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正妻の誕生日

しばらく、目まぐるしい日々を送っていたが、その後は平穏な毎日を取り戻した。

地鎮祭で盛大にやらかしたレイは、イオナから滾々と説教を受けたようだ。

少し心配になって、後で聞いたら「兄様(にいさま)の血を飲んだらできるようになりましたの。仕方がありませんわ」と言って笑っていた。

恐らくイオナの説教の効果は、皆無に等しいだろう。


もうひとつの問題がある——増築される部屋の配置だ。

どうやら妻たちの部屋で、僕の部屋を取り囲むような配置になるらしい。夜這い防止のためらしいが、そもそも蛇が相手だったんだ。何をしても完全に防ぐことは無理なんじゃないか?

みんなで一緒に暮らせるのはいいが、僕の部屋の居心地がとても悪くなるんじゃないかと、少し心配していたりする。


「兄様、どうしましたの?」


縁側にぼーっと座って、レイが鶏の世話をしているのを眺めながら、考えに浸っていたら、急に声を掛けられて少しびっくりした。


「いや、何もないよ。寒いけど天気がいいから心地いいね」

「でも、風邪をひいてしまいますの。一緒にリビングに戻りますわ」

「そうだね、レイは寒くないの?」

「鳥たちの小屋は外より暖かいですの。レイは平気ですわ」


そう言いながら、縁側に歩いてくるレイに、僕は両腕を広げてみた。

少し恥ずかしそうに微笑んだ後、思いっきり僕の腕の中に飛び込んでくる。


「兄様、嬉しいですわ。でも、今日はアンナのお誕生日ですの。アンナを優先してくださいまし」

「真由美もね。あの二人はプレゼントは何も要らないから、朝まで僕と話をしたいって言ってるんだ。そんなことでいいのかなって、不安なまま今日を迎えたよ」


レイは僕に抱きつき、胸に頬ずりをしている。


「兄様、それは贅沢なプレゼントですわ。まぁ、レイは兄様の胸に耳をあてるだけで、兄様厨二形態のお声が聞こえますの」

「そうなのか?」

「でも兄様、あの二人が話したがっているのも、実は——兄様の『厨二形態』の方ですの」

「そうか……やっぱりか」

「最近は厨二形態も大人しいですわ」

「なあレイ、厨二形態って必要なのか?」


レイが顔を上げ、いたずらっぽく首を傾げる。


「もちろんですわ。兄様第二形態から、兄様厨二形態に進化しましたの。その血をいただいたレイも淑女に進化いたしましたわ」


『淑女』って聞こえたけど……神を召喚するというやらかしは、レイにとって淑女の嗜みなのだろう。


「レイは分かっていると思うけど、アイツは別人なんだ。だから、二人の希望は僕にとって微妙だな……」

「知っていますわ。でも、不思議ですの……厨二形態の兄様は、生きているように思えませんの」

「引き籠もっているからだろう?厨二病だしさ。アイツはレイに話しかけられると、勝手に出てこようとするんだ」

「それは、レイの事を愛しているからですわ」


レイは再び、僕の胸に頬ずりし始めた。


「兄様、兄様の妻全員に話をしたいそうですわ」


あいつは僕じゃなくてレイの方に伝えたのか。それは少し気分が悪い。

でも、あいつはレイのことを気に入っているし、レイが僕に抱きついている目的も、僕じゃなくて厨二形態の方だな。

あいつのおかげで、朝からレイを抱きしめられたし、良かったと思っておく。

縁側で抱き合って話をしている僕たちに、突然声がかかる。


「朝からお熱いですね。耀様、レイ様、おはようございます」

「旦那様、レイさん、おはようございます」


レイを膝から降ろして、二人に視線を向ける。


「おはよう、二人とも今日は早いね」


最近毎日うちに来るが、今日は特に早い。


「はい、私も何かお手伝いしようかと思いまして」

「私は、アンナさんにいろいろ教えてもらいたくて」


イオナと真由美は、アンナを手伝うために、早く来たのだろう。


「無粋ですわ。兄様との貴重な朝のひと時をお邪魔されましたの」


レイは頬を膨らませていたが、突然何かを思いついたように手を叩く。


「真由美、ミスティを貸してくださいまし」

「はい。ミスティちゃん、レイさんについていってください」


ミスティが床下から静かに這い出てきて、レイに向き合う。


「こんなところにいましたの。ミスティ、レイのお部屋に参りますわ」

「じゃあ、僕は邪魔にならないように部屋に戻るよ」

「兄様、レイの許可なく伊耶那美(いざなみ)のところに、行かないでくださいまし」

