第四十六羽. 初の移住者
セリアがヤトノカミとの戦闘に突入していたその頃。
アルジェント、アヤメ、ヴェイン、メルディナの4人は盗賊の残党退治の為に南にある開運都市ミストラルに向かう馬車に揺られていた。
セリアとは打って変わり、4人は日がな一日を過ごしていた。
冒険者ギルドが手配した馬車はかなり豪華な事もあり、エドへの馬車旅に比べれば快適な事は間違いなかった。その証拠に馬車は殆ど揺れる事無く、読書にふけっているアルジェントは快適な馬車旅に満足していた。そして珍しくヴェイン、メルディナも読書に勤しんでいた。
ただアヤメは何も起こらないこの旅に少々うんざりしていた。他の3人同様に当初は読書をしていたが、早々に脱落していた。
そう、アヤメだけが暇を持て余しているのだ。
それでもミストラルが目と鼻の先に迫っており、この旅もあと数刻もすれば終わりを告げるわけだが・・・
「セリアねえ、今頃何してるのかな。」
近づくミストラルの街並みを眺めながら、アヤメからふと零れる。
「セリアなら何の心配も要らんだろ。」
零れたアヤメルの言葉に開いてる本から視線を放さずに反応するヴェイン。
「そこは、何も心配してないよ、僕は。」
「アヤメさんは何を気になさっているのですか?」
アヤメの言葉が気になったのかアルジェントは本を閉じると質問を投げかけた。
「気になってると言うか・・・セリアねえってトラブルを呼び込む体質じゃない。だからまた何かに巻き込まれでもしてないかな、と思ってさ。」
「それは否定出来ないな。まぁ、何かあったとしても自分で何とかするだろう、セリアなら。」
「そうだねっ!」
「そうですね。セリア様なら何があっても。」
そう言って空を見上げるアルジェント。
「おぬしらセリアの心配をしている場合か。まずは盗賊退治を早々に終わらせるのじゃ」
今の今まで静かに読書に浸っていたメルディナが本を勢い良く閉じると、いつにない剣幕でアヤメ達を見つめる。
「メル、いつになく真剣だが・・・何か気になる事でもあるのか?」
メルディナの剣幕に押されたヴェインが聞き返すも、横からアヤメが口を挟む。
「その盗賊退治もお膳立て出来てるから、問題無い気がするけどなぁ。」
「そうやって気楽に考え過ぎていると、足元をすくわれるのじゃ。それに・・・何となく厭な気配が・・・」
「なに、心配いらんさ。ここにいる面子なら何が来ても問題ないだろう。」
あの迷宮を潜り抜けた事を考えれば、今ここにいる4人で対処出来ない事象などそう有りはしないだろう。
メルディナは自分の思い過ごしだと思い、一旦不安を仕舞い込む。
◇◇◇◇◇◇
ブリュンヒルデとの念話を終えたセリアが振り返ると、数人のエルダードワーフがこちらに向けて歩いてくるのが目に入った。先頭を歩くエルダードワーフには見覚えは無いが、その後ろにいるは先程ヤトノカミに襲われていたのを助けたエルダードワーフで間違いなかった。
『《オモイカネ》、先頭のエルダードワーフが戦闘中に何処にいたか分かるか?』
『何か気になる事でも?』
『私の探知に引っかかっていなかった。』
『戦闘後、この地点で突如反応を示しました。それ以前はこちらの探知にも引っかかっていません。』
そう言って《オモイカネ》が示した場所は集落の入り口の正反対の少し離れた場所であった。その地点を念入りに探知にすると、探知不可能な領域が存在した。体積にして100人程が収容可能な領域が。
ーーー避難用の施設・・・か。こう言った事態を想定していたのか・・・。
セリアが考えにふけっているとエルダードワーフ達が声の届く距離にまで迫って来ていた。
「村の危機を救って頂き、誠にありがとうございます。私はこの村の長を務めるガフキンと申します。」
そう言って丁寧に頭を下げるガフキンにセリアも丁寧な口調で返す。
「ご丁寧にありがとうございます。私はCランク冒険者のセリアと申します。ギルドから依頼でこの樹海を訪れていたところです。」
「ギルドの依頼と申しますと?」
「この樹海で生じている異変の調査です。それとその調査に向かった冒険者が数名消息を絶ったため、それの捜索です。」
