表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/137

青髪の痛い子

イオナがゆっくりとした所作で僕に顔を向け、真剣な表情を見せる。

冷静な彼女が見せたその表情から、これから重要なことが話されるであろうことは、容易に想像できる。


「実は耀様と同じように、魔力を持つ子供を見つけました」


ん?何を言い出すんだ?

——真意を計りかねて、僕は首をひねる。


「あのさ、この間の話だと、魔力は人間が持つ欲求のひとつの形態なんだから、そんな人は大勢いるんじゃないの?」

「確かにそうですが、その子の持つ魔力は、悪魔の召喚が可能な量のようです」

「僕と変わらないのか……」


その言葉を聞いたイオナがため息をついた。


「いえ、耀様の魔力は桁違いです。そのような方がこの時代に二人もいては困ります……」


イオナは呆れた眼差しを僕に向けている。


「別に、困ることはないだろう。だけど、悪魔の召喚が可能なら、干渉者に見つかるとまずいか」


イオナは今の言葉の真意を探るように、僕の目をじっと見つめたあと、軽くため息をついた。


「そのとおりです。自らの顕現に利用することは可能かと思われます」


イオナは深い呼吸をすると、僕を諭すように話を続ける。


「それと、耀様はご自身の持つ魔力を、理解されたほうがよろしいかと思います」


僕もいちおうは理解しているつもりだが、クール美人に見つめられた後に、ため息をつかれると、心が折れそうになる。

——しかし、考えてみると、この短時間で魔力を持つ人を見つけ出すだけでも凄いが、子供だというところまで調べているからには、個人の特定までできているのだろう。

だが、なぜそこまでする必要があるんだろうか?