「行かないよ。仕事もあるからね」


僕は自室に、レイはミスティを連れて部屋に戻り、イオナと真由美はリビングに向かった。


——いつもどおりの昼食後、僕とレイは自室に戻る。ミスティもレイの部屋にいるようだ。

片付けが一段落したアンナと真由美、イオナが、リビングで夕食の準備前のひとときを過ごしていた。

そんな三人の会話を遮るように、玄関のチャイムが小さく鳴る。


「……来客でしょうか?」


イオナの声に、アンナがすっと立ち上がった。


「違うと思います。私が——」

「アンナさん、トラックが来てるので宅配だと思います」


真由美が窓から外を覗きながら声をかけた。

玄関を開けると、いつも配達に来てくれるおっちゃんが立っている。


「今日は数が多いですよ。玄関でいいですか?」

「はい、お願いします」


おっちゃんは大きなダンボール箱を、三つ玄関に運び込む。


「今日は大きい箱ですね」

「はい、でもそんなに重くはないですよ。奥さんでも運べます」


アンナは頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。


「そうですか……奥さんです。これからもよろしくお願いします」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


二人は今更ながらの挨拶を、丁寧に交わした。


「今日の荷物は珍しく配達日指定されてたんですよ。受け取りのサインをお願いします」

「はい」


とても嬉しい言葉をかけられたアンナは、受け取りのサインに『アンナちゃん』と書いておいた。

おっちゃんを見送ったアンナは、にこやかな表情を浮かべ、届いた荷物をリビングに運び込んだ。


「この荷物はご主人様でしょうか?」

「大きい箱ですね。旦那様に聞いてきますね」


耀の部屋に向かおうとした真由美を、アンナが止める。


「奥さんが行ってきます」


弾む足取りでリビングを後にするアンナを、イオナと真由美が首をかしげて見送った。


「なにかあったんですかね?」


呟くような真由美の声に、イオナが答える。


「奥さんと呼ばれたのでは?アンナ様には、それが最高のプレゼントでしょうね」


——遠慮がちなノックが聞こえ、扉が開かれる。


「ご主人様、お荷物が届きました」

「あっ、届いたんだ。玄関にあるのかな?」

「リビングにありますが、お持ちしましょうか?」

「いや、リビングに行くよ」


アンナと二人でリビングに入ると、真由美が興味深そうに荷物を眺めている。


「旦那様、これはなんですか?」

「アンナと真由美にプレゼント。どっちかにってわけじゃないけど、開けてみて」


アンナと真由美は、一番手前にあった箱を開けてみる。


「これは!ご主人様、嬉しいです」

「アンナさん、すごいですね。全部いい物ばかりです」


三つの箱の中には、すべて調理器具が詰まっていた。

常に必要なものから、めったに使わないようなものまで、様々なものが揃っている。


「もうすぐ全員で住むんだろ。ミスティを含めると六人の大所帯になるからさ、調理器具も少し大きいほうがいいかと思ってたんだ。それに使うのはアンナと真由美だし、この機会に揃えてしまおうと考えてね。誕生日プレゼントらしくはないけど、他に思いつかなくて」


調理器具を眺めながら、アンナは少し遠い目をした。


「以前、私はご主人様に怪我を負わせてしまったのに……こんなに優しくしていただけるなんて、望外の喜びです」


真由美も笑みを湛えながら、僕に頭を下げる。


「アンナさんと一緒にお料理をするのが楽しみになりました。旦那様、ありがとうございます」

「楽しみですね、真由美さん」

「アンナさん、さっそく使ってみましょう」


あとは夢中になって箱を開けている二人に任せて、僕は笑顔の彼女たちを優しい目で見守るイオナの隣に腰を下ろした。


「お優しいのですね」

「そうかな?何も要らないって言われたけど、やっぱり気分的にはね……それに必要な物だったし」

「私のお仕事もかなりの量をお願いしていますのに、そこまで人のことを気に掛けられるのは、お優しい証拠です」

「仕事もあの量なら問題ないよ。必要ならもう少し増やしてくれても大丈夫」

「本当ですか?」

「ああ、今の仕事はイオナのために必要なことだろう?だから理解も想像もしやすい。それにやりがいもある」


なぜかイオナが頬を染め、お茶をひと口含んだ。なにか思うことがあるのだろうか?


