第五十羽. 選定遺構・ゾガルディア
古今東西、疲れ切った身体と心を癒すには温かい料理と相場が決まっている。今セリアは騎士団に温かい料理として豚汁を振舞っている。
当初セリアが用意した料理に手を付ける事を頑なに拒否していたが、ガルムが率先して食べると状況が一辺していく。一口目をおずおずと口に運ぶ騎士達はその表情を次々と緩めていく。そして今や宴会と成り果てた。その輪の中にはアヤメ、ヴェインとメルディナの3人の姿もあった。
「セリア殿。」
そんな様子を少し離れた所で眺めていたセリアに声をかける者がいた。振り返るとそこにはガルム。その後ろには一人の青年がいた。その青年はグレーの髪色に碧の瞳、そして細目の体型ではあるがよく鍛えられた身体をしていた。
「セリア殿、そのままで構わないっ。」
慌てて立ち上がろうとするセリアをガルムが制す。
「セリア殿、こちらが。」
ガルムの言葉を手で制すとガルムの前へでるルーファウス。
「私はルーファウス。セリアさん、一度ならず二度までも助けて頂きありがとうございます。そして私達ではどうにも出来なかった騎士達を救って頂き感謝の言葉もありません。」
この青年こそこの国の第一王子にして今回の原因を作ったルーファウスである。
「殿下、頭をお上げください。」
深々と頭を下げるルーファウスにセリアは慌てて言葉をかける。
「私達もギルドの依頼として動いているまでです。礼はいりません。」
「そうだとしても、私達はそれで救われていますっ。」
そう言って真剣な眼差しを向けるルーファウス。
そんな時、その場を崩すような音が鳴る。しかもそれはルーファウスの腹が鳴る音であった。今までの真剣な眼差しが嘘かのように顔を真っ赤にして俯いていた。
「殿下の食事を用意しましょう。ここに座っていてください。」
そう言って席を立つとセリアは豚汁とパンを手に戻ってくると、それをルーファウスの前に並べる。
「そんな豪華な食事ではないですが、身体は温まりますし栄養もあります。召し上がってください。」
セリアに差し出された器を手に取り、ルーファウスはゆっくりと口元に運ぶ。そして少量を口に含むとゆっくりと飲み込む。ルーファウスは長く息を吐くと満足そうな笑みを湛えて言葉が零れ落ちる。
「美味しい・・・。」
器に盛られた豚汁を見つめて呟くように言葉を繋げる。
「そして何より温かさが身体に染み渡る・・・」
残った豚汁を勢い良く搔っ込むとあっという間に豚汁を平らげるルーファウス。
「殿下、満たされましたか?」
「こんなに美味しい料理を初めて食べました。ありがとうございます。セリアさんっ。」
「殿下、その・・・”さん”付けはやめてください。私は一介の冒険者に過ぎません。殿下に敬称を付けて呼んで頂くわけにはまいりません。」
「何を言っているっ。騎士団の窮地を2度にわたり救った。それを考えれば当然の事。むしろ、セリアさん、私の事は殿下では無く、ルーファウスとお呼びくださいっ!」
ルーファウスの後ろで控えているガルムに視線を向けるセリア。その視線に困った顔をしながら首を横に振るガルム。
「分かりました・・・。それではルーファウスさん、でいいですか。」
「はいっ。」
「それでルーファウスさん、伺いたい事があるのですが・・・。」
「セリアさん。私に敬語は不要です。それで何を聞きたいのですか?」
ーーーこの国の貴族はこう言った類が多いのか・・・?
