第二章〜街のざわめき〜
第二章
~街のざわめき~
どれほど走っただろうか。
冷たい夜風が頬を叩くたび、何もかもが現実から遠ざかっていくような気がする。
目まぐるしく変わるネオンの光、薄暗い路地裏の影。
足音が反響するたび、後ろから何かが追ってくる錯覚に囚われる。
けれど振り返る余裕はない。
僕の日常は、あの着信を境に音を立てて崩れ去った。
謎の組織。
未来から来た少女。
そして、僕の中に隠された”何か”。
逃げるたびに、頭の中で問いがぐるぐると渦を巻く。
「僕にできるのか、、、」
答えがないまま、僕の足はついに限界を迎えた。
「ハァ…ハァ…もう無理だ…」
僕は狭い路地に身を潜め、壁に背中を預ける。汗が額を流れ、シャツに張り付く。心臓はまるで胸を突き破ろうとしているかのようだ。
あたりは静かだ。
追っ手の姿は見えない。だが、それが逆に不気味だった。
「腹…減ったな…」
息を整えながら、思わず口をつく。
こんな非常時に腹が減るなんて、つくづく人間は滑稽な生き物だと思う。
ポテチと唐揚げ3個で長距離を走ったツケがここにきて回ってきたのだろう。
ポケットを探る。
財布もスマホもない。
期待せずに手を突っ込んだ指先が、冷たい金属に触れた。
「…おっ!」
取り出したのは、500円玉1枚と、シワシワになったタバコ4本。そして、あのエレナに渡されたメモ。
「東京都 新宿区 新宿◯丁目◯◯番 ◯◯ビル地下2階 BAR hazama」
協力者がいるとエレナは言っていた。
だが、果たして信じていいのだろうか?
悩む余裕もなく、喉の渇きが意識を引き戻す。
慎重に周囲を見回しながら、自動販売機を探して歩く。
自販機を見つけ、水を2本買う。
「ゴクッゴクッゴクッ、、、」
その場で1本を一気に飲み干すと、乾いた喉が潤い、息が整っていくのを感じた。
「…ふぅ。」
久しぶりの水分を摂りながら、タバコに火をつける。
吐き出した煙が夜の空気に溶け込む。
ポーっと光るタバコの光がひと時の幸せをくれる。
僕はエルナからわたされたメモを眺めながら、考えを巡らせる。
「◯丁目か…」
意外にも近い場所だった。走り回った割に、運命的に導かれたような気すらする。
だが、これが運命ならば、僕の人生はすでに暗闇に絡め取られているのかもしれない。
2本目の水を口に含むと、わずかに体力が戻った感覚があった。
「よし。冷静に行動しよう」
独り言のように、呪文のように自分に言い聞かせる。
夜の繁華街に向かう前、僕はフードを深く被り、影に溶け込むように歩き出した。
繁華街のざわめきは、夜の闇を押し返すように響いていた。
酔った客たちの笑い声、遠くで鳴るサイレンの音。
まるで、この街そのものが僕の行動を嘲笑うかのようだった。
注意深く観察しながら、目的地であるBARを目指す。
すれ違う人々の中に、追っ手が紛れているのではないかという疑念が離れない。
ふと、背後で足音がした気がして振り返るが、そこにはただの酔っ払いの男が立っているだけだった。
「…気にしすぎだ。」
自分に言い聞かせるように呟き、また歩き出す。
だが、その瞬間、背筋に奇妙な感覚が走る。
まるで何か得体の知れない視線が、暗闇の中から僕を追っているような気がした。
どこかで見たはずの影が、ネオンの明滅に紛れて揺れていた。
疑心暗鬼になりながら慎重に冷静に夜の街を歩く。
「ココか、、、」
BARの名前は「hazama」。
少女に出会った場所も確か「狭間」と言っていた気がする。
まさか、そんな偶然があるだろうか?
いや、偶然では済まされない何かを感じる。
過去と現在、現実と非現実――
それらの境界線が、今まさに目の前で揺らいでいるような感覚に襲われた。
この先で、僕を待つのは救いか、それともさらなる罠か……
不安と期待を持ちつつ、僕はポケットからタバコを取り出し火を点けた。
2本目のタバコはゆっくりと宙を舞いながら天井へと消えていく。その一方で、心の中には重たい霧が立ち込めていた。
静かにタバコの火が消えていくのを見届けると、僕は意を決して目の前にある薄暗い地下への階段を降り始めた。
冷たい空気が肌を撫でる。階段を下るたびに靴音が響き渡り、その音がまるで何かを呼び起こすように感じられる。
鼓動が次第に速くなるのを抑えられない。
視界は暗いのに、妙に鮮明なイメージが頭に浮かぶ。
少女の姿。
そして「狭間」という言葉……。
階段を下りきったその先には、一枚の重厚な鉄製のドアが待ち構えていた。
ふとドアの横にある看板に目をやると
確かにこう書かれていた。
「ようこそ、狭間の世界へ。」
不思議な力に引き寄せられるように、その言葉に目を奪われる。
「狭間の世界」――それが意味するものは何なのか。
「気にし過ぎか、、、」
頭の中には無数の問いが渦巻くが、そのどれもが明確な答えを持たないままだった。
静寂の中、息を飲みながらドアノブに手を伸ばす。触れた瞬間、ひんやりとした感触が指先を包む。
まるで何かに試されているかのような気持ちを振り払うように、僕はゆっくりと扉を押し開けた。
中から漏れ出す柔らかな灯りに目を細めながら、一歩、また一歩と足を進める。
その空間には独特の雰囲気が漂っていた。
木の香りと仄かに甘い香水の匂いが混ざり合い、静かなジャズが遠くで流れている。
「待っていたわよ。」
ふと、低く落ち着いた声が耳に届く。
驚いて顔を上げると、カウンターの向こうに一人の女性?らしき人が立っていた。
女性?らしき人は赤い煌びやかなワンピースを着ている。
髪は長くすらっとした姿はまるで宝塚女優のような雰囲気をかもしだしている。
タバコをふかしている彼女?よく見ると、髭が生えた異様な姿が見える。
(ん??男性なのか??)
彼女?の目はどこか底知れない深さを湛えている。まるで僕の心を見透かしているかのように微笑んでいる
「あなたは……?」
自然とその言葉が口をついた。
しかし彼女?はただ微笑み、ウイスキーの入った軽くグラスを掲げるだけだった。
「あなたが救世主なのかしら?」
この瞬間、僕の中で何かが確信に変わった。
ここはただのBARじゃない。この場所は、「狭間」と呼ばれる理由を持っている。
僕の物語は、また新たな扉を開けようとしていた――。
第二章~完~