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三者会談

アンナが耀を抱き上げて後にしたリビングには、ラウムとレイが残された。

二人の間は沈黙が支配し、時間だけが流れていた。このまま時間をも支配しそうな沈黙を押し破るように、ラウムが口を開く。


「——して、話とは何であるかな?」

「もうしばらくお待ちくださいまし」


ラウムは手持ち無沙汰な様子でグラスを傾ける。その様子をレイは冷めきった目で睨んでいる。

再び沈黙が支配するリビングに、耀を優しく寝かし付けたアンナが、秘蔵書を手に戻ってきた。


「このような書物を隠していました……」


一冊の本がそっとテーブルに差し出された。

耀が快く——優しいアンナのために提供してくれた秘蔵書だ。

レイが神妙な面持ちで秘蔵書を手に取り、おもむろにページを開くと同時に驚きの声を上げる。


「なっ……なんですのこれは!」

「——ええ。私も驚きました」


レイはそのページがラウムに見えるよう、テーブルに広げた。

そこには人気のセクシー系グラビアアイドルが、美しい砂浜で、際どい水着から輝く水を滴らせ、笑顔を見せる写真が載っている。


「女性がこのように肌を(さら)すなど、破廉恥ですわ!」

「ええ、大変な破廉恥です。それよりも……」


アンナが怒りに満ちた顔つきで、ラウムを睨む。


「ラウムさんはなぜ、ご主人様がこのような大変に破廉恥な書物を隠し持っていることを、ご存知だったのですか?」


アンナの眉間には深い(しわ)が寄っていた。だが口調はまだ丁寧だ――怒りが頂点に達してなお、礼節を失わない、その冷静さが逆に恐ろしい。


「その程度の書物、人間の男なら誰しも所持しておろう。(それがし)(なんじ)らと違い、人間の男の心理を理解しておるゆえ、行動を推測したまでである」


ラウムの視線がグラビアページに一瞬とどまり、グラスの氷がカランと鳴る——


「その程度とは何ですの!」


ラウムの発言にレイが声を荒げる。

——レイに続いて、アンナも声を荒げる。


「これをご主人様に与えたのは、ラウムさんですね!」

「某は与えておらぬ」

「貴方が勧めなければ、兄様(にいさま)がこのような書物をお持ちのはずがありませんわ!」

「そうです!」

「某もまだ召喚されて四日ほどである。できるわけがなかろう」


たった四日で大金を手にした悪魔のその言葉に、二人はさらに怒りの炎を燃え上がらせる——

ラウムは二人の怒りの理由が理解できない顔をして、グラスにウイスキーを注ぐ。


「その書物は、それほど怒らねばならぬ物なのであるか?」


レイとアンナの表情に、更に怒りがあふれてきた。


「あなた——それはこれを見て言ってますの?」

「そうです。よくご覧になってください」


ラウムはテーブルに広げられたままの秘蔵書に目を落とす。

しばらく見つめた後、グラスに口をつけると首を傾げた。


「——先ほどからずっと見ておるのだが、怒る要素がどこにあるのか分からぬ」


レイが目を見開き、本を指差しながら声を上げる。


「このように小さな布だけ身に着けた女性を曝すような書物を、兄様が隠し持っているなんて、あなたの仕業以外に考えられませんわ!」


アンナは身を乗り出し、ラウムに声を上げる。


「そうです!ご主人様がこのような大変に破廉恥な布をご所望でしたら、私が同じものを付けて寝室にお伺いします!なぜ教えてくれなかったのですか!」


……アンナは耳まで真っ赤に染め、拳を小さく握りながらも、視線をそらさず言い切った。


「否、そういう話ではなかったと思うのであるが……」


ラウムは呆れた表情で、二人の会話を聞きながら、静かにウイスキーを飲みはじめた。


「そうですわ!こんな小さな布からはみ出した肉で、兄様はお喜びになりませんわ!」

「ご主人様は布から溢れる私の愛に溺れるはずです!」

「いいえ!兄様への愛ならレイの方が優っておりますわ!」

「そうでしたか……レイは、ご主人様への愛が溢れる私の身体(からだ)に、嫉妬しているだけでしょう——」


勝ち誇ったような顔で、レイを見るアンナに、レイは冷たい口調で応じる。


「嫉妬などしておりませんわ。(むし)ろその肉が気の毒に思っておりますの——」

「気の毒とはどういうことです!」


レイは秘蔵書を指さし、アンナを諭すように話しはじめた。


「よーくご覧くださいまし。このような破廉恥な布が似合うのはレイの方ですわ。よくご覧になっていれば、頭の中まで無駄な肉でもお分かりになるはずですわ」


アンナは本を手に取り、鼻で笑うレイの顔に近づける。


「レイこそよくご覧なさい。ご主人様はこの様に豊かなお胸がお好きなのです。私のお胸もよく横目で見ておられます」

「レイの方が優っておりますわ。——それに兄様は、そんな重たいだけのもの、お好きではありませんわ」


そんな不毛な争いに、空気を読めない悪魔が口を挟む。


「ひとつ良いか?」


二人は同時に振り向くと、声を荒げる。


「なんですの!」

「なんですか!」


それまで二人の争いに興味を示していなかったラウムが、何か興味深そうな視線を向けている。


「汝らは主人に恋慕の情を(いだ)いておるように聞こえたのであるが?」

「聞こえただけではなく、愛しておりますわ」

「私は心から愛しています」

「興味深い話であるな——だが、主人は休んでおる。少し落ち着かぬか」


ゆっくりとグラスを傾けるラウムをみて、二人の表情から怒りは消え、気まずそうにうつむいた。

変に落ち着いて話すラウムに、レイは冷たい視線を向ける。


「——乙女の恋心が興味深いとは、悪趣味ですわ」

「否、そうではない。汝らの身体は主人の力により与えられたゆえ、主人として(した)うのは理解できる。主人と交われば更なる力を得られるかもしれぬゆえ、接触を求めるのも自然であろう」


