第五十二羽. 公爵家の三姉弟
セリア達が捜索対象であるルーファウスとその騎士団を伴ってエドの街に帰還したのが今から10日前の事である。
選定遺構・ゾガルディアを無事に踏破したセリア達は十分な休息を取り、翌日、エドの街に向けて出立した。道中はこれといって障害になるような事も起こらず、いたって平和な時間が流れた。
エドの街に到着したセリア達は事務的な報告に追われ慌ただしい時間を過ごした。そしてその三日後、ルーファウス達は王都に向けて出立したが、セリア達はそのままエドの街に留まっていた。セリア達も当初はルーファウス達と同じタイミングでローレルに帰るつもりでいた。
では、何故、未だにエドに留まっているかというと、簡単に言えば公爵から呼び出されたのだ。ただ自分から呼び出しておいて謁見の日取りが折り合わず、今の今となっている。
そんなこんなで気ままな一日を過ごしているセリアの元にギルドから連絡があった。謁見の日取りが明日に決まったと言う連絡が。
◇◇◇◇◇◇
公爵領の中心都市である領都エド。そこには公爵家の面々が当然ながら暮らしている。ローレルでセリア達がお世話になっている領主邸は西洋風の豪華な屋敷と言ったが感じであるが、領都エドに聳え立っているは日本風のお城である。城下町からも見えるため分かってはいたが、間近で見るとその大きさに圧倒される。転生者であろう公爵家の先祖は流石に江戸城を再現する事、能わずだったのであろう。それでも城マニアであったの確かなのだろう。
なにせ、白漆喰で塗られた美しい外観から別名、白鷺城と言われる姫路城を異世界に再現したのだから。
そんな城へと続く城門の前に今、セリア達はいる。前世での若き日に見た蒼天に映える白皙の城の姿が天守閣を見上げるセリアの脳裏に蘇っていた。
待つこと数分、案内役と名乗る青年が姿を見せる。その青年はこの世界では珍しく黒い髪に黒色の瞳を有していた。
「セリアさん、お待たせして申し訳ありません。案内役を務めるヤマトと申します。」
「そんなに待っていませんので気にしないでください。ヤマトさん・・・んっ・・・もしかしてっ。」
「ご推察の通りです。現公爵の弟のヤマト・スガワラです。それにしてもお気付きになられましたね。」
「黒い髪に黒い瞳は珍しいですから。それに名乗られた分かりますよ。」
「そうでもないんですよ。結構気が付かない人も多いのですが・・・。それでは謁見の場まで案内致します。私の後に付いてきてください。」
案内役であるヤマトに通された謁見の場のは必要以上な広さを有していた。謁見の場は一面畳が敷かれており、イグサの爽やかな香りがセリアをリラックスさせた。畳だけでなく障子、襖、欄間に掛け軸と和室が再現されていた。さらには領主が座するであろう上座に当たる場所は一段高くなっている。そんな状況に時代劇のワンシーンを思い浮かべるセリアだった。
「ここで靴を脱いでお上がりください。」
ヤマトの指示に従い靴を脱ぎ、畳が敷き詰められた部屋へと足を踏み入れるセリア達。懐かしさに顔がフッと緩むセリア。
「ここで座ってお待ちください。」
上座の手前付近まで案内されたセリア達はヤマトからここで待つように指示を受ける。セリアは羽織っているコートを脱ぎ、脇に抱えると当たり前の様に正座をする。どうすれば良いのか迷っていたアルジェント、アヤメ、ヴェインそしてメルディナの四人だったが、セリアの座る姿を見て見よう見まねで正座をする。
正座の習慣など無いであろうセリアの行動に一瞬驚きの表情を見せるヤマトであったが、その表情を直ぐにしまうと上座の近くに移動する。ヤマトが座ろうとしたその時、一人の少年が足元に駆け寄る。そしてその場で一言、二言話をしていると、ヤマトが困った表情を浮かべて何かに折れ、少年は自分の要求が通った事がセリアから見て取れた。その証拠に少年の顔には笑顔が浮かんでいた。
笑顔のままその少年がセリアの下まで駆け寄ると、眼の前で礼儀正しく正座をするとそのまま深く頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私は現当主の末弟、クラ・スガワラと申します。セリアさん、今日はお会いできてとても嬉しいですっ。」
頭を上げた少年は元気よく、そして丁寧に挨拶を始めた。その様子にセリアは現当主の教育の賜物なのだろうと関心した。前公爵である父親が亡くなられて五年、母親は眼の前の少年が生まれて直ぐに亡くなったと聞いている。
