第五十六羽. ユークリッド機関
セリア達が名も分からぬ巨大な街の調査を早々に切り上げメールトュールに戻ると、ギルド前に人だかりが出来ていた。
「セリアさんっ。」
セリアに気が付いた男が人混みを搔き分け近づいてくる。その男は見た目はパッとせず何処か頼りない雰囲気を漂わせていた。
「帰ってましたか。で、どうでしたか?」
テオドールの捜索を庭園に依頼した張本人。冒険者ギルド・メールトュール支部のギルドマスターであるライオネルだ。その後ろには見覚え無い数人の男女がこちらに向かって来ていた。その集団の先頭には人族の子供程の身長をした見慣れぬ種族の男がいた。
人族で無い事は見れば明かであった。耳はエルフと同じようの長くとんがった形をしている。さらに内包しているエーテル量はかなり多い。
『マスター、先頭の男は個体名、エルヴィン・ハミルトン。種族はフェアリアです。』
『フェアリア?』
『エルフと同様に妖精系の種族です。エルフと異なるのはエルフはどちらかと言えば人種に近しい種族ですが、逆にフェアリアは妖精に近しい種族です。その為、魔法の適正はエルフより高い傾向にあります。そして大人になっても人族の子供程度の身長にしかなりません。』
セリアがこのフェアリアの男の鑑定結果と共に《オモイカネ》から情報収集していると、他の人達がライオネルの後ろで立ち止まっているのに対してエルヴィンを追い越しセリアの前で立ち止まる。
「やぁ、君がセリアちゃんだねっ。僕はエルヴィン・ハミルトン。ユークリッド機関を束ねている者だっ。よろしくたの・・・ぐわぁぁっ!」
エルヴィンはさも当然かのようにセリアのスカートの端に手をかけめくり上げようとしていた。そこをセリアが顔面を片手で掴み持ち上げた。
「セ、セリアちゃん、一つ質問があるのだが・・・何故、僕は顔を掴まれ、吊るされているのだろうか?」
「その質問にお答えする前に、私からも質問があります。何故、私のスカートをめくろうとしたのでしょうか?」
「そ、それは・・・そこに絶景があるのでは思い、確かめるために・・・。」
エルヴィンを掴むセリアの腕に力が入る。そしてエルヴィンの頭から本来なら決してするはずの無い音が聞こえだす。
「ぎゃぁぁっっ!!」
エルヴィンは必死に藻掻くが自身の顔を掴んでいるセリアの腕はびくともしなかった。
「セ、セリアちゃん・・・僕が悪かった。だからぁ、はなしてぇぇぇっ!!!」
「セリア様、このバカもこう申しております。どうか矛を収めて頂けないでしょうか。」
ライオネルの後ろで事の成り行きを見ていた一人の女性がセリアの前へと出て頭を下げる。
「貴女は?」
「私のこのバカの秘書をしています。ミーア・ハイヤームと申します。」
「分かりました。ここは貴女に免じて。」
「いたっ!」
エルヴィンの頭を掴んでいたセリアの手からスッと力が抜け、エルヴィンはそのまま落下し尻餅をつく。
「セリアさん、これからの事を話し合いたいのでギルドまで来てください。エルヴィンさんもお願いしますね。」
同様に一連の出来事を見ていたライオネルが苦笑いを浮かべながら冒険者ギルドに集まるように告げる。
「今はそれどころじゃないっ。怪我して・・・あれ、全く痛くないっ。」
エルヴィンが落下してすぐにセリアは気付かれずに回復魔法をかけていた。ちょっとした違和感を感じたエルヴィンは左腕の袖をめくる。そこには若かりし頃に負った古傷があるはずであったが、初めから無かったかのように綺麗に消えていた。セリア自身は自分の行為によって出来た傷を治すだけのつもりでいたが、それ以上の効果をもたらしていた。
「ボスッ、置いて行きますよっ。」
見渡せば関係者は既に冒険者ギルドに向かっており、周りには街の喧騒が溢れていた。そしてミーアの呼ぶ声が喧騒を掻き消すように響き渡る。
「あぁ、すぐに行くっ。」
◇◇◇◇◇◇
「揃ったようなので、始めたいと思います。ミーアさん、そちらからお願いします。」
