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微笑みが呼ぶ悪魔  作者: おむすび先輩
第十一章
118/137

二度目

「ゾーヤ。ルナリアを連れて、ラウムのところに行け」

「ん。分かった」


何が起こっているか理解できていないルナリアを、ゾーヤが力強く抱きしめると同時に、二人は消えるように姿を消した。


「お前ら四人は、伊耶那美(いざなみ)のところへ戻れ」

「おとと様、必ず迎えに来てくれまするな」


その言葉を残し、突然現れた空間の(よど)みに、四人は姿を消した。


朱美(あけみ)、俺と運命をともにする覚悟はあるか?」

「我が眷属(けんぞく)と運命をともにせよと?良かろう……」

「誰が誰の眷属だ?」

「ごめんなさいー。冗談です」

「言い訳は後で聞く。この世界の魔力を、取り込めるだけ取り込め」

「分かりましたー。主様(あるじさま)、何を慌てているのですか?」


朱美の問いに、耀は天を見上げ、渦巻く魔力に目をこらした。


「——この世界が、消滅する」


——その少し前。

平日の昼下がり、レイと真由美は庭のテーブルで、冷たいお茶を飲みながら、会話を楽しんでいた。

二人の視線の先にある菜園では、アンナとイオナがピーマンを収穫している。


「真由美、お腹に子供がいるのは、どんな感じですの?」


真由美は、宿る命を(いつく)しむようにお腹をさすりながら、少しだけ微笑んで首を傾げた。


「なんだか、実感が湧きませんね。最近、急に大きくなってきましたから、育っているんだなって思います」

「そうですの?顔色も良くなって、レイも安心していますの」

「つわりが落ち着きましたからね。お腹が空いて困っちゃうくらいです」

「レイも楽しみですわ。元気な子を産んでくださいまし」

「ありがとうございます。レイさん」

「ところで、あの二人はピーマンなんかを収穫して、何が楽しいのかわかりませんわ」


菜園では、アンナとイオナが収穫したピーマンに笑顔を向け、楽しそうに会話をしている。


「レイさん。好き嫌いはダメですよ」

「真由美はお母さんみたいなことを言いますわ」

「そうですね。なんとなく落ち着いてきた自覚はあります。あと、おっぱいも大きくなってるんですよ」

「なぁー!」


レイは真由美の胸元に視線を滑らせ、不敵な笑みを浮かべた。


「——ちょっと見せてくださいまし」

「えぇー、ダメですよ」

「では、今夜は一緒にお風呂に入りますわ」

「えぇー、嫌ですよ。旦那様と入るんですから」

「レイも混ぜてくださいまし」

「——絶対イヤです」


急に浮かんだ真由美の真剣な表情に、レイは思わず笑いだしてしまう。

そんなレイを見て、真由美の顔にも、自然と笑みがこぼれた。


「レイも以前は兄様(にいさま)()でてほしいと、心から思っておりましたの」

「そうだったんですか……」

「一度だけ一緒にお風呂に入ったことがありますわ。その時は伊耶那美に邪魔されてしまいましたの。怖がるレイを、兄様は優しく気づかってくださいましたわ」

「レイさん……」

「でも、今は真由美と兄様の幸せを、心から祈っておりますわ」

「良かったんですか?これで……」

「構いませんの。兄様にそのようなことを求めることはもうありませんわ」

「——はい」


レイは真由美の手を取り、けがれのない、輝くような笑顔で、彼女を見つめる。


「レイにやましい気持ちはもうありませんの……ですから、真由美と兄様の入浴に混ぜてくださいまし」

「——絶対イヤ」


レイは微笑んだかと思うと、(こら)えきれずに吹き出してしまった。


「真由美はぶれませんわ」

「もうっ、からかうのはやめてくださいっ」


二人の笑い声に、菜園から優しい視線が向けられた。


「レイも真由美さんも楽しそうですね」

「レイ様は生まれてくる子供が楽しみで仕方がないようです。『レイお姉さま』と呼ばせたいそうです」