「丁寧にありがとうございます。私はセリアと申します。庭園のリーダーをしています。今日はよろしくお願いします。」
セリアは自身の眼の前に座る少年に笑みを湛えながら、優しい口調で礼を返した。
「セリアさん、一つお願いがあるのですが・・・。」
尻つぼみになりながら言葉を絞り出すクラ。
「なんでしょうか。私に出来る事なら言ってください。」
「あ、あの・・・、その・・・兎人族の方とお会いするのが初めてで・・・。」
クラはちらっ、ちらっとセリアの耳に視線を送り、遠慮がちなその声は徐々に小さくなっていた。
眼の前の少年が何にを望んでいるのかを察したセリア。
「私の耳、触ってみますか?」
「よろしいのですか?」
「構いませんよ。」
セリアの言葉にパッと花が咲いたような笑顔で立ち上がると、セリアの耳におずおずと手を伸ばし触り始めた。
「如何ですか?」
「フワフワで柔らかく、触り心地がとても良いです。」
「それは良かったっ。」
そんなやり取りをしてるセリアとクラの後ろからえも言えない視線が突き刺さる。
「セリア様、セリア様、セリア様、私も私も私も・・・。」
言うまでも無くアルジェントがまたこじらせ始めていた。
『セリアねぇ、アルねぇが・・・。』
『あぁ、分かってる・・・。』
『アル、もう少し抑えろっ』
『で、ですが・・・』
『あ、あとで一つ願いを叶えてやるから。』
『ほ、本当ですかっ。分かりましたっ!』
懸案事項が一つ片付き、ふぅっと溜息をもらしていると、軽くはあるが確かな重みがセリアの膝の上にのしかかる。
「ク、クラッ。何をしているっ、セリアさん、申し訳ありません。弟が失礼なことを。」
クラがセリアの膝の上に腰を下ろしていた。その姿を見たヤマトが慌ててセリアの下に駆け寄って来た。
「構いません。その代わり、謁見が始まるまでです。」
「はいっ、セリアさんっ!」
「よい、お返事です。」
クラの元気の良い返事を褒めながら頭を撫でていると、侍女らしき女性がヤマトに近寄ると耳元で何かを話し始めた。
「セリアさん、姉上・・・いえ、公爵閣下の支度が整いました。」
「クラ君、どうやら終わりのようです。」
「もう少しこうしていたいのですが、そのようですね。」
クラはセリアの膝から飛び降りると振り返りセリアに頭を下げると、ヤマトの後を追いかけていく。
「スガワラ公爵閣下がお見えになります。」
ヤマトの少し低め目の凛々しい声が謁見の場に響き渡ると、セリアは深々と頭を下げる。セリアの行動に従い慌てて頭を下げるアルジェント、アヤメ、ヴェイン、メルディナの四人。
上座を歩く人の足音をセリアの耳が捉え初め、もうそろそろ中央の用意されている席へと辿り着こうというその時・・・。
ドタッッ。
「いっったぁぁぁっ!」
人が倒れる音と人の叫ぶ声がセリアの耳、いやこの場にいる者の耳が捉えてた。その直後にその人物に駆け寄る二人の足音があった。
「姉上、何をなさっているのですかっ。」
「膝が・・・。」
「そんな事より姉さま早く立ち上がってください。」
「そんな事って・・・クラちゃん、冷たいよ・・・。」
「姉さまはなんで毎度何も無い所で転ぶんですかっ。」
小さな声ではあるが、この静まり返っている空間ではその声もはっきりと周りに届いていた。ようやく姉である公爵をなだめると、二人は所定の位置へと戻り、それを確認すると公爵の声が謁見の場に響き渡る。
「面を上げよっ。」
公爵の言葉にセリアが頭を上げると、薄っすらと涙を浮かべ膝を摩りながらも威厳を保とうとする少女の姿が目に映る。その少女はヤマトやクラと同様に黒い瞳、同じ黒ではあるがしっとりとした艶のある濡れ羽色の髪を腰の当たりまで伸ばし、煌びやかな着物を着崩しその身に纏う姿は見た目以上の気品を感じさせた。
予め仕入れた情報によると、公爵は御年25才のはずである。だが、どう見ても18才程の少女にしか見えない。セリアは本当に自分より年上なのか、と疑問を抱いたが、鑑定の結果からも明かであった。
「此度はこちらの要請を聞いて頂き感謝する。妾が現公爵家の当主、マヒロ・スガワラであるっ。」
その声色には威厳を感じさせる物があるが、その前の事があるだけに残念さを感じざるを得ない。そんな事を思いながらセリアは自身の挨拶を始める。
