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転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第五章 王都動乱編
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第八十一羽. 響き渡るは賛歌


 「イングリッド、帝国軍の残存兵力について教えてくれないかっ。」


 セリアが問うと、イングリッドは即座に答える。


 「本隊は、ここから十数キロ離れた谷に陣を張っています。第三師団、兵数はおよそ三千。この場には私を含めて(あるじ)様が(ほふ)った者が、偵察隊として転移で送り込まれただけです。命じていただければ、即座に本隊ごと殲滅致します。」


 イングリッドの声は一切の迷いがなく冷静でありながら、どこか熱を帯びていた。その瞳には敗北の陰などなく、むしろ主を得た者の昂揚と命を賭してでも全うする覚悟が強く宿っている。


 「もう一つ聞くが、あの魔物はどおしたっ。」


 「緊急時に使用するようにと、渡された物です。」


 「他にはいるのかっ。」


 「私には分かりかねます。」


 イングリッドの返答にセリアは目を細め、短く息を吐いた。


 「・・・なら、このまま一人で行かせるには危険だな。契約を結ぶか・・・。」


 本来なら契約は言葉だけでも成立する。過去にはアルジェントの様に勢いでちょっとした演出をした事があった。そして・・・からかい半分、そして試す意味も込めて、セリアは口角を上げて告げた。


 「・・・私の足に口づけしろ。それが契約の証だっ!」


 周囲の空気がはっきりと分かるように凍りつく。ディアルトやセツエイ、そしてイリスが驚きのあまり目を見開く中、イングリッドは一切の躊躇も見せなかった。かつては帝国への忠誠を誓っていたはずの心は、この紅く染まる瞳の前に跪くことを、歓喜をもって受け入れていた。それは、魂の奥底で飢え渇いていた何かが、ようやく満たされるような感覚だった。


 イングリッドの脳裏には、かつて帝国で受けた無数の訓練や、主君への忠誠を説く教えが次々と浮かぶ。だが、それらはまるで色褪せた古い書物のように意味をなさず、風化し消え去っていく。ただ、目の前にいる(あるじ)の命だけが、彼女の存在を定義していた。


 無言のまま静かに片膝をつくと、セリアの足元に手を添える。深く頭を垂れ、甲に静かに唇を落とした。それは、本来なら臣下が王に対してとる恭しくも神聖な儀式のはずでる。だが、今行われているのは神聖とはかけ離れた冒涜的な儀式にすら見えた。


 その瞬間・・・。


 契約の証として結ばれた絆から、堰を切ったように解き放たれたエーテルの奔流がセリアに流れ込んでいく。想定をはるかに超える濃密なエーテルの波に、セリアの瞳が思わず見開かれる。イングリッドの全身から圧縮されていた膨大なエーテルが解き放たれ、空気が低く唸りを上げ周囲を圧迫していく。


 「こ、これは・・・。」


 セリアがわずかに目を見開く。契約は問題なく確かに成立した。だが、今感じるこの力は、セリアの想定をはるかに凌駕していた。帝国軍に身を置き、歪み鬱屈とした忠誠心が今、純粋な形を成しセリアの前に権現する。何者も這い出る事の出来ない深くも見惚れる程の闇として。


 その姿にセリアの背筋に旋律が走る。それと同時に、これ程の人材が自分の手の中にある事への歓喜が内から湧き上がって来ていた。


 セリアとイングリッドの間で交わされた奇妙な光景の一部始終を、長老たちとイリスも言葉を失って見守っていた。


 空気を押し潰すようなエーテルの圧迫感に、洞窟前にいた若者たちは思わず一歩後ずさる。


 「・・・い、今のは、何だ・・・。」


 ディアルトが低く呟く。


 その問いに答えられる者はいなく。ただ、目の前にいる異常とも言うべき存在を固唾を呑んで見ている事しか出来なかった。


 イリスは視線を逸らさず、セリアをちらりと見やる。


 「・・・マスター、また妙な人材を・・・。」


 皮肉めいた口調とは裏腹に、その瞳には驚きとわずかな安堵が混じっていた。


 「まぁ、実施、戦力アップになったのは確かね。」


 イリスの皮肉めいた言葉に、戦力アップを強調して応戦したセリアであった。だが内心ではどうやって手綱を握るかを思案していた。それと同時にセリアの頭にはシルクの姿が浮かぶ。そしてこの二人が出会わない事を切に願っていた。


