第六十二羽. 蹄王と甲王
塔の一階から三階は何かの研究施設だったのか、他の施設とは違い機器類がいまだに残されていた。
「セリアさぁぁんっ。」
「セリアちゃぁぁんっ。」
セリアは自身を呼ぶ声に振り返ると、エルヴィンとミーアが、その後ろにはラクスが追いかけて来ていた。
「追い付いたぁ。」
「あそこで残っていた方が安全ですよ。」
「そうかも知れないけど・・・ここまで来たからね、最後までこの眼で見たいんだよ。」
エルヴィンの言葉に同意するように頷くミーア。
「それは、わかりました。それで、あの子達は?」
「テトラとイロハに任せてきた。」
ーーーそれなら安全か、ただ目が覚めたと時どうなるか・・・。
「それについても分かりました。ラクスの側から決して離れないでくださいねっ。」
「はいっ、分かりました。」
セリアの言葉に元気よく頷くミーア。
「僕もまだ死にたくないからね。そこはちゃんと従うよ。」
四階へと上ったセリア達を重厚な双扉が出迎える。双扉に手をかけ力を込めると扉が動き始める。最初こそ力を込めたが、それ以降はゆっくりと静かに扉が開く。
扉が開き切り、中へと一歩足を踏み入れると、部屋全体の空気は静寂というよりも凍りついたような密度を持ち、何かが目覚めるのを待っているかのようだった。
そしてただ静かにそれはそこにあった。濃密で巨大なエーテルの塊。
蒼緑の光が脈動し、周囲の空気を波打たせ、塔全体に伝播していく。脈打つ度に床、壁面が僅かに光り、エーテルの塊の周りには魔法陣のような紋様が浮かび上がる。
一歩一歩近づく度に言い知れぬ重圧がその身に降りかかり、塔全体が微かに共鳴する。セリア達があるところまで進むと背後の扉がゆっくりと閉じ始める。
扉が完全に閉じた、その瞬間だった。
魔法陣が輝き出し、エーテルの塊に変化が起きた。空気が収縮し、塔内の全てから一瞬音が消えた。
脈動が高まる。ただそこに在るだけの存在が指向を持ち始め、割け、捻じれ形を成し始めるエーテルの塊。
息を飲みセリア達はその光景に目を奪われていた。
ーーーなにが起こっているんだ・・・。
『あの魔法陣はエーテルから何かを構築するための物です。』
ーーー構築・・・いったい何を・・・。
エーテルの塊は軋むように輪郭を変え、四本の蹄が地を突くように現れる。構築された下半身は巨躯の魔馬であり、その躯だけでセリアの身長を超える威容。次いで、上半身、それは巨躯の下半身を操るに相応しい体躯を有していた。そして何より三対六本の腕が異様さ決定づけていた。
馬が嘶くように前足を上げる。地に着く前足の衝撃は空間全体が軋み、崩れ、揺らぐようであった。
「我が名は蹄王・オルデニール。蹄の塔を守護する四獣が一体。問おう、我が前に立つは何故かっ。」
「・・・・・・。」
「答えぬか・・・ならば陛下に弓引く者として打ち取るまでっ。」
蹄の音が響いた瞬間、塔の空気が一変した。
「ラクスッ!」
ラクスは素早く周囲に結界を張る。それはただの衝撃ではない。ラクスの張った結界が壊れかける。空間そのものが重さを持ち、地面が緩やかに軋みを上げるほどにオルデニールの放つ気配は質量を伴っていた。
そして次の瞬間、それが動いた。
六本の腕のうち、最上段の双腕が弧を描く。翠に輝く湾曲剣が交差し、空気を裂いてセリアへと迫る。視界の全てを覆う斬撃は風を巻き上げ、音が後から追いかけ、セリアの視界を複数に乱れさせる。
「っくっっ!」
セリアは反射的に身体を傾け、滑るように後退する。その動きに合わせるかの様にセリアの耳元を掠める斬光が一閃。セリアの銀色の髪がほんのわずかに裂かれ宙へと舞う。
だが、攻撃はそれで終わりではない。避けた湾曲剣はセリアの後頭部目掛けて飛来する。《ツクヨミ》を顕現させると、飛来する湾曲剣を全て弾き飛ばす。
セリアはそのままオルデニールに切り掛かる。
