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誕生日

——朝。

今日も鶏に叩き起こされた。

いつもなら布団の中で粘るところだが、妙に目が冴えて、リビングへ向かう。

ふと、縁側から外に目をやると、鶏たちに餌をあげているレイの姿があった。

朝日を浴びて、鶏たちと一緒に、レイが静かに微笑んでいる——


「レイ、おはよう」


縁側から声をかけると、振り向いて可愛らしい笑顔を向けてくれる。


「あっ、兄様(にいさま)。おはようございます」

「いつも、こんな早い時間から世話をしてるんだ」

「そうですの。餌をあげながら、兄様のお休みの邪魔をしないように言い聞かせていますわ」


そうか……たぶん、レイは鶏とも意思の疎通ができるんだろう。

だが、あまり言うことを聞いてもらえないようだ。


「レイ、僕も手伝うよ。ちょっと着替えてくるね」

「はい、お待ちしておりますわ」


着替えて鳥小屋に戻ると、レイは鼻唄混じりで小屋の掃除をしていた。


「今日はご機嫌だね」

「はい、兄様と朝からお話ができました。それに……」


レイは僕を見て、ニコッと笑った。


「もうすぐ、レイのお誕生日ですの」


それで朝から機嫌がいいんだ。誕生日が近くて機嫌が良くなるなんて、レイらしいな。


「レイの誕生日はいつ?」

「来週ですわ。十月六日ですの」

「それなら、何かお祝いしなきゃね」

「兄様、嬉しいですわ!」


笑顔がますます輝き、僕の心の澱みまで洗い流してくれるようだった。


仕事をしながら、レイの誕生日プレゼントを思案する。


「——ぬいぐるみなんて……喜ぶ歳じゃないよな」

「アクセサリー……なんか違うよな——」


女性が喜ぶ物に関する、僕の頭の中の引き出しは、極端に少ない。

それに気付くと、妙に自分が惨めに思えてしまう。

ネットで調べてみたけれど、どれもしっくりこない。

——女性へのプレゼントと考えるからダメなんじゃないか?

レイにあげたいもの、レイはいつもどんなことに興味をもってるだろう?


「……そうだ!うん、それがいい」


思考を変えると意外とあっさり見つかった。きっとレイも喜んでくれるだろう。

残りはアンナに相談してみよう。


お昼過ぎ、ミシンの音が聞こえてくるアンナの部屋をノックする。


「——はい」

「ちょっといいかな」

「ご主人様、大丈夫です。どうぞ」


扉を開けると、アンナは不思議そうな顔で首を傾げていた。

どうやら服を作っているようだ。彼女の器用さは正直、羨ましく思う。


「ご主人様が部屋にいらっしゃるなんて……何かございましたか?」


僕がアンナの部屋に入ることなんて滅多にないから、不思議に思ったのかな?


「うん、お願いしたいことがあってさ」

「まだお昼ですが、服を脱いだ方がよろしいでしょうか?」


そんなことを真剣な表情で、聞いてくるところも、最近は可愛く思っていたりする。


「いや、そのままでいいよ」

「着たままですか——分かりました。では、布団を準備しますね」


流石に冗談か本気か分からなくなるから、しっかり伝えておこう。


「そのお願いじゃないんだ、レイのことなんだけど」

「そうでしたか。では、そちらは今晩にでも」


下手に話題にのって、アンナがスケベモードになると、話が進まなくなるので、無視して続ける。

ちなみに、この『スケベモード』は、レイが命名した。


「あのさ……来週、レイの誕生日らしいんだ」

「まぁ!そうでしたか。それならご馳走を用意しなくては」


普通モードのアンナは話が早くて助かる。

誰だって欠点のひとつやふたつはあるものだから、僕もレイも、アンナのスケベモードは許容している。

ただ、スケベモードになると、アンナは人の話を全て自分の都合よく解釈してしまうのが欠点だ。


「さすがアンナだね。それをお願いしようと思ってたんだ」

「かしこまりました。でも、お買い物はレイに頼んでいるので、どうしましょう?」

「必要なものを書き出しておいてくれたら、僕が買いに行くなり、注文するなりするよ」

「分かりました。明日の朝までには書き出しておきますね」


こういう時のアンナは本当に頼りになる。まったく抜けがなく安心して任せておける。

——レイが誕生日を記憶していたということは、アンナも記憶しているんじゃないか?


