第五十一羽. 選定の誓い
「僕に戦わせてよっ。」
眼の前に立ちはだかるゴーレムに向かって歩き出すセリアにアヤメから物言いが付く。
「すまないが、次は私の番だっ。アヤメとヴェインの強さは殿下達に見せたからな。」
「今回はセリアねぇに譲るから次は僕だからねっ」
「分かった。」
自分に近づいて来る存在を敵勢力と見なしたゴーレムが攻撃態勢へと移行する。ゴーレムの体内でエーテルが急速に巡り始める。
セリアの鑑定により表示された名、ゾガルディア・ロックゴーレム。それが今セリアの眼の前に立ちはだかるこのボス部屋の主。
唐突に飛び上がるロックゴーレム。着地の振動に身体をぐらつかせるセリアは、その直後に何かの力によってロックゴーレムに引き寄せられる。気が付けばロックゴーレムの巨体がセリアの視界を覆っていた。
「セリア殿っ!」
後方で叫ぶガルムの声がセリアの耳に届くのとほぼ同時にロックゴーレムの凶悪な拳がセリアを直撃する。地面は大きく抉れ、瓦礫が四方へと飛び散る。四散し襲い来る破片を盾で防ぎながらもガルムは前方を確認するが、そこには地面に拳を突き立てているゴーレムがいるだけで、そこにはセリアの姿は無かった。
「セリア殿はいったいっ!」
「セリアねぇなら後ろだよっ」
慌てふためくガルムにアヤメが答える。アヤメの言葉にルーファウスとガルムが後ろを振り向くと、そこには何も無かったかのように佇むセリアの姿があった。
「いつのまに・・・」
ルーファウスから自然に零れ落ちる言葉。衝撃的な出来事はガルムから言葉を発する事さへ失わせていた。さらに驚いたのはセリアの目だった。切れ長の目が少し冷たさを感じさせるが、心優しく温かい目をしている。それが出合ってまだ間も無いがセリアに対するガルムの印象であった。
だが今のセリアの目は獲物を狩る獣のような、そんな印象を抱くには十分であった。ガルムはそんなセリアの目に背筋が冷えていくの感じた。
「セリアねぇ、変わろうか?」
「問題ない。直ぐに終わるっ。」
その言葉を残してセリアの姿がそこから消える。ルーファウスとガルムは慌てて周りを見渡し、探し当てたセリアの姿はゴーレムの前にあった。そしてゴーレムに向けてゆっくりと歩を進めていた。
「グゥォォォォォーーーーー!!」
発声器官が存在するのかもあしいゴーレムが咆哮をあげると、地面至る所が隆起しはじめる。それは次第に蔦の様に細長くなり、その先端は人の胴を容易に突き破るには十分な形状をしている。
そして岩で出来た蔦の群れは狙いを定めると一斉にセリアに向けて襲い掛かる。変わらずゆっくりと歩を進めるセリアはそれらを何事も無いかのように躱しロックゴーレムへと一歩また一歩と近づいていく。ロックゴーレムに手がと届くまでの距離に来るとセリアはただ軽くロックゴーレムの胴に手を添える。その瞬間、ロックゴーレムの身体が砂となり崩れ落ちる。それと共に岩で出来た蔦もその姿を消す。後に残るのは何の変哲もない砂の山だけであった。
敢えて何かある事を示唆すれのであれば、セリアの掌に収まっている拳大の黄色味を帯びた魔石である。ここまでの大きさの物になると市場にはそう出回っていない。数が少ない事もあるが殆どの場合オークションに出品される。金に糸目を付けぬ好事家や貴族の手に渡り、後生大事に保管されている事が多いのが実情であった。宝の持ち腐れ以外の何物でもないな・・・それが、この話を聞いた時のセリアの感想であった。
「さて、先へ進みましょう。ルーファウスさん。」
魔石を収納すると、セリアはルーファウスに声をかける。その目は先程までの目では無く、いつもの優しさに満ちた目となっていた。その変化にガルムは驚きはあったが、それよりもゴーレムが突然崩れ落ちるた事に理解がまったく追いついていなかった。
「セリア殿、い、いったい何が起こったのだろうか・・・」
「そんなたいした事はしていません。ロックゴーレムに触れた時に微細な振動をしたエーテルを送り込んだだけなので。」
