第7話「親友との出会い」
早朝の実験場。
朝霧がゆっくりと晴れていく中、露に濡れた芝生の上に二つの魔法陣が浮かび上がっていた。幾何学的な紋様が青く輝き、その正確な対称性は量子実験装置を思わせる。
「計測条件は完璧ですね」
リリアが魔力センサーの最終調整をしながら言う。
「気温15.2度、湿度68%、魔力密度は平常値の1.02倍」
科学的な厳密さで状況を把握する彼女の姿に、私は思わず微笑んだ。
「準備はよろしいですか、アイリス様」
銀色の髪が朝日に輝く。その姿は、まるで研究に捧げる純粋な魂を体現しているかのようだ。
「ええ」
私は実験ノートを開く。昨日の図書館での議論を経て、新しい実験プロトコルを組み立てていた。
「今回の実験目的は、魔力の量子もつれ状態の検証」
ノートを読み上げる。
「二人の魔法使いが同時に魔法を発動した際の、魔力の相互作用を観察します」
私たちは向かい合い、それぞれの魔法陣の前に立つ。
距離は5メートル。その間を結ぶように、観測用の魔法陣が配置されている。
「3、2、1...」
魔力解放の瞬間、空気が震えるのを感じた。
私からは量子物理学の法則に基づいて制御された青い光が、リリアからは古代魔法の奥義を極めたかのような銀色の光が放たれる。
二つの異なるアプローチが、空間で交わろうとしていた。
「リリアの魔力制御、まるで精密機器のよう...!」
私は感嘆の声を漏らす。彼女の魔力の流れには、数学的とも言える美しさがあった。
そして、交差の瞬間―
現実が、理論を超えた。
予想していた干渉現象の代わりに、虹色の量子渦が空間に花開く。まるで、異なる次元の扉が開いたかのような光景。
「アイリス様、この現象は!」
リリアの声が弾む。
「ええ、完全な量子もつれよ」
興奮を抑えながら観察を続ける。
「二つの魔力が、波動関数レベルで結合している」
観測魔法陣が、次々とデータを記録していく。
私たちは默契のように魔力の出力を調整し、現象の継続時間を延ばしていく。
「リリア、少しずつ出力を下げて」
「はい、了解です」
息の合った連携。
まるで長年の実験パートナーのように、言葉少なくタイミングを合わせられる。
実験が終わった時、太陽は既に高く昇っていた。
「素晴らしい結果です」
リリアが目を輝かせながらデータを確認する。
「これは、従来の魔法理論では説明できない現象」
「アイリス様、決めました」
彼女が真剣な表情で言う。
「アイリス様の理論を証明するために、全力で協力させていただきます」
その言葉に、私は複雑な感情を覚えた。
前世では、常に孤独な研究者だった私。
しかし今、同じ情熱を持つパートナーがいる。
それも、この世界でもっとも才能ある魔法使いの一人が。
「ありがとう、リリア」
声が少し震える。
「でも、もう少しカジュアルに話してくれていいのよ」
リリアが驚いたように目を見開く。
「でも、アイリス様は...」
「研究パートナーなら、対等な関係の方がいいでしょう?」
彼女の瞳が、少しずつ潤んでいく。
「はい...その言葉、とても嬉しいです」
朝日が二人の姿を照らす。
若い魔法使いたちの挑戦は、まだ始まったばかり。
* * *
夕方の図書館。
実験データの整理をしながら、私は考えていた。
(量子もつれの制御...これが可能になれば)
そして、どこかで感じる既視感。
まるで、この展開を誰かが導いているかのように...。
(量子もつれの研究...どこかで似たような)
記憶の片隅で、何かが引っかかる。しかし、その正体を掴む前に―
「アイリス様、こちらの文献も」
リリアの声が、思考の迷路から私を救い出す。
「ありがとう」
私は微笑んで本を受け取る。
今はただ、目の前の研究に集中しよう。
それでも心の片隅で、あの既視感の正体が気になって仕方なかった。
窓の外では、夕暮れの空が魔法の光に染まり、その色彩が不思議な予感を運んでくるようだった。