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転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第五章 王都動乱編
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第七十八羽. 偽らざる素顔


 日が傾き始めた冬空、ローレル南方に広がる森で爆炎が立ち上る。地下神殿跡で起こった爆発は地面を震わせ地上へと吹き上がる。


 「・・・何だ、あれはっ!」


 その光景はローレルからでも確認された。ローレル南に配置された監視塔で見張りが思わず身を乗り出す。そしてわずかなタイミングで轟音が空を震わせる。その轟音に一時騒然となるが、ローレルへの影響が無いという報せに、次第に年末の慌ただしさと走り回る子供達といった日常の雑踏へと飲み込まれていった。


 一方、その上空。その光景をローレルの警備隊以外に眺めている者がいた。登り立つ煙を眼下に捉えながら仮面の奥で呟く。


 「この程度でやれると思っていないが・・・」


 闇に溶け込むような黒衣の影、ラファス。赤き仮面越しに引き起こされた惨状を静かに見つめていた。


 「その評価は、ありがたく受け取っておこうっ。」


 背後から届く女の声に、ファスの背筋がわずかに動く。


 振り向いた先には銀髪の兎人族が腕を組み、こちらを静かに見つめていた。身につけているコートから髪に至るまで、爆発による余波を一切感じさせない出で立ちで。


 「セ、セリア・・・。」


 ーーーまさか、私の探知をかいくぐって、この距離まで・・・。


 「ここで何もかも話してもらえると・・・助かるのだけどっ。」


 セリアから発せられる威圧、冷徹な光が宿る双眸にラファスの体が否応なくこわばる。


 ーーーまさか・・・ここまで、なのか・・・さすが組織の報告書にある”最大級の脅威”か・・・。


 「流石にそれは出来ないな。だが今回の件からは手を引こうっ。」


 「今回の件っ?」


 「あぁ、ユーリスの暗殺についてだっ。」


 ーーー・・・この女を相手にするのは分が悪い。ダリムの自爆術式が発動した段階でこれ以上の情報が漏洩する事も無い。無駄に消耗するべきではないな。


 「私も周りが言うほど好戦的ではない。戦わずに済むなら・・・それに超したことないと思っている。ただ、再び私に前に現れるなら・・・。」


 「そうならないことを、祈りたいね。」


 その言葉に、ラファスはわずかに肩をすくめ、そして静かに身を翻した。


 「それでは、交渉成立だな。これで引かせて貰うっ。」


 手を引くとあっさりと明言したラファスは、黒い靄に覆われその場から消え去った。そしてあたりにラファスは気配が無いことを確認すると、セリアもその場から姿を消す。



 ◇◇◇◇◇◇


 爆心地。


 神殿を囲っていた外郭の壁は崩れ落ち、瓦礫となって床を覆い尽くす。石柱の多くは途中で折れ、焼け焦げた破片が熱気を帯びて蒸気を吐き出していた。天井の一部は完全に崩落し、吹き飛ばされた岩片があちこちに突き刺さるように転がっている。


 炎は既に収まりつつあったが、床にはまだ微かに赤く残る焼け石があり、踏めば熱を返してくる。焼け焦げた木々の匂いが鼻につき、立ち込める煙が未だに視界を遮っている。それはまるで、”ここで何が起きたか”を主張し続けるかのように。


 地下神殿跡は見る影もなく破壊され、爆発の余波で巨大なクレーターと化かした。だがその一部、そこだけは、まるで時間の流れから切り離されたように静寂が満ちていた。焦げも、崩れも、熱すらも届いていない。セリアが施した結界で覆われた空間は、原型を留め、異様な“静”を保っていた。


 「・・・偽装はうまくいった。さて、本命は・・・。」


 結界の中央には一人の若い女の横たわっている。その女はこの辺りでは珍しい黒髪、そして引き締まっているが女性的な曲線を感じさせる、均整の取れた体格をしている。その胸元には魔導具の残骸である微細な銀の欠片が散らばっていた。この横たわっている女が、先ほどまでダリムと呼ばれユーリス暗殺の実行役の男だった人物。