金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡る。弾き飛ばしたはずの湾曲剣でセリアの攻撃を防いでいた。その直後、六腕のうちの下段がうねりを上げ拳を叩きつけてくる。
セリアは咄嗟に《ツクヨミ》を逆手に引き寄せ柄を盾代わりにして受けるも、セリアの身体はそのまま数メートル吹き飛ぶ。
ーーーちっ、なんて重さだ。
顔を上げようとしたセリアを奇妙な感覚が襲う。周囲の空気が重く、そして鈍くなって行くのをセリアの五感が感じとる。
「っ・・・これは・・・。」
床が軋み空間そのものが沈んでいくような感覚にお陥るセリア。身体を動かそうとしても、まるで水中にいるかのように空気が重く身体に纏わりつく。
セリアはそんな状況かでオルデニールに視線を向けると、オルデニールが第二の腕が胸元で印を強く結んでいた。
ーーーまさか・・・。
『詠唱や術式の代わりに手を印を結ぶことで発動する仕組みです。』
ーーーこの世界にも早九字のような物があるとは・・・しかも重力を・・・。
自身の身体に押し寄せる重圧は徐々に強くなり、セリアの表情が険しくなる。《ツクヨミ》をまともに振るう事も出来ず、呼吸もままならない。
それでも・・・セリアの顔は笑っていた。
「・・・面白くてなってきた。これからが本番だ・・・。」
全身を無理やり起こし、立ち上がるセリア。
「我が術、重律結界・フォルス=ドミナの影響化で立ち上がるとはっ。」
セリアの身体からエーテルが立ち昇る。それに呼応するかのように《ツクヨミ》の表面に紅く紋様が浮かび上がる。セリアのエーテルを目の当たりにして、胸元で結んでいた印が緩みセリアを覆っていた結界に綻びが生じる。
その微かな隙にセリアは《ツクヨミ》を横に薙ぐ。その一閃はセリアの覆う結果を無残に砕き、セリアに接近するオルデニールの腕に傷を付ける。
接近してくるオルデニールを迎え撃つセリアの瞳が紅に染まりだす。オルデニールの両手から繰り出される湾曲剣を全て交わし、着実にオルデニールの身体に傷を付けるセリア。
オルデニールの身体が一瞬崩れる。だがそれは崩れたのでは無かった。オルデニールの最下段にある一対の両腕が地面に向かって放たれる。拳が地を打った刹那、床が爆ぜ空間が軋む。セリアの身体は暴力に巻き込まれ、宙へと投げ出される。
宙に散った破片に身を預ける事で態勢を立て直したセリアが地に目を向けると、そこにオルデニールの姿は既に無かった。
『上空です。』
《オモイカネ》の警告が響いたその瞬間、オルデニールの拳や湾曲剣が上から流星のように降り注ぐ。
ーーー少々・・・遊び過ぎたか。
落下しながらもセリアはオルデニールの攻撃を全て防いでいた。その状況に焦りを感じたオルデニールの攻撃が大振りになり隙が出来たその瞬間、セリアのエーテルが爆発的に増大する。
オルデニールの両脇にセリアの分身体が出現する。オルデニールの意識が両脇の分体へと注がれる。それは僅かな隙が決定的な隙に変わる瞬間であった。
両脇の分体が直ぐに姿を消し、オルデニールの意識がセリアへと再び戻る頃には既に勝敗が決定的なものになる。
《ツクヨミ》が閃くとオルデニールの腕は切り落とされ、エーテルへと還っていく。
バランスを崩しながら着地するオルデニール。
ローブをはためかせながら優雅に降り立つセリア。
セリアはそのままオルデニールに近づくと《ツクヨミ》の石突を鳩尾に軽く当てる。その刹那、オルデニールの身体が振るえるとそのまま動きを止める。
「・・・な、な、にを、した・・・。」
「なに、状態異常を付与しただけだ。」
「この、我に、状態異常、だと・・・。」
「それだけ、お前と、私の間に明確な差がある、だけだ。」
「これだけ、差があると清々しいものだな。陛下を・・・テュラノス陛下を、止めてくれ・・・。」
「あぁ、任せろっ。」
オルデニールの言葉にどれだけの意味が込められているが、正直セリアには分からない。それでも一言答えると、静かに目を閉じるセリア。
