第八十四羽. それぞれの旅立ち
空を見上げれば、そこに清涼感漂う澄み切った青が何処までも広がりを見せている。そんな爽やかな朝の一時ではあるが、一度視線を落とせばそこには凄惨な景色が広がっていた。ひっくり返った樽からこぼれた酒が地面に染みこみ、辺り一帯に甘酸っぱい匂いが立ち込めている。広場を見渡せば、地に突っ伏しうめき声を漏らす者、毛布に包まって身動きひとつしない者たちが、昨晩の宴会の余韻を醸し出していた。昨晩の余波は見事に全員の身体を打ちのめしていた。
未だに酒の匂いが周囲に残っている中、セリアだけが涼しい顔をして、平然と椅子に腰をかけていた。周囲に散らばるグラスや皿が朝日を浴びて無意味に輝いているのを見渡しながら、彼女はモーニングティを堪能していた。
「・・・ふぅ。あれだけ飲めば当然ね。」
低く吐き出した声は、どこか呆れにも似た響きを持っていた。
「マスターもかなり呑んでいたはずだが・・・何故そんな・・・うっ。」
青白い顔をしたイリスが、自分以上に呑んでいたセリアが涼しい顔をしている事に疑問を持つも、押し寄せる吐き気にその疑問もすぐに頭の外へと消えていく。
「もう・・・酒なんて見たくもない・・・」
そして、よく聞くような台詞を漏らすイリス。
「セリア殿、」
「今後について、話し合いをしたかったのだけど・・・昼過ぎまで待つ必要がありそうね。」
セリア以外にも目の前の惨状を呆れ返った顔で眺めている者達がいた。小さな子供を持つ母親たちだ。
「あんな大人に、なっちゃ・・・ダメよ。」
我が子に、そんな事を言い聞かせながら、冷たい視線を送り続けていた。
動ける者から宴会の後片付けが始まり、お茶を飲み干したセリアも手伝いを始める。
そんなセリアを地に伏す者たちは、”化け物”だと心の底から思っていた。そして、そんな彼らが行動出来るようになるまで、あと数時間を要した。
◇◇◇◇◇◇
日が中天を過ぎた頃、ようやく人々の活動が戻り始めた。顔色はまだ冴えないが、皆が水や軽い食事で喉を潤し、何とか腰を上げられる程度には回復していた。
そんな中、一室に数人が集まっていた。その場にいるのは、セリア、ガフキン、ディアルト、セツエイ、そしてイリス。そして精霊を代表して、コハク、ルリ、スイ、クレナイ、メノウ。
「・・・では、始めましょうか」
セリアの声に、未だ体調の悪そうな顔をしているが、参加者の眼差しに力がこもる。
「その前に・・・セリア殿。改めて礼を言わせていただきたい。ここまで導いてくれたこと、我ら一同、心から感謝している。」
ディアルトの言葉にセツエイも頷いた。
「こうして生き延びられたのもセリア殿のおかげだ。我らに出来る事があれば、何でも言って欲しいっ。」
「ありがとうございます。では、遠慮無くっ。」
セリアは言葉を区切ると、参加者の顔を見渡し静かに語り始める。
「今までは、ガフキンさんを初めとするエルダードワーフと精霊たちで、何とかやってきました。今回の移住で人数が大分増えたので、役割を分担しようかと考えています。」
「得手不得手がありますから、当然と言えば当然ですな。」
ディアルトの言葉に頷いたセリアは、そのまま話を続ける。
「エルダードワーフの皆さんには、鍛冶、彫金、そしてお酒造りをメインでお願いします。そして新しく移住してきた皆さんには、農業をお願いします。それと味噌や醤油の生産を頼みたい。この地に是非、根付かせてほしいっ。」
味噌や醤油にただならぬ執念を見せるセリアに一同が困惑するが、セリアは構わず続きを語る。
「そうする事で、食の基盤を安定させる事ができますっ。まぁ、昆布などの海藻類が無いのは残念ですが・・・。」
「セリア様、その点は問題ありません。」
口を開いたのは水を司る四大精霊であるルリ。
「問題ない?」
「はい、ラピュタにも海が出来ましたっ!」
