第八十八羽. 奇妙な縁と姉弟子
セリアは呆然と、その場に立ち尽くしていた。
二メートルを超える巨体、金髪ツインテール、鮮やかなピンクのワンピース。あまりにも現実感を欠いた姿に、動揺を隠せない。
「あらぁっ。そんな顔しないでちょうだいっ。女の子は笑顔が基本よぉ。特に初対面はねっ!」
エリーは艶やかに微笑み、片目を閉じてウィンクを送った。その仕草は場違いなほど軽やかで、なおさらセリアを困惑させる。
声の主は朗らかに胸へと手を当てる。
「そういえば、自己紹介がまだだったわねぇ。アタシはエリアーナ・グレンディオル。でもみんなは“エリー”って呼んでるわぁ。だからぁ、セリアちゃんもエリーって呼んでねぇっ。力仕事も護衛も得意だし、料理もお任せぇ。・・・まぁ、味見で鍋が空っぽになることもあるけどねっ。」
巨体が床を軋ませる音すら、場違いな明るさに塗り替えられていく。セリアは眉を寄せ、冷ややかに問いを放った。
「・・・な、なんで、私のことを?」
一拍置いて、エリーは唇の端を上げる。
「あらぁ、それならぁ? 老師から聞いたのよぉ。それに、ノブツナちゃんからも、ねっ。」
その一言に、セリアの瞳が鋭く動く。
「・・・老師って、もしかして・・・。」
「そうよぉ、サジ老師。つ・ま・り、アタシとセリアちゃんはぁ、同じ師を持つ“姉妹”ってことねっ。」
セリアは思わず目を瞬かせる。その言葉が胸に落ちた瞬間、張りつめていた警戒の糸がわずかに緩むのを自覚した。そしてエリーとの奇妙な縁を感じた。
「ところで、エリーは何故ここに?」
「ふふっ、理由なんて一つよ。・・・運命に導かれちゃったのっ。だって、ここに来た理由は、セリアちゃんも一緒でしょ?」
セリアの瞳がわずかに揺れ、ほんの一瞬、呆けた顔を見せた。その隙を逃さず、エリーはニヤリと笑みを深める。
「三ヶ月後の模擬戦でね、セリアちゃんの相手をするのはぁ、この、ア・タ・シッ。」
その声はまるで舞台の幕開けを告げるアナウンスのように明るい。片目を閉じてウィンクを送る仕草まで加わり、豪快さと茶目っ気が綯い交ぜになっていた。
セリアは呆れたように眉をひそめるが、口元には知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。
「それにしても、三ヶ月後の模擬戦、今からワクワクしちゃうっ。衣装も新調しなきゃ。」
セリアは一瞬きょとんとし、そして眉をひそめる。
「・・・模擬戦に衣装?」
呆れた声に、エリーは大げさに肩をすくめてウィンクする。
「何を言ってるの、セリアちゃんっ。映え、は大事よぉ。強いだけじゃ、つまんないじゃないっ。戦いは見せ場よ。カッコよく、美しく、そして、華やかに、ねっ!」
セリアは思わず小さく息を吐き、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「・・・楽しみにしてるわ。」
その答えにエリーは満足そうに頷き、豪快さと茶目っ気を混ぜた笑みを浮かべる。
「それじゃ、アタシはもう行くわねぇ。」
片手をひらひらと振りながら、エリーは颯爽と背を向ける。金髪ツインテールが大きく揺れ、ピンクの裾が翻り、巨体とは思えぬ軽やかさで通路の向こうへ消えていった。
残されたセリアは、しばらく中央の舞台を無言で見つめていた。
やがて小さく息を吐き、踵を返す。
足取りは落ち着いて、そしてどこか、先ほどよりも軽やかだった。
◇◇◇◇◇◇
闘技場を後にしたセリアは、そのまま足を冒険者ギルドへと向けた。
重厚な木扉を押し開けると、軋む音と共にひんやりとした空気が流れ込んでくる。広いホールには長机や掲示板が並び、冒険者たちが依頼票を物色したり、仲間と談笑していた。昼下がりのせいか喧騒はほどほどで、程よいざわめきが場を満たしている。
カウンターに座っていた若い女性が近づいてくるセリアに気づき、ぱっと笑顔を浮かべた。