そんな疑問を抱きながらルーファウスに質問を投げかける。
「そもそも、何故一国の王子がこのような場所に?」
セリアの言葉に顔を曇らせると下を向くルーファウス。そして顔を上げると口を開く。
「セリアさんが御存知かどうかわかりませんが、現国王には私を含めて4人の子供がいます。その内男子は3人。長子である私、次弟のオーベルヌ、末弟のスーベリア。オーベルヌは武勇に秀でていて、武闘大会でも優勝する程です。スーベリアは知略に秀でていて、軍師ともほぼ対等に会話が出来る程です。それに引き換え私は・・・。」
ーーーそう言う事か・・・。優秀な弟達と比較して取り柄の無い自分の手柄として迷宮に潜る選択をしたと。安易と言えば安易だが他の選択肢が思い浮かばなかった・・・か・・・。
ルーファウスが語った言葉にセリアはそんな感想を抱いた。
「厳しい事を言うようですが、そのちっぽけなプライドの為に何人の犠牲を出したんですかっ。」
セリアの言葉にルーファウスは唇を嚙み締め、苦渋に満ちた顔を見せる。
「セリア殿、いくら何でも殿下に対して失礼であろうっ。」
セリアに苦言を呈するガルムを右手を上げ制するとルーファウスは言葉を絞り出す。
「セリアさんの言う通りです。私の軽率な行動により多大な犠牲を出してしまった・・・。上に立つ者として愚かな行為でした・・・」
ーーー自分の愚かしさに言及出来るなら・・・及第点だな。
「ルーファウスさん、私はこの国の人間ではりません。なので次代の王がどうやって決まるのかについては知りません。分かるのはあなたが・・・候補者の一人、と言う事です。その上で聞きますが、どのような王になりたいのですか?」
「私は・・・私は現国王である父の様に威厳に満ちた、そして貴族、この国に住む民草を引っ張って行ける王になりたいっ。」
「そうですか・・・。」
ルーファウスの言葉にセリアは短い返事を返すだけだった。
「私の言葉になにか?」
「いや・・・、民草を導くと言っているが、本当にそれを望んでいるのだろうか、この地に暮らす人々は。」
「それは・・・いったい・・・?」
「乱暴な事を言いますが、この国に住まう人の半分以上は農民です。自分達で作物を育て、それを食べる。自給自足です。王族や貴族が居なくなろうと生活にほとんど支障がありません。その逆に王族や貴族はそういった人達からの税金で生活が成り立っています。それを考えれば本当に必要なんだろうかと・・・。」
「セリアさん、そうは言うが・・・」
反論しようとしたルーファウスだがその言葉は尻つぼみになって行く。セリアに反論するだけの知識をルーファウスは持ち合わせていなかった。
「国民の大多数は王族や貴族が箝げ替わっても困らない、と言うのが私の考えです。まぁ、最初に言ったように少々乱暴な考えですが。」
「それでは、我々王族や貴族は何のために・・・。」
「決まっているます。この国で生活する民の生命と財産を守るため。それ以外に何かありますか。さっき言ったように国民の大多数は上が変わったら変わったでそれに適応するだけです。だからこそ・・・そこに住まう民が安心して暮らせる様な国であるべきでは。」
セリアの紡ぐ内容に口を噤むルーファウス。
「まぁ、私が言ったことが正しいと言う訳ではありません。自分なりに考える事が大切です。それを考え続けられる者が王に相応しいと・・・そう、私は思います。さて、小難しい話はこれぐらいにして、何故この迷宮なのかを教えてください。」
「あ、あの、それはですね・・・」
突然話題を変えられたルーファウスはしどろもどろになりながらも説明を始める。
「王族には昔から伝わる伝承がありしまして・・・。その中にこの迷宮が登場するのです。この迷宮自体は遥か昔から存在し、初代国王がこの国を建国する前に訪れた、と伝わっています。その際に神より力を授かり、その力を以て周囲の国々を併合してこの国を建国した・・・と。選定遺構・ゾガルディア、伝承の中でこの迷宮の事はそう呼ばれています。」
ーーー選定遺構、この迷宮から出るにはその選定とやらを終える必要があるわけか・・・。そしてヴェインが言っていた扉を開くにはルーファウスさんが必要・・・か・・・。
