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転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第四章 幻の都編
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第七十二羽. 異界からの使者


 内側から叩き割られたかのように、裂け目が走り、次から次へと破片が砕け落ちていく。崩れ落ちた空間の向こうは星のない夜空のような深い闇の空洞が広がっていた。裂け目の(ふち)は漆黒の燐光にじわりと侵されていく。


 そして、そこから、それは降るようにして現れた。


 まず、司祭服の裾が浮かび上がる。それは重力に逆らいながら、黒い絹のようにゆらりと揺れ、やがて大気を撫でるように地に触れた。続いて、ゆっくりと両足が現れる。その歩みはまるでこの世界の重力に馴染んでいく適応の儀式のように、慎重に、だが確実に一歩を刻んでいく。


 やがて、闇紡ぎの司祭服を身に纏った何かが完全に姿を現した。闇の装束は織られた影が常にわずかに(うごめ)き、(そで)(すそ)には幾何学的な紋様と異界の言語らしきもの書かれた文字が流れるように刻まれていた。


 胸元には三重螺旋と垂直の槍を組み合わせた銀の徽章が、鈍く呼吸するかのように光を灯していた。顔には感情も表情も奪い去られた艶のない黒鉄の仮面がはめられ、ただ一対の紅い光点を仮面の奥に浮かび上がらせている。その光は静かに明滅しながら、まるで生きているように、セリアを、そしてこの世界を見据えていた。


 人の形を借りていながら、人ならざる者。異形の存在に否応なくセリアの警戒感が高まる。


 その何かは、仮面の奥から仰々しく、そして心底興味を失った者のように独り言を零す。警戒感を露わにしたセリアに向ける視線もなければ、敵意すらない。セリアの存在を、まるで塵芥のように無視したまま、愚痴を垂れ流すかのように。


 「やれやれ・・・。連絡が途絶えたから直々に足を運んでみれば、コレだ。まさか、敗北しているとはネ・・・」


 仮面の奥から響く声は、飽き飽きしたような、だがどこか気怠い音調で満たされていた。それは侮蔑というより、どうでもよさに根ざした無関心。


 「まぁ、元よりちょっとしたデータ取りに使えれば御の字程度だったしネ。成功したらそのまま観察続行、失敗したら切り捨てるだけだしネェ。」


 小さく笑い声を漏らす。嘲笑でも、冷笑でもない。まるでモルモットが思ったより早く死んだときの実験者のような、空虚な笑いだった。


 その声が止んだ瞬間、セリアが口を開いた。鋭く、静かに。


 「・・・何者だっ。」


 仮面の奥から漏れる声が、仄かに愉悦を帯びる。


 「ふふ・・・あぁ、いやだねぇ。何者か、と問われるのが一番退屈だァ。だってサァ、答えたところで理解できないモノを口にするだけになからネェ。」


 軽く肩を竦めるような動きをしながら、仮面の光点が空中を彷徨う。まるで話す内容とは別の事に、意識が逸れているかのように。


 「とはいえ、まぁ・・・どぉしても気になるってんなら、お試し程度に自己紹介しといてあげようかネ」


 そう言うと、それは仮面の奥で笑った気配を漂わせながら、わざとらしいほど丁寧に、だがどこか相手を見下すような態度で頭を垂れた。右手を胸元に添え、肩を大袈裟に傾け、完璧な礼儀作法の形で。だがそこには敬意など微塵もなく、礼儀という様式を踏襲することで相手を逆に侮辱する、かのような所作だった。