ラウムは一度グラスを傾け、話しを続ける。


「しかし、恋慕となると話が変わる。汝らの心は、この数日で主人のどこに()かれたのか?」


ラウムの疑問に二人は迷うことなく答えた。


「「色です」わ」


ラウムは二人から同じ答えが返ってきたことで、更に興味を惹かれたように視線を向ける。


「汝らの言う色とは何であるか?」

「ご主人様の中に見える色です」

「そうですの。何色とも言えない混沌としながらも、なぜか惹かれる——恐ろしくも美しい色ですわ」

「汝らの言う色は、某がみた魔力であろう。しかし、なぜ、その色に惹かれた?」


レイが前髪を(いじ)りながら、恥ずかしそうに答える。


「あのような、無条件に全てを殲滅しそうな色は見たことがありませんでしたの。一目惚れでしたわ」


アンナは大きな身体を小さくして、うつむき加減で頬を染めている。


「初めて見たときに、背筋も凍りつくようなあの色に包まれ、心の奥まで静かに染められていきたいと……思ってしまいました」


二人の答えに、ラウムは何か確信を得たようにうなずく。


然様(さよう)であるか。しかし汝らは主人の護衛であることを忘れてはならぬ」


ラウムは二人が恋心を抱く相手が、護衛の対象である事を念押しする。


「そんなことは分かっておりますわ。その時がくれば、兄様にレイの能力を伝えます」

「私はこの身体全てで、ご主人様をお守りします」


ふいに、レイがラウムに真剣な眼差しを向け、話しを始める。


「レイもあなたに聞きたいことがありますわ」

「——申してみよ」

「レイたちは何から兄様を守ればよろしいですの?」


その言葉を聞き、アンナも隣で大きくうなずいた。

ラウムはグラスに口をつけたまま、じっと二人の表情を伺う。

そのグラスが、乾いた音を立ててテーブルに触れた瞬間——沈黙は砕け、ラウムの低い声が空気を揺らした。


「まず、先に答えを申せば、某にも分からぬ——」


そう言って、グラスにウイスキーを注ぎながら、話を続ける。


「汝らも気付いておるであろう。主人の中にある違和感に——」


アンナが少し考えるような素振りを見せ、直後に目を見開いた。


「そう言えば……ふいに恐ろしいものが中から溢れ出てくるような時がありました——」

「兄様が微笑んだときですわね——レイは声をかけられませんでしたの……」


それを聞いたラウムもうなずく。


「うむ。某は間近で見たが、主人は瞳の輝きを失い全てを飲み込むような存在に変わった」

「私はそこまで見ていませんでした——でも、優しく声をかけると元に戻りましたよ」

「レイは違和感を覚えましたわ。違う存在になったような感覚でしたわ」


レイの言葉にアンナが反論する。


「それは違います。濃くなりましたけど、色は変わりませんでした」

「確かにそうでしたわ……アンナが触れた時はどうでしたの?」

「うまく言えませんけど、何かがすっと消えていくような——そんな感覚でした」


ラウムは、二人の会話を聞き、安堵したかのように一気にグラスを煽った。


「——某が見た主人の近い将来は、その存在によって死へと導かれる」


驚いて目を見開く二人を一瞥(いちべつ)し、空になったグラスを揺らしながら、話しを繋ぐ。


「あれが主人の本来の姿なのかもしれぬし、異質な存在かもしれぬ。——だが、その色が濃くなればなるほど、何かが『目覚める』気配がある。某にはそう思えてならぬ」


アンナが真剣な表情で、ラウムに答える。


