第六羽. 領都ローレル
私はシルク・アデルフィート。アデルフィート辺境伯の次女。地方からの帰途を野党に襲撃されました。その戦場を馬車の隙間から見ていると、そこへ一人の女性が割って入ってきた。姿はよく見えませんでしたが、声からして女性だという事はわかりました。
しかも獣人です。領都ローレルでは獣人への偏見はない、もちろん私もない。むしろ好きです。なお良いのはうさみみ~!なことです。
あっという間に野党を討伐したお姿に私は魅入られました。馬車から降りその女性にお礼を申し上げるためにご尊顔を拝した私は抱きつきたい衝動を必死で抑えていました。
その際に名前も伺いました。
セリア様、なんて美しく、甘美な響き。そう美しく気高く、あぁ~、お姉様、お姉様、とても綺麗です。
さらに領都ローレルまでの道中をご一緒してくださることになった。至福な時を是非満喫しなければ!
このシルク・アデルフィートという少女、外見はかなり可愛く立ち居振る舞いも貴族令嬢として申し分ないが、中身はかなりの腐女子であった。
そんなこととは露知らず、領都ローレルへの旅をセリアは満喫していた。
当初シルクは、私のことを”様”を付けて呼んでいた。それは畏れ多いと断っていたが、命を救われた身であるためそれは出来ないと頑なに拒否されれ暫く平行線が続いていた。
そんな中シルクから提案されたのが、”お姉様”である。私はそれも拒否していた。だが”様”呼びの時よりも感じる圧に押し負けてしまい、”お姉様”呼びを渋々了承することになってしまったのである。
呼び方で多少は揉めたものの、慕ってくれるので悪い気も起きず仲を深めていった。
旅路自体は概ね順調に進んでいた。途中魔物が現れることもあったが私が対処することで被害も出ずにいた。
「お姉様、街が見えてきました!」
街が見えてきたことで、張り詰めていた緊張感が緩んだのか、心の底から安心した表情を見せていいる。
私も窓から顔を出すと、そこには中世ヨーロッパにあるような城壁で囲まれた街、城塞都市の姿があった。シルクは街と言っていたが都市と言えるほどの規模を誇っていた。
城門の前で馬車が停車し、シルクに続いて降りる。
シルクの父がこのローレルという街の領主であることは自己紹介からもわかっていた。しかし、これほどの大きな都市だとは思ってもみなかった。私はただただ城壁と巨大な門を眺めていた。これだけ大きな街の領主の娘を思わぬ形で助けたのは彼女にとっては僥倖だったのかもしれない。
そうこうしていると白銀の鎧を着た一人の騎士が進み出てきた。三十歳手前くらいの赤髪イケメンの人族だ。男に興味がないのでどうでもよいことだが。
「私はレクルスと申します。アデルフィート辺境伯騎士団の副団長を務めております。セリア殿、我が同胞の件について詰所まで同行して頂きたいのです。」
どうやら先触れで情報が伝わっていたようだ。早く同僚や家族のもとに返した方がよいだろうと、同行の申し出に頷いた。
城門でシルクと別れ騎士団の詰め所につくと、金髪の女性が佇んでいた。軽装の皮鎧を身に着け髪が邪魔にならないように後ろで束ねている。
「隊長殿、セリア殿をお連れ致しました。」
「ん、ご苦労!」
そう言って振り返った金髪女性の耳は長く、いわゆるエルフという種族だ。二十歳前後のように見えるが、本当にエルフなら外見はあてにならない。
「お初にお目にかかる。私はアリエル・シュピーゲル。お気付きかもしれないがエルフだ。そして騎士団の団長を務めている。」
「セリア殿、此度は同胞を連れ帰って頂き感謝の言葉もありません。」
恭しく頭を下げる彼女に対して、言葉を重ねる。
「私がもう少し早く到着していれば、助かる命もあったのでしょうが。。。」
「それはセリア殿が気にすることではないです。シルク様をはじめ助かった命があることに感謝しましょう。それではこちらで引き取ります。」
指定された場所に騎士達の遺体を置き、黙祷と祈りを捧げた。
通常であればは外で亡くなった場合、遺品として身に着けている何かを持ち帰り、遺体はその場で埋めるか燃やすらしい。
丁度一連の用事を済ませたのを見越したかのように後ろから声を掛けられる。
「少しよろしいでしょうか?」
振り返ると道中一緒であった執事がいた。たしか。。。そう、キースウッドとかいう名前だったような。。。
「キースウッドさん、どうかしましたか?」