「承知しました。我々は今回の調査の為、学術都市ターレスから派遣されてきたユークリッド機関の者達です。」
学術都市ターレスとは、エリトルス王国から見れば西に位置している街の名である。王国とは接していないが大小幾つかの国と接しており、街とその周辺を領有し自治を各国から認められている。名の通り学術的な研究や開発を主軸としているが、そこで得られた技術の恩恵は各国にとって無くてはならない物になっている。
そして街の規模の大きさから学術都市と呼ばれている。学術都市ターレスの中には多くの研究機関が存在する。その中で古代遺跡やそこから発掘されるアーティファクトの調査研究に主眼を置いているのが、ユークリッド機関である。
「先程軽く挨拶しましたが、改めてこの小さいのがユークリッド機関のトップであり、私のボスであるエルヴィン・ハミルトン。」
「ボスに向かって小さいとは、酷くないかっ。」
「私はエルヴィンの秘書をしています。ミーア・ハミルトンです。」
ミーアはエルヴィンの抗議を完全に無視して自身の紹介を始める。
「おいっ、無視するなぁっ。」
そんなミーアをじっと見つめていたエルヴィンは頬を膨らませて顔を明後日の方へと向ける。
「こちらが実質的に調査団の指揮を執るジェロラモ・モンテネグロです。」
「その隣にいるのが、Sランク冒険者のノブツナさんです。今回の調査のために同行して頂きました。」
「ノブツナさん、お久しぶりです。」
「うむ、ライオネルも息災のようで何よりだ。まさか拙者より先に引退するとは思ってい無かったぞ。」
「身体がボロボロでしたからね。いまだに現役でいるノブツナさんに驚きですよっ。」
「まぁ、拙者にはこれしかないからなっ。旧交を温めるは後にしよう。まずは。」
「そうですね。それではセリアさんお願いします。」
「分かりました。私が庭園のリーダーをしているセリアです。そして・・・。」
セリアはアルジェント、アヤメ、ヴェイン、そしてメルディナと順に一通り紹介していく。
「一通り紹介が終わったので本題に入りたい思います。あとはミーアさんにお願いします。」
「分かりました。ではこの後は私が引き取ります。まずは先日現れた少年について教えてください。」
「それについては私が答えましょう。」
ライオネルはその少年がテュラノス・クィントゥスと名乗ったこと。そして外見が少し前に行方不明になったテオドールという少年に瓜二つである事。ライオネルの話を保管するようにセリアは実際に戦闘をした所感などを語った。
ライオネルやセリアの話を聞いて明後日の向いていたエルヴィンが口を開く。
「情報が断片的なので、正確な事は分からないが、高い確率で瓜二つの他人などではなくその少年はテオドールという少年だろうな。」
「何故そう思われるのですか?」
エルヴィンの言葉にライオネルは率直に質問をする。
「まず、前提の知識としてテュラノス・クィントゥスなる人物は実在した人物だ。正確なところは不明だが今から数千年前に滅びたクィントゥス朝と呼ばれた王朝の最後の王、と言うのが我々に分かっている事だ。そして仮に肉体が滅びずに何らかしらの方法で保管されていたとしたら、”この身体に馴染んでいない”、なんて言葉は出てこないと思うんだよね。」
「なるほど・・・。」
考え込むライオネルを目を向け、エルヴィンはさらに自分の考えを語る。
「数千年の時を経て復活した思念体みたいなものがテオドール少年の身体を乗っ取った、と僕は考えている。まぁ、これがもし事実だったとして元に戻せるかどうかは僕にも分からないけどね。」
その後もテュラノスについての議論が交わされ、出尽くしたところでミーアは次の議題へと進める。
「では、次にセリアさん達が発見した街についてお聞かせください。」