 「名乗るほどのモノじゃァないケドネ・・・。」


 ゆっくりと顔を上げながら語り始める。


 「ワタシの名前は・・・ネザリエル・イクリス。こことは異なる世界であるストラータの界外観測律機関(アウター・ドクトリナ)所属」


 仮面の奥で、紅の光点がじわりと揺れ、微かに嗤う。


 「役職は、そうだネ、侵攻可能な世界の調査官ってトコロかな。つまり・・・コッチの世界が開けるか、喰えるか、ソレを確かめに来たってわけサ。」


 飄々とした語り口。だが、その言葉の内容には一切の誇張も虚構もない。仮面の内の紅い光点が、セリアを通して、この世界そのものを値踏みするように光った。


 「もちろん、全部の世界を壊したいワケじゃぁないヨ。壊すに値するトコだけ、効率よく切り取って、資源化して、記録に残して・・・はい、おしまい。」


 右手で空中に指を走らせると、空間が波のように軋む。その動きはあまりにさりげなく、それでいて確実に、この世界の構造を揺らしていた。


 「・・・ま、その見極めができるのがワタシだけってだけの話サ。選定官っていう響き、なかなか便利でしょ?」


 そう言いながら、手の甲で自身の装束の裾を軽く払う。黒く艶めくその衣は、まるで神職の法衣のような重厚な縫製をしていたが、ネザリエル自身が続けた言葉には、むしろそれを否定するような響きがあった。


 「・・・そう、それと、こんな格好してるからって、宗教だの祭司だのの関係者って思わないでくれるカナ。これは、選定官としての儀礼衣装ってだけで、信仰とは無縁ナンでネッ。」


 皮肉げに肩をすくめ、紅の光点がまた笑う。


 「そぉだ、ついでに、テュラノスとの関係でも聞かせてあげよカナ。」


 ネザリエルはふいに仮面を傾け、指先で空中を弄ぶように軽く振る。何かを思い出すような、けれど一切の感情を挟まぬ声音で言葉を続けた。


 「そぉそぉ・・・ほんのチョットだけ、貸しただけサ。力を、ね。こっちから積極的に関与したワケじゃないヨ。向こうから頼まれたのサ、形式的にはネ。」


 言いながら肩を竦める。その動きは、「あぁいうのはよくあるんだよネ」とでも言いたげだった。


 「黒衣を纏ったヤツがネ・・・丁寧に頭下げてきたからサ。ちょっとした手助けくらいならってワケサ」


 黒衣という言葉に込められた濁し。あえて名を明かさぬその語り方は、セリアにも一つの連想を呼び起こす。


 「だからサ、あのテュラノスとかいうの・・・別にワタシにとっては、なんでもないノ。ただの外注の請負い先ってだけサ。仕事として貸したチカラの使い方までは知らないヨ。黒衣のヤツもそんな感じだったからネッ。」


 ひとしきり語った後、ネザリエルはわざとらしく周囲を見渡し、肩をすくめた。


 「でもまぁ・・・折角来たから、ついでにチョットだけ。ついでにこの世界の状態くらいは軽く見ておこうかなって。どうせ帰ったら報告を書出さなきゃいけないしネ。仕事熱心なんでね、ワタシはっ。」


 仮面の奥から漏れるくぐもった笑い。だがその声色の奥には、ついで、であっても、十分にこの世界へ災厄をもたらせる力があるという、揺るぎない実力が滲んでいた。


 ネザリエルが仮面越しに首を傾げ、紅の光点が楽しげに細かく瞬いた。


 「ちょっとした性能試験くらい、付き合ってくれてもバチは当たらないヨネッ。」


 その言葉と同時に、周囲の空間が沈み、空気が重く、鈍く、軋むように沈み込んだ。そしてネザリエルの周囲に、何重もの同心円状の光環が浮かび上がる。そのすべてが異界式の構文・・・この世界では解読不能の式が幾重にも重なり合い、呪文というよりも宣告のように展開された。


