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レイ様無双

執事長に案内され、屋敷の長い廊下を歩くレイの耳に、どこかでヒソヒソと話す声が届く。


『低俗なサキュバスが何の用でしょう?』

『メイドの見習いではありません?』

『そうなら、しっかり鍛えないといけませんね』

『ええ、すぐに逃げ出したくなるくらいに』


レイは目を伏せて、小さく笑った——嘲るでもなく、哀しむでもなく。


「よく思われていませんわね」


すると、前を歩く執事長が、振り向くことなく答える。


(ひが)みです。下等とは言え、サキュバスは悪魔——この世界では、それなりの地位でございますので」

「そうでしたの——どこの世界でも、同じですわ」


やがて、豪奢(ごうしゃ)な扉の執事長が立ち止まり、扉をノックするが、中からの返事はなかった。

だが、構うことなく、扉を開き、声をかける。


「お連れいたしました」

「うむ。中へ」


レイは案内されるままに、部屋に入る。そして、豪華な家具や調度品に目を奪われた。

特に、大きな姿見鏡と三面鏡、そして薄くなめらかな生地の天蓋がついたベッド——


「女性の部屋みたいですわ」

然様(さよう)であるか。よくぞ参った」

「久しぶりですわ」


レイはラウムに勧められ、ソファに腰をおろすと、ため息をついた。


「疲れましたわ」

(なんじ)も疲れることがあるのだな」


レイは何も言わずに、持ってきたキャリーケースを指差す。


「あれを貴方に届けたので、ホッとしましたの」

()れど、それは汝がルシファーに届けることとなった」


レイはラウムをまっすぐに見つめ、笑顔を向ける。


「嫌ですわ」


ラウムはレイに構うことなく、話しを続ける。


「まず、汝が元の世界に帰れるのは、数日後である。これはゾーヤの都合であるゆえ、某ではどうにもならぬ」


肩を落とし、ため息をつくレイに、ラウムは更に言葉を繋げる。


「次に、汝の主人がルシファーの都でひと暴れしたゆえ、奥方である汝がルシファーに謝罪しておくべきである」


レイは頭を抱える。


「あの、兄様(にいさま)はいったい何をしていますの——」

「最後に……」


さらに続くラウムの声に、レイは呆れた表情で、顔を上げた。


「まだありますの?」

「汝の主人が破壊した闘技場で、執事長と手合わせしてもらう——」


レイは首を傾げ、笑顔で答える。


「意味が分かりませんわ」

「汝の主人が破壊した闘技場の修理が、ようやく終わったゆえ。こけら落としには、奥方である汝がふさわしかろう」


レイは、顎に手を当て、しばらく思案に(ふけ)る。


「——なにを使っても構いませんの?」

「構わぬ。汝が何をしようと破壊できぬことを、確かめられるゆえな」

「分かりましたわ。早速、始めますわ」

「うむ。執事長、案内を頼む」


執事長に導かれ、部屋を後にするレイの足取りは軽く、まるで遊びにでも行くようだった。


——レイは執事長と闘技場で対峙(たいじ)していた。観覧席にはラウムだけでなく、屋敷で奉公する使用人たちも集められている。

燕尾服の執事長は、白い手袋を丁寧に付け直しながら、レイに話しかける。


「あの方の奥方様とも、お会いできるとは光栄です」


レイはいつもどおり、肩開きで白をベースにピンクの縁取りがされたフリル付きブラウスに、胸元には黒の可愛らしいリボン、フリルのついた黒いスカートを纏い、微笑みを浮かべている。


「あなた、ラウムにそっくりですわね」

「ラウム様が私に似ているのです」

「そうですの……まあいいですわ」


まるで舞踏会の開幕のように、スカートの裾をつまみ、深々と優雅な礼を取った。


「お手柔らかにお願いしますわ」


その動きは挑発とも取れるほどの優雅さで、観客の視線を()きつけて離さなかった。


「始めよ!」


ラウムの声と、同時に執事長が距離を取る。


「先手は奥方様にお譲りいたしましょう」

「よろしいですの?後悔なさるかもしれませんわ」

「構いません」


レイは執事長に笑顔を向けると、肩から下げていたノート『幻影虚像録(げんえいきょぞうろく)』の表紙を優雅に開き、指先で一頁をそっとなぞる——


「おいでまし、レイの可愛い忠犬ハチコロ!」


闘技場に、レイの声が響き渡る。

その声に、観客席から、クスクスとした笑いが漏れ、執事長は口元に、ごくわずかな困惑の色を見せる。

ただ、ラウムだけが目を細めて見守っていた。


たちまち、厚い雲が空を覆い、雷鳴が鳴り響く闇の中、突然の静寂が訪れた。

その瞬間、雷光が奔流となって集まり、地面に小さな渦を生む。渦は徐々に大きくなり、光と影が交錯する中、壮大な形を成していく。誰もが息を呑むなかで、ついに、幻獣が姿を現した。

