表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第五章 王都動乱編
98/131

第八十九羽. 悪夢の始まり


 セリア以外に誰の気配もしない石造りの牢。


 冬の夜気が容赦なく入り込み、冷え切った石床と相まって牢の中は底冷えする寒さで包み込まれていた。鉄格子の隙間から覗く夜空には三連の月が煌々と輝き、その光が冷たい石床を静かに照らしている。


 セリアは壁に背を預け、片膝を立てながら澄んだ夜空に浮かぶ月を仰いだまま瞼を細める。その冴え冴えとした月を望み、無意識に呟くように言葉が零れ落ちる。


 「おもふところ月にあらずといふ事なし・・・。」


 しばらく月を仰ぎ見ていると、その静けさを破るように、鉄の扉が開く音が響き渡る。規則正しく石畳を踏みしめる硬い靴音が低く響き渡り、その音は石造りの回廊に反響しながら次第に高くなっていく。


 鉄格子の前に現れたのは、エリトルス王国の第一王子であるルーファウス。その傍らにはルーファルスの近衛師団団長であるガルムが控えていた。


 「・・・わざわざ、囚人の顔を見に来るとは、殿下も案外暇なんですねっ。」


 皮肉交じりの言葉に、ルーファウスはわずかに表情を和らげる。


 「何を言ってるんですか。報せを受けたときには私も驚きましたよ。それにみなさんも大変心配していましたよ。特にアルジェントさんを(なだ)めるのには一苦労しました。」


 その情景が目に浮かんだセリアは、短く息を吐くと手を額に当てる。


 「ルーファルスさん。ご迷惑をおかけしました。」


 「それは、アルジェントさんのことですか、それとも今セリアさんの置かれている状況にですか?」


 ルーファルスが少し意地の悪い顔に笑みを浮かべながらセリアに尋ねた。それから表情を引き締め、真っ直ぐにセリアを見据える。


 「・・・報告は私のところまで上がってきました。事件の内容については、取り調べた衛兵から聞いています。私の客人ということもあるので、今回は私の権限でお咎めなしです。」


 そこで後ろに控えていたガルムが、ルーファルスの前に出ると手に持っていた鍵で錠を開ける。錠前が外れる音が響き、鉄格子が重い音を鳴らしながら開かれる。


 セリアが立ち上がり牢から出てくると、ルーファルスが釘を刺す。


 「これからは気を付けてくださいね。」


 ルーファルスは、軽く笑みを浮かべると言葉を続ける。


 「そうは言っても、無理なんでしょうから、これをお渡しします。」


 そう言ってルーファルスは、懐から短剣を取り出してセリアに渡す。その短剣には、王家の紋章と第一王子であるルーファルスを示す紋章が描かれていた。


 「これは・・・。」


 「セリアさんの身分は王家が保証するという、証です。国王である父の了承も得ています。なので、今回のような事があれば、これを見せてください。そうすれば牢に放り込まれる事も無くなりますし、私が出向く手間も無くなります。」


 最後は苦笑交じりにルーファルスが答える。


 「ルーファルス殿下、今回の計らい誠にありがとうございます。」


 そう言って、セリアは恭しく頭を下げる。


 「はい、どういたしましてっ。」


 セリアが頭を上げると、ルーファルスは人懐っこい笑顔を浮かべていた。


 「では、ここから出ましょうかっ。」


 ルーファルスに促され、セリアは牢を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇


 夜気を孕む石造りの回廊を、三人の足音が反響していた。セリアはしばらく黙って歩いていたが、不意に口を開いた。


「・・・私が今までに出会った貴族、アデルフィート辺境伯であるアインザックさんをはじめ、人格者で人当たりの良い人が殆どです。王都の貴族はみんな、あんな感じなんですか? 傲慢で、不遜で、市民を見下すような・・・。」


 ルーファウスは横目でセリアを見やり、歩みを緩めずに答える。


 「そういう者は少なくありません。王族派にもいます。」


 歩を進めながら、言葉を続ける。


 「特に貴族派では顕著だと思います。彼らは・・・貴族には、平民とは違う尊い青い血が流れている、と考えています。その思い込みがあるからこそ、民から搾取するのも当然、自らの利益を優先するのも当然だと信じて疑いません。」