アンナは笑顔を見せながらピーマンを手に取り、小さくため息をついてから、優しく収穫した。

その様子を見たイオナが、気づかうように声をかける。


「何か心配事でもあるのですか?」

「そうですね……真由美は母親らしさを見せ始めていますけど、問題はご主人様です」

「何か問題がございますか?——はっ、もしかして女……」

「今のご主人様に、そんな度胸はありませんよ」

「確かにそうですね。真由美の嫉妬深さは常識を超えています」

「もう少し、堂々としてほしいですね。ちょっと真由美の具合が悪いと、慌てふためくのを見ていられません」

「私は耀様らしくて、いいと思いますけど……」


おかしそうに肩を揺らすイオナを見て、アンナも微笑んでいた。


「それよりアンナ様、子供の名前を考えませんと、耀様に奇妙な名前をつけられます」

「その件は、私からご主人様に話しました。私たちが考えた案から選んでくださいます」

「それは安心しました。そういえば、綾乃(あやの)様の件は、レイ様からもうお聞きになりましたか?」

「はい。袴田(はかまだ)悠斗(ゆうと)が訪ねてきたと聞きました。もうひとりのご主人様にも相談したようです」

「何かされるのでしょうか?」

「いいえ。『お前らが守ってやれ』——それだけだったそうです」


イオナは思わずため息を漏らした。もうひとりの耀が、この世界に対する興味を失っていることを、思い知らされた気がした。


「いずれにせよ、真由美には黙っておいたほうがいいかもしれません」

「そうですね。身重の彼女に余計な負担はかけたくありません。あの男が捕まるまで、私かレイがついていれば大丈夫でしょう」

「仕事中は石井(いしい)がついています。あれでも人並み外れた身体能力は持っています」

「そうなんですか……一度、私と手合わせをお願いしたいです」

「やめてください、アンナ様と手合わせをすれば、石井が命を落とします」


微笑んだアンナが、収穫したひとつのピーマンを手に持って見せる。


「ところでイオナさん。これはどう料理しましょうか?」

「できれば肉詰めを作っていただけませんか?」

「イオナさんはピーマンの肉詰めが好きですね」

「はい、料理が得意ではなくて……アンナさんに頼り切りになりすみません」

「いいですよ。変わりに……私のちょっと寂しい身体(からだ)を、イオナさんが埋めてくれませんか?」


イオナの背に悪寒が走る。冗談っぽく話しているが、アンナの目は真剣そのものだった。

うかつに返事ができない……ここで冗談でも『はい』と答えれば、本気で部屋に連れ去られてしまう。


——突然、イオナのスマホが音を上げた。

イオナが電話に出るのを見つめるアンナの瞳が、みるみる(あで)やかな輝きを帯びていく。

じっと、自分の口元を見つめられているのがわかる……


「——これから石井が来るそうです」


一瞬でアンナの瞳から艶やかさが消えた。


「では、軽食でも準備いたしましょうか」


嬉しそうに話すアンナに、イオナは言葉を続ける。


「アンナ様、お願いがあります」

「何ですか?気が変わりましたか?」

「いえ、できれば……生まれてくる子供のために、ベビー服を作っていただけませんか?」


アンナの頬が喜びに染まり、瞳にはきらきらとした光が宿っていく。


「イオナさん!そうです。子供の服を作りましょう。でも、男の子か女の子のどちらでしょうかね」


イオナは口元を手で隠し、首を傾げるアンナの耳元で(ささや)く。


「——男の子です。まだ、私と真由美しか知りません。内緒にしてくださいね」


嬉しそうに家に向かうアンナに、レイが声をかける。


「アンナ、何かいいことでもありましたの?」

「いいえ。軽食とお茶を準備してきますね」

「アンナさん。私も手伝います」

「真由美さんは、そこで座っていてください。あっ、そうでした。坊っちゃんのために服を作りますから、後で好みを教えてくださいね」