「そんな事出来るのセリアねぇぐらいだよっ。僕はもちろん、ヴェインも出来ないよっ」
「確かに、そこまで細かいエーテルの制御は無理だなっ」
アヤメの言葉に同意するヴェインの顔はさも当たり前の様に言ってのけたセリアの言葉に呆れた様子が浮かんでいた。
セリア達のやり取りにルーファウスとガルムは顔を見合わせていた。エーテルを振動・・・?そもそもそんな事が可能なのか・・・?出来たとしてそれで何故崩れ落ちたのか・・・?二人の頭の中では多くの疑問が浮かんでいた。
「お二人さん、何ボーっとしてるんだ。先に行っちまうぞっ」
ヴェインの呼びかけに辺りを見るとセリアとアヤメの姿は無く自分達の周りには護衛役のテトラとイロハのみで、少し離れた所に自分達を待つヴェインがいるだけだった。ルーファウスとガルムは急ぎ駆け出した。
探索は今のところ順調に進んでいる。選定遺構・ゾガルディア、この迷宮のボス部屋は3階層ごとにに存在する。6階層は三つ首の獣をもしたゴーレムであるゾガルディア・ケルベロスゴーレム、9階層はゾガルディア・アイアンゴーレムが立ちはだかったが、それぞれアヤメ、ヴェインにより難無く排除されたいった。
道中に存在していた魔物のほとんどをアヤメとヴェインが排除していたので、実力については理解していたつもりでいた。ルーファウスとガルムは・・・そう思っていた。だが、ボス戦での二人の戦闘を直に目をしたことで、その理解が間違っていた事に気付いた。自分達の護衛をしているこの三人の冒険者の実力は自分達の理解が及ぶ範疇に無い事に。
そして身の安全がある程度保証されている探索ではあるが、ルーファウスやガルムの二人とっては肝を冷やすような事が次から次へと起こりながらも最終階層に到着した。
10階層・・・最終階層は1000段はあろうかという階段を下った先にあった。今まで同様に石造りであるが、一線を画す装飾が左右には施されており、触れてみるとそもそも材質が上の階層とは明かに異なっていた。左右にある装飾に見守られながらゆっくりと進む先には今まで同様に扉が一行の歩みを遮った。ただ今までと異なるのは、その表面に描かれている模様はその緻密さ精密さが桁違いであり、芸術性を感じる代物であった。もう一つの相違点として扉の両側に扉を通る者を祝福するかの様に女神らしき存在が描かれていた。扉の左右に描かれている女神の顔は瓜二つであるが、その装いに違いがあった。右の女神は薄手の布のような物を身に纏い、左の女神は軽装ではあるが鎧のような物を纏い右手には武器が描かれていた。
そして、この扉の先が目的地である事を誰もが理解した。
「ルーファウスさん、ここで休憩を取りましょう。」
「セリアさん達に負荷をかけています。その辺りの判断はお任せします。」
ルーファウスの返事にセリアはテーブル一式をストレージから取り出し、セッティングを始める。ルーファウスの前であっという間に休憩スペースが出来上がっていった。
いの一番に席についたアヤメはルーファウスとガルムに声をかける。
「ルーファウスさんにガルムさんも早く席に座ってっ」
「私達は後ろをついてきただけなので、それ程疲れては・・・」
「ガルムさんは軍人なのでそれ程の疲労は無いと思いますが、ルーファウスさんは鍛えているとはいえ迷宮に潜るのは初めてこと。緊張下での探索を強いられていたはずです。緊張というのは自分が思っている以上に疲労を貯め込みます。」
一旦言葉を区切ったセリアは真剣な眼差しをルーファウスに向け言葉を続ける。
「私達が出来るのはここまでの露払いです。ここから先はルーファウス殿下が自身の力で切り開かなければなりません。」
「そうだな、では私もみなさんと一緒に休憩をとるとしよう。」
セリアの言葉に自分が何のためにここに来たのかを改めて思い出し、席に着いたルーファウスは疲労が溜まっていた事を改めて自覚した。席に着き緊張が緩んだ途端にどっと身体が重くなるのを感じた。