熊の力強い胴体が大地を踏みしめ、その背には大きなコウモリの翼が広がる。羽ばたくごとに空気を切り裂き、圧倒的な存在感を放つ。

冷静さをたたえるロバの頭、そして牙を剥くヒヒの荒々しい頭——双頭の感情がせめぎ合う。

その尾には、コブラの頭がしなやかに動き、鋭いまなざしが周囲を警戒する。

静かにひれ伏す幻獣に、レイが声をかける。


「目覚めるといいですわ。レイと兄様のために——」


大地が再び揺れ、周囲の空気が熱を帯びていく。双頭の目がきらりと光り、次の瞬間、獲物を求める本能が覚醒するように、筋肉が躍動し、壮大な翼が風を捉える。

——レイに忠実なのは誰もが認める。しかし、犬の要素は全くない……可愛さなどかけらもない……


刹那(せつな)、ヒヒの目がきらりと光り、次の瞬間——その口から、世界を裂くような豪炎が奔った。執事長を、真っ向から捉える。

流れるように(かわ)した執事長を、ロバの瞳が捉える——その瞳が捉えた先に、光が空を裂き、轟音が空気を震わせ、落雷が彼を襲う。

雷の隙間を縫うように、レイに間合いを詰めた執事長の手に、火球が握られている。まさに、線上にレイを捉えた瞬間を逃さず放たれた火球が、彼女に届く瞬間、レイの前に立ちはだかったコブラが、それを丸呑みにしてしまう。

