第四十五羽. 厄災の大蛇
駆け付けたセリア達の目に入ったのは、全壊もしくは半壊した家屋の数々とその元凶であろう大蛇、そして大蛇の攻撃を何とか食い止めているこの集落の住民と冒険者らしき一団。だがその姿は致命傷になるような傷は無いものの身体の至る所に負った大小様々な傷により満足に動くことも出来ない満身創痍な状態であった。
一方、大蛇の身体には傷一つ無く、大蛇の優位性は誰の目にも明らかだった。
弱らせた獲物に止めを差すかの様に大蛇がその大きな顎で襲い掛かる。顎から露になる鋭利な牙が満身創痍な彼らを貫こうとする刹那、セリアは大蛇の真横へと瞬時に移動するとその横顔を蹴り飛ばす。その威力は全長20メートルは優にあろうその巨体を十数メートル先へと吹き飛す。吹き飛ばされた大蛇は家屋を粉砕し土煙の中へと消えていく。
「エリアヒール」
着地と同時にセリアは戦闘で傷付いた彼らに回復魔法をかける。傷付いたその身体は初めから傷など負ってい無かったかのように全てを癒した。
助けられた当人達は一連の出来事にただただ呆然としていた。死を賭して戦っていた大蛇が唐突に吹き飛び、自分達の目の前にはいつの間にか兎人族の女の姿が。そして傷だらけであった自身の身体が一瞬にして癒される。理解が追い付かないのも当然と言えば当然だろう。
「後は私達が引き受けます。早く退避してくださいっ!」
セリアは助けたこの集落の住民と思しき者達を視界の端で確認する。彼らのほとんどが長い髭を貯え、そして背が低めではあるががっちりとした逞しい体型をしていた。
ーーードワーフ?
『彼らはエルダードワーフです。』
セリアの疑問に答えるかのように《オモイカネ》からの捕捉が入る。
『エルダードワーフ?』
『エルダードワーフはドワーフの上位種族にあたります。エルダードワーフが有している基本的な特徴はドワーフと殆ど変わりませんが、寿命が遥かに長くハイエルフと同様に太古より存在する希少種のため人目に触れる事は殆どありません。また作成される武器、防具の類はドワーフよりもはるかに高性能と言われています。』
セリアがエルダードワーフについての説明を聞いている間に我に返ったエルダードワーフ達は状況が飲み込めずにいるのは同じであったが、自分達が戦いの邪魔になる事だけははっきりと理解できたのか急ぎ後方へと下がりを距離を置く。そんなエルダードワーフ達とは異なり、残った者達がいた。
「俺達はCランクの冒険者パーティー、紅の剣。ここで引くわけにはいかないっ!」
紅の剣のと名乗ったパーティーは人種2人、エルフ、猫系獣人の計4人。
「構いませんが、死んでも知りませんよ。それと邪魔だけはしないで下さい。」
セリアは紅の剣を一瞥すると、《ツクヨミ》を構えいまだ晴れぬ土煙の向こうへと意識を集中する。
自分達がまったくの足手纏いと言わんばかりのセリアの発言に紅の剣は一様に憤慨した素振りを見せていたが、面と向かって文句を言う者はいなかった。それは自分達がこの戦闘において役に立たない事を重々理解していたからであった。セリアは彼らの顔を見てそれを理解していた。そしてここに残ると決断した理由が彼らのCランク冒険者としてのプライドだという事も。
「あぁ。」
短く返事を返した紅の剣もセリアと同様に戦闘態勢をとる。ここでプライドが故に残った事を紅の剣は後悔する事になる。
土煙にはゆっくりとその巨体を起き上がる様が黒い影として妖しく映し出されていた。だが禍々しく輝く赤い眼だけは土煙越しでもはっきりとセリアの眼に映っていた。そしてその眼に籠った敵意は明かにセリアへと向けられていた。
そして次の瞬間、ただでさえ妖しく輝くその眼が一層妖しく輝く。
それと同時にセリアは何かを弾くような感覚に襲われた。
『邪眼による効果を全て遮断しました。』
『遮断・・・?』
『個体名、ヤトノカミ。彼の魔物のスキル、”邪なる視線”は効果範囲内にいる全ての生物に状態異常を引き起こします。』
セリアはその説明を聞き、即座にランスロットへと視線を移すが見る限り異常をきたした様子は無さそうであった。