 セリアの脳裏に、直前の光景がフラッシュバックする。


 ラファスの出現により、ダリムの身体に刻まれていた術式の起動により一斉に輝きを帯びたあの瞬間。


 「自爆術式、か・・・。連中、どこまで使い捨てを当然と考えてるいるっ!」


 《オモイカネ》による走査は一瞬だった。そもそも《オモイカネ》はダリムを見たその時から既に解析をしていたようだった。セリアは《オモイカネ》からフィードバックされた情報を元に、ダリムに刻まれた術式の解除に取りかかる。


 『マスター、この術式は対象のエーテルを利用して爆発的エネルギーを外部に開放する術式。猶予はあと数秒。』


 セリアは指先にエーテルを集め、術式核への干渉を強めていく。


 ーーー術式核への干渉には成功した。あとは術式の解除。間に合うか・・・。


 術式の干渉、そして解除は想像以上にダリムの身体に負担をかけた。体内のエーテルは荒れ狂い、手足が痙攣し始める。


 パキンッ!


 ダリムが首からかけていた飾りが粉々に砕け散る。それと時を同じくしてセリアは術式の解除に成功する。


 『《オモイカネ》、ダリムが死んだように見せかける。爆発規模の試算を頼む。』


 『マスター、既にダリムの保有エーテルから爆発規模を試算。』


 『流石だ。仕事が早いっ。』


 セリアは自信の周囲に結界を張ると、《オモイカネ》が試算した規模の爆発を発生させる。その傍らでは、ダリムの身体が光り包まれ、その姿を徐々に変貌させていった。


 そして一人の女が姿を露わにする。


 「まさか・・・女だったとはね。」


 気を失ったままでいる女に視線を落として呟くセリア。


 「それは、それとして・・・誤魔化せれば良いけど。」


 見上げた先にある気配を感じながらセリアは再び呟いた。



 ◇◇◇◇◇◇


 微かな息遣いが、静寂に包まれた空間に微かな彩を刻む。セリアが視線を向けると、横たわっていた若い女の瞼がかすかに震え、ゆっくりと開かれていく。


 「・・・っ・・・ここは・・・?」


 か細く震える声が口から漏れる。かつてのダリムとは似ても似つかないその声。


 それが本来の、彼女自身の声だった。


 「意識が戻ったみたいね。私の精神干渉術式、そして自爆術式。よく保った、といったところかしら。」


 このする方に視線を向けると、そこには組織が最大級の脅威として認定している存在、セリアの姿があった。


 「セ、セリアッ、な、ぜ・・・ここに・・・。」


 自ら発した声に、琥珀色の瞳が微かに揺れる。ふらつく頭を押さえながら立ち上がるダリムの胸元から、砕けた首飾りの破片が滑り落ちる。


 そしてダリムの視線が自身の手に向く。白く、引き締まった指。しなやかながら芯のある手。手首の内側の皮膚に走る鱗のような細い紋が、薄く浮かび上がる。


 「・・・戻った、のね・・・。」


 声にはわずかに混乱と諦めが混じっていた。彼女の正体が、もはや偽りでは覆い隠せないことを、すでに彼女自身が理解していた。


 彼女の肩にかかる長い黒髪が揺れる。首筋にもまた、淡く銀に似た光を帯びた細かな鱗模様が浮かんでいた。


 その全てを、セリアは無言で見つめていた。


 「動揺しているところ悪いけど、私の質問に答えてもらえるかしら。」


 「こうなっては、抗う術もない。可能な限り答えるわ。まぁ話せない事もあるけど。」


 「それについては、問題ない。自爆術式を解除する過程で、あなたに施されていた術式はすべて解除した。」


 「・・・す、全てを、そんな、馬鹿な・・・。」


 言葉とは裏腹にあることを感じていた。自分の中に今まで感じていた束縛するような感覚が消えていた。


 「それじゃ、まず、名前から。」


 彼女は琥珀の瞳を大きく見開き、自身の名を告げる。


 「イリス・ティレイン。それが私の名前。」


 鑑定で既に名前が分かっていたが、あえてイリス自身から告げさせた。イリスの意思を確かめるために。


 「イリス、あなたは何処まで覚えている?」


 その質問にイリスは言い淀む。


 「え、えぇっ・・・。セリア、あなたと対峙したところまでは、記憶が・・・。」


 「その後の事は私から話すとしましょう。」


 そう言ってセリアは自分がかけた精神干渉術式で計画を聞き出しているところに、嘆哭者(クライアント)管理者(オルター)と名乗るラファスが現れた事。そしてダリムに対して自爆術式を発動させた事などを話した。


