第五十八羽. 暗闇の中のシャングリラ
調査隊を見下ろす様に佇む少年。先日メールトュールの街に姿を現しセリアと矛を交えたその少年は、自らをテュラノス・クィントゥスと名乗りこの事態を引き起こしたであろう人物。
「ようこそ。余の居城シャングリラにっ。余の力の象徴たるハノイの塔を目にした感想はどうだっ。」
「・・・テュラノス」
「余の名前を覚えていたか。感心な事だが・・・余の名前を呼び捨てとは感心しないな・・・セリア。」
セリアに殺気の籠った視線を向けるテュラノス。だが当のセリアはテュラノスの殺気を受けても微動だにせず涼しい顔をしている。
「この程度の殺気は取るに足らない・・・という事か。」
テュラノスは挑発に何の反応を見せないセリアに興が冷めたのか殺気をすぐに収める。
「まぁ、今日のところ許すとしよう。余の寛大さに感謝するがよい。余は頗る機嫌が良い。何せ再び覇権を握るための門出の日だからな。そうだな・・・。」
テュラノスは顎に手をあて少し考え込むと何かを思い着いたの顔を上げる。
「この良きに日に一つ余から贈り物をやろぉ。」
先程の殺気にも何の反応を示さずにいたセリアが贈り物という言葉に即座に反応し、殺気がテュラノスへと向かう。メールトュールの出来事を考えれば当然の反応である。その証拠に庭園のメンバーは全員戦闘態勢に移行している。
セリアの殺気を身に浴びるテュラノスは気にする事なく飄々と贈り物について話し出す。
「そう殺気立つな。その様子だと先の贈り物は大変気に入ってようだな。なによりだ。今回の贈り物は少々趣向を変えてみた。ひとつだけそなたらの願いを聞いてやる。」
その言葉にセリアは警戒心を残しつつもテュラノスの向けてい殺気を収める。他のメンバーもセリアに従って武器を収めるが、アヤメだけは敵意を剝き出してい今にも飛びつきそう様子であった。
セリアは全員が武器を収めるのを確認すると、テュラノスに向き直り目を見据えて願いを口にする。
「では、その身体を返してもらおうっ。」
セリアの願いに対してテュラノスは即座に拒絶の意思を示す。
「その願いは却下だな。この身体は既に余の物だ。」
「何でも願いを叶えるのではなかったのか。」
「願いを聞き届けるか否かは余が決める事。今回は否というだけだ。それに、完全では無いが・・・かなり馴染んでいるかな。他に無いようならこの贈り物は不意になるな。まぁ、そなたらがそれで構わないのなら余は一向に構わんがな。」
「なら、ハノイの塔に辿り着く方法を教えてくれないか。」
「ほぅ、あくまでも余の前に立ちはだかるつもりか・・・。」
今までどこか飄々した雰囲気をしていたテュラノスの様子が一変し、零れ出た言葉は低く、聞く者に畏怖を感じさせた。さらに目を細めセリアを見つめるその眼はさながら獲物を狩る猛獣のようであった。
それも一瞬。
「よかろう。四方にある塔を攻略すれば、ハノイの塔への道は自ずと開かれる。ハノイの塔、最上段でゆっくり待つとしよう。まぁ、余の張った結界を突破出来ないようでは・・・それ以前の話だがな。」
テュラノスの様相は先程までの飄々とした雰囲気でセリアの願いに答える。
『セリアねぇ、あいつムカつくから今すぐ結界を破壊していいっ。もう少し力を込めれば行けるとおもうんだよねっ。』
『待て、その機会はすぐに作る。』
『分かったよっ。』
セリアの言葉に渋々引き下がるアヤメ。だが鬱憤を晴らす機会は直ぐにアヤメの下へと訪れる。
「それでは、なるはやでテュラノス陛下の御前に参上するとしましょうっ。」
言い終わるとセリアはスッと手を叫ぶ。
「やれっ。アヤメッ!!」
待ってましたと言わんばかりにアヤメから凄まじいエーテルが立ち昇る。セリアが手を下ろすのと同時にアヤメは魔法を放つ。
「フレイムアロウッ!」
