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兄様召喚術

イオナの家で長時間話をしたが、結局、イオナが痛い子だったこと以外は、分からないことが増えただけになってしまった。

なんともスッキリしない気分で家に帰ると、レイが縁側に腰かけ、足をぶらぶらさせていた。


兄様(にいさま)、お帰りなさいまし」


恐らくイオナから連絡があって、待ち構えていたのだろう。


「ただいま、レイ。イオナと秘密の協定でも結んだのか?」

「それは女の秘密ですわ」


レイは、ちょっと拗ねたような顔をして、そっぽを向く。


「そうか、僕はいいけど、アンナにバレたらしらないぞ」

「——それが一番の危険ですわ」


結局、何かの密約を結んでいることを気づかずにばらしてしまう、そのあたりがレイの可愛らしさを一層引き立てる。


滝川(たきがわ)さんの件だけど、イオナと話したから、後はお願いしてもいいかな?」

「お任せくださいまし。兄様の悪いようにはいたしませんわ」


レイは意外と交渉上手な面があり、僕が苦手な交渉事は安心して任せられる。

交渉前から着地点をいくつか持っているのだろうが、外見の可愛さとは裏腹に、相手に何を言われてもぶれない。そのあたりが、僕にはできない芸当だ。

——そんなことを考えている場合じゃなかった。レイに聞きたいことがあった。


「なあ、レイ。精霊と会話ができるようになったのか?」

「はい、奈々美(ななみ)のことで聞きましたの?」

「奈々美?」

「魔力を持つ子の名前ですわ」


首を傾げる僕に、レイが教えてくれた。


「名前は聞いてなかったけど——可愛らしい名前だな」

「レイの方が可愛いですわ。その子は奈々美という子らしいですの。お花の精霊が言っていましたわ」

「見つけられたってことは、精霊は魔力が見えるのか?」

「見えるそうですわ。逆にレイがお話をするときも、精霊のぼんやりとした魔力が見えますわ」

「まあその子がどんな子なのかより、レイが精霊と話ができる方が、僕はすごいと思うよ」

「兄様のおかげですの」

「僕の魔力か?」


レイが急に恥ずかしそうな素振りを見せ、僕を上目遣いで見つめてきた。


「兄様の心と会話をすると、魔力がみなぎりますの」


心と会話?よく分からないが、精霊とも話ができるんだ、レイなら……

——いや、まさかな。


「本当に心と話をしたらそうなるの?」

「間違いありませんわ」


心と会話も気になるが、心どころか身体(からだ)で会話を重ねている人が気になった。


「じゃあ、アンナは?」

「兄様は気づいていないようですが、アンナはとんでもないことになっておりますわ」


とんでもないこと?アンナはさらに違うモードになれるのか?


「アンナからは何も聞いてないけど、どんなことになってるんだ?」

「兄様第二形態を羽交い絞めにして引きずるなんて、もうアンナにしかできませんの」

「それがすごいことなのか分からないけど……あ!思い出した。『兄様第二形態』ってなんなんだ?」

「イオナは口が軽すぎますわ……」


確かにイオナからも聞いたけど、レイ、自分でも今言ったよね?

ため息をついた後、レイは指を頬に当てて少し考え込み、困った表情を浮かべた。


「兄様が表情を見せてくれる状態のことですわ。先日は怒りの表情を見せていましたの」


第二形態の前に、非常に気になる言い方をされたのだが——


「なあ、レイ、普段の僕はそこまで無表情なのか?」

「通常の兄様が見せる表情は、優しさだけですの」

「優しさ?」

「優しさから出る表情だけですの。それは相手に向けられるだけで、兄様ご自身の感情は表情に出ませんの」


そうなのか——アンナからはそんなことを、言われたことがないな。

レイが僕をよく観察しているのか、アンナも気づいていながら言わないのかな?