 「イリス、これからどうするつもり?」


 「どうするって・・・これが壊れてしまった以上、もうダリムとして活動する事もできない。」


 イリスは砕けた破片を拾い上げると、愛おしく眺める。


 「この魔導具には大分世話になったからね。話からすると、仮に魔導具が壊れていなくても戻る場所はない。まぁ、故郷にでもかえるさっ。」


 「そこで、提案がる。」


 「提案?」


 「あぁ、私の下に来ないかっ。」


 「お前の部下にっ?何が目的だっ。」


 「優秀な人材のスカウトさっ。無詠唱であれだけの炎を生み出せるのは驚嘆に値するわ。それに私の精神干渉と自爆術式が同時に発動した中で自我を保った精神力の強さ。優秀な人材を欲しがるのは当然ではっ。」


 「お前も使い潰して・・・捨てるつもりかっ。」


 「潰れるかどうかは、あなた次第。スカウトした人材をすぐに潰すつもりは無いがな。私が出来るのは、可能性という名の獣を飼い慣らす舞台を用意するだけだ。足掻き藻掻く覚悟が手にするか、手放すかだっ。」


 イリスの瞳をじっと見つめるセリア。


 「何を選び取るか、それは自由だ。その権利を奪い取るつもりはない。ただ、今より遙かな高みへは登れるぞっ。少なくともお前を切り捨てた、ラファスよりはなっ。何なら嘆哭者(クライアント)を壊滅させる力だって可能だっ」


 セリアの言葉に反応するかのようにイリスの瞳に強い意思が宿り始める。


 ーーー本当にそんなことが・・・。例えその言葉が偽りだったとしても・・・私は・・・。


 「・・・分かった。セリア、お前の部下でも何でもなってやる。」


 その言葉に、セリアは目を細めた。


 「なら、契約成立ね。ようこそ、イリス・ティレイン」


 そう言って差し出された手をイリスは強く握り返す。


 「・・・一つ、訊いていいかしら。」


 「何かしら、上司からの質問なら大抵の事は答えるわ。」


 「何故、姿を変えてまでして嘆哭者(クライアント)に入ったのか。」


 「自分でも何でこうなったのか、さっぱりなんだけど。結論から先に言うと・・・私は嘆哭者(クライアント)に入ったつもりは、全くない。」


 「では、何故?」


 「セリア、おっと、セリア様かな。」


 「すきに呼べばいい。」


 「ちなみにパーティーメンバーからは何て呼ばれているんだ。」


 「セリア、セリア様だな。従魔からはマスターと呼ばれている。」


 「それじゃ、私もマスター呼ばせてもらう。」


 「それで、話の続きはっ。」


 「そう焦らなくても、話をするっ。ちょっとした身の上話になるけど、構わないか?」


 「いいわ、ゆっくり拝聴しましょうっ。」


 セリアは近くにある瓦礫に腰をかける。


 「私が生まれ育った村は、帝国でも東の辺境にある小さな村だ。昔から異種族が暮らす村でね。両親が人族でも希に他の種族の特徴が現れる者がでる。」


 イリスは自身の髪をかき上げ、普段髪で隠れているうなじをセリアに見せる。そこには竜鱗のような模様が手首よりはっきりと確認できた。


 「ところで、マスターは帝国に行ったことがあるかい?」


 「無いが、それがどおした?」


 「帝国はね、人族至上主義がいまでも根付いている場所さ。そんなんだから、私の生まれ故郷も隠れ里ようにしていたわけさ。村全体が親戚みたいな場所で居心地は良かったけど、何分貧しくてね。それがいやで、村をでたったわけさ。」