鎌首を(もた)げたコブラが、執事長に向け、飲み込んだ火球を吐き出そうとする。彼の退路には豪炎が燃え盛っている。

もはや、止めを待つしかないと息を飲んだ執事長の耳に、レイの声が届いた。


「まだですわ!」


見るとレイは、可愛らしく微笑んでいた。


「レイを見世物にした罰ですわ。ここを破壊してくださいまし!——盛大に、ですわ」


コブラの尾がレイを優しく包むように抱えあげると、背中に彼女をそっと乗せる。

翼が大きく羽ばたき、巨体を宙に浮かび上がらせた。

観客たちは悲鳴をあげて逃げ惑った。だが一部の者は、背に乗るレイのその姿から、目を()らすことができなかった——

目の前の観覧席に誰も居なくなったのをみたレイが、静かに呟く。


「大丈夫ですわ。遠慮なくやってくださいまし」


その声と同時に、コブラの口から火球が吐き出され、観覧席の一部を倒壊する。

同時にその巨体が観覧席に降り立つと、地面を揺るがし建物を押しつぶす。

闘技場には無数の雷が落ち、さらに炎で焼き尽くされる。

ほんの数分の後、そこに残されたのは瓦礫の山だけになっていた——


「よくやりましたわ」


背から降り立ったレイが、そっと身体(からだ)を撫でると、ハチコロはひとつうなずくように頭を垂れ、静かにノートに吸い込まれていった。

レイの手に開かれたページには、耀が想像し、レイが仕上げた、ハチコロの絵が描かれているだけだった——


「汝は何をしたのであるか?」


レイの前に現れたラウムの問いに、ノートを閉じたレイが笑顔で答える。


「あなたの望み通り、破壊して差し上げましたわ」

「某は望んでおらぬが——主人が主人なら、妻もまた妻であるか——」


ラウムの横に歩み寄った執事長が、レイに頭を下げる。


(あなど)っておりました——まさか、あれほどの存在を顕現(けんげん)させるとは——」

「あれは、このノートに描いた空想の生き物……幻獣ですの」


ラウムが興味深そうに、レイの手に握られたノートを見つめる。


「もしや、それに描かれた幻獣を全て召喚できるのであるか?」

「できませんわ。もっと強いのもいますけど、今のレイには召喚できませんの」

「然様であるか——それも、主人の力であるか?」

「そうですわ。兄様が絶望にひしがれ、その魂をすり減らして創造した生き物ですの。ひとつひとつに魂が宿っておりますわ」


ラウムは目を細めると、振り返って屋敷の方へ歩き始めた。


「まあ良い。次は壊されぬものを造らねばならぬな」


ラウムについて、歩き始めたレイが、その声に応じる。


「それなら、アンナを呼ぶといいですわ。単純な力だけなら、兄様より強いですわ」

「それは本当でございますか!」


驚きの声を上げる執事長に、レイは笑顔を向ける。


「本当ですわ。兄様を締め上げて失神させられるのは、正妻のアンナだけですの」


執事長は首を小さく横に振り、言葉を失った。


翌日、レイはラウムと共にルシファーの都へと向かった。

道中は穏やかで、ただ静かな旅路を経て、ルシファーの都に建つ、ラウムの屋敷へ到着した。

ラウムは、レイを出迎えに出たメイドに「あの者の妻である」と一言だけ伝えた。

一瞬、戸惑うような素振りを見せた、メイドは「かしこまりました」とだけ答えた。


「奥様、ご案内します。こちらへどうぞ」


案内されるレイは、一歩前を進むメイドに問いかける。


「兄様が泊まった部屋がいいですわ」

「ですが、一番いい部屋にと仰せつかっておりますので……」

「構いませんわ」


一瞬、戸惑うような素振りを見せたメイドは、「かしこまりました」とだけ答えた。


「ところで、兄様はあなたに何か話しませんでしたの?」

「はい、闘技場を壊したと言っておられました」

「レイも壊してきましたわ」


メイドは思わず立ち止まり、振り向いた。


「本当なのですか?」

「ええ、兄様より派手に壊して差し上げましたわ」


その言葉を聞いたメイドは、深く深呼吸し、レイに話しかける。


「差し支えなければ、後ほど街をご案内したいのですが……」

「お願いしますわ。レイも少し外に出てみたいですの」


再び歩き始めたメイドの後ろを、レイはキャリーケースを転がしついていく。

部屋に入ると、メイドは深々とお辞儀をし声を掛けた。


「後ほどお迎えにあがります」


レイはルシファーの都を散策する。案内するメイドは、レイの横に並びながら、何か話したそうな表情を浮かべていた。


「どこに連れて行ってくださいますの?」

「こちらです」


メイドの案内に従い着いた先には、一軒の屋台があった。


「あれですの?」


屋台を見つめるレイに、メイドは答える。


「はい。お口に合うか分かりませんが、是非、食べていただきたくて」


屋台の前に立ったレイは、たっぷりのタレで焼かれた串焼きに目を落とす。


「おいしそうですわ」


香ばしい匂いに誘われるように、レイはにこりと微笑んだ。


「おじさま、二つくださいまし」

「お嬢ちゃん、こいつはとんでもなく強い悪魔が絶賛した串焼きなんだ」

「そうですの。興味ありますわ」


レイは串焼きを二本受け取り、一本をメイドに差し出した。

お金を払い終わったメイドが、差し出された串焼きをみて驚く。


「いえ——私は……」

「強い悪魔が褒めた串焼きらしいですの。食べてみるといいですわ」


屋台の前で、串焼きを頬張るレイが、屋台の親父に問いかける。


「ところでおじさま。なぜこの家は壊れていますの?」