出されたお茶と茶菓子を堪能し、セリア達と交わすたわいもない会話の中でルーファウスは自分が今まで味わった事のない満足を感じていた。そんな主を横で眺めるガルムはこの騒動以前の優しい顔に戻ったと安堵の念を抱いていた。
ルーファウスは数回のおかわりをした後、空になったティーカップをジッと眺めていると意を決したように顔を上げるとセリアに向かいある質問を投げかける。
「セリアさん・・・昨晩の話なのですが、私は自身の劣等感を払拭するために今回の行動にでました。その結果として自分を慕う部下の命を危険にさらし、更には失った命すら・・・。それでも・・・私は力が欲しい。私の行動は正しいのだろうか・・・・」
「私が言えるのは、正しいかどうかは後世の人達が判断する事。そして力が欲しいのなら力を持っている者を向かい入れば良いのでは、という事だけです。自分で何でも出来ると思うのは傲慢、むしろ出来ない事の方が多いのが現実です。」
「ヴェイン、セリアねぇがそれを言うのかって感じだよね。」
「出来ない事の方が少ないからな、セリアは。」
アヤメとヴェインはセリアの発言に対して小声でこそこそと話していると。
「二人共、何か言いたいことがあるなら聞くぞっ。」
「い、いや、何でもない。セリア、そっちの話に集中して大丈夫だ。」
「僕も何もないよっ。」
ーーー地獄耳だな・・・。
アヤメとヴェインの二人はそんな事を思いながら口を閉ざした。
「・・・ならいいがっ」
気を取り直すと、ルーファウスに続きを話始める。
「多くの人材を向かい入れる方が、ルーファウスさんには合っていると思います。」
これはルーファウスを鑑定した結果だ。ルーファウスは自己肯定感が低い様だが、能力自体は決して低くない。むしろ高いと言っていいい。だが特質すべきは人を惹きつける能力だろう。”王者の威光”、ルーファウスが有しているスキル。単純に言えば人を惹きつけるスキルで統率などの能力が向上する。極めつけは自身を慕う部下が増える程の能力が向上してく。そしてそれが部下にまで波及していく。
「無理に変わらなくとも今のままで十分だと、私は思います。出来ない事は部下に任せ、どっしりと構え、何かあれば責任を取る心構えがあれば、自ずと人が集まってきますよ。」
「な、ならセリアさん。」
「折角のお誘いですが、お断りします。」
セリアの言葉にルーファウスは前のめりになり、勧誘するが鰾膠も無く断られる。
「な、何故ですか?」
「私は冒険者。自由に諸国を巡るのが性に合っています。ただ、殿下が今と変わらずにいるなら、何かあった時に手助けするのは吝かではありません。」
「わ、分かりました。」
ルーファウスはセリアが向ける笑みに顔を赤くして、俯き気味に答えた。そんな様子をニヤニヤしながら眺めるアヤメは、”王子様、落ちたっ!”、と心の中で叫んでいた。
◇◇◇◇◇◇
休憩を終えたセリア達はルーファウスを先頭に扉の先にへと進んでいた。扉自体は今まで同様にルーファウスが触れる事で難無く開きその役目を終え、次への路を眼の前に示した。
扉の先には広い空間が広がっていた。壁や床に使われている材質は階段や今くぐって来た扉の材質と同じ物であったが、今までの荘厳の装飾に比べて質素と言わざるを得ない、むしろ何もない。それがこの最終目的地と思わしき部屋の印象であった。
「何もありませんね。」
ルーファウスがそう言って数歩前へでると、不可思議な力が辺りを包み始める。
『マスター、周囲を不可思議なエーテルが包み始めました。』
『あぁ、分かっている。《オモイカネ》、周囲の警戒を怠るなっ。』
「久々にあの者の血を引く者が来訪したと思えば、面白い者達を連れていますね。」
「何者だっ。」
素早くルーファウスの前に躍り出たセリアは、姿の無い存在に対して警戒感のある声で叫んだ。
「そんなに警戒しなくてもよい。古き神々の眷属よ。」
ーーー古き神々?