「海が・・・出来た?」
少々間抜けな声を上げながら素直な疑問が口から出る。
ーーー空に浮かんでいる島に、海・・・何を言っているんだ・・・。
『マスター、確認しました。海かどうかの判別は出来ませんが、広範囲にわたり水が溜まっている場所が存在します。』
『・・・嘘でしょう・・・。』
様相がおかしくなっていくラピュタに若干頭が痛くなるのを感じながらも、セリアは頭を切り替えて続きを話し始める。
「わかった。それは後で確認する。最後に戦力を確保したいと考えています。」
「戦力・・・ですか?」
セリアの言葉にガフキンが疑問のこもった声を上げる。そしてディアルトとセツエイの顔も陰りを見せる。
「勘違いをしないでください。戦力と言ってもここを守るためです。今は問題なくても、いずれ戦力が必要になる時が来るかもしれません。その時に備えて、戦える基盤を築くこと。それが皆さんにお願いしたいことです。」
ディアルトとセツエイは帝国軍による蹂躙が頭をよぎる。そしてセリアの提案について肯き同意を見せる。
「わかりました。我々も二度とあんな目に合いたくない。戦力基盤の確保については、承りました。」
ディアルトが力強くセリアに答えると、セツエイも力強く頷き同意を示す。
「二人がそれで良い、と言うなら私は異存がありません。」
ガフキンが二人の答えを確認すると、同意の旨をセリアに告げる。
「マスター、私はどうすればいいんだい。」
戦力については話題が終わりを見せたところで、イリスが新たな話題を提供する。
「イリスは別途頼みたい事がある。」
「頼みたい事?」
「えぇ、あなたにはロストークに赴いて、帝国軍の動向を監視してほしいの。」
「ロストークって。」
「あなたがダリムとして潜入していた、モルトリス男爵が治める街。」
イリスは一時の間を置くと姿勢を正し、静かに頷いた。
「・・・承知しました。あの街なら道も、人の流れも熟知しています。その依頼、その命令、謹んでおうけいたします。」
セリアは満足げに首を縦に振る。
「と言ってもあなた一人で、というのは・・・もしもの場合に対象出来ないかもしれない。」
「では、我々のところから二人出そう。よろしいかな、ディアルト殿。」
セツエイの提案にディアルトは黙って頷いた。それを確認したセツエイが言葉を続ける。
「では、後でイリスのところに向かわせます。」
その後、いくつか細かい事を詰め、話し合いはお開きとなった。
「セリア殿、少しよろしいか。」
セツエイが部屋を出ようとするセリアを呼び止めた。
「何か懸念点でもありましたか?」
「いや、別件でセリア殿お力をお借りしたい。以前話をしたが、我々は数年前にディアルト殿たちと同じように帝国軍に襲われた。それでディアルト殿の集落にお世話になっているわけだが。我々が管理していた封印の状態を確認しに行きたいのです。」
「なるほど・・・。」
ーーー確かに、それは私も気になる・・・。
「今すぐに、と言うつもりはないので、手が空いた時にでもお願いしたい。」
「分かりました。私も気になるので近いうち対応します。」
ーーーそういえば・・・。
「ガフキンさんっ。一つ尋ねたい事が。」
まだ部屋に残っていたガフキンを呼び止めるセリア。
「ヤトノカミの件で確認したいのですが、封印が破れた理由って分かりますか?」
「それについては、私にも分かりません。弱まっていたのは確かですが、破れるのは・・・。」
「人為的な要因が強いと・・・。」
「そう思っています。」
「一回確認に行きたいので、正確な場所を教えてください。」
「わかりました。少々お待ちください。」
ーーー王都の件が落ち着いたら、確認に行くか・・・。