真由美がイオナに視線を向けると、目を閉じたイオナが、呆れた表情で首を振っている。

アンナの背中を見送ったレイの視線が、真由美に向けられる。


「——もしかして……男の子ですの?」

「はい。す、すみません。黙っているつもりはなかったんですけど……」


突然、レイが立ち上がった。握りしめた両手には、言葉にしきれない喜びがあふれている。


「やりましたわ!レイもお姉さま修行、頑張れそうですわ」


弾む声とともに、レイはアンナのあとを追って、小走りに家へと向かっていった。

レイを見送る真由美の隣に、イオナが静かに腰を下ろした。


「真由美、ごめんなさい。その話でもしなければ、貞操の危機を感じましたので」

「アンナさんですか……悪いことをしちゃいました。私が旦那様のお相手をできなくなったら、お願いしましょうか?」

「それは、アンナ様が断りますよ」

「どうしてですか?」

「あの方、本気で女性が好きになってしまったようです。しかも、あの身体で責められるのが好きだと、レイ様がおっしゃっていました」

「面倒見がいいから、その反動でしょうか?」

「そうかもしれませんね。でも、あの二人……耀様よりも喜んでくれているみたいです」

「はい。みなさんがいてくれるから、私の心も支えられています」


少し影を落とした表情でうつむいた真由美の背に、イオナがそっと手を添えた。


「——両親の件ですか……まだ、何か言ってきていますか?」

「はい。どこで調べたのか知りませんが、最近はメールでも催促がきます」

「何と?」

「相変わらずです。私のせいで働けなくなったから、仕送りをよこせとか、慰謝料を払えとか……」

「無視しておきなさい。その件は私の方でも手を打っておきますから」


真由美は一瞬、遠くを見つめるような目をしてから、イオナに向き直った。


「イオナさん。ありがとうございます」


その言葉にうなずいたイオナの背中に、明るい声がかかる。


「お茶にいたしますわ」


レイのその声に、真由美の表情も自然と晴れやかになる。


「あれ、石井さんはまだですか?」

「もうすぐ到着するかと思います」


イオナが言い終える前に、一台の車がゆっくりと敷地内へ入ってきた。

停車した車の運転席から、屈強な男が降り立った。

柔らかな笑みを(たた)え、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


「みなさん、お揃いでしたか」

「石井、久しぶりですわ」


手を振るレイに、石井も軽く手を上げて応じた。

空いていた席に腰を下ろすと、そのまま笑顔でレイに問いかける。


「今日は何か、いいことでもございましたか?」

「ずっとですわ。もうすぐレイは、お姉さまになりますの」

「それは楽しみですね」

滝川(たきがわ)さん……おっと、もう『相葉さん』でしたね。体調はいかがですか?」

「おかげさまで、健康そのものです」

「それは良かった」


石井がほっとしたように微笑む傍らで、アンナが静かに冷たいお茶を差し出した。


「ありがとうございます」

「ところで石井さん。とてもお強いそうですが、手合わせをお願いしてもよろしいですか?」

「遠慮しておきます。イオナ様から聞いておりますので。私など一瞬で病院どころか……三途の川の向こうまで送られてしまいます」

「——そうですか、残念です」


額を伝う汗を拭う石井に、イオナが問いかける。


「ところで、今日は急にどうしたのですか?」

「いえ、特に用はございません。相葉さんと、こちらで打ち合わせをすることにしまして」


レイが顔を輝かせて、身を乗り出した。


「兄様が帰ってきますの?」


うなずいた石井が、優しく答える。


「はい。もうすぐ戻ってこられます。この近くで打ち合わせがあったようで、少し相談したいと連絡がありました。ちょうど、私も出張から戻る途中でしたので、ここで合流しようという話になりました」

