第七十六羽. 静謀の幕開け
5章の幕開けです。
本章は色々な内容を描いて行こうかと考えています。
そのため長くなると思っています。
セリアを筆頭に庭園の活躍をお楽しみ頂ければ幸いです。
十二月、天輪暦でいうところの《アルディアス》の中旬に差し掛かった十二日。
空は澄み渡り、冬陽が凛とした光を地に降ろしていた。街路を行き交う人々の吐く息は白く、静かに空へと溶けていく。
ここは王国東部にあるアデルフィート辺境伯領の領都ローレル。平地に築かれた交易都市であり、周辺諸村を繋ぐ流通の拠点として古くから栄えてきた。広場には歳の瀬が迫り年納めと冬仕度の商人や旅人、農民たちが集い賑わっていた。
それに加え、王国では年末と年始がそれぞれ神聖な祭日となっている。年末に行われる終環祭と来る新年の創環祭を迎えるこの習わしは、ローレルでも大切に受け継がれていた。
街の人々は家々を飾り供物を用意し、火灯しの祭や新年を迎える儀式の準備に勤しんでいる。商人たちは祝い酒や保存食を山のように積み上げ、子どもたちは紙細工の飾りや灯籠を手に走り回り、職人は忙しげに年始飾りを仕上げていた。ローレルの広場には仮設の市が立ち、冬空の下香ばしい焼き菓子の香りと祝い太鼓の練習音、そして冷気の入り混じった空気が街全体を包んでいた。
そんなローレルだが、最近その街並みに明らかな変化が訪れていた。再開発が進められた北区画には、新しい街路と舗装が整備された。並ぶ商店もかつての木造の長屋風ではなく、石と漆喰の壁に大きな硝子窓を設けた都市型の店舗へと生まれ変わっている。
移住してきた職人や商人たちが店を構え、活気のある呼び声が朝から響いていた。中でも一際、人目を引いているのが、スメール商会が建設した三階建ての商業施設であるグランホール・アゼリア。広場に面して堂々とそびえるその建物は、深い紅と黒を基調にした荘厳な外観に広いガラス窓を備えた最新式の構造を取り入れた造りとなっている。衣料品、宝飾、甘味と豊富な商品を揃え、さらには情報取次窓口までも一つの建物内に収めた大複合商業空間となっていた。
開業間もないこの施設には連日多くの客が訪れ、いまや街の話題を独占する存在となっている。
活気のあふれる年の瀬の街並み。けれどその賑わいから少し離れた一角にて、セリアは変わらぬ静かな日常を過ごしていた。
メールトュールの事件から約二ヶ月。
セリアはあの激動の戦いのあと、再びローレルへと戻り、繰り返す穏やかで静かな日常をどこか満ち足りたように享受していた。
特別な依頼を受けることもなく、朝は鍛錬、昼は軽い依頼や知識の整理、夜はハノイの塔から持ち帰った技術の再現に向けて《オモイカネ》と熱く語り合う。戦火も策謀もない、ただの日常。だからこそ心に染み入る平穏がそこにはあった。
ただ一つ、以前とは異なることがある。
それは・・・。
「・・・次、もう一度構えてごらん、テオッ。」
冬の澄んだ空気が肌を刺す昼下がり、屋敷の庭でセリアとテオの二人が向かい合っていた。いつもなら一緒に構えを取っているはずのリュカとフレイアは、今日は冬の陽射しが差し込む芝生の上で並んで幸せそうに寝息を立てていた。
「はい、師匠っ!」
息を整えながらテオドールが小さく構えを取る。まだ未熟ながらも真っ直ぐな瞳には、覚悟と決意の色が宿っていた。
「腰が浮いてる。下半身で踏ん張って・・・そこで止めるっ。」
セリアの指摘に応じ、テオドールは慌てて足の位置を微調整し、膝の角度を正した。姿勢は両足を前後に置き、膝をやや曲げて重心を低くした体術の構え。ただし、今日の訓練はそれだけではない。
「その状態でエーテルを循環させるっ。」
そう、この型のまま体内でエーテルを循環させる。それがこの日の課題だった。テオドールはその姿勢のまま静かに目を閉じると、大きく息を吸いゆっくり吐く。自分の中にあるエーテルを感じ取ると、それがゆっくり流れるイメージを作る。
この二ヶ月間、テオドールはセリアのもとで徹底的に身体を鍛え、体術とエーテルの操作を叩き込まれてきた。
その代わり、剣は一度も握っていない。朝から晩まで型の反復とエーテル循環。筋肉と感覚の基礎を作り、力を制御するための身体を築く。それがセリアの方針だった。
ーーー大分・・・流れが安定してきたな。
黙って様子を見つめていたセリアが、小さく頷く。