「分かりました。必ずご主人様をお守りします」


黙ってうつむいているレイに、ラウムが声をかける。


「レイ、汝の持つ能力は、主人を救うのに必ず役に立つ——異能な才ではあろうが、自信をもつがよい」

「分かりましたわ。でも……もう少し考える時間をくださいまし——」


うつむきながらも答えたレイの言葉に、ラウムはうなずく。


「それを聞き安堵した。では某は(いとま)させて……」


ラウムの言葉を、再び厳しい声色となった、二人の声が遮る。


「ラウムさん、まだ話は終わっておりません」

「まだ、あなたに聞きたいことがありますわ」


思わずため息を吐いたラウムを責めるかのように、二人はラウムに質問を投げ始めた。


「先ほどの『もふもふ猫耳』とはなんですの?」

「主人の願望であるな。そもそも主人が言ったことであろう。某より主人に問うべきである」

「ご主人様のことを、どこまでご存知なのですか?」

「某が知っているのは、主人の近い将来と過去のみであるな」

「そのもふもふ猫耳を、膝で甘えさせるとはどういうことですの?」

「膝で猫耳をもふもふするのは、人間の男が抱く願望であろう」

「ご主人様が困っておられることはありませんか?」

「理不尽に背負わされた借金くらいであろう」

「だいたい、『人外娘』とはなんですの?」

「ラミアやケンタウロスの様な種族の娘であるな。主人の興味は底がしれぬ」

「ラウムさんが隠された財物を探せるというのは本当ですか?」

「然様であるな。汝らの軽率な行いを補えるだけの金を、主人に渡したであろう」


二人は更に(まく)し立てるように、ラウムを攻め続ける。


「ともかくですわ!兄様に愛玩のための女を与えないでくださいまし!」

(しか)と誓おう」

「ご主人様に親しい女ができたら、すぐに教えてください!」

「確と誓おう」

「そうですわ!兄様の借金を肩替わりしてくださいまし!」

「確と誓おう」


その場が一瞬で静寂に包まれる。ラウムは空になったグラスに、氷を添わせるように揺らしていた——

レイとアンナがその静寂を守るように、静かに会話する。


「アンナ、言質は取りましたわ」

「ええ、確かに聞きました」


おざなりに返事をしていたラウムは、突然、不自然に訪れた静寂によって、自らの失言に気付いた。


「待て、待て……なにゆえ某が借金を肩替わりせねばならぬのだ……?」


一瞬、ラウムの口調に、珍しく僅かではあったが、焦りが感じられた。

そんなラウムに冷たい視線を向けながら、レイが口を開く。


「隠された財物を見つけられるなら、簡単な話ではありませんの?」

「そう簡単ではない。この世界の金に換えねばならぬ」


作ったような冷たい笑顔のアンナも、ラウムに話しかける。


「ラウムさん。先程はたくさんのお金を持っていましたよね?」

「うむ、あれもそれなりに苦労したのである。そう簡単ではない」

「でも、四日であれだけのお金を手に入れたのですわ。あなたに難しいとは思えませんの」

「それは助力を得られたゆえである。それに、主人の意見を聞かねばならぬのではないか?」

「こっそりとご主人様に大変な破廉恥書物を与えておいて——今更、何を言っているのですか」

「それは某ではないと言ってお——」


突然、レイが声を張り上げ、ラウムの話しを遮る。


「おだまりなさいまし!あなたのその口が『確と誓う』と申しましたわ!」

「それは——話の流れでだな……」