『ランスロットを含め、マスターの眷属は同様の効果が働いています。マスターに至ってはそもそもあらゆる状態異常を無効化出来るため遮断する必要は本来ありません。念の為の処置と考えください。』
『ところで、あの大蛇をヤトノカミと言ったが、他に情報は?』
『個体名、ヤトノカミ。厄災と呼ばれる魔物のうちの一体です。物理に対してかなり高い耐性を持っています。その反面、魔法に対する耐性は低いようです。』
『それにしても・・・厄災とは物騒な名だな。』
「うっ、ぐ、ぎゃゃゃゃっ!!!」
突如セリアの後方から声にもならない叫び声を上げ始める。声の発生源は紅の剣。表情は苦痛により歪み邪眼の影響下にある事は一目瞭然であった。猛毒、麻痺、錯乱、それがセリアが紅の剣の全員を鑑定した結果であった。
『《オモイカネ》』
『彼らは対象外です。』
ーーーこれではものの数分で死に至るな・・・
「シャーッ!!」
セリアが思考に落ちたその一瞬に大蛇の威嚇音と共に周囲の家屋を薙ぎ払いながら尻尾がセリア達に迫りくる。状態異常に陥っている紅の剣は当然それに対処する術など持ち合わせていなかった。想像以上の速さに対応が遅れたセリアに代わりランスロットが大剣で一撃を受け止めた。
「・・・セリア様、この者達の回復を早くっ。」
「エリアキュア」
素早く紅の剣に駆け寄ったセリアは状態異常を治す魔法であるキュアの範囲魔法を唱える。状態異常が全ての消え去った事を物語る様に今まで凄まじい形相をしていたその顔が安らかになり、呼吸も安定しだした。
「ランスロット、すまないが彼らの面倒を頼む。後は私がやるっ。」
「承知しました。」
ランスロットはヤトノカミの尻尾を押し返すとそのまま下がる。そして入れ替わるようにセリアが前へ踏み出す。ランスロット達を巻き込まぬようにと距離を取るセリアにヤトノカミが襲い掛かる。
その攻撃は尻尾もそうであったが、侮れない程に早い。正直紅の剣が正常であったとしても防ぐ事は不可能であろう。
飛び上がり躱すセリア。先程までセリアが立っていた場所をヤトノカミが凄まじい威力で通り過ぎて行く。通り過ぎるヤトノカミに《ツクヨミ》を突き立てるが、甲高い金属音と共にセリアの手に痺れが残るだけで、ヤトノカミの鱗には傷一つない事はセリアが一番理解していた。
ーーーちっ、なんて硬さだ・・・。
《オモイカネ》の報告とランスロットの攻撃で傷一つ無い事である程度の予想はしていたが、自分の攻撃でさえ鱗に少し傷が付くだけとは思っていなかった。
そのまま通り過ぎると思っていたその時、突如として地を揺るがすような振動が辺りを襲う。ヤトノカミは自身の尻尾を地面へと叩きつけた。そしてその反動で尻尾が跳ね上げる。
向かう先はいまだ宙にその身を預けているセリア。
想定外の攻撃に虚を衝かれたセリアは辛うじて防いだものの上空へと跳ね上げられていた。態勢を整え眼下に目を移したセリアの眼には大きな顎を開けたヤトノカミの姿があった。そして顎が僅かにではあるが光を帯び始めていた。その光が次第に大きくなり、その姿は発射体制が整った砲台のようであった。
「やらせるかっ!」
セリアが《ツクヨミ》を振り抜くと同時にヤトノカミの顎からもブレスが放たれる。お互いから放たれたエネルギーの塊は中間地点でぶつかり合い、エネルギーの解放による余波は辺り一帯に影響を及ぼす。
集落を覆っていた不可視の結界、念の為と張ったセリアの結界も瞬時に吹き飛んでいた。それでも衝突地点が上空であった事が幸いしたのか人的被害は皆無であった。
『マスターッ!』
地上の様子に気を取られていたセリアに《オモイカネ》の警告が響く。ヤトノカミが居た地点へと視線を戻すが、あるはずのヤトノカミの姿がいつの間にか消え失せていた。そしてセリアを大きな影が覆う。その原因となる方へと巡らせたセリアの視界をヤトノカミの巨体が埋め尽くす。
20メートルは超えるだろうヤトノカミの巨体が空中へと飛び上がっているのだ。
ーーー冗談だろっ!