 セリアはわずかに眉を寄せ、黙って耳を傾ける。


 「・・・そして最近の王族派と貴族派の対立が激化しているのは、私が提出した法案が発端になっています。特に税に関連する幾つかの改正案が、彼らの利権を直撃するからです。」


 セリアは立ち止まり、三つの月の光が差し込む窓辺に目をやった。


 「・・・ルーファウスさん、保留にしていた件ですが、あれは王族派と貴族派の対立の影響なのですか?」


 ルーファウスも足を止め、しばし考えるように目を伏せる。


 「そうですね。まったく関係がないとは言えません。むしろ、その対立が引き金になっていると言ってもいいでしょう。」


 セリアはルーファルスの顔をじっと見つめた。


 「・・・では、この件、お受けいたします。」


ルーファウスの表情にわずかな安堵が浮かび、すぐに引き締まった。


 「感謝します。それと、明日伝えるつもりでしたが、迷宮に潜る件について報せがありました。二日後に決まったそうです。場所は王都の地下に眠る迷宮(ラビリンス)。名を幽都回廊・ノクタルナ。」


 セリアは口角をわずかに上げ、肩をすくめる。


 「王都の地下・・・思ったより身近なところに迷宮(ラビリンス)があるんですねっ。まぁ、どうせやるなら早い方がいいのも確かです。」


 「選定遺構・ゾガルディアを踏破しているセリアさんなら問題ないかもしれないが、この迷宮(ラビリンス)は一般冒険者の立ち入りを禁止しているほどに危険なところです。」


 「そんなところに、何故?」


 「それは、分かりません。冒険者ギルドが管理している迷宮(ラビリンス)なため、私たちにも詳細はわからないんです。」


 真剣な眼差しをセリアに向け、ルーファルスが言葉を添える。


 「何があるか分かりません。気を付けてください。」


 「分かったわ。」


 三つの月が差し込む光の下、二人とガルムの影と一陣の風が回廊に伸びていった。



 ◇◇◇◇◇◇


 セリアの下にギルドから通達が来たのは、翌日の昼過ぎだった。内容はルーファルスから聞いていた情報とほぼ同様であった。場所は幽都回廊・ノクタルナ、明日の午前11時にギルド前に集合と短く簡素な内容であった。


 そして、翌日の午前11時、冒険者ギルド前。冷たい空気の中、多くの人々が集まり始めていた。幽都回廊・ノクタルナの挑むための集合である。


 セリアを先頭に、庭園ガーデンの面々が揃って姿を見せた。テオドールは落ち着かない様子でセリアの後ろに立ち、リュカとフレイアは手を繋ぎながら周囲を見回している。まだ十にも満たぬ幼い姿は、集まった冒険者たちの目を引かずにはいられなかった。


 「・・・おいおい、子供まで連れてきたのか?」


 「冗談じゃない、遠足じゃねぇんだぞっ。」


 抗議を繰り返していた三組のパーティーから、(あざけ)りとも怒りともつかぬ声が漏れる。その視線には露骨な嘲笑(ちょうしょう)と苛立ちが宿っていた。


 ギルド職員の一人も渋い顔で腕を組み、呟く。


 「記録のために同行するが・・・これでは調査というより見世物だな。」


 しかし、当のリュカとフレイアは臆する様子を見せない。リュカはじっと周囲を見返し、フレイアは小首を傾げながらセリアのマントを軽く握っていた。その無邪気な仕草に、逆に場の空気がざわめく。


 「子供が泣き出したらどうするつもりだ?」


 「いや、泣くだけならまだいい。死んだら誰が責任を取るんだっ。」


 ざわつきが広がる中、場の空気を切り裂くように甲高い声が響いた。


 「あらっ、セリアちゃん、また会ったわねっ!」


 ギルド前の群衆から、金髪ツインテールの大柄な姿がひょっこり現れる。その圧倒的な体格に誰もが息を呑む。エリー、王都でも名の知れたSランク冒険者である。


 セリアは目を瞬き、口を開いた。


 「・・・エリー? なんであなたがここに。」


 「もしものためにって言われたのよぉ。ほらっ、アタシって頼りになるでしょ?」


 にっこり笑うエリーに、セリアも肩をすくめる。


 二人の間にごく自然なやり取りが交わされるのを見て、周囲の冒険者たちはどよめいた。あのエリーとセリアが親しげに話している。予想もしなかった光景に、疑念と驚きが入り混じった視線が一斉に向けられた。