「それにさ、資料も完璧に整理された状態で届くし、問い合わせてもすぐに返答をもらえるから、すごくやりやすい仕事なんだ。今の報酬をもらうのが申し訳ないくらいだ」


突然、イオナが僕の腕に抱きついて、上目遣いで見つめてくる。


「私のことを愛しているから、やりがいがあると聞こえましたが?でも、夫婦とはいえ、お仕事はフェアにいきましょう。その方が私も頼みやすいので」

「そうだね……」


どうやら、イオナはアンナ以上に脳内補正能力が高まっているようだ。

話を続けようとするのと同時に、レイがリビングに飛び込んできた。


「兄様!色鉛筆を買ってくださいまし!」


そう言いながら、ソファに座る僕に抱きついてくる。思わず頭を撫でると、レイは嬉しそうに「うふふ」と笑った。


「最近、部屋にいることが多いけど、絵を描いてるのかい?」

「はい、今日は色を塗るのに何がいいか考えてましたの。いろいろ調べたのですが、色鉛筆が一番いいと思いましたの」


腕に抱きついているイオナに、力が入ったような気がした。


「レイ様は、何の絵を描かれているのですか?」

「イオナにもお見せしますわ。でも、女の秘密ですから、兄様にはお見せできませんの」

「僕は色鉛筆を買うだけでいいのか……欲しい物を注文しておきなよ。僕は仕事に戻るからさ」

「ありがとうございます、兄様。イオナ、レイのお部屋に来てくださいまし」


最近のレイは、欲しい物をねだりに来る回数が増えた気がする。


——夕方、リビングにはいつもより少し贅沢な料理が準備されていた。

今日の主役であるアンナと真由美、それぞれの好物が並んでいるのだろう。

ミスティはレイに貰った卵を食べるようだ。この卵が原因となった、夜這い事件の前科もあるけど、大丈夫なのだろうか?