地元住民でさえその山道に見覚えが無い事、その奥にあった防御機構、そしてその先にあった大規模な街の事などテオドールの捜索に加わっていた者の意見やセリア達がその目で見て来た情報などを出来る限りの情報をその場で共有した。
「セリアちゃん達が見て来たという街は間違いなく・・・”シャングリラ”だと思うね。シャングリラについては様々な文献で書かれている訳だが、セリアちゃんの報告内容はそれと一致している。」
「そのシャングリラ、というのは?」
「それについては私から説明しましょう。」
セリアの疑問についてジェロラモが手を上げ説明し始める。
「シャングリラは先程話に出ていたクィントゥス朝の街だ。街と言ってもただの街ではなく、数多く王を従え自身を天帝と名乗っていた者が住まう街だ。つまりクィントゥス朝時代の首都だ。天帝が住まう場所という意味で天都とも言われていた。そして最後の天帝が件のテュラノス・クィントゥスだ。だが今は別の呼び方をされている。」
「別の呼び方?」
ジェロラモの最後の言葉を純粋に疑問に思ったのかオウム返しするアヤメ。
「シャングリラは忽然と歴史の表舞台から姿を消した。色々な文献や遺跡からその名前は分かっていたが、痕跡さえも見つからず何処にあるのか皆目見当もつかずにる。研究者の中にはそもそも存在しないのでは、と考える者もいる。それで研究者の間では”幻の都”とも呼ばれるようなった。」
「幻の都かぁぁ、何かワクワクする響きがあるね。」
そう言って目を輝かせてセリアに顔を向けるアヤメ。その反面セリアは想像以上の厄介事に内心溜息を漏らしていた。
その後は今後の動きについてもすり合わせを行った。ベースキャンプを山道の入り口に設け、その護衛に三パーティーを充てる事。そしてシャングリラへは庭園、獅子の心臓、ノブツナが、そしてユークリッド機関からはエルヴィン、ミーア、ジェロラモを含む10名の計19名がシャングリラに向けて出発する事が決まった。
今から四日後に決行する事も決まった。
冒険者を護衛として雇ってはいるが、ユークリッド機関に所属している研究員は未踏破領域にも足を運ぶことがあるため、実力的にはBランク以上の実力を有している者がほとんどである。それを考えても今回の調査をユークリッド機関がどれだけ危険だと考えているかを物語っている。
ちなみに獅子の心臓の参加はリーダーであるクリフがなんとノブツナの弟子である事からの決定した。当初クリフは拒んでいたが、師匠であるノブツナの鶴の一声でいやいやながらの参加であった。そして後日、行かなければよかったと大いに後悔する事になる。
◇◇◇◇◇◇
ベースキャンプの設置を終えた調査隊は、その足でシャングリラへと向けて出発をした。ユークリッド機関の研究員と随伴してアルジェントとアヤメを、その前方にはノブツナと獅子の心臓、それと斥候としてヴェインを配置している。そして最後尾にはセリアとメルディナ。
何故かエルヴィンがセリアの横を歩いている。
「セリアちゃん、ちょっと質問があるんだが・・・いいかい。」
「私で答えられる事なら。」
「単刀直入に聞くけど・・・君はいったい何者だいっ、セリアちゃん、」
「何者とは?」
質問の意図を分かり兼ねたセリアは隣を歩くエルヴィンに目を向ける。そこには自分を見上げるエルヴィンの顔があった。そしてすぐさま視線を進行方向へと向けるセリア。
「少なくとも人間ではないですね・・・見ての通り兎人族ですから・・・。」
「僕は差別主義者ではない。なので人族だけが、人間だとは当然思っちゃいないよ。それに自分達も差別される側になってしまうからね。その答え・・・分かってて言ってるでしょう、セリアちゃん。」
そう言って一旦言葉を区切ったエルヴィンはやれやれと言った雰囲気を出しながら再び口を開く。
「それじゃ、質問を変えよう。君は本当に兎人族かい。」
「さっきも言いいましたが・・・兎人族以外の何者にも見えないと思いますが。」
セリアのその回答を予想していたエルヴィンは自分の考えを述べる。