「セリア様、旦那様が御会いしたと申しております。時間を頂きますでしょうか?」
アリエル、レクルスを見ると、諦めろと言わんばかりに首を横に振っていた。仕方ない無いと申し出に対し了承し、キースウッドに従い領主の館まで移動するのであった。
館の中は広く、高価そうな調度品がいたるところに飾られていた。途中で数人の使用人とすれ違った。使用人には人族だけでなく獣人族もいるようであった。そしてすれ違う使用人は恭しくセリアに頭を下げる。それに慣れない彼女にとってむず痒い物を感じたが、そういうものと割切り顔には出さず、軽く会釈を返していった。
「セリア様、こちらになります。」
ある扉の前で立ち止まると、キースウッドはセリアに声をかけてから扉をノックをする。
「入ってくれ。」
返って来た声は、低く渋い声だった。おそらくここが領主の部屋なのだろうとセリアは思った。
「それでは、セリア様どうぞ」
キースウッドは扉を開けると、先に入るようセリアを促す。
「ありがとう。」
キースウッドに礼を言いうと、セリアは軽く深呼吸してから促されるまま中に入った。
部屋の中は応接室といった様相で、中央には一脚の大きなテーブルが配置され、その周りに座り心地の良さそうなソファが配置されていた。上座に位置する場所にゆったりと腰かけている男性が穏やかな表情でセリアを出迎えた。その隣にはシルクが座っている。
「この度はお招きいただき、誠にありがとうございます。」
ソファーの横にたどり着くと、一礼し言葉を綴った。
「君が娘と一団を救ってくれたセリア殿だね。私はシルクの父、アインザックだ。今回の事は本当にありがとう。」
アインザックは立ち上がると深く頭を下げた。歳は四十代半ばといったところで、身長はセリアよりも少し低い。まだまだ意欲に満ち溢れた目をしており、身体を日頃から鍛えているだろうことは服の上からでも感じ取れた。
「まあ、たまたま通りかかっただけなのでそんなに気にしないで下さい。」
あの時はこの辺りの情報を得たいという多少の打算はあったが、領主の娘だったから助けたというわけではなく、ただ困っている人がいたから助けただけに過ぎないのだから。
「そういうわけにはまいりません!」
まだ恩が返せていないと思っているシルクは立ち上がり前のめりなり言った。
「旦那様、お嬢様、まずはセリア様に座って頂いてはいかがでしょうか。お茶の用意も致しますので。」
キースウッドに指摘され、立ち話になっていることに気付いた二人は慌てて声をかける。
「こ、これはとんだ失礼をした。さあ、セリア殿そこにかけてくれ」
「そ、そうです、どうぞおかけになってください!」
思いの外似ている二人の行動にセリアが苦笑交じりに腰かけると、思った以上に柔らかく座り心地のよい感触に少し驚いた。彼女が座るのを確認してから彼らも座りなおした。
「セリア様、こちらをどうぞ」
手際よくキースウッドが三人分のお茶とお茶菓子を用意する。お茶からはフルーティーな香り、添えられた菓子からは甘い匂いが漂ってきた。
「遠慮なく食べてくれ」
アインザックは先に遠慮しないよう口にする。この場合、基本的あまり手を付けないものだ。それを見越しての発言なのだろう。
「それでは、頂きます。」
セリアは言われるまま菓子に手をつける。すると優しく心地よい甘味が口の中に広がる。そして次に紅茶を口にする。フルーティーな香りが鼻から抜けていき、爽快感のある渋みが甘いお茶菓子によく合っている。
「美味しい! それにお菓子とお茶がとてもあってる。」
「そうかそうか、口にあったようでなによりだ。それでだな今回の件について、私の方から感謝を形にして示したいと思っているのだが。。。」
何か希望するものはあるか? アインザックはそれをセリアから引き出そうとする。アインザックには自分の娘と当家に関わる者の命を救ってくれた以上、彼女に言われればそれなりに用意する心づもりがあった。
「それでは、遠慮なく。」
「まずは、当座の資金。次に、色々と情報が欲しいです。」
「色々事情がありまして路銀がないのと、この辺りの地理を含め全く知識がないもので。」
セリアの返答に対して特に気にした様子もなくアインザックはキースウッドに耳打ちをして、すぐに金の用意に走らせた。
「少し待ってくれ、今キースに用意させる。」
暫くして戻ってきたキースウッドを見て、セリアは驚くことになる。