまるで感じないように、足早に歩き始める。
青とエレナは視線を彷徨わせながら、彼女の後を追った。
施設の奥に進むほど、光景は異様さを増していく。
突然、視界に飛び込んできたのは、ドラム缶の上にあぐらをかいて座る長い黒髪の女だった。
黒いパーカーにチノパン。
一見してラフな服装だが、その佇まいはただ者ではない。
無表情な顔が青たちを射抜き、全てを見透かすような視線を向けている。
さらに目を引くのは、その右手に抱えられた日本刀。
身長ほどもある長大な刀身が、まるで彼女の冷酷さを象徴しているかのようだった。
リカはその女に目をくれることもなく、淡々と通り過ぎる。
「不気味な人だったね……」
エレナが小声でつぶやいたが、青は慌てて彼女を制した。
「見ちゃだめだ。巻き込まれるかもしれない。」
エレナは不安そうに頷き、無言で歩き出した。
さらに奥へ進むと、白く大きな扉の前でリカが立ち止まった。
「二人とも、この部屋で待ってて。私は準備をしてくるわ。」
リカの言葉に従い、青とエレナは部屋に入る。
しかし、入った瞬間、妙な違和感が青を襲った。
部屋の中は体育館ほどの広さがあり、壁も床も天井も真っ白で何もない空間だった。
(ウィーン……ガチャン!)
背後で扉が閉まる音とともに、鍵がかかる機械音が響く。
「え?なにこれ?」
エレナが慌てて扉を引くが、ビクともしない。
「アレ?開かない……鍵がかかってる!」
青の胸に嫌な予感が広がる。
(閉じ込められた?なぜだ?)
思考を巡らせるうちに、違和感が次々と浮かび上がる。
ここに来るまでの道のりがあまりにもスムーズだった。最初の警備員が青を疑わなかったことも不自然だ。
(追われる身の僕たちの顔を知らないはずがない……。リカに騙された?)
エレナが扉を叩きながら叫ぶ。
「ねえ!ママー!どういうことなの!?」
青は駆け寄り、エレナの肩に手を置いた。
「エレナ、一度落ち着こう。」
その言葉にエレナは震える息を吐き、涙ぐみながらうなずいた。
青は部屋の中を見渡す。
広い空間には何もない。
ただ、均等な間隔で配置された通風孔が目に入ったが、手で開けられるような作りではない。
(道具もない、逃げ場もない……)
青は焦りを感じながらも、冷静に状況を分析しようとした。
自分だけならともかく、エレナだけでも助ける方法を見つけなければならない――。
「ママは私たちを裏切ったのかな……」
エレナが寂しそうな顔でつぶやく。
その言葉に、胸の奥が苦しくなる。僕は何か言わなければと思いながら、エレナの肩を軽く叩いた。
冷静を装い、部屋を見回して現状を整理しようとする。
そして、エレナに向き直り、できるだけ冷静に言った。
「エレナ、まずいかもしれない。この部屋は完全に密室だ。」
「扉はあそこだけ。天井の穴は高すぎて届かないし、通風孔は溶接されていて外せそうもない……」
「だから、もしもの時は、僕を置いてエレナだけ逃げるんだ。」
その瞬間、エレナの瞳が鋭く光り、僕の襟を掴んで引き寄せた。
「バカ!」
「あなたは私が守るんだから!」
エレナの強い意志が、その一言から伝わってきた。だがすぐにその力が抜け、彼女は肩を落とした。
「もう、あんな思いは二度としたくない……」
「パパもママもいなくなって、一人ぼっちになって……」
「ママに裏切られて、私なんて……なんの役にも立たない。いつも足を引っ張るばかりで……」
エレナの声が小さく震える。その姿に、湧き上がる感情を堪えきれず、思わず声を荒げてしまった。
「エレナ、諦めるな!」
「真実は、自分の目で見て、感じてから決めるんだ!」
「君は役立たずなんかじゃない。自信を持て!」
「君はもう、泣き虫エレナじゃないだろう!」
言葉が飛び出した瞬間、エレナの目から涙があふれ出した。
まずい……言い過ぎた。
「ごめん、エレナ。怒ってるわけじゃないんだ……なんか、気持ちが抑えきれなくて……」
フォローするように言うと、エレナは涙を拭いながら笑顔を浮かべた。
「違うの……懐かしかったの。」
「あなたはいつも、そう言って私を励ましてくれたから……」
「いつも、信じてくれたから……」