「そういえば、アンナの誕生日はいつなの?」

「私ですか……私は十二月十八日です」

「じゃあ、その時もお祝いしなきゃね」


アンナは少し恥ずかしそうに、僕を見つめている。

普通モードのアンナのうちに、部屋を出ようと扉を開けたところで、もうひとつ言い忘れていたことを思い出した。


「それとさ、明日は朝から出かけるから、お昼ご飯は要らないよ」


しっかり伝えておかないと、美しいアンナが作った美味しいご飯が無駄になってしまう。


「どちらに行かれるのですか?」

「レイのプレゼントを買いにね」


急にアンナの表情が曇り、少し心配そうな顔で僕を見ている。


「ご主人様、おひとりで出掛けるのは……」


いろいろあったし、僕のことを心配しているのだろう。


「大丈夫だよ」

「私もご一緒します」

「アンナには家のことをお願いしてるしさ、買い物まで付き合わせるのは悪いよ」

「いけません。迷子になったりするかもしれません」


えっ?そっちの心配だったのか。

アンナの中で、僕はいったいどんな男になっているんだろう……


「じゃあ、イオナに同行をお願いするよ。車を出してもらえるかもしれないし」


その瞬間、アンナの顔に微かな緊張が走り、僕に向けられていた視線が鋭くなった。


「それは、絶対に許せません」

「どうして?」

「おひとりよりも不安です!」


正直、レイをひとりにするのは良くない。

僕は可愛い子には旅をさせない主義なのだ。だから、頼りになるアンナには家にいてほしい。


「——僕がいない時に家を任せられるのは、アンナだけなんだけどな」

「そういうことなら仕方がありません。ご主人様の留守中は私にお任せください」


アンナの鋭かった視線が和らぎ、いつもの優しい表情が戻った。

部屋に戻り、さっそくイオナに電話をかける。

忙しいようならひとりで行くつもりだったが、『予定は空けます!』と張り切っていた。

レイのプレゼントを買いたいことも伝えたが、『喜んでお付き合いします!』と言ってもらえて良かった。

でも、お昼を一緒に食べる話に、一番食いついて来たような気もするが——

まあ、イオナとゆっくり話す機会も欲しかった。時間を作ってもらえてありがたい。


翌日の朝、玄関までアンナが見送りに出てきた。


「ご主人様、お気をつけていってらっしゃいませ」

「迷子にはならないから大丈夫だよ」

「いいえ、イオナさんが何をするか分かりません」

「分かった、そっちも気をつけるよ」


アンナはやたらとイオナを警戒しているんだけど、何か思うところでもあるのだろうか?

イオナの家に着くと、いつもの運転手が、いつも助手席に乗っているボディガードと話をしていた。


「おはようございます」

「相葉様、おはようございます。少々お待ちください」


すぐに、玄関からイオナが出てきた。待ち構えられてたようで、ちょっと怖い……


「耀様、おはようございます」

「おはよう。イオナ」


挨拶が終わると同時に、ボディガードが車の後部座席のドアを開けてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「レイ様へのプレゼントは何にされるので?」


