第五十五羽. その先にあるもの
セリア達がメールトュールの街を訪れる約二か月ほど前、この街でちょっとした出来事が起きていた。その出来事の発端はとある冒険者が一人行方不明になったというものであった。名をテオドール、この春に冒険者になったばかりの新米冒険者。彼はその日も薬草採取の依頼を受け街の外へと出ていた。だがそれ以降彼の姿を見た者が誰もおらず、ギルドは簡易の捜索隊を組織して彼の捜索に充てた。
冒険者の行方不明は茶飯事である。冒険者自体が自己責任を強く求められるため、消息を絶っても基本的にギルドはそれについて行動に移すことはない。捜索の依頼が出されれば別ではあるが。
今回の事はメールトュールだからこそといえる。周りに危険な魔物が殆ど生息していないこともあり、メールトュールの冒険者ギルドでは新人冒険者に限っては何かあれば捜索などが行われることがある。
捜索の結果、テオドールの足取りが全くもって掴めないでいた捜索隊は、ポルソトゥナ山脈にまで捜索範囲を広げた。そこで捜索隊は今までに見た事のない道を見つける。メールトュールの住民や冒険者であれば、ポルソトゥナ山脈に足を運ぶ事は多々あるが、誰一人としてその道に覚えがなかった。ポルソトゥナ山脈は断崖絶壁が連なり、人が踏み入れるには過酷な場所であり、山道も中腹までしか存在しない。
しかし、その道は山脈の谷間を縫うように道が続いていた。そしてその先で真新しい足跡とテオドールの物らしき背嚢を発見する。さらにその奥には見た事の無い建築様式した遺跡の残骸が横たわっていた。そしてその遺跡の入り口の左右には10メールは越えるだろう人型の石像が3対の計6体、訪れる者の侵入を拒むように立っていた。
監視されいるような不気味な雰囲気を感じた捜索隊一行は、テオドールの発見にも至らなかったため一旦メールトュールに帰還した。
遺跡についてはギルド経由で王都に報告が行き、後日専門の調査団が派遣される事になった。そしてテオドールは依頼中の行方不明として捜索は中断される事になった。
テオドールが行方不明になった日を境にメールトュールを含む周囲のエーテル濃度が人知れず増加していく事になる。
そして時が経ちメールトュールはその日を迎える事になる。
◇◇◇◇◇◇
メールトュールの街は勝利に活気立ち三日三晩、宴が催されている。立役者であるセリアは当然その渦中にいる。ジョッキの中の酒が無くなれば何処からともなくやってきた人の酌でジョッキが再び酒で満たされていく。浴びる様に酒を飲む・・・ちょっとした地獄のような時間をセリアは味わっていた。
そんな中でもセリアには気掛かりな事があった。
今回の万を優に越える数の魔物を討伐したが、その中のどの魔物も魔石を有していなかった。もちろん魔物の中には魔石を持たない個体もいる。それでも全くというのは異常な事である。そして倒した魔物はすべからくエーテルへと還っていった。魔物の多くは討伐後に武器や防具の素材となる。またオーク系の魔物は食材として重宝される。なので討伐後に直ぐにエーテルに還る事はない。それをもっても今回の魔物がこの世界の大多数の魔物とは違う事が伺える。
さらに還ったエーテルがこの周囲に漂い続けている事だ。一時的に高まる事はあるが、水が高いと所から低い所に流れる様にエーテルも周囲に徐々に霧散していくのが自然の節理である。まるで意思が有るかの様にこの場所に留まり続けている。
その時セリアの背筋を悪寒のようなものが走った。そしてセリアが振り向くとそこには一人の少年がこちらに向かって歩いていた。
「まさか、この街がまだ存在していたとは・・・。」
小さな声であったが確かにセリア耳には届いていた。その少年の存在は次第に知れ渡り、一人の少女が初年に向かって駆け出す。
「テオッ、今まで何をしてたのっ。みんな心配してたんだよ。」
テオと呼んだ少年に触れようとしたその時、少年の手が凶刃に変わる。寸前の所でセリアがその手を掴む。
「ほぉっ。余の腕を掴むか・・・。」
「危険だら少し離れたほうがいい。」
驚き尻餅をついた少女に声をかけるセリア。
「でも、テオが・・・。」
「多分・・・彼はもう君が知っている彼ではないな。」
「えっ。どういう・・・。」
「そこまで分かるか・・・何者かと思いきや古き神々の眷属か・・・。」
少し考え込む素振りを見せると、再び顔を上げるとセリアの顔を見上げる。
「せっかくだ。余自ら少し遊んでやろぉっ。」
