第10話「第一の転機」
実験場に鋭い警告音が響き渡る。
観測魔法陣が不規則に明滅を始め、魔力センサーが次々と限界値を示していく。
「異常な魔力反応を検知!」
リリアの声に、私は即座に対応する。
「制御系を...待って」
目の前の現象に、私は言葉を失った。
魔力の渦が、予想をはるかに超えた規模で空間を歪め始めている。青と銀の光が交差する中心点で、まるで現実そのものが裂けていくような異変が起きていた。
(この感覚...どこかで...)
「アイリス、この波形...」
リリアが観測魔法陣のデータを指さす。
「まるで量子トンネル効果のよう」
「ええ、でも規模が違う」
私は冷静を装いながら分析を続ける。
「このパターンは...」
その時、記憶が鮮明に蘇った。
実験室の警告音。
慌ててモニターを確認する私。
そして、あの眩い光―
(そうか、これは!)
量子テレポーテーション実験での最後の瞬間。
あの事故は、実は事故ではなかったのかもしれない。
「リリア、理論式を!」
私の声が震える。
「転移魔法の基礎方程式と、量子もつれの式を...そう、次元間の共鳴を考慮して」
二つの世界がつながろうとしている。
その確信が、私の心を強く揺さぶった。
私たちは向かい合い、新たな魔法陣を展開する。
青と銀の光が交差し、空間が歪み始める。
「成功...!」
歓喜の声を上げかけた時だった。
突然、魔力の渦が不安定な振動を始める。
制御魔法陣が次々と限界を超え、警告音が轟く。
「危険です!」
リリアが警告を発する。
「魔力の共鳴が制御不能に...」
その瞬間、強烈な光が実験場を包み込んだ。
* * *
「...リス様、アイリス様!」
意識が戻る。
目を開けると、リリアの心配そうな顔が見えた。
「大丈夫...実験データは?」
「ここに」
リリアが観測結果の記録を差し出す。
手が微かに震えている。
「アイリス、あなたたちの研究は素晴らしい」
グレイス先生の声には、称賛と共に深い懸念が混ざっている。
「でも、これ以上の実験は許可できないわ」
「しかし、先生!」
反論しようとした私の言葉を、先生の鋭い視線が遮る。
「次元の境界に触れることは、想像以上に危険なのよ」
その言葉に、私は息を呑む。
先生は、私たちの研究の本質を完全に理解していた。
「あなたたちには、もっと準備が必要」
先生の目に、不思議な光が宿る。
「理論を完璧にし、そして...心の準備も」
その瞬間、私は直感的に理解した。
先生は何か重要な事実を知っている。
そして、私たちがその真実に近づきつつあることも。
「一週間、実験を中止します」
先生は厳しい表情で告げる。
「その間に、理論の再検討を」
私とリリアは顔を見合わせる。
危険は明白だった。しかし、それ以上に大きな発見の予感があった。
* * *
夜の研究室。
月明かりの中、私は実験データを見つめ続けていた。
波形分析のグラフが、画期的な発見を示している。
魔力の量子的性質。
次元間の共鳴現象。
そして、最も重要な...転生の仕組み。
(すべてはつながっている)
ペンを走らせながら、私は確信を深めていく。
前世での研究。
この世界での魔法。
そして、私が転生した本当の理由。
窓の外の満月が、まるで青く輝いて見えた。
それは、かつての実験室で見た光の色とそっくりだった。
「一週間...」
つぶやきながら、新たな実験計画を練り始める。
より安全に、より確実に、真実へと近づくために。
この発見は、確かに大きな転機だ。
しかし、私たちの前には、さらに深い謎が待っているはずだった。
月の光が、机上の実験ノートを静かに照らしている。
その光の中で、新たな理論式が、未知の真実への道を指し示していた。