「多分、セリア殿が仰っている樹海の異変については、ヤトノカミが原因で相違ないかと・・・。」
ーーーヤトノカミを知っている?この集落と何か関係があるのか・・・。
「ところで、ガフキンさん。生き残りの住人には入り口近くに避難してもらっています。この集落の規模から考えると亡くなった方を含めても少なすぎる気がするのですが・・・」
「それでしたら、別の場所に避難しています。いつ造られたは分からんのですが、村の地下に避難場所がありますので。それで生き残っている住人に重傷者は?」
「それは大丈夫です。発見時に息があった人達は全て快方しています。それでも助けられたのは50人程ですが・・・」
「気に病まないで下さい。あなた方が来なければ失われる命はもっと多かったのは間違いない・・・それでは、我々は生存者の見舞いへ。」
そう言って深々と頭を下げたガフキンは入り口の方に向かっていった。
「助けられた。感謝するよ。それにしても本当に俺達と同じCランクなのか。」
そして入れ違いに紅の剣のリーダーらしき男が声を掛けて来た。
「気にするな、仕事だ。」
「改めて、紅の剣のリーダーをしている。バッシュだ。それでこのエルフがエルランド。ドワーフがガンツ。それで俺と同じ人種のなのがソアラだ。」
紹介された3人はただセリアに対して軽く会釈をするだけで口を開く者はいなかった。明らかに警戒している様子が見て取れた。
バッシュが双剣士、ガンツは戦士、エルランドが魔術師、ソアラが神官。それがセリアの鑑定で得られた彼らの情報である。今まで出合った冒険者の中では一番優秀だな、というのが彼らを鑑定したセリアの率直な感想だった。
「ところで、他のパーティーはいないのか?黒牙、蒼天も捜索対象なんだが。」
「・・・黒牙、蒼天の奴らは全滅だ・・・」
悔しさに顔を滲ませるるバッシュ。
「一瞬だった。やつの口が光り出したと思ったら・・・気が付いた時は殺られてた。住民の半数もその時に・・・」
「そうですか・・・」
「こんな時でなきゃ親睦を深めるんだが、俺達は急いでギルドへと戻る。この事を早急に報告する必要があるからな。」
「分かりました。では今度ゆっくりと。」
「あぁ、それじゃ。」
走り去る紅の剣の後ろ姿をしばらく眺めていたセリアはブリュンヒルデ達がいる集落の入り口に向けて歩き始めた。
セリアが辿り着いたときガフキンが何度もブリュンヒルデに頭を下げていた。
「ブリュンヒルデ、何かあったか?」
「いえ、何もございません。ただガフキン殿が・・・」
助かった命が自分が想像していた以上に多く、その事に泣き崩れたガフキンがブリュンヒルデに何度もお礼を述べていた。セリアが見たのはそんな光景であった。
村の惨状に未来を憂う者、親族が無事な事に喜び抱き合う者、愛する人の死に地に伏し嘆く者。地下に避難してた住民が地上へと戻り、今セリア前には自分達の眼の前に叩きつけられた現実にただただ剝き出しの感情を露わにするしかない人達の姿があった。
「セリア殿、少しよろしいかな。」
住人の様子を少し離れた所から見ていたセリアにガフキンが声をかける。
「大丈夫ですよ。何かありましたか?」
「ちょっと話を聞いてもらいたくての」
「話・・・ですか。」
「この村の・・・。」
そう言って話し始めたの内容はこの村の存在理由とも云うべき内容であった。
この集落の成り立ち自体はかなり古く、正直何千年前かもっと前なのか分からないらしい。ただヤトノカミの封印を守り続けるという使命だけが代々受け継がれていたらしい。
そしてこの村に張られて結界も維持する為の方法が受け継がれているだけで、再び張る方法については分からないそうだ。
「それで、ガフキンさん。これからどうするおつもりですか?」
「そうですな・・・この地を捨て他の場所で、と思っています。」
「移住という事ですか?」
「セリア殿もお分かりでしょうが、この樹海は高ランク魔物の巣窟です。そんな中我々が生きてこられたのも結界のおかげ・・・。それが無くなってしまえばこの土地で生活するのは非常に難しい。それに今回の事で戦士にも多数の死者がでた。仮に結界が何とか修復出来たとしても、今までの様に狩りや防衛はできないでしょう。そうするしか・・・我らには・・・。」