 セツエイは腕を組み、じっとイングリッドの背を見据える。


 「・・・あれほどの戦士を従えるとはな・・・。」


 イングリッドは顔を上げ、そんな周りの視線など意に介さず、その瞳に揺るぎない忠誠を宿して言った。


 「命じてください。(あるじ)様。私に・・・殲滅しろと・・・。」


 悩みの尽きない事は確かであったが、少々興の乗ったセリアは、跪くイングリッドの顎に優しく指を這わせ、有無を言わせぬ支配者のように軽く上に持ち上げる。夜闇に咲く一輪の薔薇のように紅く染まる瞳がイングリッドの間近に迫る。紅く妖しく揺れる瞳が近づくつれ、セリアの指が顎から喉仏、そしてその下の鎖骨へとゆっくりと辿っていく。指が這う程にイングリッドの魂は奥底まで痺れ、火照らせていく。やがて凍てつく冬の夜気にそぐわぬ、熱を帯びた吐息が耳朶(みみたぶ)を撫で、蠱惑的な香りがイングリッドの五感を侵食する。


 「・・・最初のオーダーだ。私のために・・・全てを蹂躙しろっ。」


 熱い吐息と共に静かで冷たい響きが鼓膜を打った瞬間、イングリッドの脳髄に刺激が走った。甘美な痺れが彼女の身体をわずかにビクッと震わせ芯を熱くする。そして熱を帯びた頬は、まるで初めて恋を知った乙女のように朱色に染め上がる。


 熱を帯びた身体を震わせ、イングリッドはゆっくりと顔を上げる。その瞳に映るのは、月明かりを背に立ち上がる、支配者としての威厳を纏ったセリアの姿。その完璧なまでに美しいシルエットに、イングリッドの心臓は狂おしいほどに高鳴り、恍惚と、そして深い忠誠の色に染まった瞳を向ける。それはもはや、かつての帝国への忠誠とは全く異なる、純粋で、狂信的な崇拝であった。


 イングリッドは恭しく頭を垂れたまま、その甘い余韻を噛みしめるように一呼吸置く。そして、静かに、そしてゆっくりと立ち上がった。


 「御意。」


 短い言葉と共に、イングリッドの気配がふっと薄れる。それは空気が沈むような静けさ。次の瞬間、輪郭が淡く揺らぎ、全身が墨を垂らした水面のように闇へと溶けていった。


 光に照らされた地面には、もう影すら残っていない。存在そのものが初めから無かったかのように、消え去っていた。


 残された者たちは、ただ唖然とその場を見つめるしかなかった。


 「さて・・・どこまでやれるか・・・。」


 セリアは第三師団本隊がある方向を見つめながら、口元に小さな笑みを浮かべていた。



 ◇◇◇◇◇◇


 谷間に築かれた第三師団本隊の大陣。


 そこでは、数千の兵が張り巡らされた天幕の下で眠りにつき、等間隔で焚かれている篝火が夜闇を照らす。吹き抜ける夜風が、衛兵の鎧をかすかに鳴らし夜闇へと運ぶ。


 その静けさを破る一つの(しら)せが指揮所にもたらされた。


 「し、師団長殿! 副師団長イングリッド様が、ご帰還されましたっ!」


 天幕奥の椅子に腰掛けていた師団長ルドルフ・ガルデンベルグが、重いまぶたを上げる。


 「・・・随分と早い帰還だな。まずは報告を聞かねばなるまいっ。」


 低い声が天幕に響く。


 しかし、報せを受けた直後、外縁部から、篝火のひとつがふっと消えた。


 夜の谷間に訪れる不気味なほどの静寂の中で、音も無くもう一つ。そして、まるで何かに吸い込まれたかのようにまた一つと篝火が、煙も残さずに消滅していく。昼間のごとく煌々とした明るさを放っていた本隊が次第に闇に呑まれていく。


 兵士たちは互いの顔を見合わせ、その顔に疑問と恐怖の色が浮かぶ。兵たちが小走りで見回りに向かうが、やがて戻ってくる足音が途絶えた。足音の代わりに静寂を破るように、短い断末魔が木霊する。


 「何だ、今の声はっ!」


 「何が起きたっ!」


 兵たちの叫ぶ声が響き渡るが、閃く一筋の光りと共に虚しく夜闇に吸い込まれる。薄暗い闇の中から、短い断末魔、甲冑が地面に叩きつけられる乾いた音が、途切れ途切れに響いては夜闇に溶けていった。


 「なんだ今の声はっ!」


 兵たちの間に、緊張と不安、そして恐怖が波のように広がりを見せる。引く事を知らぬその波は、徐々に広がり、手足を絡みとり、二度と浮上する事の無い深い闇へと誘う夜想曲(ノクターン)


