第八十三羽. 新しい故郷と生きる音
一行が洞窟から出ると、夜気は鋭く吐く息が白く散る。夜の深みが増して、肌に刺さる寒さがより一層厳しくなっていた。
ーーーこのまま、ここで夜を明かすのは心身ともに悪いな・・・。
「セリア殿、少しよろしいかな。」
洞窟前の広場に肩を寄せ合って、この寒さをしのいでいる村人をセリアが見回していると、背後からのディアルトの声にセリアが振り向く。
「宝物庫の事ですね。」
セリアの言葉にディアルトが静かに頷く。
「詳しくは申し上げられませんが、このブレスレット、名を《ナドラの円環》と言うのですが、この封印を施したイングから譲り受けたものです。そして、この地の封印を解く鍵です。」
自分の右手首にあるブレスレットを見せながら、セリアは長老たちに向かって説明した。彼女の説明に長老たちが驚き、顔を見合わせている中、ディアルトとセツエイが納得したような顔をセリアに向けていた。
「それならば、我々は封印の扉を管理する役目を終えた、と考えてよいのですかな・・・。」
ディアルトの声は重く、静かであったが自分の中で何か整理がついた様な顔をしていた。
「そう言う事になります・・・。」
ディアルトの言葉に対して、一言静かに答えるセリア。
「そうか・・・ならば、きちんと村の未来を考えなければならないなっ。」
ディアルトは静かに呟くと、未だに燃え続けている村の方角に目をやり、次に自分たちの周りに視線を向けた。寒さに震え、焚き火の周りに身を寄せ合う疲弊した顔、それでも互いを思いやる村人たちの姿があった。それらを確認したディアルトは夜空を仰ぐように見上げた。軽く息を吐くと、再びセリアの顔をその目を向ける。その瞳に宿っていた、数千年の永きに渡り一族が背負い続けた務めを下ろす寂寥の影が、ふっと消える。代わってそこに宿ったのは、燃えるような、しかし静かなる決意。それは、今を生きる者たちの未来を、そして新たな故郷を築き上げようという、村の長としての確固たる決意の光だった。
「セリア殿は移住先についても、心当たりがあると言っていたな。それについて詳しく聞かせてほしい。」
「では、説明させて頂きます。移住先は、私が管理している場所です。名をラピュタ。まだ住民も300人程度しかいません。」
「それで、そのラピュタとは何処にあるのですかな。」
その質問に静かに人差し指を空へと向ける。
「空です。正確には空に浮かぶ島です。」
「そんなところ・・・どうやって・・・。」
「そこは心配いりません。私の転移魔法で移動しますので。それよりも既に住人がいるので、いざこざを起こさないようにお願いしたいです。」
「住人には・・・どのような種族が?」
「現在はエルダードワーフだけです。いずれは色々な人種が集う場所にしたいと考えています。」
「エルダードワーフですか・・・。」
「何か問題でも?」
「そう言った訳ではないのですが、10年以上前になりますが、王国のアルキラール樹海にあるエルダードワーフの集落と交流があったので・・・。」
「えぇ、その集落のエルダードワーフです。」
「おぉっ! では、ガフキン殿も・・・。」
「えぇ、いますよ。ラピュタに移り住んだ後も村長として頑張っていますよ。」
「最後に一つ確認したいのですが、外部からの侵略については問題無いのでしょうか?」
「完全に、とは行かないと思いますが、ここよりも格段に安全である事は保証しますよ。」
「わかりました。では、村の者達と協議させてほしい。」
ディアルトは周囲を見渡してながら、セリアにそう告げると村人を集める。他の長老たちもディアルトに続き、その輪に加わっていく。
「イリスはいいのか?」
「私は一度村を出た身だからね。それにマスターの仕事で忙しいだろうからね。帰る暇もないさっ。」
そう言って家族を見つめるイリスの横顔を、セリアは静かに見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
ディアルトを中心とした話し合いを、セリアは只々静かに見つめていた。そんな彼女の姿を横目にイリスも自身の故郷が、どのような答えを出すのかを静かに見守っていた。