途切れた言葉にセリアは思わず隣に立つガフキンに視線を移した。そこには忸怩たる思いに顔を歪めるガフキンの顔があった。
そんなガフキンに自分が出来る事は、関わった者としてその選択を後悔が無いものする事だけ・・・。
そして、ガフキンに対してセリアはある提案をする。
「であれば・・・一つ私から提案なのですが、私の持つ地に移住しませんか?」
「セリア殿の?」
「はい、ひょんなことから広大な土地を手に入れまして。手に余っていたところなので、宜しければいかがですか?」
「ありがたい申し出ですが、村の者と話し合う時間を下さい。この地を去る事も話していませんので。」
「そこは構いません。ゆっくりと話し合ってください。」
「村長、ちょっといいか。」
移住について話していたセリアとガフキンの前に一人の男が声を掛けて来た。そしてその後ろには住民が控えていた。
「何かな?」
「大事な用なら私は席を外しますが・・・。」
「村の恩人の方にも聞いて頂きたい。」
「分かりました。」
「みんなで話し合ったんだが、この村を出て外に安住の地を求めようと思ってる。この地を捨てるのには確かに抵抗がある。それ以上にここでの生活は危険すぎる。今の俺達じゃ・・・。」
「そうか・・・、それでここを捨ててどうやって生活をするつもりだ。」
「武器や防具なんかの鍛冶仕事、あとは酒作りで何とかするつもりだっ。」
「横から口を挟んで申し訳ないが、いいだろうか。」
「セリア殿の意見も伺いたいと思っていたところ、忌憚なき意見をお願いしたい。」
ガフキンの言葉にセリアは口を開く。
「中長期的に見ればそれでいいかもしれません。近々の課題として150人近い人達をどうやって食べさせるつもりですか?」
「それは・・・。」
「ここを出るという選択は結界が壊れた事による結果なのでしょう。150人もの人が移動すれば目立ちます。その上、エルダードワーフという希少種。もしそれが露見した場合、奴隷商に売るための誘拐が多発するのも火を見るよりも明らかです。」
男が回答に困っている中、セリアは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「じゃあ、どうしろって言うんだっ。ここで魔物に食われろ、とでも言うつもりかっ!」
「そんな事を言うつもりは毛頭ありません。」
「今まで、ガフキンさんとはその事で話をしていました。ガフキンさんっ。」
セリアに促されてガフキンは一歩前に出るとセリアと話していた内容を話しはじめる。
「セリア殿から提案を受けている。その内容はセリア殿が所有する地に移住しないか、というものだ。みなと話をしたいと一旦保留にしてもらっている。ここで決を取りたいっ」
ガフキンは一旦言葉を区切ると息を吐き、静かに住民を見渡す。そして意を決して言葉を紡ぐ。
「セリア殿の地へと移住に賛成の者は今ここで挙手をっ!」
セリアはガフキンの行動に驚いていた。何せ移住先がどんな場所なのかの説明していない。それに実際に見てもらうつもりでいた。そんな状態でいきなり住民に決を促す事に。
そして、それ以上に驚いたのが、住民の行動であった。躊躇無く全員が手を上げているのだ。
「セリア殿、決の結果が出ました。我ら一同、セリア殿の地に赴く事にします。最後に一つ質問をいいですかな?」
「なんでしょう。」
「何故、そこまで我らに?」
「先程も言いましたが、単純に住民を探しているのもあります。それにエルダードワーフは高い技術力を持っている。そこに目を付けたのあります。」
「武器や防具と言った物をご所望という事ですかな?」
「冒険記をしている身ですから、もちろん武器や防具の創作を行って頂きたいとは思っています。ですがそれよりも生活の質を上げたいと私は考えています。その為にはみなさんの技術力が必要だと。」
「分かりました。これからもよろしくお願いします。」
そう言ってガフキンは深々とセリアに向かって頭を下げた。そしてそれに習い住民も頭を下げる。
「これから宴じゃっ!」
頭を上げたガフキンは今までに無い大きなを張り上げる。
「おぉぉぉっ!」