「そうなんだ、でも自分ではよく分からないな——そもそも自分の感情が分からないから」

「それは仕方のないことですわ」


そう言ってレイは僕に微笑みかけてくれる。本当に癒やされる可愛い笑顔だ。


「それと、兄様第二形態に変身した兄様は、あの学生服のような形をした魔力を纏っておりますの」


今、変身って言ったよね?僕はレイにとってどんな存在なんだろう……不安が募る。


「学ランか?なんだか嫌だな」

「そこまではっきりとは分かりませんわ。後から思えば学生服に似ていたなって思う程度ですの……ですから、あまり気にしないでくださいまし」


いや、それはすごく気になる。僕はあの学ランを着ていた頃、夢のような感覚でしか自分の姿を見ていない。

だが、イオナに笑われても何も言えないほど、痛いのは分かっている。


「レイは、魔力が見えるからそう見えただけで、他の人には見えないんだよな?」

「いいえ、イオナも見えたと言っておりましたわ」


学ランを纏って暴れる人なんて、誰でも止められると思うのだが、今の話はそれほど重要なのだろうか?


「でも、魔力を纏っているだけだろう?別にアンナじゃなくても止められると思うけどな」

「兄様は車のトランクを蹴り破ったそうですわ」

「ああ、あの暗いところはトランクだったみたいだね」

「兄様は、どこから記憶がありますの?」

「アンナの怪我を見たあたりかな……あとはアンナに聞いた」


レイが少し笑みを浮かべ、流し目でこちらを見つめてくる。

おい待て、レイ。聞いたのが必ずしもピロートークとは限らない……いや、実際そうなんだけどさ。


「兄様は、アンナが車を止めたのは、知っておりますの?」

「ああ、アンナの力は尋常じゃないと悟ったよ」


それは記憶にある。バンパーを掴んでタイヤから白煙をあげる車を止めていた。


「あの時はまだ余裕があって、会話もできるくらいだったそうですわ」

「そうなんだ?アンナは本当にすごいんだな」

「そのアンナが、全力を尽くしてようやく兄様を止められたそうですの」


車を止めることを余裕とか言い放つアンナが全力だとすれば、深刻な問題が出てくる。


「それじゃ僕はあの時、奴らを皆殺しにしてたかもしれなかったんだ」

「それが、手加減をしているようでしたの、嬲るような感じですわ」

「あー、何となく思い出してきた」


確かにそうだった。僕が殴られた分とアンナが怪我した分の痛みを、じっくりと味わわせてやろう……

いや、本当にそんなことを考えていたのか?確かに、どこかでそう考えていたはずだ。だからこうして思い返すことができている。

けれど、それが『僕』なのか……いや、あれは僕じゃなかった。

でも、僕は何かを考えていた——違う、考えを誰かと共有していたのか?


今思い返したことは、誰か別の人がやっていたことを、闇に包まれて夢のように見ていただけだったような感覚でしかない。

そう思うほど、理解できない感情が胸に広がっていく。まるで自分が自分じゃないような——

でも、確かに自分の中にあるその感覚に、不安と困惑が混ざり合っていく。

思考が深まるのを遮るように、レイの声が聞こえてきた。


「兄様の意思で、兄様第二形態にはなれませんの?」

「いや、無理だろうな。僕が変身ヒーローかなにかと思ってるのか?」

「そうではありませんわ。同じ兄様ですからできそうな気がしましたの」


レイ、もう気遣ってくれなくていいよ。さっき『変身』って言っただろ?


「それに、意識はあったけど自分を制御できなかったんだ」

「それは、部屋の記憶を見た時のような感じですの?」


確かに言われてみれば、似たような感覚だったかもしれない。同じように闇に包まれていた——でも、決定的に違うところがある。


「ああ、その状態なのかもしれない。でも、あの時と違って、記憶はあるんだ」

「あの時と同じ状況なら、話ができないのも仕方がないですわ」

「うん、僕は襲ってきた奴らから、色々聞き出せないかと思ってたけど、話ができなかった」


そう、僕は奴らに話しかけていた、でもそれは聞こえていないようだった。

まるで、去っていく大切な人を、夢の中で追いかけるかのように。


「レイの声は聞こえておりましたの?」

「しっかりと聞こえていたよ。レイに話しかけたかったけど、それはできなかった」


レイになら理解してもらえるかもしれない。何の根拠もなくそう思った僕は、話してみることにした。


「信じてもらえるか分からないけど、暴走している別の自分を、夢の中で冷静に眺めている感覚なんだ。殴られると、殴られたことは分かるけど、痛みどころか、相手の拳の感触すらないんだ」