議論が終わりを迎え、ひとつの決断が下された。それは、東の空が明るくなり始め、空全体が微かに白みを帯び始めた頃だった。
村の総意を抱えて、ディアルトがセリアのもとへと歩み寄る。
「セリア殿、我々の回答がやっと纏まりました。」
ディアルトは間を置き息を整える、ゆっくりと告げる。
「・・・セリア殿。移住の件、よろしく頼みます。」
セリアはその言葉を受け止め、静かに頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
セリアは言葉と共に右手を差し出す。
ディアルトの皺深い手が力強くそれを握り返した。
その瞬間、確かな絆が生まれたのをセリアは感じた。
ーーー私にできるのは・・・この決断が正しかったと思わせることだけ。
胸中でそう呟きながら、セリアは夜明けの光をまっすぐに見据えた。
固く握り合っていた手が、ゆっくりと解かれた。お互いの掌に残る余韻がまだ消えぬうちに、ディアルトが口を開く。
「それで、我々はこの後、どうすれば・・・。」
セリアは静かに頷き、ディアルトに答える。
「そうですね・・・まずは子どもと負傷者を第一陣として転移させます。ガフキンさんとも顔も知りと言う事なので、長老方の幾人かは、これに同行してください。二陣以降は、移住に際して必要な物があれば、今のうちに用意しておいてください。私のストレージに収納するので、数も大きさも問題ありません。遠慮なく持ち出す物を用意してください。」
ディアルトはセリアの言葉をそのまま村人に伝えると、それを合図に立ち上がり動き始める。洞窟前の広場には第一陣で転移する者達が集まり始める。泣きじゃくる子を抱き寄せ幼子をあやす母、負傷者を背負若者、足を引きずる男を支える仲間と帝国軍の来襲が残した爪痕が痛々しいほどに刻まれていた。
一方で、まだ歩ける者たちは焼け跡に散り、燻ぶる灰の中から少しでも残せる物を探していた。家々は崩れ、柱は炭と化し、それでも人々は灰を掻き分け、布切れ一枚、木彫りの人形一つでもと手を伸ばす。母は子の玩具を抱き、若者は割れた壺を惜しむように撫で、老人は炭の下から祈りの護符を掘り出して胸に抱いた。
そんな光景を見届けているセリアにディアルトが近づき、低く言う。
「こちらへ。村の共同倉庫がある。無事であるなら、多少は役立つ物資が残っているはずだ。」
セリアは頷き、ディアルトの後に続く。
その様子を見たイリスは短く息を吐き、自らの家族のもとへと駆け出した。
「マスター、すまないが・・・私は家の手伝いに行きますっ!」
振り返りイリスの駆ける背を優しく見送ると、セリアは向き直り歩き始める。
◇◇◇◇◇◇
セリアとディアルトは、村の外れにある半ば崩れかけた木造の建物へと辿り着いた。それが目的の場所である共同倉庫だった。分厚い木材に覆われた外観は所々黒く煤けていたが、火事による影響は殆どなかった。
ディアルトが鍵を差し込み、重い音を立てて扉を押し開ける。中からは冷たい空気と共に、穀物や乾いた木の匂い、さらにどこか発酵を思わせる芳醇な香りが漂い出た。
中には、布袋に詰められた穀物や干し肉、保存用の塩と薬草の束といった、冬を超すために必要な食料やその他資材が所狭しと置かれていた。
扉を開けた時からその香りに薄々覚えがあった。そして足を踏み入れた時、セリアはその香りに確信を持った。その香りの元へと足早に近寄る。そこには大桶に大豆を潰し熟成させかけたもの、麹を仕込んだ木枠が丁寧に覆われていた。
「ディアルトさん、もしかしてここにあるのって、味噌と醤油ですかっ。」
「そうですが、セリア殿は味噌と醤油をご存じで?」
ーーー味噌や醤油の醸造に繋がる、大切な資材。なんと幸運なっ。
「えぇ、私の故郷では、味噌と醤油がない食事は考えられませんでした。」
今まで見せていたクールな様相とは異なり、喜々として語るセリアの姿にディアルトは引き気味になる。
「そ、そうですか・・・。」
さらにディアルトは、奥の石段を指し示した。
「・・・地下もご案内しましょう。」