 セリアは即座に気配を察知し、行動に移る。


 「・・・来るぞっ!」


 瞬間、轟音が辺りを包んだ。


 天空からの砲撃にも似たエーテルの奔流が、広範囲に渡って降り注ぐ。空間を焼き、視界を断ち、因果すら撹乱する嵐。


 セリアは瞬時に防御結界が全方位に展開する。仲間達を包み込むように幾重にも折り重なって展開された防御結界が天空の咆哮を完全に遮断する。


 しかし、その咆哮はあくまで陽動に過ぎなかった。


 轟音が過ぎ去り、伸し掛かる重圧から解放されたが、余波は火の粉のようなエーテル残滓を舞わせていた。セリア達の視界がようやく開かれはじめた、そのとき。


 幼き叫び声が響き渡る。


 「きゃっ! ママ、たすけてっ!」


 「ママァッ! たすけてっ!!」


 リュカとフレイアの叫び声。


 セリアにとって、何よりも鮮明に耳に届いたそれは、信頼と恐怖が混じった小さな命の悲鳴だった。


 「・・・ッ!」


 セリアが反射的に振り返る。


 イロハの背に、しかもラクスの張った結界の中にいるはずの、そこにあるべき小さな影は、もうどこにも見えない。


 『さらわれた・・・? そんな、いつ・・・。』


 イロハが絶句する。アヤメも、息を呑んだまま言葉を失っている。


 だが、それ以上に恐ろしい事実があった。


 「・・・私の・・・探知に、一切、反応してない・・・。」


 セリアの声が震えた。転移ならその痕跡が何らかの形で必ず残るはずである。だが、その痕跡を全く感知しているなかった。痕跡をセリアに分からない形で隠蔽しているのか、本当に痕跡がないのか、どちらにせよセリアにそれを知るすべがない。


 セリアの瞳が、ゆっくりとネザリエルへと向けられる。


 そこには、仮面の男が、最初と寸分違わぬ姿勢のまま、微動だにせず立っていた。


 右手は下ろしたまま。足も、全く動いていない。


 そう、何一つ、ネザリエルが動いた形跡がない。


 「・・・どうやって・・・。」


 アヤメが、震える声で呟いた。


 ネザリエルは、それに応えることなく、仮面の奥でただ紅い光点を揺らすだけだった。まるで、知る必要などない、と言わんばかりに。


 「・・・ママぁっ!!」


 リュカとフレイアの叫び声が重なり合い、闇の中へ引き込まれていく。


 「リュカァッ! フレイアァッ!」


 セリアが絶叫し、走り出そうとした足は虚空を踏みしめる。その足先が届くはずだった場所には、もう既に何も残っていなかった。


 リュカとフレイアの気配は一瞬で、完全に、世界から消失していた。セリアが力の限り広げた探知にも一切ひっかからない。


 「リュカ!! フレイアッ!!」


 いまだに辺り一帯に舞う火の粉のようなエーテル残滓が、セリアに反応して炎の巻き上げる。セリアは視線を彷徨わせ、その瞳がゆっくりと仮面の男へと焦点を結ぶ。


 「・・・ふたりを・・・いったいどうするつもりだっ!!」


 声は震えていた。


 怒りと、恐怖と、そして取り返しのつかない喪失が交じり合った、母としての悲痛なる叫び。


 だがネザリエルは、相変わらず寸分も動かぬままに、仮面の奥からその問いに応えた。


 「あぁ、あの子たちネ」


 その声は、まるで興味深い標本について尋ねられた研究者のそれだった。


 「ただの試料だヨ。粗削りだけど素材は悪くないし・・・鍛えれば、それなりに戦力になるからネ。コッチの世界で(くすぶ)らせておくよりは、有効活用できるからネ。」


 そして、仮面が僅かにセリアの方を向く。


 「ママだっけ? なんだか妙に懐かれているけど、安心して構わない。なにせ調整すれば・・・記憶も人格も、すぐこちら向きになるからサ」


 仮面の奥で、嗤う気配が広がった。


 「・・・貴様ァアアアアッ!!」


 殺気が(ほとばし)る。地を蹴ったセリアの身体が一瞬で濃密なエーテルを纏い、《スサノヲ》から斬閃が奔る。極限にまで収束されたエーテルが、空間そのものを切り裂きながら一直線にネザリエルへと迫る。


 「まぁ、思ったよりもやるようだけど・・・それじゃぁ、ワタシには届かないヨ。」


 ネザリエルがわずかに仮面を傾けた。だたそれだけの動作。だが、バチン、と音を立ててセリアの斬撃は見えない何かに跳ね返された。


 「っ・・・!?」


 衝撃が逆流する。


 「く・・・っ!」


 体勢を立て直す暇もなく、セリアの身体は宙に弾き飛ばされ、背中から床に叩きつけられた。直撃する瞬間に防御結界を展開したが、威力を殺しきれずに数メートルも地を転がるセリア。呻きながらもセリアはすぐに立ち上がろうとするが・・・。