レイは、右手を頬に当て、左手でその肘を支えながら、じっと考え込んでいる。


『やはり、兄様ともうひとりの兄様は、意識を共有しているのではありませんわ。完全に別人ですの』


レイが急に僕の目を見つめてきた。なぜだろう深い赤を湛える瞳が、僕を離さない。


『もうひとりの兄様に話しかければ、もしかするとレイに姿を見せてくれるかもしれませんの……きゅうりを取っている写真に写っていたもうひとりの兄様は、すごく浅いところにいるようでしたわ』


レイの瞳が僕の心を覗き込んでいるような感覚に陥る。


『それに今朝も兄様を確かに感じましたの。今なら兄様を呼び出せるかもしれませんわ』


そのレイの瞳が、わずかに微笑んだように見えた。


『兄様、見つけましたわ。どうか愛しのレイにお姿を見せてくださいまし』


レイは意識を集中し、心の中で静かに呼びかけた。

精霊と会話をするときのように、耀の心に直接語りかける。

すると、耀の動きがピタリと止まった。レイは近くに歩み寄り、少し背伸びして、耀の頬をそっと撫でる。


「魔力を纏って、表情を見せてくれる兄様にお会いしたいですわ。どうかレイにお姿を見せてくださいまし……」


レイはそう呟くと、動かなくなった耀に微笑んだ。会いたい、ただその一心で——

レイの願いに応えるかのように、耀の瞳は輝きを失い、全身に魔力を纏い始めた。


『これはあの時の兄様と同じですわ……レイの言葉が兄様に届くのは間違いありませんわ。でも、無表情のままですわ、優しい目がなくなって、余計無表情になってしまいましたの』