「今の話からすると、この迷宮から出るためには名前にある選定とやらを終える必要があると思います。なので私達もそのお手伝いをさせてください。」
「よ、よろしいのですか?」
「まぁ、ここから出るために・・・です。それで、今日は休息して明日から探索を開始したいと思います。」
「分かりました。こちらとしてもそれで問題ありません。それで・・・人員はどおしますか?」
「こちらからは、私、アヤメ、ヴェイン。そちらは・・・ルーファウスさんは必須になります。護衛については、私の従魔もいるので不要、と言いたいところですが・・・」
「当然、私もついていきますっ。」
ガルムが当然と言わんばかりにセリアへの圧をかける。
「セリアさん・・・私からもお願いするっ。」
ルーファウスは自身の頭を下げ、ガルムの同行をセリアに願い出る。
「・・・分かりました。ルーファウスさんの護衛に専念してください。それ以上の事はしないでください。」
「セリア殿、感謝するっ」
◇◇◇◇◇◇
次の日、早朝からセリア達は選定遺構・ゾガルディアの探索を開始した。そしてセリア、アヤメ、ヴェイン、そしてルーファウスとガルムの5人の姿はヴェインが発見した扉の前にあった。アルジェントとメルディナにはもしもの時の為に残っている騎士団の護衛を任せている。
ヴェインが発見したという扉は優に5メールはあろうかという巨大な物であり、その表面には幾何学模様と見た事のない文字が刻まれていた。
「ルーファウスさん、この扉の開け方は分かりますか?」
「伝承の中には具体的な話はないので・・・なんとも・・・。」
「セリアねぇならワンパンで何とかなるんじゃない?」
アヤメが冗談半分に言った言葉に対し扉を眺めながらセリアが答える。
「いけるとは思うが、そうした場合にルーファウスさんの目的が果たされるのか、という疑問が残るからな。」
「で、出来るんだ・・・。」
まさかの回答に振ったアヤメから言葉が零れる。そしてその感想はこの場にいる皆が同様に抱いたものであった。そんな感想を抱いてはいるが、アヤメとヴェインはセリアなら、まぁ、出来そうだなというような顔を、ルーファウスとガルムは驚きの表情を浮かべている。
「伝わっている伝承には詳しい内容が無いので、私にもよく分からないのです。」
気を取り直してそう告げるとルーファウスは扉に近づき、そっと扉に触れる。すると扉の表目に描かれている幾何学模様と文字が光を帯びる始める。全てが光を帯びると大きな音と共に巨大な扉が左右へと開き始める。
ルーファウスによると少なくともこの200年間はこの迷宮に踏み入った王族は存在しない。それが物語るように扉が開くと湿ったかび臭さと一緒に淀んだ空気が一同の鼻腔をくすぐる。
そして何処からともなく200年ぶりの来訪者に向けて殺意が向けられる。
「これは・・・結構いるなぁ。」
「そうだねっ!」
若干面倒臭い顔をするヴェインとは違い、楽しそうな顔をするアヤメ。
「な、何がだっ!」
「決まってじゃん。魔物だよっ。」
定期的に間引かれている迷宮やダンジョンとは異なり、200年の間に誰も踏み入る事の無かったこの迷宮には考えられない程の数の魔物が溢れていた。それの猛威はセリア達の眼前に広がっていた。セリア達の前に広がる道を埋め尽くす程の魔物の群れが押し寄せて来ていた。
「殿下、私の後ろにっ!」
すかさずルーファウスを自身の後ろへと待避させるガルム。
「セリア殿、この数の魔物・・・どうにかなるのか?」
「問題ありません。ヴェイン、アヤメ、適当に蹴散らせっ。」
「セリアねぇはやらないの?」
「一瞬で終わるからな、私が出ると。」
「それもそうだな。行くぞ、嬢ちゃんっ。」
「了解っ。」
「テトラ、イロハは二人の護衛を頼むっ。」
『りょうかいっ』
『分かったよ。』
テトラとイロハは返事をすると、それぞれルーファウスとガルムの左右に移動する。
「セリア殿・・・大丈夫なのか・・・」
テトラとイロハを見て心配そうな声を上げるガルム。
「二匹とも私の従魔なので二人を襲う事はありませんよ。それにそこら辺にいる冒険者より全然腕が立つので心配ありません。」
「ラクス、念のため二人に結界を張ってくれっ。」
