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転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第一章 来訪編
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第二羽. 最初の夜


 小屋は形状を見るといわゆるログハウスというやつだ。一人暮らしをするならこれくらいあれば十分なのではと思う大きさである。外観は素朴な木造だが、どこか堅牢な雰囲気も漂わせている。


 ドアノブに手をかけ回すと何の抵抗もなく回り扉が開く。


 「おじゃまします。」


 ドアを引きながら小さな声が無意識に口から出る。あらかじめ建物の中に人がいないことは分かってはいたが、ついつい口から出てしまうのは、元とはいえ日本人の(さが)なのか。


 さらに言えば真っ裸で無いとはいえ、一枚しか薄手のワンピースしか身に着けていないこの姿で、見知らに家に入るのにはそれなりに抵抗感がある。


 建物の中に入ると外観から想像するよりかなり広い空間が広がっており、部屋の綺麗さに驚いた。そしてそこには、つい最近まで誰かがここで生活していたかのような、不自然なほどの整然さがそこにあった


 《オモイカネ》(いわ)く、かなり高性能な空間拡張が建物全体に(ほどこ)されているそうだ。そしてその事実は外からでは建物内に人がいるかを正確に識別出来ないという事である。


 その事実に気が付き、建物内に人がいなかった事に心から安堵した。もし誰かいたら、今の自分の格好では目も当てられなかっただろう。


 ドアを背に左手にはオープンキッチンがあり、その手前にダイニングテーブルがある。右手には低めのテーブルを囲むようにソファーが配置されている。リビング全体は木材の温かみが感じられる内装で、清潔感が保たれている。


 奥のドアを開けると廊下が奥まで続いており、左手には寝室、客間、右手には風呂に続く扉がある。


 まずはもう少し身を隠せるものを、とセリアは寝室へと足を踏み入れた。


 寝室もまた、シンプルな内装ながら快適そうな空間だった。中央には大きなベッドがあり、壁際にはタンスが置かれている。タンスの扉を開くと、中には様々なサイズの服が綺麗に畳んで収納されていた。どれも新品のように見える。


 ーーーまさか、この身体に合うサイズの服まで用意されているとは・・・。


 セリアは、自身の新しい身体に合う服を探し、手に取った。今見に着けている物より丈が長く肌触りの白いワンピースと、下着。男として生きてきた半世紀近い記憶が蘇る中で、女性物の下着を身につけるという行為は、セリアにとって未だに強い抵抗感を伴うものだった。


 しかし、今の自分は”女性”なのだ。


 ぎこちない手つきで、それらを身につけていく。肌に触れる布の感触、締め付けられる感覚。そして、寝室の壁に備え付けられていた鏡に映る自身の姿に、改めて衝撃を受けた。水面に映した時よりも、はっきりと、より現実的にその姿が目の前にあった。


 ーーー本当に・・・私、なんだ。


 可愛らしく主張する兎耳。豊かな胸。すらりと伸びた手足。鏡の中の女は、紛れもなく自分自身であり、しかし全くの別人だった。戸惑いと、どこか新しい自分への好奇心が入り混じる。


 『マスター、如何されましたか?』


 《オモイカネ》の声が、セリアの思考を現実に引き戻す。


 「あぁ、問題ない。服も手に入ったし、まずはここで落ち着くか。」


 少し上ずった声で《オモイカネ》に返事をすると、セリアは着替えを終えて寝室を出る。改めて他の部屋を確認するセリア。客間はシンプルで、風呂場は前世のシステムバスに似た作りをしている。そして、廊下を突き当たりまで行くと、右手に地下へと続く階段が姿を見せる。地下へと下りると、そこは薄暗く僅かに届く光が心細さを感じさせる。


 下りて右手にある食糧庫には、棚いっぱいに保存食や小麦粉、米といった穀物、キャベツ、大根といった野菜類、肉、さらには香辛料に調味料と多くの食材が整然と並べられていた。長期保存が可能なものから、比較的鮮度の高いものまで、その種類の豊富さに驚かされる。食料庫の奥にはワインを始める数多くの種類の酒が適温で保存されていた。


