【閑話】カリサの憂鬱
私はカリサ。愛する殿様を待つ美少女カリサ。牛獣人と言われる種族の女の子。
ピコピコ動く可愛い牛耳と、房玉のようなキュートな尻尾、大きなおっぱいからはミルクも出ちゃう牛獣人の女の子。でもミルクは、殿様専用なんですよ!
殿様が御用を片付けるまで、私は、愛する殿様との甘い生活を夢見て、毎日、花嫁修業に励んでいます――と言っても、ご飯を作るだけですけど……それも、十三人分です――
でも、子供たちは毎日、美味しいと笑顔で楽しく食べてくれるんです。子供たちのその声が、まるで殿様に美味しいって言ってもらえるようで、胸がキュンキュンします。
だからつらいことなんてありません――でも、困っていることがひとつだけあります——
「カリサ、ご飯なに?」
料理をする私を、テーブルからじっと見つめている、ゾーヤさん――毎日、飽きずにメニューを聞きに来ます。
ええ、いいんです。私のご飯を楽しみにしてくれてるんですもんね。
でも、ゾーヤさん。足音どころか、ドアを閉める音もなく、いつも突然声をかけてきます。
最初のころは、その声に驚いたものです。顔を上げると、ゾーヤさんが椅子に行儀よく座って、じっと私を見つめていて――そんな姿を、可愛く思っていましたよ。
でも今は――テーブルの上に上体を伏せて、まるで溶けた猫のようになっています……
それなのに、視線は鋭いんです。私の動きを一瞬たりとも逃さない溶けた猫——
「今日はパスタにしますね」
「……」
あの……ゾーヤさん――何か言ってくれません?
まだ作り始めたばかりなのに、心が折れてしまいそうです——
そんなゾーヤさんですが、たまに、ひとりで出かける日があるんです。
三日前の夕食前にも、子供たちを私とヴァレリアさんに任せて、どこかに出かけました――
不思議なのは、いつも帰ってきたら、すごく機嫌がいいんです。
もしかして――秘密のケーキ屋さん?
ふわふわのシフォンに、果物たっぷりの……!それとも、焼き立てのカヌレをひとりでこっそりお腹いっぱいに……!
それとも――領主様のお屋敷?豪華な料理をお腹いっぱいご馳走になってる?
私を追いかける鋭い視線に、心がショボショボしてきたので、ちょっと聞いてみることにしました。
「ゾーヤさんは、たまにひとりでどこに行ってるんですか?」
「耀のとこ」
「へぇー、殿様のところに行ってるんですねー」
ん?適当に聞き流してしまいそうでした——
「ふぇええ!?ほんとに?殿様に、あ、会ったんですか!?」
「うん」
あの殿様のやつ、私とヴァレリアさんには「待っていろ」なんて言いながら、ゾーヤさんとは密会してるって、どういうことですか!
「カリサ、どうしたんだ?大きな声を出して」
子供にお勉強を教えるようになって、たくましさを増してきたヴァレリアさんが、入ってきました。
「どこに行ったか聞かれただけ」
あっ、私より先にゾーヤさんが返事をしたと言うことは、私が驚いたのを面白がって、ヴァレリアさんも驚かそうとしていますね。いいですよ。私はお口を閉じています。
「この間の夜の話か?そう言えば私も気になっていたんだけど……」
「耀のとこ」
「あー、殿様のところか……な、何だって!と、殿様に会ったのか!?」
「うん」
ゾーヤさん――それって本当に楽しいんですか?
「ゾーヤさん、と、殿様は元気にしてる……元気にしていましたか?」
ヴァレリアさん、焦りすぎです――それに殿様には聞こえませんから、いつもどおりでいいと思います。
「うん」
「あ、あの――何か変わったことはありませんでした?」
「天使拾ってた」
はい?言ってる意味が分かりません……
「あ、あの、誰が天使を拾ったんですか?」
「耀」
へぇー、天使ってその辺に落ちてるもんなんですね――知りませんでした。それと、もう、考えるのをやめました。
「ゾーヤさん、天使って、あの天使か?」
「うん」
「羽の生えた?」
「うん」
「お、女じゃないよな?」
「うん、女。くっころしてた」
くっころって、あれですか、騎士のお姉さんが『くっ、殺せ!』ってやつ……?……それを、拾った天使で?
「くっころ?何だそれは?」
ヴァレリアさんも考えるのをやめた方がいいですよ――ん?ちょっと待ってください、気になる言葉がありました——
「お、おんなー!」
思わず大きな声が出てしまいました。あの殿様のやつ、私というものがありながら、いったい何を拾ってるんですか!