自分の張った結界が破れるとは露程も思っていないテュラノスは、アヤメの行動が無意味だと言わんばかりの表情でその成り行きを見ていた。その表情はすぐさま驚きに変わる。アヤメの放った魔法は結界を容易に破壊し辺りを爆炎が包み込んだ。
「陛下、もう少し頑丈な結界を張った方がいいと思うよ。なんせちょっと力入れたら壊れちゃったからっ。」
アヤメの煽りに驚きから屈辱に変わるテュラノス。
「では陛下、直ぐに参ります故、我々の到着を心してお待ちください。」
そしてセリア恭しくテュラノスに首を垂れる。その姿に憎悪の籠った眼差し向け、その場から姿を消すテュラノス。
テュラノスが姿を消すその瞬間、僅かに見えたテュラノスの横顔には嘲笑が浮かんでいた。少なくともセリアの眼にはそう映っていた。
◇◇◇◇◇◇
「それで、これからどうするのだセリア殿。」
テュラノスの出現により騒めき立っていた調査隊が落ち着きを取り戻すには幾ばくかの時間を要した。落ち着きを取り戻した頃合いを見計らってこれからの方針について声をかけるノブツナ。それを契機に主要人物がセリアの周りに集まり始める。
まず初めにセリアがこれからの方針について述べる。
「新たなルートも確保出来ましたから、テュラノスの言葉に従って四方にある塔を攻略しようと思っています。ただ攻略に順番が存在するのかなど幾つか疑問はありますが。それと、分かれて同時に調査するか、それともひとつひとつ順次調査するかですが。」
セリアの意見について即座にノブツナが自身の考えを語る。
「後者だな。時間がかかっても順に見ていくしかなかろう。この状況下で戦力の分散は愚策だからな。それと研究員にはこの場で待機してもらう必要もあるな。」
「そうですね。戦闘になった時に大人数だと守り切れない可能性があります。連れて行くにしても一人、二人といった所ですかね。」
研究員が最低でもBランク相当の実力を持っていたとして、これからの戦いでは足手まといなのは確かである。先の戦いでは獅子の心臓の疲労度合いがノブツナや庭園に比べて明かに高く、付いていくのがやっとであった。それを考えれば適切な判断であろう。
ただ、その話を聞いている庭園のメンバーはセリアがいれば連れて行っても問題ないのでは、と純粋に思っていた。
「それじゃ、ユークリッド機関からは僕とミーアが同行するよ。ジェロラモにも同行をお願いしたいところだけど、彼にはここに残って指揮を執ってらった方がいいからね。」
「確かにボスが残っても何にも役に立ちませんからね。」
「ミーアちゃん・・・何でそんな棘のある言い方を・・・。」
エルヴィンは自分をぞんざいに扱うミーをジト目で見上げると、ぼっそっと独り言が漏れる。確実にミーアの耳にも届いていたが、何も反応を示さずミーアは無視を決め込んでいた。
諦めたエルヴィンはノブツナに向き直る。
「それと、ノブツナくん、すまないが君には残っている人達の護衛をお願いしたいっ。」
「・・・依頼主の要望とあればしょうがあるまい。」
少々残念そうな顔をしながらノブツナはエルヴィンの提案に同意した。
「ありがとう、ノブツナくん。この借りは今度何かでっ。」
「その事ですが、残る人達の護衛は順番にしませんか?」
「順番とは?」
「うちからも人を割きます。アルは守りには定評がありますし、何なら私も護衛に回ります。そうすればノブツナさんも探索に出られます。」
「セリア殿、気を使ってもらって申し訳ないな。」
「気にしないでください。Sランク冒険者を遊ばせるのは勿体無いですから。」
「それじゃ最初の探索は僕とミーア、庭園の計7名か。獅子の心臓はどうする、セリアちゃん。」
「ノブツナさんと護衛に回ってもらい。次の探索に参加してもらいましょう。ずっと護衛というのも退屈でしょうから。」
「分かった。それで行こう。ノブツナくんもそれでいいかな。」
「拙者に異存はない。」