「よく、そんな子供を見つけたね」

「ダンタリオン様のお力添えがありましたので」


そう答える前に、イオナは一瞬、僕から視線を逸らした。


「それで、見つけたその子をどうするのさ」

「名前と居場所を把握できれば十分です。その子に何かあれば、こちらも身構えることができますので」


少し口調が変わった。これは本心でないだろう。——だが、意外とイオナも素直なところがあるんだな。

内容はどうあれ、ちょっと可愛らしく思えてしまう。


「なるほどねー。干渉者がその子を見つけて動けば、こっちは準備ができるわけだ。でも、なんだか気分的に嫌だな」

「もちろん、その子が干渉者や信者に見つからないに越したことはありません」


敢えて白々しい話し方をしてみたが、イオナの口調に動揺が見られる。

さっき、イオナの告白を受けていなければ、僕は気づかなかっただろう。

——同時に、さっきの告白がどれだけ本気だったかも理解できた。


「そうだよな……誘拐なんてされたら可哀想だし。あの信者ならやりかねないような気もする」

「はい。とはいえ、常時監視することは現実的ではありません」


今の話で、イオナは何か大切な部分を隠しているのは確実となった。

たかが、そのような目的のために、魔力を持つ人間を探し出す必要はないはずだ。

まあ、悪魔の眷属になってでも知識を欲したくらいだ、僕が論争を持ちかけても勝てるわけはないだろう。

もう、そのことには触れずに、心にとどめるだけにしよう……

僕は、さっきの会話で、もうひとつ気になったことを聞いてみることにする。


「ところでさ、魔力を持つ人って、どうやって分かるの?」

「私はほとんど分かりませんが、耀様ほどの魔力であれば、少し感じることはできます」


イオナの口調が元に戻った。わずかな変化だがなんとなく分かってきた。


「どんなふうに感じるのかな?」


イオナは少し躊躇い、一瞬遠慮がちな表情で僕を見た。


「耀様の場合は、恐ろしいです。飲み込まれそうな感覚です」

「恐ろしいのか……恐ろしいのになぜ慕ってくれるんだ?」

「その恐ろしいものを浴びせながら、優しくされるのでとても惹かれます」


褒められたのかよく分からないが、前にも同じことを言われたことがあったのを思い出した。

ギャップ萌えってやつかな?話を逸らすのは悪いので、機会があれば話すことにしよう。

イオナは口を潤すように紅茶を含む。カップがソーサーに触れるのを待って、話を続ける。


「その感じ方は、人によって違うものなの?」

「はい。魔力の元になったものが何かによって違うと思います。アンナ様やレイ様は、おそらく耀様の魔力が見えていると思います」

「——魔力が視覚的に見えてるのか」


そう言えば、アンナが『魔力が溢れた後のご主人様は激しい——』とか言っていたな。

あのときは、『普段の僕はどうなんだ?』と聞きたかったが、出かけた声を飲み込んだんだった。


「間違いないと思います。ちなみに、レイ様は魔力を纏うように放出している時の耀様を、『兄様第二形態』と呼んでおられました」


纏う?あの時の感覚は、纏っているというより、中に入るような感覚なのだが——

まあいいだろう、説明しても伝わらないと思う。

そんなことより、『スケベモードアンナ』の次は『兄様第二形態』か……

レイが僕のことを、変身ヒーローか、合体ロボのように認識しているのではないかと少し不安になってきた。帰ったら聞いてみることにしよう。


「僕の魔力を感じる程度なら、もっと魔力の量が少ないはずのその子は、どうやって見つけたんだ?」

「ダンタリオン様が大体の居場所を特定し、レイ様が精霊からその子についての情報を得ました」

「——精霊に?」

「はい、親しくしている精霊に、精霊同士のネットワークを利用して探せないか頼んでみたそうです」


精霊と話せて、精霊ネットワークを利用した。——なんだかおっかないな。


「なんだか情報量が多すぎて、不安が増えたんだけど。まず、レイは精霊と話せるのか?記憶を得られるだけだと思っていたんだが」

「最近話ができるようになったとおっしゃっていました」


僕やアンナより、レイのほうがパワーアップしてるんじゃないか?それも実用的な方向に。


「帰ったらレイに聞いてみよう。ついでに精霊ネットワークも気になるな」

「ただ、その子の名は分かりましたが、姓が分かっておりませんので、これから、どの程度役立つかは未知数です。ご用心は怠りませんように、お願いいたします」


心配してくれるのはありがたいのだが、正直、用心したところで何かができるわけではない。

そもそもの話だが、これは本音が省かれて話されているのだから、僕の考えを一方的に投げても問題はない気がしてきた。


「いろいろ考えてくれているみたいだけどさ。僕は今の生活を脅かされるなら、排除するだろうけど、そうでないなら放置したいと思っている」

「それなら耀様に直接的な被害が及びそうな時には、対応してくださると理解してよろしいのですね?」

「そういうことになるね。自分に関係がなければどうでもいいと投げ捨てる。冷たい男なんだよ」

「その関係の中に私は入りますか?」

「——もちろん」


イオナが少し見開いた目を僕に向けた後、わずかに頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らした。

その一瞬の動揺を隠すかのように、彼女はすぐに口元に手を添えて軽く咳払いし、落ち着きを取り戻したようにいつもの冷静な表情に戻った。


「それと、耀様に紹介したい者がいます」


まだ、何かをぶち込んでくる気なのか?午前中なのに僕はアンナの癒やしが恋しくなった。

こんなことなら、もう少し玄関で抱きしめられておけば良かったと後悔してみる。


「——うん、誰だろう」

「入ってきなさい」


イオナに呼ばれて部屋に入ってきた女性は、濃いベージュ単色のボディラインが際立つタイトなワンピースを纏っていた。

肌にぴったりと沿うその服は、まるで彼女自身の一部であるかのように自然で、流れるような曲線が目を奪う。

だが、それ以上に目を惹いたのは、彼女が持つ魅惑的なオーラだった。

魔力が見えるとは、こんな感じのことなのだろうか?