ガフキンの言葉に呼応するように住民が叫ぶと住民は散り散りなると急ピッチで宴の準備をし始める。
「宴なんてしている場合では・・・。」
セリアは宴を止めようとするが。
「セリア殿、何を仰る。こんな時だからこそ宴をやるのだ。死んだ者を慈しみ、これからを歩む為に。そして新たな門出を祝はなければ。」
ーーー逞しいな・・・。
ガフキンの言葉と先程まで悲しみに暮れて者達が未来を見だした光景に、セリアはそのんな感想を抱いていた。
翌朝、エルダードワーフ達は何事も無かったかの様に後片付けをしていた。セリアは体質で二日酔いになる事はあまりないが、浴びる様に酒を飲んでいたエルダードワーフ達も二日酔いになってる者が皆無であった。
「セリア殿はなかなかにお強いですな。」
その声の主はガフキンであった。
「みなさんもかなり強いようで・・・」
「あっはは。ドワーフですからな。当然ですな。それで、段取りですが・・・」
「そうですね。持って行く物を選定してください。大きくても小さくても構いません。必要だと思った物は全て持っていきます。」
「かなりの量になると思いますが・・・」
「その辺は問題ありません。それが終わったら順次移動を開始します。」
ガフキンの指示のもと移住の準備が着々と進んで行った。そして第一陣と移住先の確認も兼ねてガフキンがセリアが所有する地、ラピュタに降り立った。
新天地への移動方法が思いもよらなかったのか、ガフキンを始めたとしてみなが開いた口が塞がらないといった表情をしていた。
そして四大精霊を見た時の姿はデジャヴを見ているようであった。揃いも揃って初めて四大精霊を見た時のアルジェントと同じような状態なっていた。ただ違うのはエルダードワーフ達はアルジェントとは違い気が付けば精霊達と打ち解け合っていた。
移住作業は順調に進み全住民の移住は夕方には完了していた。急ぎでは無いものの後々持ち込みたい物については地下にある避難所に保管してある。それらについては折を見てセリアが持ってくる手筈となっている。
そして気が付けば宴が始まり、精霊達とエルダードワーフ達の賑やか笑い声がどこまでもラピュタに響き渡っていた。
◇◇◇◇◇◇
ヤトノカミ襲撃事件から数日後、集落のあった場所に数人の姿があった。
それは紅の剣の4人とギルドの調査員であった。
無事に帰還した紅の剣は現地で起こった事の詳細をギルドへと報告していた。それ自体はギルドに所属する冒険者としては当然の責務であった。問題の地がドワーフの隠里である事にギルドは目を付けたのである。保護という名目でドワーフを確保出来ると算段を立て、ギルドは調査隊を派遣したのだ。
ギルドから4人、当事者であった紅の剣、そしてたまたまその場に居合わせたBランクの冒険者の計9名の調査隊で再びこの地を訪れたわけである。
「本当にここなのか?」
この調査隊を率いているヨハンから確認の声がかかる。
「それは間違い無いです。その証拠に家の残骸があちらこちらにある、で、しょ・・・」
紅の剣のリーダーであるバッシュはこの村に入ってから感じていた違和感の正体に気が付いた。
「バッシュ君、どうかしましたか?」
ヨハンはバッシュの様子が気になり声をかける。
「俺、この村に入った時から違和感を感じていたんです。それが分かったんです。」
「違和感?」
「はい、この村、残されている物がなさすぎるんです。今俺達がいるこの場所が大蛇との戦闘場所なんですが、確かにこの周辺は戦闘の影響で家とかほとんど残ってなかった。それでも入り口付近は多少は被害を受けてたけど、残っていた家はあったんだ・・・。」
「それが・・・今は全く無いと・・・。」
「はい・・・。」
「みなさん、何か痕跡がないか調査をお願いします。」
ヨハンの号令で散り散りになり村の調査を開始した。
しかし、少なすぎる家屋の残骸とあの惨劇で亡くなった者達のお墓があるだけで、人っ子一人発見できなかった。あれからまだ数日しか経っていないにも関わらず痕跡が全くと言っていいほど残っていなかった。
そして調査隊は何の手掛かりも得られ無いまま帰路に就いた。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




