幕間 バーテンダー
領都ローレルのメイン通りから裏路地を行った所に一軒の飲み屋がある。
簡素であるものの重厚な扉は来る者を拒んでいるかの様にさへ感じさせる。その扉を開け中に入ると、10席のカウンターと4名が座れるテーブル席が3卓、暗めの照明が全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出している。
この世界でお酒と言えばエールやワイン。それを大勢で騒ぎながら飲むの主流であるが、この店はお酒を味わい、そして静かに飲むのが暗黙のルールである。お酒の種類もエールやワイン、ウィスキーだけでなくこの世界では馴染みないジン、ウォッカなど数多くの種類を取り揃えている。それでけでなくリキュール類も取り揃えている。
さらにエールにいたってはキンキンに冷えた状態で提供される。
まだ開店して間も無い店であったが、他の店では味わえないお酒に少なからず固定客が付き始めていた。
チリンチリン!
重厚な扉が開くと同時に来店を知らせる鈴の音が店の中に響き渡る。
「いらっしゃいませ。」
「セリアちゃん、また飲みに来たよっ」
「シンさん、毎日飲みに来ていただけるのは嬉しいのですが、体調には気を付けてください。」
「なになに、全く問題ないよ」
シンと呼ばれた客はそのままカウンターの真ん中あたり席へと腰を下ろす。
「何になさいますか?」
「ギムレットを頼むよ。」
「度数の強いカクテルですから、初めはもう少し優しい物を注文された方が良いと思います。」
「そうか・・・それじゃ、エールを頼むよ。」
「かしこまりました。」
◇◇◇◇◇◇
何故セリアがバーテンダーをしてるのかというと、先代店主の頃であるが元々セリアはこの店の常連であった。アルジェントを奴隷として買って直ぐの頃である。暇を持て余していた時に裏路地を散策中に偶然にも見つけた。それから足繫く通い店主の作るお酒を堪能していた。
転機が訪れたのはエドからの帰還して直ぐの事、セリアが店に赴くと店の看板が外れ店主が店内を掃除しているところに出くわした。
「ニックさん、看板が無いけどどうかしたのですか?」
「セリアちゃんか。良く通ってくれたのに申し訳ないが、店を閉める事にしたんだ。」
「何故急に?」
「折角だ、一杯飲みなっ。話は飲みながらだっ。」
セリアがカウンター席に座ると冷えたエールが出される。この世界で物を冷やそうとすれば、冬場に振った雪を利用する雪室か、魔法ないしは魔導具を使用する事になる。どの方法を取っても物を冷やすにはコストがかかり過ぎるため、ほとんどの酒場では常温で提供される。だがこの店は冷えたエールが当たり前の様に提供される。セリアは喉を鳴らして半分ほどを一気に飲むとグラスをカウンター置く。
「で、一体のどうしたんですか?」
「前々から閉める事を考えてたんだ。俺ももう年だからな。そんな折、王都にいる息子夫婦から連絡が来てな、一緒に暮らさないかと。」
「そうですか・・・残念ですが、仕方が無いです。」
「贔屓にしてくれたのにすまんな。」
「それでこの店は売りに出すのですか?」
「そのつもりだが、まずは色々と片付けなきゃならんからな。」
ニックは店内を見渡しながらセリアの質問に答える。その横顔には何処か寂し気な表情が浮かんでいた。少なくともセリアの目にはそう映った。
「ニックさん、相談なのですが・・・この店、私に買い取らせもらえませんか?」
「セリアちゃんに?」
「はいっ。直ぐに、という話ではないので考えて見てください。」
「確かに・・・セリアちゃん、酒に詳しいしな・・・」
セリアの提案に考え込むニック。しばらくして顔を上げると。
「セリアちゃん、その提案を受けようと思う。」
「ニックさん、そんなに速く決断していいのですか?」
提案した張本人であるセリアもあまりにも速い決断に驚きの顔を見せる。
「買取金額は不動産屋を経由するがそれでいいかな、セリアちゃん。」
「私はそれで構いませんよ。」
「それじゃ、店の説明をしようか。」
そう言って残っているエールを一気に飲み干すとカウンターの奥に姿を消すニック。セリアも一気にエールを飲み干すとニックの後を追ってカウンターの奥へと入っていく。
カウンターの奥には設備の整った調理場があり、調理道具も丁寧に手入れされていた。それらを見たセリアは思い浮かんだ疑問を口にする。
「このお店って料理提供してませんよね?」
「ちょっとしたつまみしか注文しない連中が多いからな。そう思うのも無理はないが、メニューにはあるんだぜ。」
ーーーそう言えばこのお店のメニューを見た事がないな。
「ほれっ。」
セリアが何を思っているのか察したニックはメニューを差し出す。受け取ったメニューには決して多くは無いが確かに料理名が並んでいた。
「調理道具一式残していくから、セリアちゃん使ってくれっ。」
「いいんですか?」
「かまわんよ。逆に持って行ったら邪魔だと息子夫婦に怒らちまう。」
「なら、ありがたく使わせてもらいます。」
「それじゃ、次はこっちだっ。」
そう言って歩き始めたニックはその奥にある階段から地下へと降りて行った。セリアも後に続き地下に降りるとそこはそれなりの広さを持った空間であった。そしてニックが明かりを灯すとセリアの眼の前にお酒をぎっしりと敷き詰めた倉庫が姿を見せた。
そこにはワイン、ウィスキー、ブランデー、ウォッカにジン、それにホワイトキュラソーといったリキュール類までもが貯蔵されていた。
「ニックさん・・・これは・・・。」
セリアは貯蔵されている数の多さに圧倒的され言葉が出ないでいた。ワインやウィスキーはまだ出回っている酒であるが、それ以外はこの世界で出回っているかどうかすら分からない酒である。それが大量にある事にもセリアは驚いていた。
「すごいだろっ。とは言ってもこの半分以上はどんな酒かさっぱり分からんがな。」
「分からない?」
「あぁ、ウィスキーやワイン、あとはブランデーなんかは原料や作り方は分かるが、それ以外は見るのも初めてだ。当然原料や作り方も分からんっ」
ーーーなるほど、やはりウォッカやジンのようなスピリッツは出回ってないのか・・・。では、何故ここに?