「お邪魔しまーす!」


部屋に入ってくる彼女は、肩を軽く後ろに引き、優雅に歩く姿からは、自信と余裕が感じられる。

ひとつひとつの動きが洗練されており、まるで彼女の周囲に特別な空気が漂っているかのようだった。

髪は光を反射して艶やかに流れ、瞳は深く、どこか挑発的な輝きの奥に、魅惑的な揺れを湛える。その瞳に捉えられた僕は、なにか別の存在から誘惑されたような感覚を覚えた。


イオナの隣に腰を下ろし、背筋をまっすぐに伸ばして魅惑的な微笑みを僕に向けてくる。


「この人は……」

「はい、耀様を襲ったひとりです」

「イオナ様に言われて来ました。凛堂(りんどう) 恵莉花(えりか)です!」


前に見たときからの豹変ぶりに驚いてしまう。

雑誌なんかで見かける彼女は、凛とした美しさを振りまき、身に付けている衣装に花を添える。

そんな、モデルの鑑のような存在だったが、前回といい今日といい、そんな雑誌で見る雰囲気は微塵もない。


「この前、話を聞いたときとは、別人だね」

「こちらが彼女の本来の姿です。先日は耀様に怯えておりましたし、極度に緊張していたようですので、あの状態だったのでしょう」

「正直に言うと、まだちょっとあんたのことが怖いかも」


その容姿で、そのタメ口……どれだけの中年男性を虜にしてきたんだ?


「あのときは女性だって分かったから、何もしなかったんだと思う——」

「えー。私はあんたに車から引きずり出されてー、襟首を掴まれて持ち上げられてー、胸を揉まれてー、そのまま道路に投げ捨てられちゃったんですけどー?」


指を折りながら話されるあの日の所業——僕はどれだけの悪人になっていたんだ?


「そうだったかな?——怪我はなかった?」

「だいじょーぶ!」


いや、参ったな。口調と外見と仕草と雰囲気が全く合わない。

だが、それはそれでありだと思ってしまう。

——ギャップ萌えというのか?僕の中で新しい趣向が芽生えたような気がして、じっくりと彼女を見てしまった。


「耀様がご所望なら……」

「いや、いらない。で、この人をどうするの?」

「さっきの話をしてみなさい」

「はーい!」


返事と同時に、僕にウインクを送り話し始めた。

彼女が話してくれた内容によると、使徒(しと)であっても干渉者を召喚する術を知らないらしい。

使徒は祭壇で祈りを捧げることにより、神託を受けることはできるが、その声は使徒にしか聞こえず、ごく短時間であるらしい。

また、教典というものが存在し、そこには神の名が記されていると言われているが、常に祭壇に置かれており、使徒しか目を通すことができず、持ち出すことは不可能とのことだった。


ウインクの後に終始あの口調で話されると、おじさんには理解できない、若者向けの話を聞かされているように感じた。

おかげで、もともと現実味の薄い話が、さらに遠のいた気もするが、しばらく頭の中で整理してみる。


「いろいろと疑問が多いんだけど……」


——結局疑問しか残らなかった。


「あなたはもう帰りなさい。車を用意させます」

「はーい、イオナ様。また連絡しますね」

「頼んだことは、覚えていますね」

「はーい。では失礼しまーす」


彼女は、その口調に似合わない丁寧なお辞儀をし、少し微笑んでから出ていった。

イオナによると、問題は干渉者を召喚する術が存在しないことにある。

そのため、干渉者は召喚されることなく僕に声を聞かせていたことになるらしい。

彼女が話していた、『使徒が神託を受けるための祈り』は、祭壇の効果と相まって、干渉者の声を届ける程度の干渉を生み出すと考えられる。

しかし、それが限界であり、使徒が関与したとしても、僕に干渉者の声を直接届けることは不可能なようだ。


通常、召喚されていない概念者が人間に声を届けるためには、人間が何らかの術を用いて現実世界と概念世界を強く干渉させるか、人間が概念者の眷属になる必要があるとされている。

