第四十七羽. 黒影の終わり
「さて、準備は整ったなっ。」
ヴェインの言葉に黙って頷くアルジェント、アヤメ、そしてメルディナの3人。
「それにしても、なんだかワクワクするのじゃっ!」
「メルも?僕もさっきからドキドキがおさまらなくてっ。」
「二人共静かにしてくれっ。奴らに勘付かれるだろ。どうせ話すなら念話でやってくれっ。」
二人共声を抑えての会話であるが、場所が場所だけに声が響き渡る。周りに人が全くいないこの状況がより声を大きく感じさせる。
仮に勘付かれたとしてもこの面子ならさほど問題にはならないだろう、と内心ヴェインも思ってはいるが、可能限りリスクを減らしたい、とも思っている。
『ヴェイン・・・ごめん。さっきから静かだけど、アルねえも緊張してるの?』
『いえ、そんな事はありませんよ。昔はよく潜入とかしてましたから。』
『えっ、そうなのかっ。今度その話を聞かせて欲しいのじゃ。』
『僕もその話、聞きたいっ。』
『お前ら、遊びに来たんじゃないんだぞっ。』
4人が今居るのはミストラルの地下に広がる地下水道。そして眼の前には盗賊のアジトに繋がる道がある。身を潜め突入のタイミングを今か今かと待っているところである。
もともとこの作戦はセリア達がエドで盗賊達を捕縛した事に端を発している。捕縛した盗賊達が手引きで逃走する事を見越したセリアは彼ら彼女らにテトラの分体を仕込んでいた。
セリアの目論見通りに逃走した盗賊達は一路南へと足を向けた。それを確認した後、アルジェント達はギルドの馬車でゆっくりと現地へと向かう事となった。
そしてミストラルに到着したアルジェント達は現地の冒険者ギルドと合同で事にあたる流れとなっている。突入にはアルジェント達4人があたり、ミストラルの冒険者には複数ある出口を塞ぐ手筈になっている。さらに突入時には、ヴェインの合図でテトラの分体が制圧行動に移る手筈になっている。
この作戦、分体といえどテトラが既に潜入してる時点で突入組の仕事はほぼ無いに等しい。テトラの分体を潜ませている事は話しているが、その強さについては伏せているため、突入組が必要なのは仕方のない事である。
アヤメがあまり乗り気で無かったのは、明らか過剰戦力でる自分達が本当に必要なのか、といった疑問からであった。それでもアヤメがここにいるのは、「世の中には万が一という事態がいくらでも起こりうる」、というセリアの説得?の賜物であった。それでも実際の現場では潜入という行為にアヤメは目を輝かせているわけだが・・・。
ヴェインがテトラの分体に指示を出そうとしたまさにその時、万が一という事態が起こり始める。
「ぎゃぁっ!」
盗賊のアジトから複数の叫び声が地下水道に木霊する。
『テトラッ、何があった?』
『まものがとつぜんあらわれてあばれてる。』
『俺達もすぐに突入する。倒せそうなら魔物の排除をしてくれっ!』
『りょぉか~い!』
テトラへの指示と同時にヴェイン達も即座に動き出す。そして盗賊達のアジトへと突入したヴェイン達は数人の盗賊が血を流し倒れている光景を目にした。だがそこに魔物の姿は一切なかった。
「テトラ、現れた魔物はどうした?」
『たおしたらきえちゃった。』
「消えた・・・」
「ぎゃぁっ!」
再び叫び声が響くと奥から男女二人が飛び出してきた。ヴェインだけでなく全員がその顔に見覚えがあった。そう、エド近郊にあった盗賊のアジトで捕まえた首領の影武者であるヘッケルとその部下であるヒルダ。
二人はヴェイン達に気が付くと足が止まり躊躇するも後ろから迫りくる脅威に止まった足を再び走らせ、ヴェイン達の背後へと身を潜ませる。
「何があったっ?」
「ボスが・・・ボスが、突然苦しみだしたと思ったら化け物に・・・」
『テトラよ、お主が倒した魔物はどこから現れたのじゃっ?』
『うんとね、とうぞくがまものになったのっ』
「そんな事が・・・起こり得るのか?」
「少なくとも・・・僕とアルねえは見た事あるよ。」
「妾も心当たりがあるのじゃっ」
何か大きな物が落ちるよう音が二人が姿を見せた方から聞こえ始める。先の騒動で床に零れ落ちたワインの表面には音がするたびに波紋が形作られる。その音は一定の間隔を刻み徐々に大きくなる。
そして人の丈の優に2倍はあろうかという化け物がその姿を見せる。その姿にアルジェントとアヤメはどことなく見覚えがあった。アヤメの兄であるコクヨウがその身を魔物に転じた時の姿に。
アヤメはテトラの”とうぞくがまものになった”という言葉を聞いてから地下水道およびその周辺を探していた。とある人物を。
ーーー見つけたっ!