泣きながら微笑むエレナを見て、僕の胸に決意が固まる。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
「エレナ、二人でここから出るぞ。何があっても。」
「うん!」
部屋を探し回る中、天井のスピーカーから機械音が響き、リカの冷たい声が流れ込んできた。
「無駄よ。ここからは出られないわ。」
エレナの表情が強張る。
「ママ……なんで、また裏切ったの?また私を置いていくの?」
「エレナ、ごめんね。私が生きるには、こうするしかなかったのよ……」
「でもすべて、あなたたちトライデントが悪いのよ。」
「青、あなたもよ。あなたがみんなを不幸にしたの。」
「最後くらい、大人しく役に立ちなさい。」
その言葉と同時に、通風孔から白いガスが噴き出し始めた。
さらにガスマスクを装着した男たちが次々と部屋に入ってくる。
「まずい……」
エレナの表情が一変し、怒りに満ちた目でスピーカーを睨みつけた。
こんな表情はいままで見たことがない
「なんて自分勝手……許さない……」
エレナは口元を押さえながら前に出ると、僕を振り返って叫んだ。
「青、私の後ろから離れないで!」
「まず、あいつらのマスクを奪う!」
彼女は僕の前に立ち、男たちを睨みつける。
その頼もしい背中に、僕は情けなさを覚えながらも、何とか立ち上がろうと足に力を込めた。
その時、微かに声が聞こえた。
「・・・・・・・・だよ」
スピーカーの声ではない。部屋のどこかからだ。
「こっ・・・・・・・」
やはり聞こえる。来たことのある声だ。
僕の前でエレナが呼吸を整えながら敵の隙を伺っている。
「こっちだよ!」
必死に目を凝らすと、奥の通風孔で手を振る少女の姿が見えた。
「あれは……!」
少女は以前、僕を狭間の世界に導いてくれた子だ。
狭間に逃げ込めば勝機がある。
僕は今にも襲い掛かりそうなエレナのてを引っ張り
「エレナ!走るぞ!」
少女のいる方へと走り出した。
「えっ⁉なになに」
急に引っ張られたはエレナは僕に引きずられるように走り出す。
幸い男たちから少女の姿は見えない。
ガスで眠らされるのをじっと待っているのだろう。
しかし部屋の外からモニターで見ているリカからはしっかり見えていた
スピーカーから割れんばかりの音量でどなりつける
「あなたたち!なにしてるの!!いますぐ捕まえなさい!!!!」
「狭間に逃げられる!!」
「早くいけっ!!!」
男たちは慌てるように一斉に僕たちに向かって走り出した。
「はやくこの中に入って」
少女が手招きをする
「リィナ!!!!!!!」
エレナが大声で叫んだ。
そうか僕の居場所をエレナに教えてくれたのはこの少女だった。
二人は知り合いだったんだ。
「説明は後!早く入って!!!」
見た感じ4歳か5歳くらいの少女とは思えない冷静さで僕たちをナビゲートする。
僕は困惑しているエレナを押し込み、急いで通風孔に入った。
男たちはもう目前まで迫っている、、、
「ざんねーんでしたー」
少女はベロをだし男たちを馬鹿にするように手を振った
リカが焦りの声を上げるも、少女が微笑みながら狭間の扉を閉じると、そこはただの通風孔になった。
「もういいわ。無駄よ、、、、」
リカの指示で男たちは戻っていった。
「狭間が開いた?なぜ?」
リカは険しい表情で呟くと、背後から現れた黒髪の女が、リカに話しかける。
「ヴォルケンがやられた、、、」
「君も失敗したみたいだな、、、」
「僕が手を貸してやろうか?」
女の名は「夜叉」。
トライデントを追いかける「レイダー」というチームのNO2だ。
長い刀身から繰り出されるその技はどんなものも切り裂てしまう。
「夜叉、お願い。あの三人を追って。」
「わかった。僕に任せて。」
冷酷なオーラを纏い、日本刀を抱えた夜叉が部屋を後にする。
「リィナ、、、まさかあの子に力があったなんて、、、エレナにはなかったのに、、、」
「フフ、、でも大収穫だわ。リィナさえ手に入れれば、狭間は私のもの、、、」
リカは興奮と焦燥の入り混じった顔で呟き、椅子に深く身を沈めた。
第5章~完~