「このような場にお招き頂き、恐悦至極に存じます。私は冒険者パーティー庭園のリーダーを務めるセリアと申します。後ろの者達はアルジェント、アヤメ、ヴェイン、メルディナ。何れも私が信頼するパーティーのメンバーです。」
「此度は盗賊の討伐、大儀であった。領民を代表して礼を言う。さらにはルーファウス殿下の捜索では見事その任を果たしてくれた。王国の一貴族として礼を言う。そこで何か褒美を、と思っているが・・・望む物は何かあるか、セリア殿。地位、名誉、金、妾ができる範囲で叶えるぞ。」
「そうですね・・・では、米の購入する権利を頂きたいです。」
「そんなもので良いのか?申した通り、妾の可能な範疇であれば地位、名誉、金のどれもが自分の物になるのだぞっ」
マヒロの言葉に少し間を置き、考えている素振りを見せたセリアは口を開く。
「興味が無いと言えば嘘になりますが、私達は冒険者。自由を好む存在です。お金は冒険者稼業で稼げますし、身の丈以上の地位や名誉を頂いても足枷に成り兼ねません。それならば美味しい物を食べる方が私達に合っています。」
セリアの回答にアルジェント、ヴェインは頷き、アヤメ、メルディナはらしいと笑みを浮かべている。
「理由は、まぁ、理解したが・・・何故、米なのだ。」
「ご存知かは分かりませんが、私達は他領から参りました。市場に米が出回っていないわけではないのですが、その量は圧倒的に少なく目にする事がほとんどありません。扱うには資格が必要な事や他国や他領への輸出を制限しているとも伺っています。美味なる穀物を是非、日常的に食したいと・・・。」
「くぅ、くぅ、くぅっ。面白いっ。」
セリアの回答に笑いを漏らしたマヒロは手に持った扇子を脇息に打ち付けると一際大きな声でセリアの申し出に対して答える。
「相分かった。セリア殿、その方の望みしかと聞き届けた。命じておく故、後で受け取るがよい。無くなれば連絡をよこすがよい。直ぐに手配する。まさか、名誉や地位欲が全くないとはな・・・。」
「お聞き届け頂き、ありがとうございます。」
「なぁに全く問題ない。さて、謁見はこれにて終いとしよう。この後、ささやかではあるが宴席を設けている。ここでは広すぎる故、別室に移動してくれ。」
◇◇◇◇◇◇
謁見の後、セリア達は宴までの時間を勧められた温泉で費やした。総檜造りの湯船は浴室全体に檜の香りを漂わせていた。そして備え付けの扉を抜けた先には絶景の露天風呂が存在感を醸し出していた。
セリア達は普段から一緒にいるため、メルディナの事をすっかりと忘れていた。セリア、アルジェント、アヤメの三人が脱衣所から浴室に向かうその後ろにメルディナもしっかりいた。その違和感に気が付いたのはセリアがかけ湯を終え湯船に浸かろうとした時だった。
ーーーなにか多いような・・・メルッ。
「メル、何故女風呂にいるんだっ。」
素早くメルディナに駆け寄ると小声で問い詰める。
「何故と言われても妾は女なのじゃ。」
「メルは性別違うだろっ。」
「ちっちっち、その辺は心配無用なのじゃ。妾はその辺は自由に身体を変えられるからのぉ。何なら見てみるのじゃ。」
「遠慮する。アヤメに晒すようの事があれば殺すからなっ。」
「おぉぉ、怖いのじゃ。セリアよ、お主アヤメに対して過保護すぎるのじゃ。アヤメの成長を妨げかねんぞ。妾も死にたくはないからのぉ、肝に命じるのじゃ。」
そう言い残しセリアに向けて手をひらひらと振りながらメルディナは湯船に向かって歩き出す。それを見送るセリアは湯船には浸からず、露天風呂に向って歩き始める。景色を眺めながらゆっくりと浸かっていたセリアの裕福な時間はあっという間に崩れていく。
「セリア様、お願い何でも聞くって言いましたよねっ!」
「い、今じゃなきゃ駄目なのか?」
「そう言った訳では無いのですが・・・」
「なら、この後でいいんじゃないか。」
何を言われるのか戦々恐々としていたセリアは取り合えず先伸ばしにする事を選択した。なんとか言いくるめようと考えていたセリアに思わぬ援軍が現れる。
「あぁ、アルねぇもいるっ。みんなで楽しもぉぉっ!」
そう言うなり、アヤメが露天風呂に飛び込む。
「アヤメよ、飛び込むなんてはしたないのじゃ。やはりお子様なのじゃっ。」
「メルだって僕とそう精神年齢かわらないじゃんっ。」
「妾は淑女じゃからな。こういった場所でのたしなみも心得ていうのじゃ。静かに湯につかり、ゆっくりとこの空間を楽しむのじゃ。」