「前にも言ったけど、セリアちゃん、その話し方何とかならない。距離を感じるんだよね。」
「ボスが馴れ馴れしいだけです。セリアさん、ボスの事はあまり気にしないでください。」
「気が向いたら変えますよ。」
「気が向くのを気長に待つとしますか。それとセリアちゃん、テュラノスは僕らが探索に出ている間、ここを襲うと思うかい?」
「絶対とは言いませんが、確率は低いと思います。」
「その心は?」
「彼は良いも悪くプライドが高い。最上段で待つ、と言っておいてその前に手を出すような事はしないと思います。」
「もしかして、セリアさんとアヤメさんはそれであんな挑発めいた発言を?」
「まぁ、私はその意図がありますが、アヤメは単にイラッとしただけでしょう。」
その言葉を聞いてエルヴィンとミーアから笑いが漏れる。
「僕とミーアはこの話を研究員達に伝えて来る。出発は一時間後でいいかな。」
「わかりました。」
「うむ、承知した。」
◇◇◇◇◇◇
探索を開始したものの初めに訪れた北の塔には入り口が存在せず、周囲の探索でも次に繋がるような手掛かりを一切見つける事が出来なかった。二日間に渡り各塔を調査した結果、今の状況を覆すよう手掛かり発見できず調査を暗礁に乗り上げていた。
その日の調査が終わりセリアはひとり空を眺めていた。空は相も変わらず不気味な色を見せており、今が昼なのか夜なのかの判断が全くつかない。セリアの体内時計、というより《オモイカネ》の計算では外界は月が僅かに大地を照らし、空には星が輝く時間らしい。
味気ない空を眺めるセリアの頭の中は調査の結果とこの状況を抜けだす為のギミックで占めていた。いくら考えたところで何も閃くような事も無く、ただただ時間だけが過ぎていた。
「セリアちゃん、ひとりで何をしてるんだい。」
そう言ってエルヴィンは横になっているセリアの顔を覗き込む。
「少し考え事を・・・。」
「セリアちゃん、基本なんでもひとりで解決出来ると思ってるでしょ。」
「そんな・・・ことは・・・。」
「僕にもそんな風に思っていた事があったよ。まぁ、一人で考えるよりみんなで意見を出し合う方が建設的だと思うけどなぁ。」
横になっているセリアの隣に腰を降ろすエルヴィン。
「確かにそうかもしれませんね。今のところ何も思い浮かびません。」
「それでも・・・気になる事はあると。なら、この人生の大先輩たるエルヴィン様に打ち明けてごらん。」
セリアは横になったまま自分が気になっている事を打ち明ける。
「テュラノスが去り際に怒りを露わにしていたのは間違い無いと思います。でも姿が消えるその瞬間、その顔は嘲笑に変わっていました。少なくとも私にはそう見えました。ほんの一瞬横顔を見ただけですが・・・。」
「仮にそれが本当だとして・・・それに何の意味があると、セリアちゃんは考えているんだいっ。」
「そうですね・・・怒りについては私やアヤメの煽りによる反応でしょう。嘲笑はそんな事をしても自分のところへはたどり着けない、と言うあらわれではないかと思っています。」
「そうすると・・・アヤメちゃんがあの結界を破っても意味が無かったと。」
「正直なところわかりませんが・・・その可能性も少なからずあると考えています。ただ、どちらかとえば結界を破っても、その先に辿り着くことが出来ない、だと私は思っています。」
「それって、四方にある四本の塔がハノイの塔へと辿り着く鍵であるのは確かだけど、その四本の塔を攻略する、いや、そもそもそこまで辿り着く事が不可能だ。そうテュラノスが思っていると。」
「私はそう考えています。そう言えば私達が調査に出ている間に残っている人達でハノイの塔の調査をしていたんですよね。何か報告ありましたか。」
「いや、僕は何も報告を受けてないよ。この後で聞いて見るよ。」
