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第3話「魔法の正体」

夕暮れ時の図書館。

積み上げられた魔法書の影が、長く床に伸びている。私は一日かけて読み込んだ最後の古書を静かに閉じた。表紙には『高次魔法原理考』という、この世界でも稀少な書物だと思しき題名が記されている。


「これで主要な理論書は一通り...」


(異世界に来て3日目にして、こんなに集中して読書できるなんて)

思わず苦笑する。どうやら、研究者としての習性は12歳の体になっても健在らしい。


「はぁ...」

ため息と共に、背もたれに深く身を預ける。目の前には、びっしりとメモが書き込まれたノートが広がっている。


(やはり、これは...)


魔法の基礎理論を読み進めるうちに、ある確信が芽生えていた。この世界の魔法は、間違いなく量子効果の一種なのだ。


ノートを見返す。

右ページには従来の魔法理論、左ページには私の量子物理学的解釈を並べて書いている。その横には、前世で愛用していた研究ノートを思い出しながら、仮説と検証項目を整理した表を作っていた。


「魔力の流れは確率的で...詠唱による波動関数の収束...そして魔法陣による観測効果...」


まるで論文を書くように、一つ一つの現象を丁寧に分析している。科学者としての習慣は、この新しい体でも健在だった。つぶやきながら、私は魔法陣の図を指でなぞった。その瞬間、指先から淡い光が漏れ出す。


(この感覚...!)


「お嬢様、まだご起きでしたか」


声に驚いて振り返ると、入り口に初老の紳士が立っていた。温厚な表情と知的な眼差しが印象的な人物だ。


「ヴィルヘルム先生...」

アイリスの記憶が教えてくれる。彼女の魔法の家庭教師であり、この世界でも一流と称される魔導士だ。


「明日から始まる特訓の前に、基礎を確認されているのですね」

柔和な微笑みを浮かべながら、ヴィルヘルムが近づいてくる。

「しかし...これは?」


彼は私のノートを覗き込み、目を細める。


「微分方程式...?波動関数...?お嬢様、これらは一体...」


「先生」

私は決意を固めて切り出した。背筋を伸ばし、研究発表をする時のような心持ちで言葉を選ぶ。

「魔法には、もっと論理的な説明ができるはずです」


ヴィルヘルムの表情が真剣になる。


「理論書に書かれている『魔力の流れ』は、本質的には確率の波なんです。私たちが魔法を使うとき、実は量子状態を操作している。そして魔法陣は...」


言葉を続けながら、私は手を前に差し出した。指先に魔力を集中させる。


「例えば、光の魔法」


すると、掌の上に小さな光球が現れた。虹色に輝く球体の中で、光が渦を巻いている。


「従来の理論では、『光の精霊に呼びかけ、その力を借りる』と説明されています。でも実際は...」


私は意識を集中させ、光球の状態を制御する。前世での量子実験の感覚を思い出しながら、エネルギー準位を一つずつ変化させていく。


「エネルギー準位の遷移による光子の放出。つまり、量子状態の制御なんです」


光球が虹色に輝き、スペクトルが徐々に変化していく。赤から紫へ、そして最後は純白の一点となる。この現象は、まさに量子力学の教科書に出てくる原子のエネルギー準位遷移そのものだった。


「そして詠唱は、波動関数を収束させるためのトリガー。魔法陣は、その状態を観測し固定化する装置」


ヴィルヘルムは息を呑んで見つめている。


「お嬢様の理論は、確かに大胆です」

ヴィルヘルムは私のノートを丁寧にめくりながら言った。

「しかし、不思議なことに筋が通っている。特に魔法陣の対称性と魔力の相互作用の説明は...」


彼は一つのページで立ち止まり、図を指さした。


「この二重魔法陣の干渉パターン。確かに、従来の理論では説明できない現象です。しかし、お嬢様の『波動関数』という考え方を使えば...」


「実験で証明することはできます」

私は少し緊張した面持ちで言った。


「実験...」

ヴィルヘルムが目を輝かせた。

「お嬢様の魔法は確かに特異です。従来の理論では説明できない現象を引き起こす。もし、その背後に論理的な説明があるのなら...」


気づけば、私たちは夜更けまで議論を続けていた。

ヴィルヘルムは物理学の知識こそないものの、鋭い直観と深い洞察力を持っている。彼の疑問は的確で、理論の穴を指摘してくれた。


「お嬢様」

別れ際、彼は静かに言った。

「私も、魔法にはもっと深い真実があると感じていました。明日からの特訓、本格的に理論の検証をしてみませんか?」


「本当ですか!?」

思わず声が弾む。12歳の少女らしい素直な喜びが溢れ出た。


「ええ。ただし」

彼は厳しい表情を見せた。

「理論だけでなく、実践力も必要です。王立魔法学院の入学試験までの一ヶ月、みっちり鍛えさせていただきますよ」


その言葉に、私は強く頷いた。


書斎に戻った私は、新しいノートを開く。

革装丁の上質な紙に、「実験記録 - 魔法量子理論の実証研究」と書き込む。


窓の外では、満月が煌々と輝いている。

その光は、かつて研究室で見た量子もつれの輝きを思い出させた。


(この世界で、私は新しい物理学を築くことになるのかもしれない)


明日から、魔法の本質を解き明かす研究が始まる。

28歳の量子物理学者と12歳の魔法使いの融合が、この世界の常識を覆すことになるだろう。


ペンを取り、最初のページに実験計画を記す。

『実験その1:魔力の波動性の検証

仮説:魔力は量子波動関数として記述可能である

検証方法:二重魔法陣による干渉実験...』


夜風が、書斎の窓を優しく揺らした。

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