 「・・・じゃ、そろそろ、観測終了。」


 ネザリエルが右手をかざすと、空間に不定形のひび割れが走る。次の瞬間、そこに深黒の裂け目が現れ、ネザリエルがの身体を飲み込むように開かれた。


 「それじゃ、ママ・・・サン。そうそう、追ってきたければ、どうぞ。その時は、歓迎するヨ。まぁ、来られる・・・ならばだけどネ。」


 仮面の紅い光点が、最後に僅かに揺れる。そして、彼は一歩も動かぬまま、空間ごと後ろへ沈むようにしてゆっくりと消えていった。


 やがて裂け目は、何事もなかったかのように音もなく閉じる。


 そして・・・静寂だけが、世界に取り残された。


 「リュカッ! フレイアァッ!!」


 セリアは立ち上がるなり、両手を掲げ、空間のあった一点に向かってエーテルを暴発させた。髪が逆立ち、空間を漂うエーテルがセリアの右拳に収束していく。本来ならば見える事も触る事も出来ないはずののエーテルに色と質感を与えた。


 「まだ・・・まだ、痕跡は残っているっ!!」


 周囲の大気が悲鳴を上げ、焼け焦げる。既に視界では捉えられなくなっている空間の亀裂だが、セリアの瞳には確かに、それが映し出されていた。僅かに残された痕跡をこじ開けるために、右拳に収束したエーテルは湧き上がるセリアのエーテルを喰らい凶暴な塊へと変貌していく。


 「・・・私が・・・私がっ!!」


 歯を食いしばり、目を血走らせたセリアをアルジェント、アヤメ、ヴェインが必死に止めようとするが、破壊の権現と化したセリアを止める事が出来ないでいた。


 そんな中、背後から誰かが飛び出した。


 「セリアッ!!」


 メルディナは迷いもなくセリアの前に立ち、手を振り上げる。


 パァンッ!!


 セリアの頬を打つ音が空気を裂いた。


 「・・・っ!」


 仰け反り、崩れ落ちるセリア。頬が赤く染まり、瞳が見開かれる。


 「落ち着くのじゃ、セリアッ!! おぬしの気持ちは、わかっているのじゃ。だが・・・」


 叫ぶメルディナの瞳が揺れていた。


 「仮におぬしが強引に異界と扉を開いたとして、その後どうするのじゃ。エーテルが枯渇して、しかも冷静さを失った、今のおぬしに何が出来るというにじゃ。冷静に・・・冷静にならなければ、助けられる命も助けられないのじゃ。」


 セリアはしばらく俯いたまま動かなかった。だがそのとき、もうひとり、静かに歩み寄る影があった。


 「セリアちゃん、こうなってしまった原因の一端は僕にもある。頑なに拒否していた君を強引に納得させたからね。」


 それはエルヴィンだった。エルヴィンはゆっくりとセリアの肩に手を置き、かすかに笑った。


 「そんな僕が言える立場ではないんだけど、メルちゃんの言う通りもう少し冷静になろう。そして周りを見渡して欲しい。」


 セリアはその言葉に従って周りを見渡す。


 「何が見える。セリアちゃん。そう、アルちゃん、アヤメちゃん、ヴェインくんにメルちゃん。そして従魔のテトラくん、イロハちゃん、ラクスちゃん。最後に僕ね。こんなに頼りになる仲間がいるじゃないか。前にも言ったけど、もう少し仲間を頼ろうよ、セリアちゃんっ。」


 「でも・・・リュカと・・・フレイアが・・・。」


 「大丈夫、セリアちゃんが見えている痕跡は・・・僕にも見えている。あと数時かは消える事がない。断言出来るよっ。」


 エルヴィンは痕跡の残る空間を見つめて宣言する。


 「絶対にこじ開けて見せる。ユークリッド機関には世界有数の頭脳が集まっているんだ。しかも・・・この調査にはとびっきり優秀なメンツを集めているからねっ。」


 エルヴィンはセリアに顔を向ける。その顔には誇りと自信に満ちた笑みを浮かんでいた。


 「だから・・・5時間、いや、3時間。3時間だけ、時間をくれ。ユークリッド機関の名をかけてセリアちゃん達を必ず異界に送り届けて見せるっ。」


 「分かりました。エルヴィンさん、よろしくお願いします。」


 その声は冷静さを欠いたセリアではなく、いつものセリアに戻っていた。


誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。


【読者の皆様へのお願い】

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気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。

改めてお願いします。

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