ラウムは空のグラスを持ち、口をつけるが、氷がグラスで踊る音が響いただけだった。


「そもそも——どれだけの金を用意すれば良いか分からぬゆえ……汝らにも協力してもらわねばならぬな」


アンナが少し大きな声と威圧的な口調で、身を乗り出してラウムに迫る。


「つまらない言い訳をしてる時間があるのなら、十分なお金を用意できるのではありませんか?」


レイはラウムに視線も向けず、当然のような口調でラウムに言い放つ。


「多すぎるのは問題ありませんわ。あなたに快く魔力を貸してくださる、兄様への貢物ですわ」

「……貢物とは、聞こえは良いが、これでは強請りであるな」


ラウムは大きくため息をつくと、空のグラスを秘蔵書の隣に並べるように滑らせる。


「……承知した。主人は汝らにしばらく任せることとなるゆえ、気を抜いてはならぬ」


アンナが静かに席を立ち、キッチンへと向う。その様子を見送ったレイが口を開く。


「お任せくださいまし。兄様は必ず守りますわ」

「——まずは、主人を知ることからはじめると良いであろう」


静かに戻ってきたアンナが、ラウムに答える。


「分かっています。ラウムさんにとってご主人様がどのような存在かしりませんけど、私にとっては大切な人です」


アンナはウイスキーの新しいボトルを、ラウムにそっと差し出す。


「然様であるな。汝らが主人に抱く想いが本物であるか、見届けるといたそう」

「レイは兄様と少しでも長く、この世界で生きたいと思っていますわ」

「時は心を移ろわせる。人も心を移ろわせる。それが人間の強さでもあり、弱さでもある」


ボトルを受け取り呟いたラウムに、アンナは首を傾げる。


「何が言いたいのですか?」

「楽しむとよいのであるな——金は某に任せよ」


その言葉でアンナとレイの表情は明るくなり、口調が弾む。


「そのように快く承諾してくださるとは——まあ、当然のことですわね!」

「ラウムさんが話の分かる方で、本当に良かったです!」


立ち上がり二人を見るラウムの周りに、黒い霧が立ち込めはじめた。


「しかし、暫し日を貰えぬか——」


そう言い残して、ラウムは黒い霧の中に消えた。


ラウムの消えた気配と、耀の空席が並ぶその場所には、ほんのわずかな温もりが残っていた。


「ねえ、アンナ——」


レイの声に、アンナは落ち着いた声で応じる


「はい」

「何か不思議でしたわ」

「——はい。レイの考えていることが伝わってきました」

「レイもですわ——」


しばらくの沈黙の後、アンナの声がそれを破る。


「レイ」

「はい」

「私たちはご主人様を守ることができるでしょうか?」

「——できますわ」

「そうですよね」


レイは立ち上がると、アンナを胸にそっと抱き寄せ、その髪に優しく触れる。

何かを確認するように、そして、自分自身を確かめるように——

レイはアンナに優しく微笑みかけ、リビングを後にする。

アンナは落ち着いた様子で、微笑みながらレイを見送る。


「レイ、おやすみなさい」

「おやすみですわ。アンナ」


その声がリビングに柔らかく残り、また静けさが戻ってきた。

休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。

出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。

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