アヤメが新しく獲得したスキルである千里眼は障害物があろうと遠方を見通す事が可能。そしてアヤメは標的を捕らえた。上空十数メートル、黒い衣をその身に纏う者を。そして黒衣の者の顔の辺りに浮かぶ模様をアヤメははっきりと捕らえた。
ーーーあいつだっ・・・
「みんな申し訳ないけど、ちょっと用事が出来た。ここを任せていいかな。」
「構いませんよ。ここでの戦闘はもうありませんから。」
その声は嘗て盗賊団の首領であった化け物の後ろから聞こえてきた。そしてその手に握られている剣を再び鞘へと納めるアルジェント。
「ただし何かあれば必ず連絡してください。いいですね、アヤメさん。」
カチンッ。
刀身が全て鞘に納まると十字に切り裂かれた魔物の姿が塵が如く消え去る。
「ありがとう。アルねえっ!」
「では、妾が望む場所まで送り届けるのじゃ。」
「ありがとう、メルっ!」
「なに、気にするでない。念の為に聞くが、相手が手強いのは理解しておるのか?」
「うんっ!」
メルディナは発しようとした言葉を飲み込む。アヤメの眼差しはそれだけものをメルディナに感じさせた。
ーーーこれ以上の言葉は不要か・・・
「分かった。では、行くのじゃっ!」
メルディナの転移魔法によりアヤメの姿が一瞬にこの場より消える。
「なぁ、アルジェント、一人で行かせて本当に良かったのかっ」
「心配が無いわけではありませんが、今のアヤメさんならそれ程問題ないでしょう。ヴェインさんもそう思ったから何も言わなかったのでしょっ。」
「まぁ、それは・・・そうなんだがな・・・」
「何かあれば、妾が即座に駆けつけるのじゃっ。」
「それでは私達は後処理を始めましょう。」
アルジェントの言葉にヴェインは出口を塞いでいる冒険者達に制圧完了の報せを届けに部屋を後にする。そしてメルディナはまだ命が有る者の治療を開始する。アルジェントはヘッケルとヒルダを伴い盗賊のアジトを一通り確認し始める。
暫くしてヴェインから報告を受けた冒険者の一団がアジトへと雪崩れ込み盗賊が次から次へと捕縛され連行されていった。また誘拐された人達の救出、関係していた貴族達の名簿と大きな収穫が得られた。
そして一連の盗賊騒ぎに一旦の幕が下りた。
◇◇◇◇◇◇
地上は月を分厚い雲が多い暗闇が支配していた。時より雲の切れ間から光が差す事はあるが、普通の人であれば出歩くのを躊躇う程であった。
ミストラルから少し離れた真っ暗な平原にアヤメの姿はあった。アヤメの顔は上空へと向かい、その視線は明かに何かを捉えていた。そして静かに弓を構えたアヤメは引き絞った矢を解き放つ。解き放たれた矢は暗闇が支配する虚空を一直線に標的に向かって突き進む。
矢が命中するかしないかと言ったタイミングで矢もろとも標的の姿が消え去る。
「中々の腕だな。この暗闇の中で俺を狙うとは。いったい何者だっ。」
その声はアヤメの正面からであった。そして矢を捨てる音をアヤメの耳が捉える。
「僕の事・・・忘れちゃったんだ。僕は覚えてるよ、ムリエル。確か巨蟹宮の・・・」
静かな口調で問いただすムリエルに対してアヤメは砕けた口調で返す。
「貴様、それをどこ、で・・・」
その時、雲の隙間から月明かりが差し込みアヤメの顔を僅かに照らし出す。
「・・・あの時のっ!」
「やっと思い出したぁっ。」
「何故ここにいるっ!」
「何故って・・・盗賊退治?」
「そうじゃない。いや、質問を変えよう。あそこからどうやって抜けだしたっ!」
「あぁ、そういうことかぁ。それは・・・教えるわけないじゃん。知りたいなら・・・口を割らせてみたらっ。」
言い終えるとアヤメは再び弓矢を構え、ムリエルに狙いを定める。
「それが望みなら、そうさせてもうおぅ。後悔するなよっ!」