 イリスは握ったままの魔導具の欠片を上に放り投げる。


 「この魔導具、レンヴァリスの鏡を持ち出してね。」


 そしてそれをキャッチしながら魔導具の名前を明かした。


 「魔導具の能力は解除される時に目の当たりにしたが、それならその異種族とわかるようなところだけ隠せばいいんじゃないか?」


 「人種差別以外にも、女であるってだけでも立場が下になる土地柄なのさ。だから私は性別も含めて自分と全く違う容姿にしたのさ。そして選んだのが軍隊ってわけだっ。」


 イリスは天井の崩れかけた梁を見上げながら、入隊した後の事をぽつりと語り出す。


 「・・・最初は、ただ生き残るために必死だった・・・。少年兵として戦場を渡り歩いた。」


 ーーー初めて戦場に出た日のことを、今でも鮮明に覚えている。血の匂い、肉が焼ける臭い、耳を劈く叫び声・・・。あの日の私は、ただただ震えることしかできなかった。それでも、生きるために、必死に・・・。


 イリスの表情に微かな自嘲の影が差す。


 「幸か不幸か、才能だけは認められたみたい。魔導運用の適性、戦術理解、実行力・・・全部、成績表の上では優等生だった。そうやって、軍の段階を着実に踏んで選抜された。」


 セリアが静かに問う。


 「どこへ?」


 「帝国軍第七魔導戦術部隊。通称、深黒(ディープ・ヴェイル)。暗殺と潜入の専門部隊だけど、軍の中ではエリート部隊。」


 イリスはそこで一旦言葉を区切り、真剣生差しをセリアに向ける。


 「それから、しばらくして上官から呼び出され、出向が言い渡された。それが嘆哭者(クライアント)。」


 「出向を言い渡されたのは、あなただけ?」


 「その場に呼ばれたのは私だけだが、嘆哭者(クライアント)の初招集時に集まった人数を考えると、至る所で出向が命じられたはず。」


 イリスは肩をすくめながら続きを話し出す。


 「気がつけば、何をしても、どこで誰が死んでも、記録には残らない仕事を永遠としていたわ。初めこそ、疑問に思っていたけど、そのうちに何も思わなくなっていった・・・。」


 ーーー任務を終えるたび、胸の中に空虚な穴が広がっていくのを感じていた。次第にそれは私の心を侵食していった。行き着く先は、ただ命令に従い任務をこなすだけの機械・・・。


 セリアは、わずかに頷いた。


 「つまりあなたは、自分の意思でクライアントに入ったわけでは、ないと。」


「えぇ。でも、抜け出す機会もあったのかもしれないけど、気が付けば組織への絶対、上位者への絶対の服従がすり込まれていた。」


 その声には、自己嫌悪と過去への後悔が滲んでいた。


 「かなり長くなったけど、これがマスターの質問に対する答え。」


 セリアは少しの間、黙ったままイリスを見つめていた。その視線はどこか遠くを見ているようでもあり、目の前のイリスにも深く刺さっていた。


 「・・・イリス、あなたの故郷に、興味がある。」


 不意に投げかけられたその言葉に、イリスが瞬きをする。


 「それは・・・どういう意味?」


 「単純なことよ。あなたの中にあるものが、そこで育まれたなら・・・」


 「まさか・・・私のように故郷のみんなもっ。」


 「えぇ、その通りよ。それに、人種差別の激しい土地にいるのは危険だと考えているんじゃないか?」


 「それは・・・。」


 「実際にどおするかは、現地に行って考えましょう。」


 「現地?」


 「そう、あなたの故郷。」


 「今から、どうやって?」


 「私の転移を使えば一瞬だから、あなたは故郷を明確に鮮明にイメージしてっ。」


 セリアの言葉に、イリスは静かに目を閉じた。記憶の奥に焼き付いた山並み、湿った空気、草木の匂い、石畳の手触り。


 そして、村の中心にあった井戸の音。


 「イリス、準備はいいっ。」


 「あぁ、問題ないわ。」


 エーテルが淡く輝き空間に輪郭を描く。空間が軋むような音を立て、白い光がセリアとイリスを包み込んだ。


 次の瞬間、世界が反転する。


 足元に感じるのは焦げた土の熱。鼻をつく、血と煙と焼け焦げの臭気。


 イリスが目を見開いた。


 そこにあったのは、夜の闇に浮かび上がる赤く燃え上がる村の姿だった。


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