勝ち誇ったような顔をアヤメに向けるメルディナ。
「むっきぃ、メルのくせにぃっ。」
「アヤメさん、今はメル様の言う通りです。静かにしましょう。」
アルジェントの注意にも女風呂は終始賑やか時間が流れて行った。女三人寄れば・・・とはよく言ったものだとアルジェント、アヤメ、メルディナを眺めながらセリアはそんな事を考えていた。
一方、男風呂のヴェインはというと。
「静かに湯につかれないものかねぇ。」
そうぼやきながら一人の時間を満喫していた。
◇◇◇◇◇◇
日頃の疲れを温泉で癒したセリア達は宴が行われる部屋へと案内された。そこは謁見を行った部屋と違い西洋風の装飾を凝らした部屋となっていた。
セリア達が到着した時には既に三姉弟のマヒロ、ヤマト、クラが席についており、幾分か待たせていた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「そんなの全然気にしなくていいよ。マヒも今着いたばかりだからっ。それにしてもみんな、浴衣がよよく似合ってるね。それとその様子だと先程と違ってテーブルと椅子のある部屋に違和感を感じていているのかな。」
「まぁ、多少は・・・」
「謁見の間も含めて和室は沢山あるのだけのね。堅苦しいんだよね、マヒにはっ。」
先程の謁見での印象と異なり、威厳の欠片も見受けられるず一人称を自分の名前という眼の前の少女にあっけに取られているセリアとその一行。
「みなさん、すみません。姉上は公務意外だとこれが普通なもでして・・・」
そう説明するヤマトの顔には日頃の苦労が滲みいた。
「しょうがないじゃんっ。あんな喋り方普段からしてたら肩凝ってしょうがないしっ。それよりそんなとで突っ立ってないで早く座って、座ってっ。折角の料理が冷めちゃうから。」
促されるままにセリア達が席に着くと、手をパン、パンと鳴らすとマヒロ。
「さぁ、宴を開始っ。」
マヒロの掛け声に横の襖から複数の女中が料理や酒を運んでくる。テーブルの上には刺身、鍋料理に煮物といわゆる日本風の料理が次々に並べられていく。
宴は和やかな間に終わり、セリア達は食後のお茶を堪能してる。
「あ、あのぉぉ・・・セリアさん。」
そんな中クラが遠慮がちにセリアの下に来た。
「どうしましたか。また耳を触りたいのかな。」
「それもあるのですが・・・その・・・セリア姉さま、と呼んでいいですかっ!」
俯きいた顔を上げると、恥ずかしさを隠すように大声で叫ぶクラ。大きな声に多少は驚いたセリアであったが、クラの頭を撫で優しく答える。
「好きに呼んで頂いてかまいません。」
「ありがとうございますっ。それと謁見の間での続きをお願いしたいのですが・・・」
クラの言葉に初めは何のことだ、と考えていたセリアであったが、直ぐに思い出した。そしてクラを抱き抱えると自分の膝の上に乗せる。
「クラちゃん、お、お姉ちゃんの膝の上も空いてるよっ。」
今までへべれけで倒れていたマヒロが突然起き上がり、クラにアピールし始めた。
「遠慮します。酔ってフラフラの姉さまの膝の上に乗ったら危ないです。」
「そんなぁぁ。それだったセリアちゃんも一緒じゃんっ。」
「いいえ、確かにセリア姉さまもお酒を飲んでいますが、安心感があります。姉さまとは違います、姉さまとは。」
「そんなぁ・・・。」
クラの言葉を聞いてマヒロはそのままソファーに倒れ込む。
「クラ君、冒険者になって私達と旅をする?」
「その申し出はとても嬉しいのですが、僕がいなくなったらただでさえ駄目な姉さまがもっと駄目になってしまいます。せめて姉さまが結婚すすまでは側にいます。」
「ク、クラちゃんっ。」
「そうですね。姉上には早く身を固めて頂きたい。」
溜息交じりにそう語るヤマトからは日頃の苦労が滲み出ていた。
ーーー暫くは結婚出来なさそうな気がするけどな・・・
マヒロを見ながらセリアは心の中で率直な感想を抱いた。そしてヤマトとクラに頑張れと心の中で声を掛ける。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、夜が深くなっていた。こうして公爵の三姉弟とセリア達の交流会はお開きとなった。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