「そうだね、確かに外見は兎人族以外の何者でもない。ただ君が体内に有しているエーテル量はエルフやフェアリアよりも遥かに多い。元来獣人族はエーテル保有量が少ない。内の連中にも獣人族がいるが、やはりエーテル量は少ない。その分、自己強化系の魔法に秀でているのは頼もしい事この上ないがね。まぁ、何んにでも例外はあるが・・・それにしても異常なほどだ。それに・・・。」
「それに、何んですか。」
「ちょっと話を変えよう。鑑定で分かっているとは思うが、僕はこの王国よりも永い時を生きている。僕は一族の中ではとても変わり者でね、その半分以上を旅に費やしている。この大陸はおろか他の大陸にも足を延ばした。」
エルヴィンの他の大陸という言葉にセリアはこの大陸を回った後には足を伸ばしてみたいと思っていると、少しにやけた表情をしたエルヴィンがセリアを揶揄う。
「そこには反応するんだね。流石冒険者だ。」
その言葉にセリアはエルヴィンに視線を向けるが、そこには既に真面目な顔のエルヴィンがいた。
「僕は旅の中で様々な種族と交流を持った。勿論その中には兎人族もいた。数多くの兎人族を見て来たけれど・・・君のような特徴を持った兎人族はいなかったよ。ごく少数ではあるが、褐色の肌や銀髪の兎人族はいたよ。なので正確には・・・その黒と紅い瞳だ。その上オッドアイとなるとね・・・。」
「私はその質問の答えを持ち合わせていません。なにせ私は他の兎人族と会った事もないし、ましてや兎人族の集落など知る由もない。天涯孤独の身です。まぁ、今は・・・仲間がいますが。」
淡々と答えるセリアの横顔を見ながらエルヴィンは心配になり始めたが、仲間と言った時のセリアの表情を見た時にそれが杞憂だと悟った。
「そっか・・・なら自分のルーツを見つけたいとは?」
「今のところ興味が無いです。見つけたからと言って何が変わるわけでも無いですし。」
「これ以上の詮索は止めておこっと。痛い目に会うのもいやだからねっ。」
「それとメルディナさん・・・」
セリアとの会話を打ち切り、メルディナに話しかけたエルヴィンの声には明かに緊張の色が浮かんでいた。セリアは自分と話している時は全く違う事に興味を抱いていた。
「なんだ妾の事はちゃん付で呼んではくれんのか。」
「いや・・・その・・・もしかして漆黒の支配者と謳われているメルディナ・バーンスタイン様ではないですか?」
「ほぅ、妾の事を知っている者がこの時代にもいたか・・・。」
「里に残っている伝承とあまりにも酷似しているので。」
メルディナを見るエルヴィンの目は憧れの人物を見た時の反応で、それが虚像だと分かった時のエルヴィンの顔を想像すると少々不憫に思えて来た。
「確かにフェアリアの村に一時期滞在した事があったのじゃ。そうかしこまられても肩がこるから妾の事はメルでよい、みなもそう呼んでいるからの。もちろんちゃん付で構わないのじゃ。」
「それでは・・・メルちゃんとお呼びいたしますっ。」
「うむっ。それで良いのじゃっ。」
二人のやり取りを隣で聞いていたセリアは案外そんな事はないのかも、と思い直していた。
シャングリラまでの道程はアクシデントも無く順調そのものであった。そして調査隊は今、セリア達が発見した時と変わらぬシャングリラの姿を一望していた。幻の都と言われたシャングリラをその目で見る事が叶い感激して泣き出す者すらいた。
だた、ここまでの道中で砕け散った巨像を見た研究員が嘆いていたのは言うまでもない。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
【読者の皆様へのお願い】
作品を読み、少しでも「面白い」、「先が読みたいと」と感じた方は、ブックマークと評価をお願いします。
気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。
改めてお願いします。