「・・・よし。大分スムーズに循環できるようになったな、テオッ。」
その成長ぶりは、年齢だけを見れば明らかに異質だった。この年齢ならば、体内のエーテルを感じることすら出来ない者が大半だろう。中堅の冒険者だって、自身のエーテルをある程度操る事は出来ても、体内をスムーズに循環させる事が出来ないのが実情だ。
だが、これは決して天賦の才によるものではない。確かにテュラノスの遺産ともう云うべき大量のエーテル、加えてあらゆる知識がテオドールの中に宿っているが、才能だけを見ればテオドールはどちらか言えば凡人といえよう。
セリアの厳しい特訓に対して文句ひとつ言わずに、ただひたすらに愚直にテオドールは努力を積み重ねてきた。そして、まだ二ヶ月ではあるが着実に実を結び始めて来た。
そう、テオドールの異質な成長は、真っ直ぐな意志と折れない努力が積み重なった結実。
「えっ・・・ほんとに・・・!?」
テオドールがぱっと顔を上げ、息を弾ませながら笑う。だが、その瞬間にセリアの言葉が続く。
「それじゃ、その状態を一時間維持だっ。」
「・・・っ、が・・・がんばります、師匠・・・。」
ーーーこのまま鍛え続けたら、どこまで行けるのか・・・。
セリアがそんな事を考えていると、屋敷の方から足音が近づいてきた。
「セリア様、申し訳ありません。来客です」
姿を見せたのは銀髪のメイド姿のエルフが軽く頭を下げながら現れた。セリアの忠実なる騎士でありメイドであるアルジェント。
「来客?」
「はい。キースウッド様が玄関先にいらしています。急ぎではないそうですが、領主邸までお越しいただきたい、とのことです。」
「分かった。アル、テオの事は頼む。」
「承知いたしました。」
セリアは芝の上に置いてあったコートの拾い上げると、軽やかな足取りで庭を後にした。背後では、アルジェントの静かな声がテオドールに向けられていた。
「では、テオさん。あと二時間その状態を維持できるよう頑張ってください。」
「・・・えぇっ!?」
少年の小さな悲鳴が、冬空に溶けていった。
◇◇◇◇◇◇
テオドールがセリアのしごきに耐えている丁度その頃、庭園のメンバーであるアヤメ、ヴェイン、メルディナは珍しく三人でギルドの依頼で外出していた。
この三人で依頼を受ける事は珍しく、普段は三人とも単独行動をしている。アヤメはアルジェントのお使いで、屋敷の備品管理や買い出しやギルドの依頼で近場の迷宮に一人で潜っている。
ヴェインは、朝の早いうちに軽い訓練を終えると、武器や防具の手入れを行っている。午後は屋敷にいる事が少なく、飲み歩いているか、アヤメは同様に単独でギルドの依頼を受けている。たまに手持ちの飲み代が心もとない無い時に、セリアにせびりに来ている。
メルディナはたまにギルドの依頼を受けているようだが、基本は屋敷の地下にこもって術式の改良や薬草の調合に勤しんでいる。
そんな三人は今、ローレル近郊にある迷宮に来ている。
依頼は二つ。
一つは迷宮に潜ったまま二日戻って来ない新人冒険者の捜索。そしてもう一つはアヤメが元々受けていた迷宮で取れる鉱物の蒐集。
新人冒険者の捜索依頼は庭園に直接依頼があったものだ。本来冒険者はあらゆる行動が自己責任という言葉で済まされる生き物である。だが今回は少々事情が異なってくる。なぜなら捜索対象者が貴族の子息だからだ。
辺境伯領で帝国と接している領地を拝領してるモルトリス男爵家。男爵家は代々武断派としても知られており、冒険者として活動が慣例となっている。現当主のデイルも若かりし頃は冒険者として活動をしていた。嫡男であるユーリスも慣例に倣って冒険者として活動を始めた直後に起こった事件。あくまでも見守る事を目的として、優秀な騎士を数名護衛として連れていた。それでも今回の事件が起こったため、庭園にお鉢が回ってきたのだ。
アヤメ、ヴェイン、メルディナの三人にセリアがこの依頼を任せたかというと、単純に暇そうにしていたからである。アヤメが鉱物の蒐集依頼を受けると反論しても、ついでに蒐集依頼もこなせる、と返されたのである。
そして、アヤメ、ヴェイン、メルディナの三人は今、迷宮の三階層にいる。
「三層まで来たけど、魔物の気配すらないね。」
捜索のため、今日は冒険者の迷宮への立ち入りが禁止されていた。当然ではあるが、そのため、迷宮内には人の気配が一切ない。にも関わらず魔物の気配すらないのだ。