その視線の先には、倒壊した家があった。

親父は笑いながら、大きな声でレイに答える。


「その悪魔が、その家に住み着いた野盗を退治するついでに、壊しちまったんだ」


レイは眉を潜めた。


「その悪魔はなんという悪魔ですの?」

「殿様って呼ばれてたな——」

「ひとりで来ましたの?」

「いや、牛獣人の娘を連れてたな。カリサって言ったかな?」

「兄様——いったいこの世界で何をしていますの——」


うなだれるレイに、屋台の親父が心配そうに声をかける。


「大丈夫か?お嬢ちゃん……口に合わなかったか?」


気遣う親父に、メイドが答える。


「ご主人、この方は、その悪魔の奥様でございます」


親父は驚いたように目を見開き呟く。


「いけねぇ。浮気をバラしちまったか……」

「おじさま。それは大したことではありませんの……野盗退治のついでに、他人の家など平気で壊す方ですわ」

「そうか、あれだけの男だ。女はいくらでも寄ってくるな」


変に納得した親父に、レイはお礼を伝え、屋敷へと戻った。


その門の前で立ち止まるレイに、メイドが首を傾げる。


「どうかなさいましたか?」

「あなたが自らの意思で望めば、兄様はあなたを迎え入れてくれますわ」

「えっ……」

「あなたがレイに聞きたかったのはそれですの。もちろん、レイも賛成しますわ」

「——お見通しでしたか」

「ただ、正妻のアンナは厳しいですわ。そこは自分でなんとかしてくださいまし」


門を通り屋敷へ向かうレイに、メイドは深々と頭を下げた。


——翌朝、レイはラウムと共に、ルシファーの城へ向かう。

案内された豪華ながらも落ち着きのある応接室で、ソファに腰をおろした二人は静かに城の主を待っていた。


「待たせたな」


その声の主は、ミリロリに身を包んでいるが、鍛え抜かれた大胸筋で、はち切れんばかりのブラウスがレイの目を惹いた。


「ルシファー様、ご無沙汰致しております」

「よい。()其方(そのほう)ではなく、あの男の奥方に用がある」


立ち上がって腰を折るラウムを制止し、ルシファーはレイに目を向けた。


「あなた、いい趣味をしていますわ」


その声に、ルシファーは不敵に微笑んだ。


「そちの夫にも同じことを言われた」


ソファに腰をおろしたルシファーは、身を乗り出しレイに話しかける。


「して、頼んでいたものは?」

「あれに入っていますわ」


レイが指差したキャリーケースを一瞥(いちべつ)したルシファーは、傍らの男に視線を送った。

うなずいた男が、キャリーケースを開け、中から取り出したロリータ服を次々と掛けていく。

それを見たルシファーは、目を輝かせていた。


「素晴らしい。想像以上のものである」


ルシファーは再び、身を乗り出す。


「して、褒美は何が良い?」

「要りませんわ。兄様がこの都でも迷惑を掛けたと聞きましたの」

「そうはいかぬ。何でもいい申せ」

「では、兄様が困ったときに力を貸してくださいまし」

「夫婦そろって欲がない——あい分かった。(しか)と心得ておこう」


ルシファーはソファから立ち上がると、レイに目を向け口を開く。


「本来であらば、歓待せねばならぬところであるが、今はちと問題を抱えておってな」

「兄様が自由になれば、力を貸してくださいますわ」

「然様であるか。そちの夫にも謝意を伝えてくれぬか?」

「分かりましたわ」


ルシファーはうなずき、部屋を後にした。

ルシファーを見送ったラウムが、レイに話しかける。


「そなたの主人が撒いた種である」

「——またですの?」


ラウムは膝を組み、話しを続ける。


「カリサを(さげす)んだ近衛兵の家族が、この都に来たゆえ捕らえられた」

「厳しいですわね」

「うむ。しかし、その一人である近衛兵の妹が、主人の従者であったゆえ、対応に困っておるようである」

「カリサとヴァレリアだけではありませんの?」

「もうひとりルナリアと申す者がおったが、父親に連れられ主人より離れたのである」


その言葉を聞いたレイは、ラウムに微笑む。


「それなら、レイには関係ありませんわ。兄様は自らの意思を大切にいたしますの」

「では、ルナリアの意思を問わねばならぬな」

「そうですわ。今は関係ないと思いますわ」

「帰るといたそう。ゾーヤも着いているころであろう」


二人は城を後にし、ラウムの屋敷へと向かう。


ラウムの屋敷では、ゾーヤが庭でメイドと楽しそうに話していた。

そこに到着した馬車から降り立つレイに、ゾーヤが駆け寄ってくる。


「待ってた」

「お待たせいたしましたわ。兄様のところに行きますの?」

「うん」


そんな会話をしている二人に、ひとりのメイドが歩み寄り、何かを差し出す。

その手にはピンクと紫の、ベネチアンマスクが握られていた——


「——ゾーヤ少し手伝ってくださいまし」

「うん」


メイドからベネチアンマスクを受け取ったレイが、顔を反らすラウムの横顔に、一瞬だけ瞳を細めた。そして、微笑む。


「あなたとルシファーに貸しを作って帰りますわ」

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。

出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。

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