「ニックさん、これらの得体のしれない酒はどうやって手に入れたんですか?」
「たいした話じゃないが、俺も若い頃は冒険者をやっててな。ある時、とある遺跡に調査に行ったんだが、そこで見つけたんだ。まぁ、それで居酒屋の始めたんだがな。」
ニックの説明を聞きながら倉庫内を見て回っているとセリアにとってはとても懐かしい物が目に入った。そう、それは清酒であった。
「セリアちゃん、清酒をしっているのかい?」
「まぁ、少しは・・・。」
「流石、セリアちゃんだ。最近はトルヴィラール地方で作られるようになったが、こいつは遥か昔だからな、どうなっているのやら。」
セリアは貯蔵されているお酒を丁寧に確認していた。それが終わり周りを確認するとニックの姿が無く、セリアがカウンターへと戻るとニックが一人エールを呷っていた。
「おぉ、セリアちゃん。やっと終わったか。」
「お待たせしてすみません。」
「それじゃ、最後にこいつの使い方だ。」
そう言ってニックが指を差したのが、いわゆるビールサーバーだ。そうこれがこの店の冷えたエールを出す秘密の答えだ。こちらの世界にもだいぶ慣れたが現代日本で生活していたセリアにとって常温のエールはいまだに馴染めない習慣の一つであった。なのでセリアがこの店に通っているのはそこに惹かれたという理由も大きい。
「これはエールを冷やす魔導具でな。原理はよく分からんが、これのお陰様でこの店も繁盛したからな。大事に使ってくれ。」
セリアは魔導具の使い方、手入れの仕方などをニックから教わり、その日は解散となった。後日不動産屋を通して正式にこの店を買い取ったセリアは開店に向けて忙しくも楽しい時間を費やした。
そして、それから数週間後、セリアは自身の店”Barうさみみ”を開店した。
◇◇◇◇◇◇
キンキンに冷えたエールをジョッキに注ぎ、それをカウンターで待つシンの前に置くとすかさずそれを手に取ると勢いよく飲み始める。喉を鳴らしエールが絶え間なく喉の奥へ消えていく。
「ぷっはぁぁっ、旨いっ!」
口から離れたジョッキの中に残されているエールは既に半分もなかった。
「セリアちゃん、手軽な物でなにかエールに合うも。それとエールをもう一杯っ。」
そう言ってシンは残っているエールを一気に呷る。セリアはエールのお代わりを用意すると厨房に姿を消す。そして戻ってくるとシンの前に皿を置く。そこには薄切りにした何かを上げた物がのっていた。
「セリアちゃん、これは?」
「薄切りにしたジャガイモを油で上げたものです。軽く塩も振っているのでエールに合いますよ。」
シンは皿にのっている内の一枚を摘まむと口へ運ぶ。パリッと割れる音が響く。
「シンプルだが、確かにエールに合う。これはエールがすすむなぁっ。」
シンがポテトチップスとエールとエールに舌鼓を打っていると、扉が開く音が店内に広がる。
「いらっしゃいませ。」
「やぁ、セリア殿。」
扉から現れたのはセリアも良く知る人物であるアインザックであった。
「アインザックさん、今日の仕事はもう終わりですか。」
「まぁ、少し残ってはいるのだが・・・酒が飲みたくてね。」
「何になさいますか。」
アインザックが席に着き人心地ついたのを見計らってから注文を伺うセリア。
「ウィスキーをもらおうかな。」
少し考え込んだアインザックは注文を口にする。
「飲み方は如何なさいますか。」
「ロックでっ。」
「かしこまりました。」
「それにしてもその格好もよく似合ってるね。」
「そうですか。ありがとうございます。」
今のセリアの恰好は白のシャツにネクタイ、そして黒を基調としたベストとズボンである。スカート姿を見慣れているアインザックにとってパンツルックのセリアの姿は新鮮であった。
アインザックの来店を皮切りに次々と訪れるお客で気が付けば席は満席となり、心苦しくも来店を断る状況になっていた。
夜も更け賑やかだった店内も静けさを取り戻していく。こうしてBarうさみみの一日が終わりを告げる。
セリアの知らないところで動いている《オモイカネ》主導の商会構想にBarうさみみが大きく関わる事になるのだが、それはまた違う話である。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