 イングリッドは、もはや人ではなかった。彼女は闇そのものとなり、風に乗って滑るように、あるいは氷上を滑るように戦場を縦横無尽に駆け抜ける。彼女の軍刀が風を裂く度に、兵士の短く呻く声と崩れ落ちる音が続いた。彼女の動きは、一切の無駄がなく、流れるような舞のようでありながら、その一閃は鋼鉄の鎧すら紙のように切り裂き、胴を一刀両断で断ち切った。


 木霊する悲鳴は新しき自分への賛歌。イングリッドは軍刀という名のタクトを振るい死の旋律を作り上げる。


 外縁部からの連絡が絶たれて久しい。


 哨戒の交代も戻らず、伝令も次から次へと消息を途絶えていく。そんな状況下で中間防衛線の兵たちが篝火の向こうを警戒していたその時、闇の中で月明かりの反射による一筋の光を目にする。だが閃いた後には鈍い金属音と、甲冑が地面に叩きつけられる乾いた音が響いた。


 「何者だっ!」


 槍兵の怒声が夜気に散る。だが返事の代わりに、音もなく黒い影が横合いから滑り込む。黒い影に向けて慌てて繰り出した一撃は、それを捉えた様に見えた。だが突き出した槍の穂先からは、何の感触も伝わって来なかった。槍を後方へと横薙ぎした槍兵は、鎧ごと胴を両断され崩れ落ちた。


 鮮血が篝火に飛び散り、ぱちぱちと火花を上がる。上がった火花がイングリッドの姿を一瞬浮かび上がらせる。


 「・・・なっ!」


 一瞬浮かび上がった姿に兵たちの間で動揺が広がる。そう、その姿とはイングリッド・ローエンハイム。第三師団副団長の一人であり、この師団で最強を欲しいままにする存在。それが自分たちに牙をむいたのである。


 「何をしているっ。目の前にいるのは逆賊だっ。」


 指揮官の言葉に弩砲(どほう)隊が慌てて、狙いをイングリッドにつける。


 「撃てっ!」


 放たれた矢が弧を描き狙った先に到達したときには、既にそこにイングリッドの姿は無かった。


 「ぐはぁっ。」


 後方で指揮をとっていた弩砲(どほう)隊の指揮官が崩れ落ちた。冷静さを取り戻した兵たちは、指揮官の姿にも動じずイングリッドに狙いを定め一斉に矢を放つ。


 迫り来る矢を全て叩き落としたイングリッドは、急接近すると次々と兵たちを斬り伏せていった。それは重装備部隊も例外ではない。投石器の操作班も悲鳴を上げながら闇へと消えていく。


 指揮所には次々と「十三小隊隊壊滅」「西側防衛線消失」といった報が次から次へと飛び込み、ルドルフを初めとする将校たちの顔から徐々に彩が失われていく。声を荒げて指示を飛ばす者もいたが、やがてその指示に対して応答する者がいなくなっていった。