「僕が一番最後になっちゃったね。二人の誕生日のお祝いなのに、二人に料理してもらって悪いね」

「食べたいものを作れるのは楽しいですよ」


真由美は料理中の楽しさを思い出したのか、笑顔が眩しくすら見える。

彼女のほんの些細なことに喜びを感じて、日々を楽しんでいる様子を見ていると、愛おしい気持ちが湧いてくる。


「真由美さんも少しずつ料理の腕が上がってきていますし、余計に楽しいのではないですか?」

「はい、アンナさんのおかげです」


僕は缶ビールを手に取り、お祝いの言葉をかける。


「アンナ、二十四歳の誕生日おめでとう。それと真由美、二日後だけど二十八歳の誕生日おめでとう」


乾杯しようとした瞬間、真由美の声が飛んできた。


「えーーー!アンナさんって二十四歳なんですか!年上だと思っていました……すみません」


遠慮がちな乾杯になってしまったが、みんな笑顔だし大丈夫だろう。


「一番年上はイオナかな?」


何気に僕が呟いてしまったのを聞いていたのか、イオナはウイスキーをロックで入れたグラスをひと口飲み、冷たい笑顔を僕に向ける。


「二百年以上生きていますからね。ちなみに生まれた年から数えれば、レイ様が一番年上だと思います」

「そうなのですか?」


首を傾げるアンナに、イオナはうなずいて話を続けた。


「アンナ様が生まれたのは、おそらく三百八十年ほど前です。レイ様は五百二十年ほど前だと思います」

「よく調べましたわね」


レイも関心と興味を惹かれた目で、イオナを見つめている。


「はい、お話の中に出てくる内容から、推測しただけですが、そう大きな誤差はないと思います」


イオナのこういうところは格好いい、さっき僕の腕に抱きついてデレていたのと、同じ人物だとは思えない。

そんな想いに浸っていると、イオナの隣に座る真由美がそっと手を上げた。


「あ、あの……イオナさんの件は知っていますけど、アンナさんもレイさんも——あの、悪魔の眷属なんですか?」

「違いますわ。レイもアンナも一度死んでいますの」


目を丸くする真由美に、アンナが声をかける。


「一度死んで、思念だけになって彷徨っていたところを拾われて、ラウムさんの術と、ご主人様の魔力で元の身体(からだ)を頂いたのです」

「レイとアンナはサキュバスですわ」

「ふたりはサキュバス……なんか格好いいですね」


呟いた真由美の声に呼応するように、イオナが、手に持ったグラスを見つめながら呟いた。


「耀様が好みそうな感じです」


真由美はアンナとレイに、ぺこぺこ頭を下げている。


「ごめんなさい……変なことを聞いてしまいました。気を悪くしないでくださいね」

「僕も初めて二人に会った時に同じことを聞いたよ。それに、真由美の膝にいるミスティだって同じじゃないか」

「あっ、そうでした」


真由美は取り繕うように、ミスティを撫で始めた。


「普通の人間なら、サキュバスの相手をできるわけがありませんが、それでも耀様は、平気なんですよね?」

「最近はね」


ただ今でも、アンナの瞳に包み込まれ、全てをアンナに吸い取られそうになるときがある。が、黙っておこう。


「初めてアンナを抱いた兄様は、次の日の朝、卒倒してしまいましたの」


こうやってみんなで話をしてみると、まだお互いに知らないことも多いみたいだな。

やっぱり、みんなが揃って食事のできる環境が必要なんだと改めて思った。

幼い頃、僕は家族と囲む食卓が憂鬱で、息苦しくて、いつも周りで食べている家族を恐れながら食べていた。

でも、この家族となら全員で食卓を囲みたいと思う。

何が違うのだろう?違うのではなくて別物なんだ。

やっぱりアンナとレイを受け入れてよかったんだな。もうすぐ食事も終わる……

でも、どうにも気が乗らない——ふと真由美と目が合った。彼女の目は僕を優しく包み込むように僕を映している。

彼女は時折、悲しげに目を反らせることがある。

きっと何かあるんだろう。それを解決するために、あいつと話をしたがっているのだと思う。

——どうして?僕じゃダメなのか?僕が心を砕くほどに、彼女はあいつに言葉をかけたいのか?

考えても仕方がない、今はこの楽しい食卓を満喫しよう。そして二人を心から祝福しよう。


夕食が終わり、片付けも済んで、みんなソファでくつろいでいる。そろそろ頃合いだろうと思い全員を見回す。


「ミスティ、元の姿に戻ってくれないか?」


ミスティは真由美の膝から降り、鱗が黒く輝くと同時に、部屋の空気が少し流れ、ラミア的……レイが言う『蛇女』の姿に戻る。


「殿、どうされたのかの?」


再び、五人の妻を見回す。ここから先は僕も知らない話になるだろうし、僕は知りたくもないから耳を塞ぐつもりだ。


「アンナと真由美が話をしたいって言ってたんだけど、その相手はみんなと話をしたいみたいなんだ」


僕はレイに視線を向ける。


「そうですの。もう一人の兄様はレイにそう伝えてきましたわ」

「でも、僕は気分的に、あいつを呼びたくない」


四人がかける言葉を失い、その場の空気が沈んだ中、一人だけ元気な声で僕に抱きついてきた。


「兄様!レイにおまかせくださいまし」


そう言うと、レイは僕の胸にしっかりと抱きついた。そして、囁くように語りかける。


「もう一人の怖い兄様……愛しのレイがここにおりますの。今ならレイの可愛いお尻に触れますわ」


何を言ってんだ?そう思って顔を上げると、四人が呆れた顔で僕を見ていた。


「いや、僕じゃない——」


そう言いかけた時、僕は一瞬で闇に呑み込まれた。

いつもより優しく僕を包み、何も見えない、音もない、ただ自分の存在だけが、静かにそこに浮かんでいた。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。

出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。


2025年9月30日、一部修正しました。

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