第11話「新たな仮説」
私たちの研究は、新たな段階に入ろうとしていた。
一週間の実験中止期間——その時間は、思いがけない発見と、より深い謎への扉を開くことになる。
早朝の図書館に、古書の香りが漂う。
一週間の実験中止期間が終わろうとしていた今、私たちは最後の理論検証に取り組んでいた。積み重ねられた書物の影が、朝日に長く伸びている。
「これが、改良した制御方程式です」
リリアが清書したノートを差し出す。図面には複雑な魔法陣が描かれ、その周囲には数式が並ぶ。
「三重螺旋構造による安定化...」
私は理論式を確認しながら、前世での量子実験を思い出していた。
「従来の魔法陣を基に、量子力学的な制御を加えたのね」
「はい。特に次元共鳴の抑制に注目しました」
リリアが補足説明を加える。
「前回観測された異常波動を、この構造で分散させることが可能なはずです」
彼女の理解の早さは、私を常に驚かせる。前世で量子物理を学んだ者の知識と、この世界の魔法の才能が見事に融合している。
机の上には、一週間の試行錯誤が積み重なっていた。
実験データの詳細な分析。
古代魔法の系統立てた研究。
そして、新たな制御理論の構築。
「アイリス...」
リリアの声が不意に震える。
「私たち、すごいものを発見してしまったのかもしれません」
その言葉に、私も強く頷く。
一週間かけて理論を再検討するうちに、最初の予感は確信に変わっていた。
「異世界間の量子もつれ...」
私は小声で呟く。
「前世の物理学でも、理論上の可能性としては指摘されていたわ」
「おはよう、お二人とも」
突然の声に、私たちは思わず背筋を伸ばした。
グレイス先生が、いつの間にか私たちの背後に立っていた。
「先生」
二人で声を揃える。
「座っていいわ」
先生は私たちの前に腰掛ける。その表情には、いつもの柔和さの中に、何か覚悟のようなものが見える。
「理論の再検討は、どう?」
「はい」
私は慎重に言葉を選ぶ。
「まず、安全性の向上について説明させていただきます」
三重螺旋構造の説明。
エネルギー分散の仕組み。
量子状態の制御方法。
説明を続けるうちに、先生の表情が微妙に変化していくのが分かった。
「そして、次元干渉の制御も―」
「待って」
先生の声が急に鋭くなる。
「次元干渉、とおっしゃった?」
一瞬の沈黙が図書館を支配する。
私たちは、この瞬間が重要な転換点になることを直感的に理解していた。
「...お二人は、どこまで理解しているの?」
先生の問いには、ただならぬ重みがあった。
まるで、この質問自体が何かの試験であるかのように。
「先生」
私は覚悟を決めて答える。
「私たち、この世界の本質に気づいています」
「魔法は量子力学的な現象」
リリアが続ける。
「そして、その先にある可能性...」
「並行世界の存在」
私が言葉を継ぐ。
「そして、世界を超えた意識の転移...転生の仕組みについて」
グレイス先生の表情が、驚きと懸念、そして何か深い感情で複雑に歪む。
「まさか、ここまで...」
その時、図書館の空気が凍りついた。
「失礼します」
その声と共に、空間そのものが歪むような感覚。
漆黒の法衣をまとった男性の姿。その存在感は、まるで深い闇のようだった。
「ブラックウッド教授」
グレイス先生の声に、明確な緊張が混じる。
「噂の学生たちに、会いに来ました」
ブラックウッド教授の眼光が、まるで私たちの内面を覗き込むかのように鋭い。
「特に、アイリス・ヴァンフォードさん」
その視線に、私は不思議な既視感を覚えた。
まるで、前世のどこかで...。
記憶の奥で、何かが蠢く。
実験室。事故の瞬間。そして―
「お二人の研究、王立研究所でも大きな関心を持っています」
その声には、知っているはずのない記憶を呼び覚ます何かが潜んでいた。
窓から差し込む陽光が、急に冷たく感じられる。
第二部の幕開けは、私たちに新たな試練を突きつけようとしていた。
* * *
その夜、書斎で古代魔法の文献を広げながら、私は考えていた。
(ブラックウッド教授...王立研究所...そして、この既視感)
断片的な記憶が、何か重要な真実を示唆している。
例の事故は、本当に事故だったのか。
私の転生には、誰かの意図が—。
「真実は、まだ先にある」
月明かりの中、私は決意を新たにペンを走らせる。
第二部の物語は、予想以上に深い闇を秘めているようだった。