ムリエルから膨大なエーテルが湧き上がると無数の光の弾が浮かび上がり、弓矢を構えるアヤメにむかって襲いかかる。
「そんな程度の攻撃で僕をどうにか出来ると思ってるなら・・・」
自身へと迫りくる光弾に向かってアヤメは冷静に番えた矢を解き放つ。放たれた矢は幾重にも分かれ、光弾を一つ残らず撃ち落としていった。
「じゃぁ、次は僕の番だねっ」
アヤメは静かに新たな矢を番える。それと同時にアヤメからエーテルが湧き出す。そのエーテルは矢を覆うように集まりだす。そして矢の周囲には炎が荒々しく広がり、やがて炎が矢先へと収束していく。
「炎翼一穿っ!」
アヤメから放たれた矢はムリエルへと向かって一直線に駆け抜けていく。
「その程度っ!」
避けるに値しないと考えたムリエルは防御結界を展開。だがムリエルの想像を超える現象が彼に眼の前で起こる。矢先に収束した炎が凄まじい熱量と共に解放され灼熱の翼を羽ばたかせる。ムリエルの防御結界を容易く貫通した炎翼はムリエルもととも周囲を赤く染め上げる。
「まともに食らっていたら、流石の俺でも黒焦げだっ。」
直撃する直前に脱出したムリエルの姿がアヤメの後ろにあった。その姿は身に纏うローブに多少の焦げ跡があるもののノーダメージなのは明かであった。
「口を割らせる項目が増えたなっ。あまり長引かせるつもりは無い。これで終わらせるっ!」
「僕が後衛だと思って接近戦を選択したのならお生憎様っ!」
「くはっ!」
アヤメの拳がムリエルの胴に突き刺さる。そして間髪入れずに回し蹴りをムリエルの頭部目掛けて放つ。アヤメの攻撃をまともに食らったムリエルはそのまま数メートル吹き飛ばされる。
「残念だけど・・・僕、近接もいけるんだっ。なんせセリアねえも含めて師匠達が容赦なくて。」
起き上がるムリエルに容赦なく躍りかかるアヤメ。
「兄さまの仇、取らせてもらうよっ。」
「図に乗るなっ。」
力任せに振るわれたムリエルの拳を避けると一旦距離を取るアヤメ。
「やれやれ、油断していたとは言えここまでやるとは想定外だな。それを認めた上で俺も少々本気をだすとするかっ」
先程とは比較にならない数の光弾がムリエルの周囲に浮かび上がる。そして光弾が解き放たれるのと当時に自身もアヤメへと接近する。
「先程のお返しだっ」
光弾を避けたアヤメを待ち受けていたかのようにムリエルの攻撃が襲う。頭部目掛けて放たれたムリエルの蹴りを寸前でガードしたアヤメ。そんなアヤメに対して次は光弾が矢の様に降り注ぐ。そしてそれを潜り抜ければムリエルの攻撃。アヤメはムリエルと光弾の二重奏に弄ばれていた。
「今度こそ本当に終わりだっ!」
この戦闘が始まって以来感じた事の無い濃密のエーテルを身に纏ったムリエルの拳がアヤメに襲い掛かる。吹き飛ばされたアヤメに残り全ての光弾が襲い掛かり、その姿が土煙の中に消えていく。
「まさかあの一瞬に俺の拳を砕きにくるとはっ。」
アヤメはムリエルの拳が当たる瞬間に自身の肘と膝で挟み込み拳を砕く行動に出ていた。そして見事に成し遂げた。威力は大分落ちたとはいえ、その代償にまともに攻撃を受けていた。
「だが、多少強くなったくらいで粋がるなよ、小娘っ。」
勝利を確信したムリエルの耳がアヤメの声を捉える。
「僕も本気でいくよ。残念ながら少々本気なんて甘っちょろい事を言うつもりはないよ。」
その声は確かに土煙の中から発せられた物であり、今までの口調とは異なり殺意が紛れていた。
「まさか・・・あの攻撃を耐えた・・・だと・・・」
狼狽し後ずさるムリエルに前にアヤメの姿が露になる。ムリエルの眼にはゆらゆらと揺れ動く炎の様な影がアヤメの背後にいるのを捉えていた。そしてそれと目が合うと言い知れぬ悪寒がムリエルの全身を駆け巡る。目などない事は見るからに明かであるがムリエルはそんな感覚に襲われていた。