車に乗り込むと同時に、イオナに聞かれた。


「スマートフォンをね」


そういうと、イオナはすぐに運転手に指示を出した。その流れがちょっとかっこいいと思った。

車が滑り出すと同時に、イオナは手を僕の膝に添える。アンナの心配はこれだったのか……


「レイ様はスマホに興味がおありのようでしたね」

「そうなんだ。レイならすぐに使いこなせそうだし、いいかなって思ってさ」

「では、私もレイ様と連絡先を交換いたしましょう」

「誕生日は十月六日だから、その日以降にお願いするよ」

「承知いたしました」

「ごめんね。こんなことにつき合わせたうえに、車まで出してもらって」


イオナが僕の膝から手を引くが、その時、僕の太ももが心地よく撫でられた。

ついでに僕の分身にも、ちょっと触れた……絶対わざとだよな——


「いえ、私は耀様とご一緒する機会をいただけて、嬉しく思っています」


そう言いながら、クールな顔で、まっすぐ僕を見つめてくる。——聞くに聞けなくなった。

まあいい、事故だったことにしておく……

せっかくだし、イオナの誕生日も聞いてみる。


「そうだ、イオナの誕生日はいつなの?」

「四月二十五日ですが。どうかなさいました?」

「何かお祝いしたいと思ってね」


僕の言葉に、イオナは少し頬を染め、恥ずかしそうな表情をみせる。

ぱっと見た感じはクールな印象だが、それが時折見せる乙女の表情を際立たせる。


携帯電話ショップに着くと、僕は事前に決めていた機種を手に取る。

でも、せっかくイオナと来たんだ、女性の意見も聞いておきたい。


「これがいいかなって思うんだけど、イオナはどう思う?」

「レイ様にはお似合いかと」

「イオナにそう言ってもらうと、安心できるよ」

「耀様、ケースとショルダーストラップも必要かと思います」

「あったほうがいいかな?」

「レイ様は庭にいることが多いみたいですので、あると便利です」


確かにそうだ。——レイはスカートで過ごすことが多い。

ポケットなんかないだろうし、肩から掛けている方が使いやすいだろう。

それに、——可愛いと思う。


「イオナ、ありがとう。探してみるよ」


結局、ケースとショルダーストラップはあまり品揃えが良くなかったから、それらは別の店で買うことにして、最新の赤いスマートフォンを購入する。

契約もスムーズに終わり、小さな紙袋を片手に店を出た。

秋の風が、ほんの少しだけ、胸をすっと軽くする。

毎月の出費も増えるが、レイの喜ぶ顔には代えられない。

イオナが僕の斜め後ろに立ち、声をかけてくる。


「次のお店に行く前に、昼食にいたしませんか?」

「あぁ、もうそんな時間か」

「はい、近くの店を予約してありますので、向かいましょう」


最後に胸を腕に押し当ててきた……正直、アンナは凄いと思った。

そこから僕たちは車で五分ほどの和食店に入る。


「こちらのお店の天ぷらが美味しいので、是非、耀様にと思い予約しておきました」

「ありがとう。でも、なんだか、僕には敷居が高い店構えだよ」


カウンター席に案内されると、予約されていた料理が出され、同時に目の前で新たに調理が始まった。

シンプルながらも洗練された内装を思わず見渡してしまった。たぶんここは高級なお店だよな。

——おしぼりで顔を拭かないように気をつけよう。


「外食なんて久しぶりだな」

「いつもは、アンナ様がお料理されているのですか?」

「そうなんだ。手伝おうとすると怒られる」

「耀様もお料理をなされるんですね」

「離婚してからは、自炊くらいはしてたよ。まあ、嫌いじゃなかったし」


僕が何気にイオナに顔を向けると、彼女は真剣な顔で話を聞いていた。


「でも、キッチンはアンナの縄張りみたいになっちゃって、勝手に入れないんだよ」

「アンナ様にも思うところがあるのでしょう」

「そうだと思う。だけどアンナに任せっきりになって、ちょっと悪い気もしてる」

「アンナ様の『正妻』としての誇りなのでは?」

「すっかり正妻という立場が板についてきたけど、まあ、僕はあまり関与しないことにしているよ」

「アンナ様が正妻でいいと?」

「そういうわけじゃない。僕からすると、正妻って言葉が出てくること自体おかしいことなんだ」


僕は水を一口飲んだ。なぜだろう……ほんのり柑橘系の風味がする。


「それに、周りがそう認識していることを、無理に覆すのは至難の業だろ。だから、そっとしておくよ」

「アンナ様のためにも、それがいいかもしれませんね」


その後も、クールな青髪の美人との会話と、高級な料理を楽しんだ。

ほとんど僕が質問攻めにされていた気もするが、話題を考えなくていいだけありがたい。