「失礼ですが・・・セリアさん、でいらっしゃいますよね?」
「えぇ、そうよ。」
セリアが軽く頷くと、女性は安心したように微笑み、椅子から立ち上がる。
「お待ちしておりました。私はこのギルドで受付を務めておりますナタリーと申します。本日のご用件については、ギルドマスターが直接ご説明すると承っています。どうぞこちらへ。ギルドマスターの執務室までご案内いたしますね。」
セリアは静かに頷き、ナタリーの後に続いてカウンター脇の扉を抜けた。ナタリーに案内され、厚い扉の前で足を止める。軽くノックが打たれ、中から低い声が返ってくる。
「入れ。」
扉が開かれると、そこには重厚な机に座る初老の男の姿があった。筋骨逞しい体躯に、歴戦の気配を纏った眼光。冒険者ギルドのマスター、アガレスである。
セリアが入室すると、アガレスは立ち上がり、短く礼を交わした。
「よく来てくれたな、セリア君。そこに掛けてくれ。」
セリアが椅子に腰を下ろすと、アガレスは腕を組み、重々しい声で切り出す。
「さっそくだが、本題に入ろう。このたび、セリア君、君のSランクへの昇格が正式に決まった。だが昇格はただの栄誉ではない。王国とギルド双方にとって、相応の責務を伴う。そして、君にやってもらうことが二つある。」
セリアは黙って耳を傾ける。アガレスは視線を鋭くし、指先で机を軽く叩いた。
「まず一つ目だ。三か月後に行われる模擬戦、これは新たにSランクとなる者に課せられる通過儀礼だ。公の場で実力を示し、その力量を内外に証明する。これは君も例外ではない。」
わずかに間を置き、アガレスは続けた。
「そして二つ目は、迷宮へ潜ってもらうことだ。これについては、Sランク昇格時に本来行うべきことではない。」
アガレスはここで一旦言葉を句切ると、深く息を吐き、言葉を選ぶように、一度視線を机上に落とした。
「・・・本来ならば、Sランクへの昇格は発表まで厳重に秘匿されるべき情報である。だが一部から漏洩したことで、方々から昇格について疑義や抗議の声が上がってしまった。管理体制の甘さにより、君に余計な負担を強いることになった。」
そこで初めて顔を上げ、真正面からセリアを見据える。そして、深く頭を下げ、言葉を重ねた。
「誠に申し訳ない。」
セリアは短く息を吐き、椅子に背を預ける。アガレスの動きを制するように、静かに言葉を紡ぐ。
「・・・もう過ぎたことです。謝罪については受け入れます。」
軽く視線を伏せてから再びアガレスに視線を向けた。
「その件については、ルーファウス殿下からも聞き及んでいます。殿下は二、三日中には迷宮に潜ることになるだろう、とも仰っていました。」
セリアの眼差しを受け、アガレスは短く息をつき、椅子に背を預けた。
「先ほども述べたが、一部の者による抗議で君に迷宮へと潜ってもらうわけだが、実はまだどの迷宮にするか、いつ実施するかが決まっていない。」
「・・・そうですか、わかりました。」
アガレスの言葉に、セリアは一度小さく息を吐き、静かに頷いた。
「では、決まり次第、連絡をください。」
セリアはそう言って立ち上がると、部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇
ギルドを後にしたセリアは、王都の南区へと足を運んだ。
昼下がりの陽射しに賑わう通りを抜けると、ちょっとした広場の一角に人だかりが出来ている。ざわめきに眉をひそめ、セリアは自然と足を向けた。
人々が輪を描く中央には、怯えた表情の少年と、派手な衣服を纏った十代後半の若い男が立っていた。やや肥満気味の体を揺らしながら、少年を見下ろし、鼻息荒く叫んでいる。
その傍らには取り巻きと護衛が数人。
「無礼者! 貴族たる私にぶつかるとは、どういう了見だ!」
少年が怯えながら謝罪の言葉を必死に繰り返しても、肥えた頬を紅潮させた若者は耳を貸す素振りを一切見せない。さらに取り巻きたちは嘲笑を浴びせ、護衛の手は既に剣の柄へとかかっている。