プイっと顔を背けるとラクスは小さな口を大きく開けあくびをするとそのままセリアの頭の上で寝る素振りをする。今ラクスは不機嫌の真っ只中で、その原因を作ったのは他でもないセリア。今朝、目を覚ましたラクスの目の前に得体の知れない物が置かれていた。それを見たラクスは驚き飛び跳ねると辺りを駆けずり回り、セリアの頭の上へと避難する。ラクスの目の前に置かれていた得体の知れない物はタコ。既に締めているため動きはしないが、その異様な姿に驚いたのである。そしてそのタコをセリアが難無く手に取っている様子からラクスは悟った。犯人がセリアであるとこに。セリアのちょっとしたいたずら心であったが、そこからラクスがずっと不機嫌なのである。
「朝からずっと謝ってるじゃないか、いい加減に機嫌を直してくれないか。」
セリアの言葉にラクスは台パンするように頭の上で前足を叩き付ける。爪を出していないので痛くはないが、ちょっとした衝撃がセリアの頭を襲う。
「今度、美味しい物を沢山作るから許してくれないか。」
ラクスの背中を撫でながら説得を続けるセリア。まだご機嫌斜めではあるが、やっと許す気になったのかラクスが一鳴きする。するとルーファウスとガルムの周囲を光が包む。この光は一定量のダメージを無効化する効果がある。
「ありがとう、ラクスっ。」
背中を撫でながらラクスに言葉をかけると、ラクスは再びあくびをすると本格的に寝に入った。セリア達がそんなこんなしていると、通路を覆う程にいた魔物の群れはその姿を消しつつあった。ごく稀に討ち漏らした魔物がセリアに接近する事があったが、数メートル前でその命が潰える。
先行するアヤメとヴェインの後をセリア達はゆっくりと追いかけて行く。床に落ちている魔石を回収しながら。
「で、殿下、我々だけでは全滅でしたな。」
「そうだな・・・」
ガルムの言葉にルーファウスは顔を引き攣らせながら答える。床に落ちている大量の魔石からこの迷宮の恐ろしさをやっと実感し、自分の愚かさを再認識したルーファウス。
ーーーこの魔石を全て回収していくのは、流石にしんどいな・・・。
『セリア、また扉だ。』
床に転がる無数の魔石をどのように回収しようかとセリアが考えあぐねていると、ヴェインから連絡が入る。
「分かった。魔石を回収しながら向かうのでそこで待機しててくれっ」
『了解だっ。』
『《オモイカネ》、魔石を効率的に回収する方法はないか。』
『魔石の回収を実行に移します。』
返ってきた答えはセリアの予想の斜め上を行っていた。解決方法を聞くつもりが魔石を集め始めたのだ。
セリア達の眼の前では無数に落ちている魔石が次から次と消えていく。その光景にルーファウスとガルムの顔が引き攣っていたのは言うまでもない。
『到達可能な範囲で全ての魔石を回収しました。』
ただ待機しているのも退屈だと思ったヴェインとアヤメの二人は魔石の回収をしていた。そんな二人を驚きの光景が襲う。何せ目の前に落ちている魔石が次から次へと消えていくのだから。
『セ、セリアッ、ま、魔石が・・・』
ヴェインから驚きが手に取る様に分かる念話が届く。声の調子から言わんとしている事を理解したセリアは短くヴェインに答える。
『すまない。魔石回収はこちらで何とかした・・・』
『そ、そうか、ならいいんだ・・・。』
ヴェインの返答には、また何かやったんだな、と言う雰囲気が醸し出されていたが、敢えてセリアは何も言わなかった。そして二人の念話は微妙な雰囲気のまま終える。
到着したセリアはルーファウスへと視線を送る。その視線に頷いたルーファウスは前に出ると先と同様に扉に触れる。扉に描かれている模様と文字が輝きに満たされると左右へと開き始める。扉の先は閉ざされた空間を不可思議なエーテルが満たしているだけで、魔物の反応は一切なかった。
セリア達が中に足を踏み入れると暗闇で覆われていた部屋に何処からともなく明かりが灯り、セリア達の背後の扉が閉まり始める。扉が完全に閉まると四方に不自然に積まれている岩が突如して浮かび上がり、中央へと集まり始める。
集まった岩が弾け飛ぶと、そこには目を赤く輝かせた一体のゴーレムが姿を現す。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