セリアが”古き神々”という言葉に疑問を抱いていると、眼の前に一人の少女が光と共に顕現する。
「我が名はカミュ。この選定の義を執り行う為に遣わされし契約を司る女神。古の契約に従い我が前に覚悟を示せ。」
女神カミュの言葉と共にセリアの後ろで人が崩れ落ちる音がした。
「で、殿下っ!」
ガルムのルーファウスの呼ぶ声が辺りに木霊する。ルーファウスを揺り動かす手にもいつになく力がこもっているため痛みを伴うはずであるが、目を覚ます気配など一切なく横たわるルーファウス。
「女神カミュ、ルーファウスさんにいったい何をっ!」
「心配には及びません。選定の義のために精神を別の空間へと誘いました。選定の義が終わればお返しします。成功しようとも失敗しようとも。」
「それを信じるとでもっ。」
「女神の名の下にお約束します。」
◇◇◇◇◇◇
「う、うぅぅぅっっっ。」
ふらつく頭を抑えながら立ち上がったルーファウスの目には先程までいた部屋と同じ景色が映し出されていたが、周りにはガルムをはじめここまで探索を共にしたセリア達の姿が無かった。
「ガルムっ!」
「セリアさぁぁんっ!」
ルーファウスの声は壁に反射し、木霊していくがやがて虚しく消えていく。そしてその声に答える者はここには誰もいなかった。
「さぁ、あなたの力、決意をここに示しなさいっ。」
カミュと名乗った女神の声が響き渡るとルーファウスの身体に言い知れぬ圧力が襲い掛かる。それは物理的な何かではなく、精神に作用しているようなそんな感覚をルーファウスは覚えた。
歯を食いしばり重圧に耐えるルーファウスにカミュの声が響く。
「あなたの力、決意をここに示すのですっ。」
ーーー力?決意?示す?いったい何を・・・。
まだ数分なのか、それとも既に数時間経過しているのか、今のルーファウスにはそれすら判断出来なくなっていた。いつ終わるとも知れないこの重圧の中で次第に意識が途切れ始める。
「力だの決意だの言われても・・・何が何だか、さっぱりだ。わ、私は・・・ただこの国に住まう民が笑って暮らせる国を作りたい・・・ただ、それだけだっ!」
「あなたの力、しかと受け取りました。今はゆっくりとおやすみなさいっ」
今まで重圧が嘘のように消え去りその安堵感でルーファウスの意識は徐々に薄れていき、女神カミュの優しい言葉と何かに包まれながらルーファウスは自身の意識を手放す。
◇◇◇◇◇◇
「女神カミュ、先程、私達を見て古き神々の眷属と言ったが、古き神々とは何だっ。」
「その質問には答えられません。」
「その理由はっ?」
「答える権限を私が有していなからです。ですが、ある程度は察しがついているのでは。」
「・・・では質問を変えよう。扉の両側に女神らしき絵が描かれていたが、関係あるのか?」
扉の右手に描かれている女神と今セリアの眼の前にいる女神カミュはよく似ていると言っていい。むしろこの女神を描いたのではと感じさせる。
「それについては彼の者の意識が戻り次第答えましょう。」
「うぅっっっ・・・。」
ルーファウスの意識が覚醒し始めた。ルーファウスが倒れてからまだ数分しか経過していない。
「もう選定の義とやらは終わったのか」
「えぇ、滞りなく。」
セリアと女神カミュの会話の横でガルムが大声でルーファウスに向って叫んでいる。
「で、殿下ぁぁぁっ!!」
「ガルム・・・そう耳元とで叫ぶな。うるさくて敵わん。」
「も、申し訳ありません。」
起き上がるルーファウスの手助けをするガルムの目には薄っすら涙が浮かんでいた。
「本当に心配しましたぞ、殿下。」
「心配かけてすまなかったっ。」
「ご無事そうで何よりです。」
「左手を我が前に。」
その言葉に従い女神カミュの前に歩み出たルーファウスは左手を前へと出すと、その手を取り女神カミュが手の甲へと口付けをする。すると僅かに光を帯びたルーファウスの手の甲には羽が交差したような紋章が浮かび上がる。
「この紋章が誓いの証です。その誓いに背いた時・・・。」
「其方の命は、我が貰い受けるっ」
女神カミュの言葉の後を引き取る様に別の声が響き渡る。そして女神カミュの横にもう一人の女神が姿を現す。女神カミュと顔立ちが似ているが、その姿は鎧に身を包んでいた。扉の左右に描かれていた女神がこうして揃い踏みとなる。
「我が名はレヴィ。罪と罰を司る女神だ。罪は此度の誓いの破る事。そして罰は其方の命で。」
女神レヴィの言葉を聞きながら、セリアは疑問に思っていた。ルーファウスがどのような誓いを立てたかは正確には分からない。ただ何となくではあるが想像はついていた。セリアの想像の範疇だとすると、何を以て誓いを破ったと定義するのか、と。明かな圧政を敷くならいざ知らず、そうでない場合は判断のしようが無い。
考えあぐねていると、とある事に思い至りセリアが女神レヴィに視線を向ける。その視線を受けて女神レヴィがセリアに顔を向け視線が交錯する。女神レヴィは僅かに微笑むと首を軽く横に振る。
「これで選定の義は終わりです。」
改めてルーファウス達を見渡す女神カミュ。
「何事もなければ、みなさんとお会いすることは無いでしょう。歩む路に幸多からんことを・・・。」
そう言葉を告げると女神カミュと女神レヴィの身体が透き通り初め、最後には光の粒が弾けように四散するとその姿をルーファウス達の前から消した。
「さぁ、みなさんっ。帰りましょうっ!」
みなに声をかけたルーファウスの顔は目的を達成し事とによる満足感よりも、無事にやり遂げた安堵感に満たされていた。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