 ーーーこれだけあれば、数年前は持つな。


 そう思うだけの食料がこの食糧庫には蓄えてあった。そして見る限り傷んでいるものや、腐臭が漂うものが一切ない。飢えの心配がないことに安堵し食料庫を後にした。


 階段を上がろうとしたセリアは、食料庫の真っ正面の壁に何かが描かれている事に気が付いた。壁に近づくと、そこには直径1メートルほどの幾何学模様がそにあった。幾何学模様は精密、緻密さともに美しく、セリアはしばし目を奪われていた。幾何学模様を構成する線自体が微かに光を帯びているためか、その光景が神秘性を増していた。そして明らかにそこに何かがある事を物語っていた。


 「これは・・・何だ?」


 セリアが問いかけると、オモイカネが応じる。


 『この幾何学模様は魔法陣と呼ばれるものです。何らかしらの封印が施されています。』


 「この封印は解除可能なのか?」


 『解析には時間を要します。』


 「・・・そうか、ならこれは明日調べよう。」


 この魔法陣を眺めていると何かかざわめき覚えるが、今は《オモイカネ》の解析を待つ以外に手立てた無い。


 「精神的にも疲れたからな。今日は飯食って、早目に床に就くとしよう。」


 一通り確認を終えたセリアは、リビングへと戻っていった。


 セリアはリビングに戻りソファーへと腰を下ろし、一息つく。だがそれも長くは続かなかった。


 ぐぅぅっ・・・。


 突然、セリアの腹から情けない音が響いた。空腹を知らせるその音に、セリアは思わず苦笑いを浮かべる。そうだ、最後に何かを口にしたのはいつだったか・・・考えても思い出せない。少なくともこの身体になってから何も食べていない。この飢えの感覚に別の世界ではあるが、確実にここで”生きている”のだと実感が湧いてきた。


 まずは腹を満たす事が最優先だと考えたセリアは立ち上がり、リビングのシステムキッチンへと足を踏み入れた。キッチンは現代日本のシステムキッチンと遜色(そんしょく)はなく、鍋類やお皿はキッチンに備え付けの収納スペースの中に収納されていた。


 セリアは食料庫で見つけた食材を思い出し、再び食料庫に足を運ぶ。パスタにニンニク、ベーコンに鷹の爪と塩胡椒を手に取ったセリアはキッチンへと戻り、手早くペペロンチーノの準備に取り掛かる。


 大きめの鍋に水を張り火にかける。沸いたら塩を適量入れ、パスタを投入。フライパンが温まったら油をしき、切ったニンニク、鷹の爪を弱火でじっくりと。パスタのお湯を切りフライパンに投入、お玉一杯分くらいのゆで汁を入れ、良く絡めて塩と胡椒で味を調えて出来上がり!


 素早くお皿に盛り付け、ダイニングテーブルまで持っていく。


 香ばしいニンニクの匂いが鼻腔をくすぐり、より空腹感が増していく。


 「なんか味気ないな、こういった時ははやりお酒が欲しいな!」


 食糧庫にお酒も保管されていた事を思い出すと食糧庫へと急ぐ。


 食糧庫から持ってきた瓶はよく冷えており手早く栓を開けるとグラスに注ぐ。グラスに注がれた液体はやや琥珀色をしており、おっかなびっくりに匂いを嗅ぐと干しぶどうのようなよい香りが漂ってきた。少量を口に含み味を確かめる。


 「おぉ、これなら食事にあう!」


 ワインについてはあまり詳しくはないが、シェリー酒に近い味わいを醸し出していた。


 グラスになみなみと注ぐと席に着く。


 「いただきますっ。」


 自作のペペロンチーノとお酒に舌鼓(したつづみ)を打った。暖かい食事とお酒が、疲労困憊のセリアの身体に染み渡る。皿にはかなりの量のパスタが盛られていたがあっという間にセリアの腹へと収まる。