そんな贅沢な時間を過ごしている間に、イオナの運転手とボディガードが店を見つけてくれていた。

さっそく向かい、イオナと一緒にスマホケースを探す。


「耀様、こちらなどはいかがでしょう?」

「レイに似合う可愛さだね。でも、この濃い赤のやつがいいかな」

「それは素敵な色ですね。ショルダーストラップもつけられます」

「うん。これにしよう」

「耀様、そのままお渡しするのは無粋です。ギフトバッグも買いましょう」

「そうか。言われてみればそのとおりだ。全然気が付かなかったよ。イオナ、ありがとう」

「いえ」

「でも、僕はその辺のセンスが壊滅的にないんだ。イオナに選んでもらっていいかな?それとショルダーストラップも選んでほしい。使い勝手が分からないから」

「かしこまりました。センスのなさはあの学生服を見れば分かります。では私が選んでみます」


イオナはたまに毒づくよな。それと、そのネタはいつまで引っ張るつもりなんだ?

買い物も無事に終わり、帰りの車の中でイオナが不思議そうな顔で、僕に問いかけてきた。


「スマートフォンもケースも、迷いもなく決められましたが、何か想いでもあるのでしょうか?」

「想いっていうか、レイの瞳は黒に見えるけど、良く見ると宝石のような輝きのある赤色なんだ」


初めてレイの瞳を見た時、僕は驚いたのを思い出した。

まあ、いきなり全裸で抱きつかれたインパクトが強かったが……

心まで見透かされそうな深い瞳に魅了された。


「——なんとなく似合うかと思って」

「レイ様の瞳を、じっくりと見られたのですか?」

「うん。レイは赤だけど、アンナは緑色なんだよ。性格を表しているようで、二人の瞳が好きなんだ」


アンナの瞳は包み込まれそうな、温かさがある。

そんな瞳で僕を切なく見つめられると、僕の全てがその瞳に包まれるような感覚に陥る。


「魅了されませんでしたか?」

「魅了?それはされるさ、あんなに綺麗な色なんだから」


イオナが僕の顔を見て、呆れたようにため息をついた。

——それは、僕も少し傷ついた。


「そういう意味ではないのですが——耀様は真にお強いお方なんですね」

「そうかな?僕は二人に助けられてばっかりさ。イオナにも助けられたしね」

「私もですか?」

「そうだね。あの時イオナに抱きしめてもらえなければ、僕は取り返しのつかないことをしていたかもしれない」


正直、あの時の記憶はほとんどない。目に映った光景を断片的に覚えているに過ぎない。

でも、気づいたときに包まれていた、胸の温かさははっきりと覚えている。

そして、僕を抱きしめていたイオナの手が震えていたことも——


「——そう思うとイオナも恩人さ」

「ありがたきお言葉です」


変わらぬ口調で返してくれたが、あの時、イオナは本当に怖かったんだと思う。


「あの、耀様……」


イオナの口調の変化に、顔を向けると、彼女は顔を真っ赤にしていた。


「どうかした?」

「もし、本当に恩人と思われているのでしたら、もう一度胸に抱きしめさせてください」


嫌われるかもしれないようなことを、勇気を出して口にしたんだろう。

僕は黙ってイオナに委ねる。そっと包み込むように両手で僕の頭を、その胸に導いてくれた——

だが、意外にもその鼓動は落ち着いていた。今日は手も震えていない。

変わらないのは温かさだけ——そう思っていると、彼女の胸から声が聞こえた。


「耀様の周辺を監視している男がいます。お気をつけください——」

「男?」

「はい。同じ男を何度か見かけております。おひとりで外出なされませんよう」

「ありがとう……でも、勘ぐり過ぎじゃないか?」


そう言って顔を動かした時、僕の頬を何かが撫でた。


「んっ……そこはダメです……」


メロドラマのようなイオナの言葉で、会話は途絶えてしまった。


——アンナが心配したようなことは何も起こらなかった。僕は自らにそう言い聞かせ、玄関を開ける。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「アンナ、ただいま」

「——検査します」


笑顔で放たれた、その冷静な宣言に、僕は観念してアンナに連行された。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。

出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。


2025年9月19日、一部修正しました。

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