取り巻きの前で大げさに胸を張り、わざと声を張り上げた。
「謝れば済むと思っているのか! 私を誰だと思っている! ベルトラン伯爵家の四男、ダリオ様だぞっ!」
周囲にいた市民たちはざわめきながらも視線を逸らし、誰も口を挟めない。相手が貴族である以上、止めに入れば次は自分の番になってしまう。その葛藤が群衆を支配していた。
ダリオは得意げに顎を突き上げ、少年を指差して怒鳴り立てる。
「下民の分際で、この私にぶつかるなど、万死に値するっ。誰かこいつに思い知らせてやれっ!」
取り巻きたちが下卑た笑い声を上げ、護衛の一人が無言で前へ出る。剣の柄に手をかけ、少年の小さな体を睨み据えた。鋭い眼光とともに剣を抜き払い、刃が振り下ろされようとした、その瞬間。
二人の間に黒いローブが翻り、乾いた衝撃音と共に、その軌跡は止められる。セリアの右手が、刀身を握り締めていた。素手で鋼を受け止めたという現実に、広場全体が凍りつく。
護衛の顔が驚愕に歪み、目が大きく見開かれる。腕に込めた力を増しても、剣はまるで石壁にめり込んだかのように微動だにしない。
「馬鹿な・・・素手、で・・・。」
ダリオの取り巻きが小さく呟いた。
群衆も取り巻きも、どうやって防いだのか全く理解できずに息を呑んでいる。常識を越えた光景に、騒然としていた空気が一層混乱へと変わっていった。
セリアは少年を背に庇いながら、冷ややかに視線を護衛へと向けた。
「・・・大の大人が、こんな小さな子供に向けて剣を抜くとはね。」
紅と黒の瞳が、護衛に守られているダリオを射抜くように見据える。その口調は淡々としていたが、背筋を刺す冷ややかさが漂っていた。
「そこまでして、守るべきご主人は、随分と器が小さいようね。」
セリアの冷ややかな言葉が落ちた瞬間、広場に息を呑む音が広がり、取り巻きたちの笑い声が途切れる。
張り詰めた沈黙を破ったのは、ダリオの甲高い怒声だった。
「な、なにをぉっ!? 無礼なっ。こ、この私にたいしてっ。お、おい、お前たちっ、やってしまえっ!」
取り巻きの顔色が変わり、護衛たちが一斉に剣を抜き放ち、半円を描くようにセリアと少年を囲む。鋼が擦れ合う甲高い音が重なり、周囲の群衆がざわめき立った。逃げ腰になりながらも人垣は崩れず、視線は一斉に中央へ注がれる。
さらに、護衛の中にいた一人の魔法士が手を掲げ、低く詠唱を始めた。大気がわずかに震え、広場の緊張は極限まで高まっていく。
「やれやれ・・・こんな街中で攻撃魔法を使うなんてっ。」
次の瞬間、セリアの脚が鋭く閃いた。
動きを封じていた護衛の胴を蹴り飛ばす。巨体が宙を舞い、石畳に叩きつけられる。その鈍く重い衝撃音に、群衆の中に悲鳴が広がる。
その直後、セリアは空いた左手を軽く掲げ、指を鳴らす。
パチン。
セリアの指から響く乾いた音と同時に、後方で詠唱を続けていた魔法使いのエーテルが霧散していった。そして、編み上げられていた術式は強制的にほどけ、光の粒となって宙へと消えていく。
魔法士は何が起こったのか全く理解出来ず、狼狽して数歩後ずさる。それより早く周囲を取り囲んでいる護衛たちが一斉にセリアに向かって斬りかかる。
だが次の瞬間、セリアの姿は霞のように揺れ、次いで残像を引き連れた閃光の連続が走った。鋼が跳ね飛び、甲冑が軋む。誰も反応できない速さで打ち据えられ、取り囲んでいた護衛たちは事切れたように次々と石畳に崩れ落ちる。
ダリオを守るように立っていた取り巻きたちの手から剣が滑り落ち、甲高い音を響かせて地面に転がった。
目の前で起こった出来事に広場を取り巻く群衆が、水を打ったように静まり返る。セリアが次の行動に移ろうとした、その瞬間。突如、エーテルで出来た鎖がセリアの四肢に絡みつき、身体が縛り付けられる感覚が走った。
「・・・アストラ・バインド。」