「怖い目をして……兄様はレイのことをお嫌いですの?レイは兄様とお話するのが大好きですの」


レイの言葉に反応するように、耀が膝を折り、彼女と目線を合わせた。そして、わずかに口元を緩め、笑顔を浮かべたように見えた。


『やりましたわ!兄様第二形態を、レイが呼び出しましたわ!』


レイの心は歓喜に満ち、胸が高鳴った。


「兄様の笑った顔は可愛いですわ。レイは、ますます兄様のことを好きになりましたの」


レイはわずかな笑顔を見せてくれた耀に、満面の笑顔を向け、少し首を傾げた。


「兄様、嬉しいですわ。さあ、レイとの約束を果たしてくださいまし」


そう言って、両腕を大きく広げると、耀は一瞬の躊躇いもなく、レイを抱き上げる。


「笑顔の兄様に抱き上げられる日が来るとは思いもしませんでしたの。兄様、ありがとうございます」

「もっと強く抱きしめて、夫婦の誓いの口づけをしてくださいまし」


その言葉に応えるように、耀はレイに唇を重ねる。

だがその直後、レイが想像していなかったことが起こり始める。

耀が纏っている魔力がレイを包み込み、あらゆる色が蠢くように混沌と渦巻く幻覚に包まれる。

目を見開くと、耀の向こう側に見えるそれが、幻覚ではないことに気づいた。


『これは、兄様の世界ではありませんの?凄まじいですわ、レイなど飲み込まれてこの空間の一部にされてしまいますわ……』


レイの歓喜は瞬時に焦りへと変わった。耀に離してもらうよう伝えたいが、口づけで声が出せない上に、心の中での語りかけも、周りの色に飲み込まれて消えていく。


《レイ、俺はいつもここにいる。見えるだろう?》


ようやく聞こえた耀の声に、レイは少し安心した。それと同時に湧き上がる感情を抑えきれなくなっていく。


『見えますわ、兄様。これは全て魔力ですの?』

《魔力?魔力と言えばそうだろうな。使い途のない不思議な力だ》

『それは魔力ですわ』

《それで、夫婦の誓いは口づけだけでいいのか?》

『兄様、血を分け合いましょう——これが夫婦の誓いですわ』


その声を聞いたレイは、理性の最後の糸を手放し、自らの口に耀の舌を絡め取るように招き入れた。そして、自らの愛を示すべく強く噛みしめる。

口に広がる血液の味と鉄のような匂い。レイは促すように耀の口に舌を入れる。

耀に舌を強く噛まれた激痛の中、互いの血が舌先で混じり合い、熱を帯びた感覚が胸の奥を震わせた。

お互いの血を交換するように、求め合う二人が佇む世界は、文字通り混沌の様相となっていく。


『兄様、レイがどれほどお会いしたかったか、兄様には分かりますの』

《分からないな》


心での会話を慈しむように、レイは耀を抱きしめ、さらに求める。


『冷たいですわ兄様、レイはたった今、兄様の妻となりましたの。これからはレイの微笑みにも応えてくださいまし』

《気づいていたのか?》

『もちろんですわ——兄様が微笑むと、瞳が変わりますの』


口いっぱいに広がる血潮が、レイの胸の内を甘く、痺れるように満たしていく。

喉をとおる血はレイに甘美な潤いをもたらす。


『レイが微笑んでも姿を見せてもらえず、レイは兄様が恋しくて何度枕を濡らしたことか』

《そうか。レイ自身が俺の妻だと思っている限り、レイには応えよう》

『嬉しいですわ。ところで、レイはここから帰れますの?』

《……》

『兄様?』

《分からん。ここには誰も来たことがないからな》


レイの身体に外の空気が感じられ始めた。元の世界に戻ったのだろうか?

それとも、元からその世界にいたのだろうか?——全然わからない、ただ、ついに焦がれた人と誓いあった。

それだけで良かった、このままこの身が滅んでも、何も後悔はない。

——でも、本当は帰りたい。


その頃、キッチンで昼食の準備をしていたアンナが、縁側の方から膨大な魔力が溢れていることに気づいた。

不思議に思い、縁側を覗くと、耀に抱き上げられ動かないレイが目に入った。

そして、二人の周りを柔らかく包む魔力が、少しずつ消えゆくところだった。


「レイ、何をしているのですか!」


急いで耀に駆け寄り間近で見ると、二人の口の隙間から血が滴り落ちている。

アンナは耀の肩に手を当て、目を見開いた。

前とは全然違う——耀の身体を満たす魔力が尋常ではない。

アンナは気を取り直して、耀にゆっくりとした口調で話しかける。


「ご主人様、そこからは正妻の務めです。レイを離して、私とお部屋に行きましょう」


その声に反応して、耀がレイを離した瞬間、アンナは耀が動けなくなるほど力強く抱きしめた。


「アンナ、助かりましたわ。兄様の世界に連れて行かれてしまいましたの」

「どうしてこうなったのですか?」

「兄様の心に話しかけましたの、姿を見せてと。そしたら、このようになってしまいましたの」


レイは少しうつむき、焦りの表情を浮かべながら、重要な部分を全て省略してアンナに説明した。


「レイ!」


アンナが怒るのも無理はない、うつむいたレイに次の言葉が届く。


「よくやりました。あとは私に任せてください」


既にアンナは耀の何かを撫で始めていた——


「でもアンナ、兄様は寝てしまいましたわ」


耀は寝たというより、アンナに締め付けられ、気を失ってしまっていた。


「——起こします……」

「それでは兄様が可哀想ですの。寝させてあげてくださいまし」

「……」

「アンナ!」

「では、私の部屋でお休みいただきますね」


気を失った耀を、軽々と抱き上げ、期待に満ちた笑顔を浮かべたアンナは、自室へと消えていった。


「兄様、申し訳ありませんの。兄様第二形態の副作用を鎮められるのは、スケベモードのアンナしかいませんの……レイはもうご無事をお祈りすることしかできませんわ」


レイの祈りも虚しく、アンナの部屋から艶めかしい声が聞こえるまでに、大して時間はかからなかった。

その声をベランダで聞いていたレイは、ふと微笑んだ。


「アンナ……もうひとりの兄様はレイがいただきましたわ」


レイの呟きはアンナの声と混じり合い、冷たさを帯び始めた風と共に流れていく。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。

出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。


2025年9月21日、一部修正しました。

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