ガフキンから大まかな場所を聞いたセリアは、変わっていくラピュタを一通り見て回った。一通り見て回ったセリアはイリスと鬼人族、ドラゴニュートの二人を連れだってローレルへと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇
ローレルの宿屋の一室。
窓の外には、冬の夕暮れが迫り、空はすでに群青に沈み始めていた。暖炉の火がぱちぱちと音を立て、部屋の中に淡い温もりを運ぶ。
セリアの前に立つのは三人。
イリス・ティレイン。
その隣に、長い黒髪を結った鬼人族の女戦士、ツバキ。
そして、銀青の鱗をまとったドラゴニュートの青年、サヴァリス。
「マスター、王国領とはいえロストークで目立つと思うのだけど。」
「そうね。だからなあなた達には新しいスキルを渡すわ。」
「新しい・・・スキル?」
「えぇ、スキル名はレンヴァリスの鏡。」
「それって・・・。」
「イリス、あなたが持っていた魔導具を解析して、スキルとして作ったもの。壊れた魔導具から解析したので、本物の魔導具に比べたら性能が落ちるかもしれないけど。」
セリアは掌に小さな光を生み出し、それを三つに分けて三人へと渡す。光はそれぞれの手のひらに吸い込まれるように沈み込み、三人の中にレンヴァリスの鏡がスキルとして刻まれた。
「それとツバキ、サヴァリス二人には、私から提案があります。私の眷属になるつもりはない?」
「眷属・・・ですか?」
口を開いたツバキは怪訝な顔をして、イリスに視線を向ける。
「イリスさんは既に眷属になっていると、言う事ですか。」
同じようにイリスに線を向けたサヴァリスが確認するように口を開いた。
「多少自分の中で何かが変わった気がするけど、外見、性格と言った者が変わるわけでは無いかな。」
イリスは眷属になった時の感覚をツバキとサヴァリスの二人に話て聞かせた。
「私の眷属なので、当然私に危害を加えることは出来ない。それ以外に何か制約があるわけではないわ。ただ今より格段に強くなる事だけは、保証するわ。」
セリアの言葉にツバキとサヴァリスの二人は視線を交差させた。二人の脳裏には帝国軍に襲われ、村が炎に呑まれて行く姿が蘇っていた。村の中では腕が立つとして自信に満ち溢れていたが、いざ実際の戦闘になれば足が振るへ惨めな姿をさらしていた。自分たちが強くなり、次に何かあれば村を、いやラピュタを絶対に守り通す。そんな意思が二人の瞳に強く宿っていた。
ツバキとサヴァリスはお互いに頷き合うと、息の合った動作でセリアの前に膝を折る。
「末席に加えてください。必ずお役に立ってみせます。」
ツバキとサヴァリスの二人は、凛とした声でセリアに誓った。そしてその瞬間、二人の身体を光が包み込み、力の奔流に飲み込まれ気を失った。
「マスター、二人を眷属として迎え入れたのは・・・。」
二人をベットに運び終えたイリスはセリアに疑問を投げかけた。
「えぇ、嘆哭者との接触が無いとは言い切れない。送り出す以上、最善の準備をする必要がある。」
セリアは真剣眼差しイリスに向ける。
「わかったわ。」
「それと、これを渡しておくわ。」
そう言ってセリアは袋をイリスに向けて投げる。受け取ったイリスが中を確認すると、中には金貨、銀貨が詰め込まれていた。
「これって・・・。」
「支度金だ。」
「支度金って・・・多過ぎよ。」
「多くて困る事もないでしょう。」
「それは・・・そうだけど・・・。」
「どんな危険があるか、私にも分からない。十二分に気をつけくれ。もしダメだと思ったら、撤退するか・・・念話で私を呼べっ。いいなっ。」
「えぇ、分かったわ。」
「なら、私はもうそろそろ・・・帰るとするか。」
そう言ってセリアは三人の部屋をあとにした。
その翌朝、朝靄が立ち上る街道には、朝早くから活動する商人の馬車が行き交っている。そんな街道を三つの影が帝国の国境に位置する街ロストークに向けて旅立った。遠くに見える山並みは雪化粧を始め、行き交う馬車馬車の車輪が回る音と朝靄を薙ぐように吹き抜ける一陣の風が彼らの出発を見守った。