 「ごちそうさまでした。」


 両手を合わせ言葉を添える。食べ終えた食器をキッチンへと運び後片付けを済ませると明日の予定にについて《オモイカネ》と話し合う。


 「《オモイカネ》、明日の予定だけど、あの魔法陣を調べようと思う。」


 『危険が伴うと思いますが、情報が欲しい状況ではあります。その案に同意します。』


 「サポートは任せたっ」


 『承知しました。』


 軽く背伸びしてソファーに腰を掛けるとセリアの瞼はすぐに重くなり始める。しばらく《オモイカネ》との会話を楽しむつもりでいたが、溜まっていた疲労がセリアを眠りへと誘う。抵抗も虚しく崩れ落ちるように横になると早々に意識を手放した。



 ◇◇◇◇◇◇


 どれくらいの時間が経ったのか。


 ひんやりとした感覚で目を覚またしセリア。小屋の中は静まり返り、下りた夜の帳が上がるのには今しばらく時間が必要。目を覚ましたのはそんな刻限であった。


 『お目覚めですか、マスター。』


 「ところで今・・・何時だ?」


 眠い目をこすりながら、《オモイカネ》に状況を確認する。


 『2時を回ったところです。』


 「どれくらい寝ていた?」


 『7時間ほどです。』


 「そうか・・・。」


 セリアは身を起こし、ぼんやりとした頭を抱えながら窓の外を見やった。


 ーーー少し、外の空気でも吸うか・・・。


 セリアはそっとソファから立ち上がると、暗がりの中ゆっくり歩を進める。静かに玄関のドアを開けると、昼間とは異なる清涼な香り伴った風が夜の森から吹き込んくる。身を包む冷気は心地よく、セリアは大きく息を吸い込んだ。


 満天の星空には三連の月が煌々と輝き、それが照らす森は昼間とはまた違う顔をセリアに見せる。木々のシルエットが闇に溶け込み、自然の鳴き声が、改めてこの世界の現実を突きつける。


 『マスター、よろしければ、この世界の基本的な知識について、説明いたしますか?』


 《オモイカネ》の静かな声が脳内に響いた。夕食後に聞くつもりでいた話だ。この夜の静寂の中であれば、じっくりと話を聞くことができるだろう。


 「頼む。わからんことだらけでな。」


 『まずは、このフェニスティアと呼ばれる世界の基本的なところからご説明いたします。時間はマスターの転生前の世界と同様と考えてください。』


 「ということは、一日は24時間、1時間は60分ってところか。・・・ん、なんで私の前世について知っている?」


 『マスターの前世での知識はあらかた取得済みです。』


 「取得、済み?どうやってっ。」


 『マスターの記憶をフルスキャンいたしました。』


 「ま、まさか・・・そんなことが・・・。」


 『ご安心ください。無闇に公開する事はございません。』


 「と、当然だっ!」


 『先に進んでも宜しいでしょうか?』


 「あぁ、進めてくれっ。」


 『時間感覚はほぼ同じと申し上げましたが、この世界では1週間は六日、そして1ヶ月は4週間、つまり30日となっています。そして1年は12ヶ月。』


 「なるほど・・・分かりやすくていいな。」


 『マスターの世界でも各月について別名があったと思います。』


 「あれだろ、睦月、如月とか。」


 『さようです。この世界にも存在します。殆ど使う事はありませんが、ご自分の誕生月である3月(ヴィアルティス)は覚えていた方が良いでしょう。他の名称は生活の追々覚える事に致しましょう。』


 「あぁ、わかったっ。」


 『次は通貨についてです。全ての地域では無いですが、主にテルナが基本単位として使われています。マスターの前世での世界と異なり、紙幣は存在していません。鉄貨、銀貨、金貨といった硬貨が使用されています。』