目を見開くと後方へと飛び退き魔法を行使する。
「爆ぜろっ。エクスプロージョンッ!」
周囲の空間が一瞬静かになり凪を迎える。音が、熱が、気配が、全てが凍りついたかのように沈黙する。
その刹那。
オルデニールを中心赤い光が空間を軋ませるように収束し深紅の極点を形成する。
臨界を向かえる極点。そして空間は爆轟に包まれる。
衝撃波と炎の奔流があらゆるもの飲み込む。
「せぇりぃあぁちゃぁぁん。」
少し離れたところでセリアの名を叫ぶエルヴィン。
「このままじゃ、ここの空気が、酸素がっ!」
雷鳴を圧縮したような轟音が遅れて響き渡る。そのせいでエルヴィンの声が正確に聞き取れ無かったが、酸素が、という言葉を偶然にもセリアの耳が拾う。
『マスター、このままではこの空間内の酸素濃度が著しく減少し、生命活動に危険が生じます。特に個体名、エルヴィン、ミーアの生存確率10%。』
密閉空間で大規模な炎が発生するば酸素濃度が低下するのは当然である。それを今更ながらに思い出すセリア。
『《ソウルイーター》の使用を提案します。』
セリアは即座にエルヴィン達の前に躍り出ると《ツクヨミ》を構える。
「喰らい尽くせっ。ソウルイーターッ!」
セリアが《ツクヨミ》を一閃すると、空間するらも軋ませていた暴力的なまでのエネルギーの奔流が姿を消し、後には静けさが訪れる。
「セリアちゃん、今、何をしたんだいっ。」
目を輝かせながら、セリアに詰め寄るエルヴィン。
「ボス、それは後にしてまずは。」
「そうだね。やる事があるね。」
奥にある階段を伝って上の階へと辿り着くと、そこには部屋全体が魔晶石で覆われた部屋があった。そしてその中央には何かの装置が置かれていた。それは事前にリアンから説明を受けていた通りの光景であった。
「これに触れば良いのかな。」
エルヴィンはリアンの血を吸った布を装置に置き、軽くエーテルを流す。
今まで静かだった塔が息をし出したかのような脈動を打ち始める。リアンの指示にあったようにエルヴィンが操作しはじめる。
次々に文字が表示されていく。
”蹄の塔の起動を確認”
”ハノイの塔との接続を確認”
”ハノイの塔、第一ロックを解除”
「さぁて、これでこの塔での仕事は終わりだ。セリアちゃんっ。」
「そんなにあの双子会いたい?」
「何故です?」
「なんかぁ、そわそわしてない。」
「ほぉら、さっさと、双子ちゃんところに戻りますよっ。」
ミーアが先頭を切って歩き始める。そんなミーアの背中を見つめセリアとエルヴィンが歩き始める。
◇◇◇◇◇◇
Side:メルディナ
魔物の大群に囲まれたのは何もセリア達だけでは無かった。その中でセリアと同じ程に大群を蹂躙している者がいた。
名をメルディナ・バーンスタイン。始祖血姫帝という吸血鬼の始祖であり、漆黒の支配者などという恐ろしき称号を宿している。
「戦闘は妾が受け持つ。そなた達は研究員をお願いするのじゃ。まぁ、妾の攻撃を突破して辿り着くやからなどおらんがの。」
「嬢ちゃんひとりを戦わせたとなる、拙者の立場が・・・。」
メールトュール攻防戦でメルディナの戦いぶりを知らないノブツナが異を唱えるが。
「妾をお嬢ちゃん呼ばわりするとは・・・。まぁ、嫌いではないのじゃ。」
メルディナはそう言って舌なめずりをすると、数歩前へと出る。
「まぁ、そこで見ておるのじゃ。」
メルディナが指を鳴らすと、一瞬にして魔物大群が凍り付き、そして粉々になって行く。
「これで・・・納得してもらえたかな。」
目をすうっと細めるメルディナにノブツナは何か吸い込まれるのを感じた。
「さぁて、次が来るのじゃ。」
メルディナの言葉を待っていたかのように再び魔物の大群が出現する。それが幾度となく繰り返され、ようやく静かな時間がメルディナ達に訪れる。
「ふぅっ、やっと終わったのじゃっ。」