◇◇◇◇◇◇
宿屋を後にした時には、すでに日は落ち、ローレルの街は冬の闇に沈んでいた。吐く息は白く、石畳の上に並ぶ街灯が、淡い光で夜の輪郭を浮かび上がらせている。
ローレルのメイン通りに並ぶ屋台は、店じまいの準備を始めていた。
セリアが足を進めていると、不意に声がかかる。
「あら、セリアちゃん」
振り向けば、いつも野菜や穀物を買っている屋台のおばちゃんが、手を振っていた。灯りに照らされた笑顔は、寒さを忘れさせるほど温かい。
「昼間、アヤメちゃんが大量に買い込んでいったのよ。・・・どこか出かけるのかい?」
セリアは一拍置いて、軽く微笑む。
「えぇ。ちょっと王都まで行く用事が出来たもので。」
「まぁ・・・しばらく会えないのね。さびしいわ。」
おばちゃんは荷台に手をつきながら目を細める。
「気をつけて行ってくるんだよ」
「ありがとうございます。」
セリアは静かに頭を下げ、その声に応える。
短いやり取りの後、再び街路を歩き出す。石畳を踏む足音と、屋台の明かりが遠ざかり、やがて自宅の前へと辿り着いた。
扉を開けるや否や、勢いよく二つの影が飛び込んできた。
「ママ、お帰り!」
「ママ!」
リュカとフレイアの双子が駆け寄り、セリアの外套にしがみつく。
「リュカ、フレイア、ただいまっ。」
頭を撫でながら返すと、奥から丁寧な声が響いた。
「お帰りなさいませ、セリア様」
アルジェントが姿を現し、深く礼を取る。
「皆は?」
「皆さん、リビングでくつろいでいます」
セリアが問えば、アルジェントは落ち着いた声で答えた。
「食事は終わったの」
「はい、先ほど。セリア様は?」
「私も済ませたから・・・お茶を頼む。」
「かしこまりました。」
セリアは双子の手を取りながらリビングへ向かう。そこではアヤメ、メルディナ、ヴェインら仲間たちが暖炉を囲み、思い思いに寛いでいた。テオドールは訓練に疲労で倒れ込んでいた。
セリアが腰を下ろすと、自然と視線が彼女に集まる。湯気を立てる茶が運ばれ、ひと息ついたところで、静かに口を開いた。
「・・・アルから聞いていると思うけど、改めて私から王都に行くことになった経緯を話しておくわ。それと、ユーリスの件も。」
仲間たちの表情が引き締まり、室内の空気が変わる。
ルーファウスからの書簡とアインザックが語る王都のきな臭い動き、そしてユーリス襲撃の顛末からイリスを仲間にしたこと。さらにイリスの故郷に出向いた事などを簡潔ではあるが、セリアは一つひとつ説明した。だがイングリッドの件については、あえて説明を省いた。
「さて、それで・・・旅の準備は終わったの?」
「恙無く終わっています。」
セリアの言葉に真っ先にアルジェントが回答する。
「僕も終わったよ。」
「俺も問題無い。」
「妾もじゃっ。」
「テオは準備終わったの。」
「はい、僕も準備は終わっています。」
「ママ、僕たちも終わってるよっ。」
「二人ともえらいわね。」
明るく答えるリュカとフレイアの頭をなでながら優しさ溢れる笑顔を二人に向ける。
「それじゃ、明後日の午前中に出発する。それまでは自由行動。体調を整えておきなさい。」
セリアの言葉に一様に頷き、その場は解散となった。
そして二日後、小春日和の澄み切った冬空のもと、セリアたち庭園はアインザック、シルクをはじめとするローレルの親しい人たちに見送られて、王都セイグラムに向けて出発した。
この旅立ちが、やがてエリトルス王国を揺るがす大事件へと繋がっていくとは、まだ誰も知る由もなかった。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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