「確かに、おかしいのじゃっ。妾の探知に一切引っかからないのじゃ。」
「ヴェインよ、そっちはどうなのじゃっ。」
「あぁ、俺の気配察知にもかからない。この層にはいないな。三層までなら、迷って降りた可能性も考えられるが、ここより下に階層に降りたとなると・・・。」
「騎士も数人随伴しているという話なのじゃ。何かあったと考えて行動するべきなのじゃ。」
「それじゃ、急がないとっ。」
アヤメの言葉にヴェインとメルディナが頷くと駆け出す。静かな迷宮に三人が駈ける音だけが反響する中で、捜索対象を発見したのは六層であった。
「発見したっ。」
先頭を走るヴェインの声がアヤメとヴェインにも届く。
「この先の広い空間にいるのじゃっ。」
メルディナも自らの探知により、対象を捕捉していた。
「まずいな・・・。」
「囲まれてるよっ。」
アヤメも千里眼で状況を確認していた。
◇◇◇◇◇◇
「ユーリス様、お下がりください。」
「何を言っている。お前たちも、もう限界だろっ。」
「我々の役目は、ユーリス様をお守りすることです。」
ユーリスたちは、ミノタウロス、ジャイアントオーガ、トロールと言った大型の魔物に取り囲まれ、その命は風前の灯火となっていた。
ーーーなぜ・・・こんなことに・・・。
四名の護衛がユーリスにはついていた。多少護衛の力を借りてはいたが、ユーリスの実力からすれば三層はそれ程問題のない階層であった。そこでダリムの提案があった。
四階層に足を踏み入れて見ませんか、という提案が。
そして、その提案が悪夢への第一歩となった。
ダリムは数年前にモルトリス男爵家の騎士団に入隊した男だ。性格も気さくで人当たりもよく、能力も近年入隊した者の中ではかなり高かった。ユーリスは訓練を通じてダリムとの親交があった。そんなこともあり、ユーリスが冒険者として活動するにあたりダリムは自らお付きとして名乗りを上げた。
四層に入り少し進んだところに開けたひとつの空間が広がっていた。ユーリスが周囲に視線を巡らせながらゆっくりと足を踏み入れる。護衛の騎士たちも周囲を警戒しつつユーリスの後に続く。魔物の気配もせず、静寂が一帯を包み込む。
だが、その静寂は、思わぬ形で破られる。
「殿下、背後をご注意を。」
「・・・あぁ、ありがとう、ダリム・・・。」
振り向いた瞬間、見たのは抜き放たれた剣の斜線だった。
ギィン!
瞬時に間に入った別の騎士の剣と衝突し、火花を散らす。守りが一瞬遅れていたら、ユーリスの首が刎ねられていたかもしれない。
「なっ・・・ダリム、何をしている!?」
「何、と言われても・・・これが俺の役目何でねっ。」
ダリムの声には感情も忠誠も含まれていなかった。ただ静かで、ぞっとするほど冷ややかだった。気さくで人当たりの良いユーリスの知っているダリムは存在していなかった。
「何故だっ。何故・・・裏切ったっ。」
「残念ですが、裏切った訳では無いんですよ。ユーリス様。元々俺はあなたを始末するために近づいたんでねっ。」
「何のために・・・私をっ。」
「お喋りの時間は終わりだっ。」
ダリムが右手をすっと挙げると、どこからともなく魔物が出現する。それも、四層で出現するような魔物ではなく、ここより下の階層に出現するような魔物が周囲を取り囲む。
「ユーリス様をお守りしろっ。」
ヴァレント、マシウス、クラン、ユーリスの護衛として随伴してきた三人の騎士が、ユーリスを中心に互いに背の預けるようにして迫りくる魔物に対して陣形を組む。
「来るぞ、右側! 体勢、崩すな!」
鋭い号令と共に、鉄の刃が魔物の爪を受け止めた。
「・・・ちっ、よくもこんな数の魔物を集めたものだっ。」
ヴァレントが血のにじむ唇を歪めながら、立ち塞がる獣の影を睨みつけた。その奥、魔物の群れの奥からダリムが傍観者の顔でこちらを見ている。
「ふふ、ずいぶん粘る。だが、ここで終わってもらう。上層階へのルートは魔物が封じている。・・・選択肢は限られているが、どおするっ」
挑発のように呟きながらダリムはひとつの通路を視線で示した。それは下層へと通じる傾斜のある脇道だった。
「冗談じゃないっ。ここより下の階層は・・・。」
マシウスが叫ぶ。五層以降は四層と比べて魔物の強さが格段にあがる。ユーリスたちはどの選択肢を選んでも生存率がかなり低い事実を突きつけられていた。