 指揮所の周囲を静寂が包み込み、夜風に揺れる天幕の音がこの静けさをより不気味な物にしていく。


 異質な気配を感じ取ったルドルフが深く息を吸い、剣の柄を握り締める。


 「・・・ここまで来たかっ。」


 その眼は、近づく闇を既に正面から捉えていた。


 外周も中間防衛線も、すでに形を成していなかった。残るは騒ぎが起こった外周の反対側を防衛する隊と、ルドルフの側近とわずかな近衛兵を有する本陣。


 篝火の炎が頼りなく揺れ、夜風が一層冷たく感じられる。


 ルドルフは、無言で腰の剣を抜いた。刃が月明かりを反射し、銀色の光を放つ。


 「・・・来いっ!」


 その声は低く、だが確かな闘志を孕んでいた。


 次の瞬間、天幕の入り口の篝火がふっと消える。そして闇の中から、返り血に染まった軍装の女が現れ、血染めの軍刀が一閃する。


 ぶつかり合う金属音が響き渡り、血に濡れた軍刀から血が飛散する。


 「・・・イングリッド、か・・・。」


 襲撃者を確認したルドルフの目が細まる。だがその表情は、旧知の部下を見た喜びではなく、獰猛な獣を前にした覚悟の顔だった。


 イングリッドは後方へ飛び退くと、無言で再び距離を詰める。足音はほとんど響かず、刹那、軍刀が閃く。ルドルフはそれを剣で受け止め、ぶつかり合う剣から火花が散った。


 「・・・貴様、いったい何を考えているっ!」


 交差する剣を挟んで反対側にある双眸に確認するように、ルドルフが叫ぶ。


 「簡単な事です。私が仕えるに・・・いや、全てを捧げるお方と出会ったからです。」


 「帝国への忠誠はどおしたっ!」


 ルドルフの言葉にイングリッドの瞳が微かに揺れる。


 「今なら、まだ俺の一存で事態を収拾できるっ。剣を納めろっ。イングリッド。」


 ルドルフは瞳の揺れに一縷の望みを抱いたが、その考えが間違いである事をすぐに知る。イングリッドの瞳が妖しく揺らめくと、膂力で押し負けたルドルフの身体が後方に吹き飛ぶ。実力は確かにイングリッドの方が上であったが、ここまでの差はなかった。今目の前にいるイングリッドは、ここに来るまでの間にかなりの戦闘をしてきたはずである。だが呼吸も乱れていなかった。


 ルドルフは、自分が対峙している目の前にいる存在が、もはやかつての部下ではない。その事を改めて自分の中に刻み込んだ。


 「帝国の忠誠。確かについ先ほどまで・・・そんなくだらない物に支配されていました。」


 吹き飛んだルドルフを見据えながら、冷え切った声で言い放つ。


 「ですが・・・今の私には、全く必要のない物っ。今の私を支配するのは・・・。」


 言葉が進むに連れて、イングリッドの声は熱を帯び、剣を待たない左手で自身の身体を抱き、その表情には恍惚とた笑みが浮かび上がる。


 「イングリッド、貴様っ。乱心したかっ!」


 突然の来襲、しかもそれがイングリッドであった事実にルドルフの側近たちは思考が停止していた。やっと状況が飲み込めた彼らは、ルドルフとイングリッドの間に割って入った。


 「やめろっ。お前たちでは・・・。」


 ルドルフが言葉を最後まで吐き出す前に、イングリッドの体が闇に溶け、全員の視界から掻き消える。

背後に冷たい殺気を感じた瞬間、ルドルフは腹部が熱くなるのを感じた。そして自分をかばった部下の身体が次々と崩れ落ちるの姿が、ルドルフの視界へと飛び込む。


 「ば、かな・・・。」


 イングリッドとの圧倒的なまで差にルドルフの顔が絶望に染まり始める。


 「ルドルフ、(あるじ)様の初オーダーを飾る(にえ)となってください。」


 痛みをこらえ、振り向きざまに放ったルドルフの一閃。それは何も捉える事はなく、空を切った。


 次の瞬間、首筋に走る鋭い痛み。視界が傾き、足元の地面が妙に近くなる。そして、ルドルフは自分の身体が地に伏す音を、どこか遠くで聞いた。


 静寂に包まれた天幕から姿を現したイングリッドを参集した残存兵が取り囲む。その状況に一切動じる事なく一歩一歩前へ出るイングリッド。その瞳は冷え切っており、口元には一切の感情がない。


 残存兵に向かってイングリッドは手に持っていた物を放り投げる。地に落ちる音と同時に、残存兵たちの間に絶望が走った。イングリッドが放り投げた物はルドルフの首であった。


 その一瞬の隙を、イングリッドは見逃さない。


軍刀が闇を裂くたび、兵の胴が断たれ、血飛沫(ちしぶき)が血を赤く染め上げていく。斬撃はまるで舞のように滑らかで、振るうたびに兵が崩れ落ちる。


 悲鳴も、命乞いも、イングリッドの耳には賛歌として届く。


 慌てて矢を番える弓兵の腕は、矢を射るよりも早く消えてなくなる。矢筒が地に転がり、無数の矢が砂利の上で無意味に散らばる。


 指揮系統を失った残存兵は、イングリッドにとってもはやただの作業てしかなかった。次々に斬り伏せられ、闇に飲まれるように姿を消していく。


 篝火はすべて消え、谷間は夜闇と月明かりだけの世界になる。


 やがて・・・。


 谷全体に響いていた剣戟も絶叫も消え失せ、残るのは鉄の匂いと倒れ伏した屍のみ。イングリッドは血に濡れた軍刀を軽く振り払い、刃を納めた。


 セリアから受けた命を果たしたという充足感を抱き、イングリッドは静まり返った戦場をゆっくりと歩き出す。


 第三師団壊滅の報せが、帝都に届くの今から六日後の事である。

誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。


【読者の皆様へのお願い】

作品を読み、少しでも「面白い」、「先が読みたいと」と感じた方は、ブックマークと評価をお願いします。

気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。

改めてお願いします。

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