 エリーはふとセリアの後ろに目を留め、金のツインテールを揺らして声を弾ませた。


 「セリアちゃん、この可愛いぃっ、お子様たちはいったいっ?」


 セリアはわずかに口角を上げて、さらりと答える。


 「・・・私の子供たちです。」


 「まぁっ!」


 エリーは両手を頬に当て、わざとらしく目を丸くした。


 「こんなに若くてぇ、格好いい母親なんて、うらやましい限りねぇっ。」


 そう言ってエリーは大柄な体をゆっくりとしゃがませ、視線をリュカとフレイアの高さまで下げた。


 「こんにちは。アタシはエリー。よろしくねっ。」


 初めて間近に見た圧倒的な体格に、リュカもフレイアも最初は戸惑いを隠せず、小さくセリアの後ろへ身を寄せた。だが、見上げた先にあったエリーの笑みは、豪快さの裏にある柔らかさを帯びていた。


 リュカが小さく瞬きをし、フレイアがためらいがちに一歩前へ出る。


 「・・・よろしく、です。リュカ、です。」


 「エリー、さん・・・フレイアです・・・。」


 二人の幼い声に、エリーは優しく目を細めた。その仕草に安心したのか、リュカとフレイアの表情から強張りが消えていく。次の瞬間には、二人とも自然とエリーの大きな手に触れていた。


 リュカとフレイアを片腕ずつ軽々と抱き上げたエリーは、そのまま大きく立ち上がる。二人は最初こそ緊張していたが、今では楽しそうに笑みを浮かべていた。その光景に周囲の冒険者たちからざわめきが広がる。


 そんな中、エリーはふとヴェインの方へ視線を流し、口元に意味ありげな笑みを浮かべる。そして、セリアの耳元に顔を寄せ、ひそやかに囁いた。


 「ところで、セリアちゃん・・・あそこにいる素敵なダンディーなおじさまはぁ、セリアちゃんのパーティーメンバー?」


 突然の耳打ちに、セリアは思わず眉をひそめる。


 「・・・あぁ、あれはヴェイン。うちの仲間よ。」


 ヴェインをそういった目で見たことがないセリアは、エリーを訝しむ様な目で見ていた。だが、当のエリーは楽しそうに笑みを深め、抱きかかえた双子もつられて声を上げて笑った。