群衆のざわめきの中から、フードを被った二人の魔法士が姿を現す。セリアは群衆の中に魔法士がいることに初めから気が付いていた。だが、攻撃魔法の詠唱が行われていなかったこともあり、完全に無視していた。
当然、そんなことを知らないダリオは、勝ち誇ったように声を張り上げ、たるんだ腹を大きく揺らす。
「はははっ、見たかっ。獣人風情が、このダリオ様に楯突くからこうなるのだっ。おい、こいつを丸焼きにしろっ!」
命令を受けた二人の魔法士が杖を掲げ、炎の詠唱を紡ぎ始める。
「フレイムバレットッ」
詠唱が完了と共に生み出された二つの火炎は、セリアに向かって一直線に飛来する。広場に熱気が広がり、群衆が悲鳴を上げて後ずさった。
だが・・・。
セリアの紅と黒の瞳が静かに光り、身体を絡め取っていたエーテルの鎖がきしみ始める。次の瞬間、拘束は爆ぜるように四散する。解き放たれたセリアは、一歩も動かぬまま指を再び鳴らす。
パチン。
同時にセリアに向かって飛来していた炎の塊は、霧散し宙へと消え去る。魔法士たちは目の前の光景に驚愕し、思考が一瞬停止する。その一瞬、セリアの気配が掻き消え、二人の魔法士は同時に石畳へと崩れ落ちていった。彼らの持っていた杖が手から滑り落ち、乾いた音を立てむなしく転がる。
さらに、セリアから発せられる威圧に取り巻きたちが、次々と崩れ落ちていった。その光景を目の前にしたダリオは、先ほどまで威勢をかなぐり捨て懇願し始める。
「ま、まってくれっ。わ、私が悪かった。ど、どうだ・・・私に雇われないかっ。金ならいくらでも払う、望むだけやろうっ!」
情けない言葉を連ねていたダリオの口が、セリアの足音に重なって途切れる。影が覆いかぶさり、紅と黒の瞳が上から見下ろす。なおも冷たい視線を浴びせるセリアに対してダリオは無様な言葉を並び連ねる。
「私の家は伯爵家だぞ!? 敵に回せば君だって困るだろう、な? だ、だから・・・見逃してくれ、頼む・・・!」
セリアは一言も発さなかった。ただ、黙って相手を見据える。
その無言の圧力に、ダリオの喉から嗚咽が漏れた。次の瞬間、白目を剥き、肥えた体が石畳に崩れ落ちる。
広場には張り詰めた沈黙だけが残り、群衆は誰も声を発せなかった。ただ一人、少年の前に立つセリアの背を、息を呑んで見つめていた。
丁度その時、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが、群衆をかき分け次々と広間へと傾れ込む。衛兵たちが倒れた者たちを確認している間、群衆は固唾を呑んで見守っていた。隊長格の衛兵が状況を確認していると、視線が転がる肥満気味の若者で止まり、顔をしかめる。
「まさか、ベルトラン家の・・・。」
隊長格の衛兵がセリアに向き直る。
「・・・いったい、ここで何があった?」
セリアは少年を庇いながら、落ち着いた声で答える。
「この子が誤ってぶつかったのを理由に、あの男が難癖をつけていた。さらに護衛が剣を抜き、あまつさえ攻撃魔法まで使おうとしていたので、私が止めただけです。」
短い説明だったが、それを聞いていた周囲の群衆もざわめきながらうなずき合う。隊長はしばし沈黙し、セリアへ鋭い視線を向け、慎重な声音で告げた。
「事情は承知した。しかし相手は伯爵家のご子息だ。理由がどうであれ貴族を傷つけた以上、あなたにも同行願おう。」
セリアは短く息を吐き、抵抗することなく頷いた。その背に庇われていた少年が不安そうにセリアを見上げる。
「私は大丈夫だから、お母さんのところに帰りなさい。」
その一言に、少年は目を潤ませながらも必死に頷いた。
鎧の軋む音とともに、広場は再びざわめきに包まれる。人々の視線を背に受け、セリアは衛兵たちに囲まれて歩を進めた。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。
改めてお願いします。