エルヴィンが立ち上がろうとした時、セリアの感覚が奇妙な空間の揺らぎを捉えた。それは極僅かな揺らぎでセリアでなければ捉えられ無かったであろう。
『マスター、この空間の揺らぎで外界と一時的に繋がったようです。』
『まだ繋がっているのか。』
『否、既に外界との繋がりは閉じています。揺らぎの中心地と思しき場所に生命反応を確認しました。バイタルが不安定で生命維持に支障が生じています。』
セリアは《オモイカネ》の報告に慌てて立ち上がる。その様子に驚いたエルヴィンは焦った様子で声をかける。
「どうしたんだ。セリアちゃんっ。」
「エルヴィンさん。これから人をひとり搬送します。受け入れの準備を整えてください。」
セリアはそれだけを伝えると《オモイカネ》が提示したが座標へと瞬時に転移する。転移した先には四十前後の男が倒れていた。すぐに男に駆け寄り状態を確認するセリア。男の身体には身体にわたり大小様々な傷があり、血だまりが出来る程の出血を伴っていた。
回復魔法で男の傷は癒えたが、出血により青白くなった顔からはいまだに予断を許さない状況が続いているのは確かであった。セリアは男を抱き抱えと即座に自分達のキャンプへと移動する。
「エルヴィンさん、準備出来てますか。」
「え、えぇ、早いよ。とりあえずここに寝かせてっ。」
エルヴィンの指示に従って男をベットに寝かせるとセリアは男の容体について説明する。
「回復魔法で傷口を塞ぎましたが、かなりの出血をしていました。現状ではどの位の出血したのかわかりません。流れ出た血の量によっては命の危険があるかもしれません。」
「わかったよ。研究員の中には医療の心得がある者もいるから、後はこっちで何とかするよ。」
「それでは、エルヴィンさん、後はお願いします。」
「分かった。そうだ、念為に確認するけど、彼について知っている人はいるかな。」
沈黙が流れる中でノブツナが声を上げる。
「その者の名はリアンだ。」
「ノブツナくん、顔見知りなのかい。」
「あぁ、その者は冒険者ギルド・メールトュール支部のサブマスターだ。メールトュール支部を訪れた時に何度か話をした事がある。」
「そこに誰かいるのか・・・」
弱々しい声が聞こえてくる。薄っすら開けたその眼には光が無く既に視力は失われているように見えた。
「今はゆっくり休んでください。」
ベットに横たわるリアンに向かってゆっくり休むように声をかけると、リアンは最後の力を振り絞って何かを伝えようと必死に口を動かす。だがそこからは本人の意思とは裏腹に伝えるべき音が発せられなかった。
「私はもう長くない・・・その前に伝える事が・・・。」
意識が混濁しながらも必死に声を絞り出し何かを伝えようとするリアン。ここで重要な手掛かりを失う訳にはいかないと考えたセリアはエリクサーを取り出しリアンに飲ませる。弱々しくはあるが少しずつエリクサーを嚥下し始める。全てを飲み干した時には蒼白だった顔色も血色が良くなり失った体力も取り戻していた。
命の危機が去ったリアンの身体は本人の意思を裏切るようにそのまま深い眠りにつき、暫くすると規則正しい寝息がセリア達の耳に聞こえてきた。
「セリアちゃん・・・ちょっと聞きたい事が。」
リアンの容態が安定したのを確認したエルヴィンはリアンに飲ませた液体についてセリアに詰め寄る。
「それって・・・エリクサーでは。」
「さぁて、何の事でしょう。私はたまたま持っていた回復薬を飲ませただけでう。少々回復効果の高い。」
「わかったよ。そう言う事にしておこうっ。」
「それじゃ、目覚めたら連絡をください。」
セリアはそう言って天幕を出ると一時の休息を取るため、仲間の待つ天幕へと向かう。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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