そこから導き出されることは——

干渉者が概念者であるという予測が誤りであるか、僕の身近に人間の眷属がいるか、現実世界と概念世界の境界に歪みが生じて、干渉できるようになっているかしかないらしい。

イオナが、そこまで話を聞いて理解していたなら、彼女に話をさせる必要があったのか?新たな疑問が生じた。


——しかし、僕にはもっと重要で、心に引っ掛かることがある。


「なぁイオナ、彼女はどうなってるんだ?」


僕の声を聞いたイオナは微笑んだ。


「幻覚を利用して、彼女の過去の記憶を書き換えました。私の存在を使徒より上位として、私の指示に従うようにしたまでです」

「それは……」

「ダンタリオン様のお力をお借りしました」

「なるほどね。情報源にしてしまったと——」


イオナの恐ろしさを垣間見てしまった——知らなければクール美人で済んだのだが……


「はい、彼女が仕える使徒の名だけでも知ることができないかと思いましたが、どうやら顔も名前も本当に知らないようです」


その話にはさすがに疑問が残る。


「でも、前に『身体(からだ)を捧げた』とか言ってなかったか?それなら顔くらい見るだろう」

「それが、あの時の頭巾を被ったままだったらしく——」

「あの頭巾を被ったまま?悪趣味にも程があるな」


僕は少し天井を見上げ、今までの情報を整理した。

頭巾を被ったままの行為——ありかもしれない……

それ以外は、何も思いつかなかった。


「分からないことが増えただけか……」

「神を信仰するという曖昧な形で、神の名すら不明ですので……」


確かにそうだな。『神』というだけでそれ以上分からなければ、何も調べようがない。

どうでもよくなってきたところへ、イオナは話を続けてくれる。


「分かったことは二つ。第一に信者は意外と多い。第二に、恐らく世界中に数千人いるようです」


それはどうやって調べたんだ?——ダンタリオンの力添えか。

確かに特殊な信仰だろうから、悪魔にかかれば調べるくらいはできるんだろう。


「それと、彼女が洗脳されていたことだけです」

「洗脳か——前に話をした時の彼女には、そんな感じがあったよな」


あれほどまでに人格が変わってしまうと、日常生活にも支障をきたしていたのではないだろうか?

うん、彼女はあのままギャップを持っている方が、良く似合っていると思う。

そんなことより、僕は目の前に座る女性——イオナの外見に興味を惹かれた。


「イオナ、ついでに、もうひとつ聞いてもいいかな?」

「はい。何なりと」

「髪の色が青いのはどうしてなんだ?」

「染めております。元は金髪です」


うん。染めているのは分かるが、聞きたいのはそこじゃない。


「いや、なぜ青色なのか聞いたんだけど……」

「青い髪は知的に見えますでしょう?」


ん?よく理解ができない答えを返されたような気がする——

そう言えば服もそうだよな。


「スーツが青なのも同じ理由なのかな?」

「はい。目が青いのは元からです」


カラコンとかじゃなくて良かったと、変な安心感に浸っていると、イオナの声が聞こえてきた。


「耀様、どうかなさいましたか?」

「いや、知的に見えるのは青だけじゃないと思ってね。どっちかと言うと、青には『冷静』のイメージがあるんだ」

「それは耀様のイメージですよね?」


あれ?急に口調が変わった——触れてはいけない何かに触れてしまったのか?


「青は知的です!覚えておいてください」


これ以上逆らうと、僕の記憶も変えられてしまいそうだ。


「うん。そうだね。イオナの青は冷静な知をイメージできるよ。美しさが際立つね。うん」


急に頬を染めて、僕に流し目を向けるイオナ。

——意外とチョロいんじゃないのか?いろいろ心配になってきた。


「耀様がそこまでおっしゃるなら——この色を私の心の色『イオナブルー』として大切にします」


大丈夫なのか?いろいろと……


「うん。そうしてくれると、僕もなんだか嬉しいよ」


心にもないことを言ってしまった……

結局、神や使徒といった空虚な話はどうでも良くなった。

今日の結論は、クールでキレる美人だと思っていたイオナが、実は意外に痛い子だったという事実。

——他の話は、些末な戯れに過ぎない気がする。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。

出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。


2025年9月21日、一部修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