セリアが何の代り映えのしない感想を抱いていると、ヤトノカミの尻尾がセリア目掛けて振り下ろされる。
「そう何度も叩かれてたまるかっ!」
身を翻し直前で躱したセリアは大蛇を上空へと蹴り上げる。その勢いのまま地上へと着地したセリアは即座にヤトノカミに向かって魔法を放つ。
「爆ぜろっ。エクスプロージョン!」
無慈悲なまでの暴力がヤトノカミに襲い掛かる。
「嘘だろ・・・詠唱なしであれだけの魔法を。一体に何者なんだ・・・」
丁度目を覚ました紅の剣から零れる落ちる言葉。想像を越える戦いが目のまで繰り広げられるている事にも驚きであった。その上、上位魔法を無詠唱で行使している兎人族の女。驚きに染まるには十分な材料だろう。
爆発が収束すると重力に逆らう事無くその身を大地へと打ち付けるヤトノカミ。そこには鱗が剥がれ落ち身が焼き爛れた姿があった。外見からは満身創痍に見えるヤトノカミの中には未だに膨大なエーテルが存在している事をセリアは感じ取っていた。
ゆっくり起き上がるヤトノカミの身体を黒い靄が覆い始める。そして黒い靄は傷付いたヤトノカミの身体を徐々に癒し始める。
ーーーあまり長引かせるのも得策ではないな・・・
セリアは目を閉じると、息を短く吐く。そしてゆっくりと目を開ける。
「顕現せよっ。焔の幻獣・・・イフリートッ!」
セリアの声が響き渡ると上空に灼熱の焔が浮かび上がり、次第のその大きさ増す。そして炎が消え去るとそこから身に焔を纏う獣が姿を現しセリアの後ろへと降り立つ。
「セリアよ、我の敵はあれか?」
「あぁ、そうだ。とは言っても今回は少し力を貸して欲しいだけだ。」
「わかった。力が振るえるならそれでも構わん。」
「それじゃ、頼む。」
イフリートの身体が焔に包まれ、拳ほど大きさの焔の塊になるとセリアの中へと消えていく。同時に莫大なエーテルがセリアと《ツクヨミ》から溢れ出す。そして《ツクヨミ》は赤く染まり、焔を纏い始める。
セリアの準備が整った頃、ヤトノカミも負った傷が完全に癒えたようで獰猛な眼差しをセリアへと向けていた。
先に動いたのはヤトノカミであった。一瞬にしてセリアの間合いへと詰め寄り、セリアを嚙み砕かんとその鋭利な刃を向ける。その動きは先程までとは比べ物にならない程速さであったが、セリアの動きはさらにその上を行っていた。
捕らえたと思ったセリアの姿をヤトノカミは見失っていた。セリアの姿を探すヤトノカミの全身を次の瞬間激痛が襲う。
見失ったセリアの姿はヤトノカミの背にあった。
「炎獄縛鎖っ!」
石突を突き立てるのと同時にセリアの声が木霊する。何処から現れたのか鎖を形取った焔がヤトノカミの全身を覆い始める。それはまるで意思があるかのようにうねり抵抗するヤトノカミを拘束し始め、そして締め上げていく。
「これで終わりだ。ヤトノカミ。」
拘束され身動きが取れなくなったヤトノカミの眼前に飛び降りたセリアは静かに声をかけると、《ツクヨミ》を振り上げる。
振り上げた《ツクヨミ》に纏う焔が激しを増し、次第に焔の色が赤から白へと変化していく。
「刈り尽くせっ、《ソールイーター》!」
振り下ろされた《ツクヨミ》はヤトノカミの身体を両断して行く。今まで物理攻撃に対して圧倒的な耐性を有していたヤトノカミの身体は何の抵抗も示さず《ツクヨミ》の刃をその身に受け入れたのだ。そして砕け散った焔の鎖の一つ一つが燃え上がりヤトノカミの身体を次第に飲み込んでいく。ヤトノカミの身体が完全に焔に飲み込まれその姿が見えなくなると、焔は次第にその熱量と激しさを増し、天をも焦がす焔柱を出現させた。
パチンッ!