「このままでは持たん、第五層へ向かうぞっ!」
ユーリスはそれでも五層に降りる方に賭けた。ユーリスの号令に一行は魔物を強行突破して五層へとつながる通路へと走り始める。身体強化を施したユーリス一行は追いすがる魔物を引き離して五層へとたどり着く。
「やっと、たどり着いたかっ。」
「ユーリス様、気を抜いていけません。警戒をっ。まだ何がいるか・・・。」
マシウスが言いかけたその時、通路の先、進行方向の陰から魔物の気配が走った。
「なっ・・・!? 前方、魔物接近!」
魔物の動きに違和感を感じながらもユーリスたちは身を隠しなが五層を移動する。
「こいつら、まるでこっちの進路を塞ぐように動いてやがるっ。」
魔物から身を隠しながら移動していたユーリスたちは、気がつけば六層へと繋がる通路の目の前にいた。まるでここへと誘導されたかのように。
「ユーリス様、どうなさいますかっ」
「第六層にいくしかあるまい。このままでは魔物に囲まれるっ。」
クランの問いに対してユーリスは即座に決断を下す。
六層へと降りたユーリスたちは息を潜め身を隠していた。常に強いられる緊張感が次第に体力を奪い、時間感覚をも奪っていた。どれくらいの時間が経過したのか、それすらもわからなくなっていた。
そして、ユーリスたちは、ついに魔物の脅威に晒される事になる。
「・・・はっ・・・ぐっ・・・!」
クランが片膝をつきながらも剣を振るい、ユーリスの前に立つ。その肩口は裂け、鎧の下から赤がにじんでいた。背後では、マシウスがすでに意識を失い、岩陰に横たわっている。
「もう、持ちませんっ・・・」
ヴァレントの声も、すでに喉を絞り出すような掠れ声になっていた。
ーーーここまでか・・・。
剣を握る手に力を込めても、もはや立ち向かう気力は残っていない。目の前の魔物が咆哮と共に身を屈め爪を振りかぶる。ユーリスが死を覚悟したその瞬間、魔物が断末魔の声を上げて地に崩れた。それは、連鎖するように別の個体も、またひとつ、またひとつと、次々に音を立てて倒れていく。自分の目に映る光景に立ち尽くしていると、一人の少女がユーリスに声をかける。
「もう心配ないよっ。」
「・・・助かった、のか・・・。」
ユーリスはその言葉を絞り出すのが精一杯であった。
「傷を負っているいが、命に別状は無いなっ」
いつの間にか男が倒れている騎士たちの容態を見ていた。
「ギリギリ、間に合って良かったのじゃ。」
ピンク髪の少女がそう告げると、ユーリスたちを光が包み込み負っていた傷が塞がり体力が回復していく。
「こ、これは・・・。」
「なぁに、初歩的な回復魔法なのじゃ。それよりも・・・姿を現したらどうなのじゃっ。」
「気がついていたかっ。」
岩の陰から乾いた靴音とともに姿を現したのはダリム。
「ダリム・・・。」
ユーリスの言葉を無視するように、ダリムは庭園の三人に視線を向け話し始める。
「まさか、庭園が捜索に乗り出すとは・・・想定外でした。しかもアヤメ、ヴェイン、メルディナの三人がっ。」
「そんな事より、何者だい。僕は感がいい方なんだよね・・・ゾディアックと関連があるの、かな。」
その言葉に、ダリムの口元が歪む。
「やれやれ、勘のいいガキは、これだから嫌いだっ。」
一歩、足を進めながら、冷たい声が響く。
「ついでに聞くが、何故、気がついた。」
「何人かとやり合ったことがあるんだよね。そいつらと雰囲気が何となく似ていたからね。」
「なるほど・・・なら、なおさらだ。」
その言葉と同時に、空気がひときわ重くなる。
「来るぞっ」
ヴェインが低く呟いた。
影が揺れ、まるで最初からそこにいたかのように、周囲の岩陰や高台から黒衣の者たちが次々と姿を現す。アヤメたちが知る存在とただ一つ違うのは、顔に白い仮面をつけていること。
数で囲まれているにもかかわらず、アヤメたちの表情には焦りはない。
ダリムは一歩後ろに下がると、短く叫ぶ。
「ここから、生かして返すなっ。」
その号令と同時に黒衣の集団が音もなく襲いかかり、戦端が切って落とされた。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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