セリア掴まれた腕を強引に引き抜くとその少年は距離を取る。
「その前に兎人族の女よ余に名を名乗る栄誉をやろぉ。」
「セリア。」
「セリアか・・・よい名だ。」
「こちらが名乗ったんだ、次はそちらが名乗るのが礼儀では。」
「面白い、余にも名乗れ、と・・・。」
セリアの言葉に笑いを漏らすが少年の目は笑っていない事は明かであった。その目はすぐに鳴りを潜めた。
「本来ならば不敬に当たる所だが・・・まぁ、よかろぉ。余の名はテュラノス・クィントゥス。」
テュラノスと名乗った少年は名乗り終えると同時にセリアへ襲い掛かる。周囲の人々は初めこそ何かの余興かと思っていたが、次第に激しくなる戦闘に周囲の人々が逃げ惑い混乱し始める。
ーーーこれはまずいな・・・。
セリアは最小限の動きで相手の攻撃を終始よけていたが、この状況が続く事の危険性を感じたセリアは攻撃に転じる。セリアの拳がテュラノスの胴へと突き刺さり、ひるんだ一瞬の隙を見逃さずセリアはテュラノスの襟首を掴み空高く放り投げる。
次の瞬間、宙に投げ出されたテュラノスの身体が爆炎に包まれる。
「セ、セリア様、いくら何でもそれはやり過ぎでは・・・。」
容赦ないセリアの攻撃に普段あまり何も言わないアルジェントが止めに入ってきた。
「多少の怪我を負っていると思うが殆ど効いていないさっ。」
セリアの言葉通り身を翻し着地したテュラノスの身体には火傷の跡が少し見られるだけで、爆炎に包まれたとは思えない程の綺麗な状態であった。
「無詠唱であそこまで高威力な魔法を放つかっ。面白いっ。だが・・・余の身体に傷を付けた以上、その行為は万死に値する。その命で償えっ」
テュラノスが人差し指をセリアに向けると指先が一瞬光を帯びる。セリアがその攻撃を弾き飛ばすと空に弾け飛んだその攻撃は夜の空をも明るく染め上げ爆発した。
「ほぉっ、この攻撃を弾くか・・・。」
次々と繰り出される攻撃を全て弾くセリアに少年の顔に余裕が無くなり始める。
「これで終わりだっ!」
そう叫ぶと今までに無いエネルギーが少年の指に集まり始める。だがそのエネルギーはセリアに向けらる事無く空へと消えて行き遥か上空で爆発する。
指先から放たれるその瞬間、セリアはテュラノスの指を強引に空へと向けさせたのだ。その動きはこの場にいる誰も捉える事が出来ていなかった。そうテュラノスもその内の一人であった。
「いつの間に・・・。」
「流石においたが過ぎるなっ。」
そう言うなりセリアは再び少年を宙へと放り投げる。
「同じ攻撃が通じるわけがなかろうぉ。」
上空からセリアに向けて攻撃を繰り出そうとしたその時、テュラノスは自分の身体に異変を感じた。何かに拘束されているかのように身動きが取れない。セリアはテュラノスを上空に放り投げると同時にエアリアルチェインという魔法でテュラノスの身体を拘束したのだ。
「紡ぎ紡がれ 顕現せよ爆ぜし炎 円環し燃え上がり 我が前に立ち塞がりし愚かなる者を一欠片も残さず滅せよっ!」
詠唱と共にセリアの体内のエーテルが急速に高まり始める。
「エクスプロージョンッ!」
セリアが魔法を唱えるとテュラノスの身体を爆炎が包み込む。その威力は先程とは比較にならない程凄まじく、メルディナとラクスが防御結界を張らなければメールトュールの街も一緒に消滅していたところだった。その場にいた冒険者の中にはエクスプロージョンという魔法をその目で見たものそれなりにいた。自分でその魔法を使う者もいた。彼ら彼女らが目撃したその魔法はあまりにも凄まじくエクスプロージョンという魔法の域を越えた別物の様に見えた。
「セリアよっ、何を考えておるのじゃっ。妾達も殺すつもりかっ!」
「す、すまない。」
「すまない、じゃないのじゃっ。妾とラクスが結界を張ったからいいものっ。」
何時になく激高するメルディナをなだめつつ、セリアはテュラノスのエーテルを探っていた。セリアは多少の手加減を加えていたが、それでも殺すつもりで放った一撃であった。それでもまだ息がある事に少しの驚きがセリアの中にあった。
落下したテュラノスの身体は先程とは打って変わりその姿は凄惨なものであった。身体中のいたる所が火傷による爛れていた。なにより左手を含む幾つかの部位は炭化しその機能を失っていた。
「ま、まさか・・・ここまやりおるとは・・・貴様はいったい何者だっ。」
そんな状態にあっても無理やりにも立ち上がり、セリアを睨め付ける目は十分なほどの生気が宿っていた。
「そうか、そうかっ・・・面白いっ。」