メルディナが一息つこうとしたその時、エーテルの塊がメルディナの前へと現れる。その妖しくも濃密なエーテルにメルディナが警戒していると、それは揺れ動き塔の中へと消えていく。
エーテルの塊が向かった塔を見上げるメルディナ。
「そなた達はここで待機なのじゃ。あやつは妾ひとりでなんとかするのじゃ。」
「メルディナさん、装置の操作は大丈夫ですか。」
研究員のひとりが声を上げる。
「確かに・・・それは妾には難しいのじゃ、ノブツナと誰かひとり研究員に同行してもらうのじゃ。」
メルディナに同行する研究員が決まると、塔の中へと三人は足を踏み入れる。構造はセリアの向かった蹄の塔との違いは無く、四階の扉の先にそれはあった。
静かにただ存在するだけのエーテルの塊が。
メルディナ達が歩を進めると重厚な扉が静かに閉まり始める。
そして完全に閉じた時、エーテルの塊を中心に魔法陣が出現し輝き始める。その直後、エーテルの塊は捻じれ、反発し合い、時に崩れ、質量を増大させながら、次第に何かに構築されていく。
構築が終わる寸前、空間の様相が一辺する。そこは足音さえも響かない空間、メルディナのお気に入りであるハーフツインのピンク髪が静かに揺れたその時、構築が終わりを向かえる。
姿を見せた巨躯の甲殻。
漆黒の重装甲に覆われた異形は、まるで地を這う要塞のようであった。出現直後に四肢を畳み、首は深く甲羅に潜り、明かに戦闘をする意思が感じられなかった。だたこれが、むしろこの魔物の戦闘スタイルであった。
メルディナの鑑定には甲王・ヨルゼルドと表示されていた。
ーーーなるほど、甲王、ね・・・。セリアなら真正面からあの甲羅を壊しそうだけど。妾には無理なのじゃ。そもそも、そんな事をする気も起きんのじゃ。
「嬢ちゃん、いったいどうするんだっ。」
メルディナがノブツナに視線を向けると冷や汗を流し、緊張した面持ちのノブツナの姿があった。
ーーー現役Sランクでもこれは無理なようじゃな。
「そこで黙って見ているのじゃっ!」
メルディナはノブツナの周囲に結果を張ると、ヨルゼルドに視線を向ける。
「戦闘を面白く思う事もあるが、妾はセリアの様に戦闘狂と言うわけでもないのじゃ。なので、直ぐに終わらせるのじゃっ。」
瞬時にメルディナを囲む様に魔法陣が展開される。それは緻密で複雑な幾何学模様を描き、現代には伝わっていない古代文字が散りばめられていた。
そんな魔法陣を研究員は好奇な目で見ていた。自分が知らない未知がそこにはありふれていた。先程までは胃が痛くなるような思いであったが、そんな物は既に何処かへと消え去っていた。
メルディナの唇が微かに動く。それは音も無く、響く事も無く、空間に溶け込んでいく。
騒めき、空間が僅かに揺れ動く。
それは振動へと変わり、その場の空間が微細な振動を繰り返す。甲高い音と共にヨルゼルドの甲殻表面にヒビが走る。
「虚断歪壊」
メルディナが静かに、まるで独り言の様に呟く。
ヨルゼルドの甲羅に走ったヒビが広がりを見せ、ついには全身を覆い尽くす。そしてヨルゼルドの身体が、弾けるように内側から砕け散る。
砕けた残骸は次々とエーテルと還り、その光景は幻想的な雰囲気をその場に見せる。
「これで、妾の仕事は終わりなのじゃっ。」
そう言って後ろを振り返れば、そこにはあまりに一瞬の出来事に思考が止まった二人が姿があった。
「次はそなた番なのじゃっ!」
「あ、す、すいませんっ。」
少し強めに言葉に我に返った研究員が塔の奥へと駆けていく。
「そんなに急かしたつもりはないのじゃがな。ほれ、ノブツナ、おぬしも行くぞ。」
研究員の背中をゆっくり追うメルディナを見つめ、ノブツナも後を追いかける。
甲羅の塔の起動。
そして・・・ハノイの塔の第三ロックが無事に解除される。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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