石段を下りた先にある地下倉庫には、長年の埃を被った分厚い木箱や武器、防具棚が並んでいた。棚には槍、弓、矢筒、革鎧、盾と村を守るために用意された戦具が埃を被りながら眠っていた。その一角には、古代の工具や加工器具と思しき物も存在していた。
一通り見て回ると、まだまだ使えそうな物が数多く残っていた。
ーーーこれならエルダードワーフに修理を依頼すれば・・・。
そんな事をセリアが考えていると、ディアルトから声が掛かる。
「・・・この先は、村の中でも限られた者しか入れない場所です。」
錆びついた錠を外し、扉が重々しい音を立てて開く。中に広がるのは、ひときわ冷たい空気に満ちた空間。そこには数多の木箱と台座が並び、布に覆われた魔導具が整然と眠っていた。
黒光りする鏡片、封印を思わせる紋様が刻まれた首飾り、用途の分からぬ水晶球、そのひとつひとつが異質な気配を纏っている。その中には、かつてイリスが持ち出した《レンヴァリスの鏡》と同じ系譜と思しき物もあった。
「・・・これらは不用意に触れさせるべきではありません。必要なものは後で精査し、不穏なものは私が封じます。」
セリアはそう言うと、部屋にあった全ての魔導具をストレージに格納した。そして倉庫内に眠っていた全て物資をストレージに格納すると、セリアとディアルトは転移第一陣の待つ洞窟前へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇
セリアとディアルトが洞窟前の広場に戻って来たときには、すでに第一陣が集められていた。放射冷却により一層冷え込む夜明けの空気に、吐く息が白く立ちのぼっていた。
『ガフキンさんっ』
第一陣の移住について、エルダードワーフの代表をしているガフキンに連絡を取った。少し間を置いてガフキンの声がセリアの脳内に響く。
『セリア様、こんな朝早く如何なさいましたか?』
『休んでいるところ、申し訳ない。』
『いえいえ、問題ありません。次に立てる工房について今まで議論していただけですから。』
『そ、そうですか・・・。』
『それで、何のご用ですかな。』
『これから移住者をラピュタに連れて行きたいのですが、受け入れは可能でしょうか?。人数はおよそ三百名。』
『問題ありません。こうした事態も想定して日頃から準備しています。今すぐお連れになりますか?』
『えぇ、もうすぐ連れて行きます。』
『わかりました。皆に伝えておきます。』
『よろしくお願いします。』
念話を切り上げたセリアは第一陣に向かい合う。母に抱かれ泣きじゃくる子供たち、痛みに耐える負傷者が集まっている。
「・・・ヒール。」
その声と共に、柔らかな光が夜明けの空から降り注ぐ。優しい輝きは人々を包み込み、裂けた皮膚は閉じ、熱に浮かされた顔は静かに安らぎを取り戻す。泣き声は次第に消え、子供たちは安心したように母の胸に身を預けた。負傷者の顔に安堵の色が広がり、周囲から静かな歓声と感謝の声が漏れた。
セリアは降り注ぐ光の収束を見届ける。
「・・・これで大丈夫です。さあ、行きましょう。」
セリアを中心に魔方陣が描かれると一瞬にして、第一陣の村人たちを光が包み込み浮遊感が襲う。村人たちを包む光が収束し、足元に大地の感触が戻ってきた。
恐る恐る開ける目に飛び込む光景に、誰もが次の瞬間、息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、豊かな緑の大地だった。整然と区画された田畑には芽吹いた作物が並び、果樹園には白い花がほころび始めている。畑を囲むように小川が流れ、木造の農家や蔵が点在していた。
さらに視線を巡らせば、大小さまざまな石造りの工房が煙を上げている。金属を打つ音、木材を削る音、力強い営みがそこにあった。
「・・・村が、ここにある・・・」
「畑まで・・・本当に食べていける・・・」
辺境の地でひっそりと暮らし、さらに理不尽な暴力にさらされた彼らにとって、ここに築かれた生活の営みは夢のようだった。目の前の豊かさに涙を流し、口々に零れ落ちる言葉。
農園と工房の広がる光景に言葉を失う人々。
そうこうしていると、前方から力強い足音が近づいてきた。