セリアが指を鳴らす音が辺りに響き渡る。焔柱はその音に呼応する様に弾け飛び空を覆っていく。焔の断片はまるで鳥の様に空を舞い次第にその姿を消していく。
後にはヤトノカミの死体はおろか焦げ跡すら残っていなかった。
「さて、我の役目はこれでしまいだな。」
再びその姿を顕にしたイフリート。
「あぁ、助かった。帰還してくれ。」
セリアの言葉に頷いたイフリートの姿は一瞬にしてその場から無くなる。蝋燭の炎が一瞬に消える様に。
『ブリュンヒルデ、そっちはどうだ?』
『こちらは問題ありません。瀕死だった者も含め全員容態は安定しています。』
『了解だ。テトラ達と一緒に暫くそこで待機しててくれっ』
『承知しました。』
ここにエルダードワーフの集落を壊滅寸前まで追い込んだヤトノカミは退治された。そしてそれは集落の存在理由が失われた瞬間でもあった。
◇◇◇◇◇◇
セリアがヤトノカミとの戦闘を繰り広げている頃。
とある施設の地下最奥にある禁書庫で異変が起きたていた。
この禁書庫は幾重にも張り巡らされた魔法的な結界により厳重に管理されている。その上、管理の名目で一日6交代で人が常駐すらしている重要な場所となっている。
その日、いつもの様に人っ子一人いない場所で1人禁書庫に詰める男がいる。
名をヨハン。
彼はこの仕事に付き早20年という年月を過ごしていた。禁書庫内を見回っていた彼はこの20年の間何の代り映えのしなかった禁書庫に異変が訪れたの目撃する。
ある一冊の書物が仄かに輝き出す。今まで開く事すら叶わなかった本が。
”詩篇外典・七つの厄災”。
それが異変の中心となった書物に刻まれた名である。それは表紙、背表紙は豪華な細工が施されてはいるが、100ページにも満たない薄い本であった。
この禁書庫にはこれ以外にも開く事すら出来ない数多くの書物が所蔵されている。そしてそれらはいつ誰が何のために著したのか、何も彼にもが一切の謎に包まれている。
今回の異変の中心でもある詩篇と呼ばれる書物には幾つか種類があり、大別して詩篇聖典、詩篇約典、詩篇偽典、そして今回の詩篇外典の4種類がある。
自身の眼の前で起きている事象に驚きつつもヨハンは事の子細を至急報告するためにその場を後にした。この禁書庫には些細な事でも何かあれば連絡するための専用の連絡手段が用意されていた。そしてこの連絡手段をヨハンは使用したことがない。前任者も含めてこの連絡手段を使用した者はいない。彼がこれを使用した初の人物となった。
数分後、上等な司祭服を身に纏った数人の男が息を切らせて禁書庫に傾れ込んできた。
「ヨハン、何が起きた。」
息を整える事すら惜しいかのように先頭の男がヨハンへと詰め寄った。緊急連絡手段は何かが起きた際の手段ではあるが、何が起きたかについては伝える事が出来ないのだ。
「オルラニウス枢機卿、こちらが今回の元凶です。」
そう言ってヨハンは一冊の本をオルラニウスへ手渡した。
「先程まで僅かにですが光っていました。そして開くことが可能です。」
ヨハンの言葉にオルラニウスは手に取った本を開き始める。そして自身に同行した男の1人に目配せをする。その男は禁書庫の奥に行くと一冊の本と共に戻ってきた。
その本はこの禁書庫に所蔵されている本の目録であった。目録には所蔵されている本の閲覧可否が記載されていた。そして目録の”詩篇外典・七つの厄災”の欄には確かに閲覧不可と記載されていた。
その後、オルラニウス達はそれが起こった時の状況について聞き取りや詩篇外典・七つの厄災に記載されている内容の確認を行っていた。
そんな最中・・・それは起こった。
独りでに頁がめくれ、とあるページが露になる。
厄災の大蛇・ヤトノカミ。
表示されたページにはそれについて説明が記載されていた。しかも最終ページが。そしてオルラニウス達の眼の前で文字が追記されていく。
”討伐完了。所有権をセリア・ロックハートへ移譲。”
その出来事に言葉を失った一同にしばらくの間沈黙が流れる。
「直ちにこの事を教皇聖下にご報告せねばっ!」
沈黙から覚めたオルラニウスは本を片手に慌てた様子で禁書庫を出て行った。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