 セリアは頷く。通貨の単位や時間の流れが前世と似ていることに、少しだけ安堵を覚えた。


 『また、距離や時間といった単位は前世で使用されていた物と同じです。そしてこの世界の言語はマスターの前世で使われていた日本語とほぼ同一です。』


 ーーーオモイカネと話をしていて、何も疑問に思っていなかったが、何故日本語が・・・。


 『おそらくですが、過去にもマスターのような転生者が存在し、広めたのでは、と推察されます。』


 「まぁ、言葉に困らないなら、それに超した事は無いっ。」


 『最後に、この世界特有の知識についてご説明いたします。この世界には”エーテル”と呼ばれる根源的なエネルギーが存在します。エーテルは万物に宿り、あらゆる現象の源となります。そして、このエーテルの流れを制御することで、光を生み出したり、物質に干渉する事も可能になります。また、エーテルを使用した機関なども存在します。』


 「なるほど、例えるなら電気のようものか。」


 セリアは前世の知識と結びつけながら理解しようと努める。


 『はい。今のところはその認識で問題ありません。マスターが保持しているスキルを十全に活かすには、エーテルの扱いに慣れていく必要があります。』


 ーーーやれやれ、こっちの世界でも修行の日々か・・・。



 ◇◇◇◇◇◇


 《オモイカネ》との会話でこの世界についての知識を得ていたセリアは、一つの提案を《オモイカネ》にする。


 「なぁ、《オモイカネ》地下にあった魔方陣の場所に今から行ってみないか?」


 『それが、マスターの判断であれば、従うだけです。』


 「それじゃぁ、いくかっ!」


 セリアは勢いよく立ち上がると小屋の地下に向かって歩き始めた。


 「いったぁ~」


 暗がりの中でも大分周囲が見えるようになったが、セリアは足の小指を思いっきりぶつけた。涙目になりながらようやくドアにたどり着いた。


 ドアを開けるとひんやりとした風が吹き抜けていく。身震いをしながら廊下の奥を見つめる。


 人はなぜ暗闇を恐れるのか、そこに何があるかがわからないから。そんなことを聞いた覚えがある。


 そんなことを考えながら足を踏み出そうとした。


 『右にある突起物を触ってください。』


 《オモイカネ》の言葉に従い、右の壁をまさぐると突起物が手に触れる。注意深く調べてみるとスイッチのような形状をしている。


 スイッチを押すと廊下が光に包まれる。突然に光に目をつむり、腕で顔を覆う。


 目が慣れたところで光源に目を向ける。


 「どうやって光ってるんだ?」


 『スイッチのオンオフでエーテルの流れを制御しています。』


 『エーテルが流れると発光ライトが発動する仕組みになっています。』


 「へぇ~、エーテルって電気のように制御できるんだ。」


 そんな感想を抱きながら、地下にある魔法陣に向けて歩き出す。


 地下には廊下の光が漏れているためか昼間に来たと時より明るく感じる。


 魔法陣の前に立つと線の発光度合いが昼間より明らかに強くなっている。


 『解析を行った結果、この封印を解除するには鍵が必要と判明、ただ、その鍵が何であるか、またその所在は不明です。』


 「・・・現状打つ手なしかっ。」


 セリアは魔方陣を目の前に再び心の中で何かざわめくのを感じていた。


 「なぁ、これ触って大丈夫なのか?」


 『・・・大丈夫だと思います。』


 「《オモイカネ》、一瞬間が開いたように感じたのだがっ!」


 『気のせいです。』


 《オモイカネ》に文句を言いながら、魔法陣に手をあてると、魔法陣が明滅しながら浮かび上がる。その光は次第に強さを増し、魔方陣を構成する線が激しく点滅を始めた。


 そんな光景を目の当たりにしている中、《オモイカネ》の声が響く。


 『マスター、その封印が解けようとしています。』


 セリアは動けなかった。ただ、その神秘的で、しかし暴力的な光景を、息をのんで見つめることしかできなかった。そして、魔法陣が放つ光が、耐えきれないほどのまばゆい輝きを放った瞬間、まるでガラスが割れるような音を立てて魔法陣が砕け散る。


 同時に、魔法陣が描かれていた壁の存在が、まるで初めからそこになかったかのように、完全に消滅していた。そして、そのの向こうには、漆黒の闇が広がっていた。


 『封印が解除されました。』


 呆然とするセリアの中で、《オモイカネ》の静かな一言が響く。


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