よりによって、くっころ天使の女って――!!
私の頭の中で、いろいろな知識が駆け巡り、映像になっていきます――そして、くっころと言えば——
「ゾーヤさん――天使とくっころって……まさか――」
「うん」
「――最後まで?」
「うん」
「――何かの間違いですよね?」
「見てた」
み、見てたんですか!?それと、その手のジェスチャーは生々しいから、やめてください。
それより、あの殿様のやつ、私というものがありながら、なんで拾った天使を食ってるんですか……
料理を忘れ、膝から崩れ落ちた私を見て、ヴァレリアさんが首を傾げています。
「くっころって何なんだ?」
ヴァレリアさん――ゾーヤさんの手を見てください。丸めた左手に、右手の人差し指が出たり入ったり――生娘の私でも知っています……
そんな、ヴァレリアさんを見て、ゾーヤさんが手招きしています。それはもう、溶けた招き猫状態です。
近くに寄ったヴァレリアさんの耳元で、ゾーヤさんが何かを囁いています。
ヴァレリアさんの顔は、頭から湯気が上がりそうな勢いで紅潮し、膝から崩れるように、伏せてしまいました。
私の頭をめぐる思考に一筋の光が差しました――
ゾーヤさんが行けるなら、私もついて行けばいいんです!
なーんだ――簡単な話じゃないですか。賢い私をちょっと褒めてあげたい気分です。
「ゾーヤさん、次、殿様のところに行くときは、私も連れて行ってください!」
「そ、そうだ!カリサ、いいことを言った!」
ヴァレリアさん、やっと私の賢さに気付きましたね……
「んー……無理」
「ふぇっ!」
一瞬で否定されました……
ヴァレリアさん、そんなに落ち込まないでください。私が悪いことしたみたいじゃないですか――
――そんな恨めしい目で、こっちを見ないでくださいよ……
「ゾ、ゾーヤさん!なんでですか?」
「んー……危ないから?」
「聞かれても知りませんよー!」
「じゃあ、ゾーヤさん、手紙を持っていってくれないか?」
「うん」
ヴァレリアさん!あなたはなんて賢いんですか!
そうです、手紙をしたためればいいのです――殿様への想いをしたため、そうですね。うん、髪の毛も入れておきましょう――
いえ、それでは殿様に『危ない女』だと思われてしまいます。
「ゾーヤさん、次はいつ行くんですか?」
「明日?」
じゃあ、今夜は殿様を思い、その気持ちの全てを紙にぶつけます。
「ゾーヤさんは、そんなに頻繁に殿様に会って、何をしてるんだ?」
「手伝い」
「手伝い?何の手伝いなんだ」
ヴァレリアさん、聞かないでください。
ほーら、ゾーヤさんの左手に出入りする、右手の人差し指が早くなったでしょ。
「まっ、まさか!私のために、殿様は身体を張って、何か偉業をなそうと――?」
これまでの会話と、ゾーヤさんのジェスチャーで、なぜ、その答えが出るんですか?
それと、ヴァレリアさんのためじゃなくて、私のためです!
「うん。だから待ってあげて」
「ふぇええ!そうなんですか!」
「うん。耀の身体、いつも疲れてる」
そんなに疲れるほど――私のために何をしてくださってるのですか?
気になります……殿様、私が近くにいれば、いつでも癒やして差し上げますのに――
あぁー殿様にこんなにも愛されている私は、なんて幸せ者なんでしょう――罪な女です……
「あ、あの。ゾーヤさん、私も殿様のために、何かできることはありませんか?」
「んー」
「ほら、ゾーヤさん。ひとりでいる殿様のためにできること、何かあるじゃないか?」
ヴァレリアさんの言うとおりです。でも、先に言ったのは私ですからね!
「大丈夫、他に四人いるから」
ん?四人?何が四人いるんですか?
「あー、前に言ってた、殿様の奥さんたちか――」
「違う女」
「お、おんなー!」
また、大きな声が出てしまいました……
あの殿様の野郎!いったいどれだけの女を侍らせてるんですか!