背後の影が大きく膨らむとアヤメの中へと消えていく。それと同時にアヤメからエーテルが溢れ出る。陥った事の無い感覚にムリエルの思考が停止する。停止した思考が通常に戻る一瞬、その一瞬がムリエルの敗北を決定づけた。
通常の思考に戻ったムリエルが目にしたのは本来在るべき場所に無く、地に転がる自身の右腕だった。そして視線をアヤメに戻した時には握られた拳が自身へと迫っていた。その攻撃を辛うじて左手で受け止めるムリエル。
「まさか・・・この俺がこうもいいようにやられるとは。こうなっては仕方がない・・・あまり使いたくは無かったが・・・」
ムリエルの左手に力が籠り、エーテルが全身から漲り始める。そして顔の位置には紋章が浮かび上がる。
「己が名をムリエル、巨蟹宮の座を預かりし者。原罪と咎とが絡み合い、怨嗟が紡ぎし漆黒の衣、我が意を以て・・・」
「ムリエル、それは許可出来ません。」
ムリエルの後ろからムリエルと同様の黒衣を身に纏った者が姿を現す。その手には切り落とされたムリエルの右手を携えていた。
ーーーいつのまにっ!
アヤメは突然の出現よりもその手にムリエルの右手がある事に驚きを抱いていた。何せそれは今の今まで自身の足元付近にあったのだから。
ムリエルの注意がそれた瞬間に手を振りほどき距離をとる。
「何故、お前がここにいる。もしや俺を監視していたのかっ!」
距離を取るアヤメに視線を移すもムリエルの意識は突然の乱入者に向かっていた。
「少々君の事が心配になってね。」
「ならば、黙って見ていろっ!」
「それは出来ない相談です。そもそも追い込まれたからこそその選択をしたのでは。ここは大人しく引くべきだと思います。」
「俺がこの小娘から尻尾を巻いて逃げろとでもっ!」
「それは君が一番理解しているはずです。さて、お嬢さん、一つ提案があるのですが・・・見逃してくれませんか?」
「僕に何のメリットが?」
「そうですね・・・お嬢さんの命。それとこの辺り一帯が消滅しない、でどうですか?」
「僕がそんなこけおどしに乗るとでも?」
「その判断はそちらにお任せしますが、やるのらこちらもそれ相応の対処はさせてもらいます。」
「アヤメさん、今はその条件を飲みましょう。」
その声はアヤメの後方からであった。姿を現したのはアルジェント。そしていつの間にかムリエルと乱入者を囲むようにヴェインとメルディナも姿を見せる。
「アルねぇっ!」
「アヤメさんの気持ちも分かりますが、辺り一帯に影響が出ないと言い切れない以上・・・譲歩せざるを得ません。」
「くっっ!」
唇を嚙み締めるアヤメの頭を優しくてなでるアルジェント。
「ムリエル、あなたもこれで良いですね。」
「あぁ、わかった。頭に血が上りすげていたようだ。お前の指示に従おう。」
「そう言ってくれて助かります。では我々これで引き上げます。」
そう言って乱入者は恭しく頭を下げる。
「そうです、皆さんとはこれからも長い付き合いになると思います。なので私も名乗っておきましょう。マルキダエル、それが私の名です。そして白羊宮の座を預かる者。では皆さん、次はまた違う舞台でお会いしましょう。」
そう言い残すと黒い靄が二人を包み込み、靄に溶ける様に二人の姿が消えて無くなる。
「アルねぇっ、ほんとに良かったのっ?」
「そうですね。この4人であれば勝てたでしょうが、相手の手の内が分からない以上、ああするしか無かったとおもいます。」
「そっかぁ。」
「機会はまた訪れますよ、アヤメさんっ」
「じゃ、次の機会まで取っておくよっ」
「それじゃ、帰るかっ。」
ヴェインの言葉に頷くと一同はミストラルに向かって歩き始める。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