 エリーは双子を抱き上げたまま、わざとらしく目を細めてヴェインを見つめた。


 「・・・まぁ、渋くてダンディーなおじさまぁっ、タイプだわぁぁっ。」


 セリアの耳元で囁く声は楽しげで、ヴェインへ向けられる視線は妙に熱く、そして艶っぽい。


 その瞬間、ヴェインの全身を今までに味わった事の無い感覚が襲う。理由もなく全身の毛穴が開くような感覚と悪寒が走り、全身が危機感を警告している。


 「・・・っ!?」


 慌てて一歩後ずさり、背中を石壁にぶつける。


 ーーーな、なんだこの感覚は・・・敵意じゃない・・・! だ、だが、これは・・・まるで、獲物を見つけた猛獣の・・・。


 冷や汗が頬を伝い、剣の柄に伸ばしかけた手が震える。


 エリーはにこやかに双子と笑い合いながら、視線をヴェインからセリアの後ろにいる少年をへと向けた。


 「ねぇ、セリアちゃん。この少年もセリアちゃんのパーティーメンバーなの?」


 「えぇ、そうよ。それと私の弟子ってところかしら。」


 「セ、セリアちゃん・・・アナタ、いったい何を作り上げようと・・・。」


 エリーは何時になく真剣な眼差しをテオドールに向けていた。セリアはそんなエリーを、何を言っているの、といった目で見ていた。


 その微妙な空気を打ち払うように、低い声が響く。


「・・・揃ったようだなっ。」


 冒険者ギルドの扉口に、ギルドマスターのアガレスが姿を現した。屈強な体格に、鋭い眼差し。広場を一瞥しただけで、ざわついていた冒険者たちが静まり返る。


 「細かい不満は後にしろ。今は任務だ。」


 そう言い放つと、アガレスは踵を返す。


 「付いてこい。ギルドの地下に存在する迷宮(ラビリンス)、幽都回廊・ノクタルナの入り口へ案内するっ。」


 場の空気が引き締まり、ざわめきは収束する。アガレスの言葉に従い、一行はギルドの奥へと進む。賑やかな喧騒が遠ざかり、石造りの階段を降りるたびに空気が冷たく湿っていく。火の灯された壁の燭台が等間隔に並び、炎が揺れるたびに長い影が壁を這った。


 「・・・空気が違うな。」


 ひとりの冒険者が小声で呟く。誰もが黙り込み、靴音だけが石段に響いた。反対を口にしていた者たちですら、この場に立てば否応なく緊張に呑まれていく。


 重苦しい空気の中、アガレスに導かれて一行は石造りの回廊を進んでいた。松明の灯りが等間隔に並び、揺らめく影が壁に長く伸びる。足音だけが響くその道中で、エリーは抱きかかえていたリュカとフレイアを軽く揺らしながら、セリアの横へと身を寄せた。


 「ねぇ、セリアちゃん・・・。」


 耳元に囁く声はいつもの軽さを保ちながらも、どこか低い調子を帯びていた。


 「ここ、幽都回廊・ノクタルナはねぇ・・・本来なら、Sランク冒険者しか入れない場所なのよねぇ。年に数回、調査と中の魔物を間引くために解放されるだけでぇ。A・Bランクの冒険者、ましてや職員まで入れるような場所じゃないのよぉ。」


 セリアは小さく目を瞬き、横顔を盗み見る。


 「・・・それが、なぜ今?」


 エリーは大げさに肩をすくめ、にっこり笑った。


 「さぁねぇ。でも、ひとつ言えるのはぁ・・・ギルドの決定とはいえ、こんな危険な場所に、しかも職員まで同行させるなんて、尋常じゃないわぁ。ここを庭園(ガーデン)の力量を測る舞台にするなんて、場違いもいいところっ。危なすぎてぇ、逆に、笑っちゃうくらいよぉっ。」


 言葉の内容は不穏極まりないのに、明るい口調にリュカとフレイアまで小さく笑ってしまう。


 セリアは無言で前を見据え、胸の奥にわずかな違和感を覚えながら歩みを進めた。石段を降り切った先に姿を現したのは、荘厳な気配を放つ巨大な扉だった。


 金属光沢の両扉は人の背丈の数倍にも達し、表面一面に古代文字を思わせる文様が刻まれている。文様は単なる装飾ではなく、見る者に畏敬を抱かせる幾何学の構造を成しており、わずかな燭火を受けて淡く光を返していた。


 扉を囲む壁面には結界石がいくつも埋め込まれ、扉の前には人の背丈と同じほどの結界石の要石らしき物が据えられていた。青白い光は脈動するように明滅し、まるで扉そのものが生きて呼吸しているかのようだった。その光に照らされた石畳は聖域の祭壇のように清冽(せいれつ)で、冷たい空気の中にも不思議な厳かさが漂っている。


 冒険者たちは思わず足を止めた。抗議を繰り返していた者でさえ、声を失って見上げる。視界を埋め尽くす光景に否応なく呑まれていた。


 アガレスは結界の要石に手を触れると、何かを呟く。すると、扉を覆うように展開していた結界が消失していく。さらに金属光沢を放っていた扉さえもが、その姿を徐々に消していった。扉だと思っていた物も結界の一部であった。この光景を目撃した冒険者は、息を呑み、目の前で起こっていることをただただ見つめていた。


 完全に結界が消失したのを確認すると、アガレスはゆっくりと一同を振り返った。


 「ここがっ、幽都回廊・ノクタルナだっ。」


 低く放たれた声は、静まり返った空間に重く響き、開いた幽都回廊・ノクタルナからは冷たい風と共に、闇の底から響くような気配が一行を包み込んだ。



誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。


【読者の皆様へのお願い】

作品を読み、少しでも「面白い」、「先が読みたいと」と感じた方は、ブックマークと評価をお願いします。

気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。

改めてお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