「そ、そうか……まあ――と、殿様はあれだけの男だ……女の十人や二十人――い、いてもおかしくないだろう」
言ってることはポジティブですが、顔から血の気がひいていますよ。ヴァレリアさん。
「そ、それで、その四人が殿様の手伝いをしてるんだな?」
「うん、耀のお世話」
「お世話――そうか殿様も男だ、身の回りには無頓着になりがちだろう。うん」
ヴァレリアさん――ゾーヤさんのジェスチャー見てください。また、出入りしてますよ……
本当は気付いているのに、知らないふりしてるだけでしょ——
「ところで、ゾーヤさんは、さっきから何をやっているんだ?」
えーっ、ヴァレリアさん。今、それを聞くんですか?さっき、顔を真っ赤にしてましたよね?
もう、どうなっても知りませんよ!
ゾーヤさんは右手の人差し指を立てました。何を言い出すのか心配です……
「かゆい」
ん?――かゆい?かゆいって言いました?
「なんだ、何かのまじないかと思って聞いたんだ」
「違う。かゆい」
ヴァレリアさんが、私の顔を心配そうに覗き込みます。
「カリサ、顔が赤いけど、熱でもあるんじゃないか?そうだ、ゾーヤさんの薬と一緒に取ってきてやるよ」
「ち、違います。私は大丈夫です!ヴァレリアさんも、さっき顔を真っ赤にしてたじゃないですか!そ、それと一緒です」
「そうか――くっころ天使が触手に絡まれて、強制的に開脚させられた上に、服も最後まで剥ぎ取られたって。うらやま……んっん――そんな破廉恥な話しを聞いたら顔も赤くなるよな!」
ヴァレリアさん、そんな願望が――いえ、違います。私、とんでもない勘違いをしてました?
「ところで、カリサ、鍋は大丈夫なのか?」
そう言い残して、ヴァレリアさんは、部屋を後にしました——
「ふぇええ!」
慌てて、鍋の火を消しましたけど――いつもの倍以上の量のパスタが茹で上がっています……
「はぁぁー、どうしましょう……」
肩を落とす私の背後に、いつの間にかゾーヤさんが立っていました。
私の背中によじ登り、溶けた猫のようになって、肩越しに鍋を覗き込みます。
「たべる?」
「もったいないですからね――」
芯がなくなり、ふにゃふにゃの太い何かになったパスタを、鍋から出します。
「ん。たべる」
これを見ても、ゾーヤさんは「ん。たべる」と言ってくれた――その優しさが、少しだけ胸に染みます――思わず、目が潤んできました。
ゾーヤさんはそれ以上何も言わず、私の背中から降りると、ドアの方に歩いて行きます。
たぶん、子供たちの様子を見に行くのでしょう、結構、面倒見がいい、お姉さんなところが素敵だと思います。
ゾーヤさんが部屋を出て、ドアが閉まる直前、わざと聞かせるような呟きが聞こえました。
「スケベ」
私は閉まったドアに、無意識に叫びます——
「この、ロリババアーー!」
……その数秒後、小さな音と共に、少し開いたドアの隙間から、ゾーヤさんの声がもう一度だけ聞こえました。
「スケベ」
くっ……今のは絶対、わざと……!
いろいろありましたけど、今日の花嫁修業も終わり、私は自分の部屋で机に向かっています。
殿様にお手紙を書くんです。明日、ゾーヤさんが殿様に届けてくれるので、気の聞いた文章は書けないかもしれません。――けど、殿様への気持ちを素直に書けば、きっと伝わるはずです。
そして、今度、殿様と会う時――私が目に入った瞬間、きっと私のことを抱きしめて――そして、私は殿様のお嫁さんになるんです。
もう、考えただけで胸が苦しいほどドキドキして、息も苦しくなってしまいました――
最初の一文字を書くまでに、何度もペン先が宙で迷いました。
一度書いた『好き』は、自分でも呆れるほど拙くて、だけど一番、素直な気持ちでした。これです、これなら必ず殿様は、私を恋しくなるはずです……私はなんて罪な女なんでしょう——『魔性の女カリサ』なんて呼ばれたらどうしましょう……魔性の女が殿様を骨抜きにしてあげますね!
……って、きゃー、私ったら何を言ってるのかしら……!
翌日、ゾーヤから受け取った手紙を開いた耀は、首を傾げていた。
「同じ文字が繰り返し書かれてるみたいだが……」
「うん」
「なんて書いてあるんだ?」
「ん?『好き』」
「紙五枚全部か?」
「うん」
「誰が書いたんだ?」
「カリサ」
「あいつ、やばいやつだったんだな――」
お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。
休憩時間や移動時間に書いていますので、のんびり投稿を進めます。
出来上がっているあらすじから考えて、R15設定にしました。
 