厚い胸板を持つ壮年のドワーフが一歩前に進み出る。灰色の髭を長く垂らし、背には分厚い革の前掛けを掛けている。その瞳は鋼のように厳しくも、どこか温かさを帯びていた。
「・・・ようこそ、ラピュタへ。」
低く響く声と共に、背後から数十名のドワーフたちが姿を現す。皆が鎚や鑿を手にし、工房で鍛え上げられた腕を持つ者たちだった。彼らは一斉に頭を下げ、村人たちを迎え入れる。
壮年の男、エルダードワーフの代表であるガフキンがセリアに視線を向け、恭しく一礼した。
「セリア様、お待ちしておりました。事前にお聞きしておりました移住者の件、我ら一同で力を尽くしてお迎えいたします。」
セリアは静かに頷く。
「ありがとうございます、ガフキンさん。受け入れ準備、とても助かります。」
「当然の務めにございます。我らの工房も農園も拡げつつあります。食も住まいについても心配無用にございます。」
ガフキンのその言葉に、村人たちの表情にようやく安堵が浮かんだ。
その時、列の中からディアルトが進み出た。深い皺を刻んだ顔に、驚きと懐かしさが混ざっている。
「・・・やはり、ガフキン殿か。十数年ぶりだな。こうして再び会えるとは思わなかった。」
ガフキンは目を細め、力強く頷いた。
「ディアルトか・・・変わらぬな。いや、幾分老けたかもしれんがな。」
二人は短く笑い、次いで言葉を重ねる。
「・・・我らの受け入れ準備、心より感謝する。」
「礼など無用だ。かつて互いに手を取り合った縁がある。これからも同じだ。」
第二陣、第三陣と村の人々が順にラピュタへと移り、セリアのストレージから取り出した物資を次々とエルダードワーフたちが分担し、手際よく運んでいく。
やがて最後の転移が終わり、三百余名がすべてラピュタに集った。人々は互いに抱き合い、涙を流し、ある者は天を仰いで無言のまま肩を震わせた。絶望の夜を越え、ようやく辿り着いた新たな土地、その実感が胸に押し寄せていた。
その様子を見届けたガフキンは、力強く両腕を広げた。
「・・・よしっ! ならば今日は祝いの日だ! 新たな仲間を迎えた・・・この良き日を祝い、酒を飲み交わすぞっ!」
ガフキンの声が高らかに響くと、エルダードワーフたちが一斉に歓声を上げる。
そこからは、早かった。あっという間に準備が整えられていく。火が焚かれ、大鍋には肉と野菜が放り込まれ、香ばしい匂いが立ちのぼった。
樽酒が開けられ、泡立つ麦酒が木製の杯に次々と注がれていく。
「飲めっ!」
「食えっ!」
「今日から俺たちは同胞だっ!」
豪快な声が広場のあちこちで湧き上がり響き渡っていく。笑いと歌が重なり合い、最初は戸惑っていた移住組も、杯を受け取り、温かな料理を口にするうちに緊張を解いた。子供たちは香ばしいパンにかぶりつき、若者たちは杯を掲げてエルダードワーフと肩を組んだ。
そこにはもはや、焼け落ちた村の絶望はなかった。
焚き火を囲んで歌と手拍子が重なり合い、豪快な笑い声、杯のぶつかる音、子供たちの笑い声が絶え間なく広場を満たしていた。
騒がしくも、確かに生きている音。
そんな喧騒から少し離れた場所でセリアは、それを眺めていた。
背後から足音が近づき、声がかけられる。
「・・・こんなところにいたんですか。マスターも輪に加わったらどうです?」
振り返れば、イリスが杯を片手に立っていた。
だがセリアは笑みを浮かべ、軽く首を振る。
「私はいい。・・・見ているだけで十分さ。」
そう言って夜空を仰ぐ。雲ひとつない澄み切った夜空には星々が散りばめられ、輝く星々が祝福しているかのようであった。
「いいものね・・・。」
セリアは耳に届く村人たちの温かく笑い声、瞳に映る温かい光景に小さく呟いた。言葉は喧噪に掻き消されて、夜風の中へ溶けていった。
イリスは初めて見るセリアの優しい顔に驚きつつ、自身も瞳に一杯に広がる光景を堪能した。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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