何かに納得した顔を見せると少年は小さく笑う。そして回復不能な程の怪我を負っていたテュラノスの身体が徐々に回復していく。終には怪我が完全に治り出合った時と変わらぬ様相へとなってた。
「まだこの身体に馴染んでいないとはいえ余の身体をここまで傷付けるとは・・・今日のところはおとなしく引くとしよう。」
その言葉に嘘が無いと判断でしたセリアは警戒を緩める。
「どうやら今回は楽しめそうだ。それと一つ土産を用意した存分に楽しむがよいっ。」
そう言い残すとテュラノスは姿を消した。
ーーー土産・・・いったい何を・・・。
セリアがその少年の言葉に意味を考えていると、周囲のエーテルが動きを見せ始める。
「セリアよっ」
「あぁ、分かっているっ。」
セリアもメルディナが言わんとしている事を理解していた。今までここら一体を漂っていたエーテルがメールトュール上空の一点に向かって集まり始めた。その動きは初めこそゆっくりであったが坂道を転がる球体のように徐々に加速していく。
セリアの勘が警鐘を鳴らし始める。この状況の危険さに。
「ちっ!」
土産の意味に思わず舌打ちしたセリアは指示を出し始める。
「ラクスとメルディナはメールトュール上空に結界を張れっ!」
ーーー間に合うかっ。
セリア自身も即座に防御結界を広範囲に展開すると、それと同時にプルーマを周囲に展開する。展開されたプルーマはメールトュールを覆うほどの巨大な四角錘の形をした防御フィールを形成していく。
防御フィールが完成すかしないかの瀬戸際で、圧縮され内部エネルギーが臨界へと達したエーテルの塊はそのエネルギーをメールトュール目掛けて開放する。そしてメールトュールの街、そこにいる者達は圧倒的なまでの力の奔流に飲み込まれていった。
◇◇◇◇◇◇
テュラノスによる攻撃を受けたメールトュールは翌朝には表向き平静を取り戻していた。街はセリア達の活躍により奇跡的に損害が軽微であった。街全体から見れば軽微とはいえ衝撃により半壊、全壊となった家屋や防壁の一部が崩れたりとそれなりに被害が出ている。それでも人的な被害が無い事は不幸中の幸いなのだろう。瓦礫の撤去や炊き出しなど復興に向けて人々が忙しなく動いている中、セリア達は冒険者ギルドの一室にいた。
セリア達庭園が案内された一室に入るとそこにはギルドマスターであるライオネルと見るからに新人冒険者と思しき数名が既に席に座っていた。新人冒険者の中にセリアは見覚えのある顔を見つけた。そう、テュラノスと名乗る少年に駆け寄った少女だ。
「さて、昨日の一件・・・特にテュラノスと名乗った少年ついては話をしたい。」
ライオネルがそう切り出すと、あれは”テオ”だと少年少女達は口を揃えて述べた。
「テオ、本名はテオドール。メールトュールは冒険者の数も少ない。なので私も彼がテオドールである事は間違いないと思っています。」
ライオネルがそう述べると、さらにセリア達に2ヶ月ほど前にテオドールが行方不明になった事、そして捜索の結果地元の人間でも見たこと無い山道が発見した事などを説明した。そしてもう一人行方不明になっている人物がいる事を告げた。
「行方不明になっている人物の名はリアン。当ギルドでサブマスターをしていました。」
ライオネルは疲れ切った顔で溜息を漏らすと話を続ける。
「テオが行方不明になり捜索隊を組織したあの日、詳細を詰めるためにリアンを探したのですが、その時には既にリアンの姿はなかった。それからリアンの顔をギルドで見た人いません。それと思い返せば数日前からリアンを見て無いような気がします。」
「という事はテオドール君とサブマスターであるリアンさんが姿を消した日が被るという事ですね。」
「そうですね。その可能性は高いと思います。さらに言うならテオの事件にリアンが絡んでいるのでは、と考えています。」
「なるほど・・・それで。」
「はい、セリアさん達に調べて頂きたいと考えています。昨日の立ち回りを見れば他の冒険者よりも実力は抜きん出ているのは明かです。どうかお願いします。」
そう言ってライオネルはセリア達に頭を下げる。それを横で見ていた少年少女達も深々と頭を下げる。
「テオをどうか助けてくださいっ。」
昨日の戦闘で殺す気でいた事を考えると少年少女達の思いにセリアは胸が痛くなるのを感じていた。
「分かりました。ですが一つだけいいですか。私も冒険者として自分の身を守らなければなりません。なので最悪の場合を覚悟しください。」
セリアの言葉に少年少女達は真剣な眼差しでセリアを見つめ頷いた。