「そうでしたか。離れを使うといいです。松本(まつもと)もいますから、準備させましょう」

「ありがとうございます。もうすぐ到着されるようなので、ここで少し待たせてください」


「ご主人様のお茶も用意しましょうか」


そう言って、アンナは笑顔を見せた。

家に向かおうと、静かに席を立ったそのとき──家の前に、一台の車が停車した。


助手席から降り立った耀は、運転手に何かを話し、柔らかな表情で手を振る。

車は耀を残して、静かに走り去っていった。


「——女でした」


アンナのその言葉に、真由美の表情が曇る。

小さく肩をすくめながら、石井が苦笑する。


「奥さん、ご亭主は、女性の社員とも一緒に仕事をされていますから……」


真由美をなだめる石井の後ろを、いつの間にか席を離れたレイが、小走りで通り過ぎる。

そして、優しい表情を浮かべる耀に、勢いよく抱きついた。

その様子を見ていたアンナが、首を傾げる。

いつもと違い、耀の両腕を抱き込むように抱きしめている。まるで、耀の動きを封じるかのように。


顔を上げて耀を見たレイが、不気味な微笑みを浮かべる。


「——捕まえた」


突然、耀の背中に重い衝撃が走った。

異常に気付いたアンナが駆け出す中、再び鈍い振動が背中を叩く。


「……熱い」


身体の力が抜け、脈打つような痛みが、背中から全身に広がっていく。

レイが耀から手を離すと、耀は崩れるように地面に倒れた。


「やったぞ!耀を仕留めた!」


歓喜の声と共に両腕を突き上げる男に向かって、石井が駆け出す。

先に飛び出したアンナが、レイに飛びかかろうとした瞬間、レイの拳が彼女の腹を捉えた。

アンナはその衝撃に、膝から崩れ落ちる。


「そんな……レイにこんな力はないはずなのに……」


ひざまづくアンナを、レイが冷たい笑顔で見下ろした。


「魔力だけでなく、力も十分なようだな」


彼女は振り返り、狂喜に震える男に声をかける。


「我が使徒(しと)、悠斗よ。我はこの女の身体と、その男の魔力を得ることにした……止めを刺せ」


——急に力が抜け、地面が僕に迫ってきた。

硬い地面が、僕を優しく包むように受け止めてくれる。


土の匂いか……なんだか、周囲が騒々しい……

霞んで見える視線の先では、アンナが倒れている。石井さんが、迂回するように走っている。

何かを叫びながら僕に向かって手を伸ばす真由美を、イオナが羽交い締めにしている。

そして、目の前に立つ足は……レイか。


いったい何があったんだ……

背中にあった、鼓動するような痛みが、少しずつなくなってきた。

でも、立ち上がろうとしても、身体に力が入らない。


僕は——前にも同じ経験をしたような気がする。

いつだっただろうか?何かが心の奥から湧き上がってくる。


——そうだ。遠い昔に、同じ経験をした。

ラザールとかいう教皇の葬儀に際して、殉教者として——僕は殺された。

その時とまったく同じだ。でも……僕は、僕だったのだろうか?


……僕は——ドナトゥス。

孤児だった僕は教会に引き取られて、そこで育てられた。

ただ、それは生きるためじゃない。

殺されるために育てられた。

——生贄となるための存在だったんだ。


僕が偽物だったんだ……

あいつは、このことを知っていたのだろうか……

知っていて心の奥に閉じこもっていたのだろうか……

でも、もうどうでもいい。取り返しはつかないのだから……


真由美……もういいから。そんな顔を、見せないでほしい。

相葉耀として君と出会えて、支えられて、愛し合って……それで、僕は幸せだったんだ。

アンナ、レイ、イオナ……今までありがとう。君たちの大切な時間を、僕は奪ってしまっていたのかもしれない。

ミスティ……そういえば、最近全然見ないな……

……まあ、いいか……


再び、背中に鈍い衝撃が走る。

幼い頃からの出来事が、一気に脳裏を駆けていく。

……走馬灯、というやつだろうか。

これを見るのも、二度目だな。

今になって、ドナトゥスとして見た走馬灯をも——思い出した。


視界から、光が奪われていく。

なぜだろう、心地よくすら感じている。

あいつに、悪いことをしたのかもしれない。

でも……もう、いいだろう。


——僕は、また……死ぬのだから。


全てがなくなる直前、あいつの声が——頭の中に響いた。


「——これで、お別れだ……ここまで、俺の身体を生かしてくれたことに、感謝する」


……感謝するのは、僕の方さ。

ありがとう……さようなら。


——刃物を手に立ち上がった悠斗が、肩をひとつ揺らしながら、静かに周囲を見回す。

その頬はひくつき、口元には(ゆが)んだ笑みを湛え、目は異様なほどに開かれていた。


「……魔力が溢れ出してきたようだ。これで、我が大望も——」


レイの低い呟きが、湿った空気の中に沈み込むように響く。

その言葉に応じるように、耀の身体は黒紫(くろむらさき)色の霧に、ゆっくりと包まれていった。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。

出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。

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