◇◇◇◇◇◇
報告のあった山道を抜け、今セリア達は人型の巨石が立ち並ぶ遺跡を望んでいる。アヤメが不用意に巨像の間を通り抜け様とした時、セリアがアヤメの肩を掴み制止する。
「セリアねぇ、どおしたの?」
「アヤメはもう少しエーテルの流れを感じ取る訓練をした方がいいな。」
アヤメはセリアの言っている事の意味を理解できず首を傾げていると、若干呆れ顔を見せたセリアは転がっている石を拾うとアヤメが通り抜け様とした所に目掛けて投げる。投げられた石が何かに当たる結界の様な物が浮かび上がり波打ち、石が粉々に砕け散る。
「セリアねぇ・・・これって。」
驚きの表情を浮かべてアヤメはセリアの顔を見返す。
「侵入者を防ぐため結界と言ったところだな。」
「どうやって抜けるの・・・これっ。」
「方法は大まかな言って3つかな。まずは結界ごと全てを破壊する。2つ目は結界と同種の波長のエーテルを身に纏わせて通り抜ける。3つ目は本来解除する手順を踏む、と言ったところだな。」
「それで、セリアねぇはどの方法を取るの?」
「むやみやたらと破壊するのも趣味じゃないから、2つ目と行きたいが・・・。」
「僕には無理だよぉっ。」
「私も難しいです。」
アヤメとアルジェントが出来ないと主張する一方で。
「妾は問題ないのじゃっ。」
「長時間は無理だが、この距離ならギリギリ行けると思うなっ。」
メルディナとヴェインは可能である事を述べる。
「現状を考えると選択の1つ目しかないか・・・。」
「1つ目の選択肢を取るとしてどうやって破壊するの、セリアねぇ。」
「簡単な事だっ」
セリアが結界に向けて手をかざすと不可視の結界が浮かび上がりるとそのまま砕け散る。そして両側の巨像も崩れ落ちていく。そして次々と巨像が崩れて行き3対計6体あった全ての巨像が倒壊し、セリア達の往く手を遮るものが全て消え去った。
セリアが何事も無かったように歩き出す後ろ姿を見つめるメルディナはセリアが何したのか理解出来たようであるが、アヤメとヴェインは驚きの顔を見せていた。アルジェントにいたっては”セリア様なら当然”のようなドヤ顔をしながら平然とセリアのあとに続いている。
「おいていくぞっ。」
アヤメとヴェインはその声にお互いの顔を見合わせるとセリアの後を追った。
あれ以降セリア達を阻むギミックや罠の類は存在せず、味気ない剝き出し岩肌がどこまで続く山道を道なりに歩き続けていた。セリア達を阻んでいた遺跡を通り抜けたあとは再び山道が続き、そして1時間ほど歩き続けたセリア達の視界に映る景観が変わり始めた。
岩肌なのは確かであるが、明かに人の手が加えられて形跡が見て取れた。そしてそのまま歩き続けると黒い何かで覆われた異様な雰囲気を感じさせる場所へと誘われた。表面を覆っている黒い材質はガラスのような質感を感じさせ、よく見ると中には粒のような何かが陽の光を反射して輝いていた。
そしてその先には同じ黒い材質で覆われた巨大な扉がセリア達の往く手を遮るように姿を見せる。この扉をどうやって開けるのか思案しながら近寄るセリア達を裏切るかの様に扉は静かに開き始めセリア達を迎え入れる。
扉を通り抜けたその先には見たこと無い街並みがセリアの眼前に広がっていた。ローレルやエドさらにはミストラルなどセリアがこの世界に来て幾つかの街をこの目で見て来た。これらの街はこの世界では大きな街なのは確かでだろう。しかし今セリアの前に広がっている街並みはそれらが小さく見える程であった。
それはアルジェント、アヤメ、ヴェインの3人も同様で、その顔には驚きの表情が浮かんでいた。だがメルディナの顔には驚きの表情ではあるが何か違う物が浮かんでいた。
街の四隅には高い塔が存在し、さらに街の中央には天にまで届かんばかりの一際高い塔がその存在感をセリア達に示していた。そしてその塔を中心に整然と街並みが形成されていた。
綺麗な街並みとは裏腹にこの街からは人々が生活してる雰囲気を一切感じす、何とも言えない異様な空気が流れていた。
「シャングリラ・・・」
この街を目にしたメルディナから零れ落ちた言葉にセリアは何かを感じていた。
これにて三章が終了となります。
幕間としてショートストーリーを数話投稿しようと思っています。
その後に新章開始となります。引き続きご愛顧いただければ幸いです。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




